1、幼き頃
本作品ジパン・バルラーは日本風の世界線として作っています。
宜しければ評価・感想など在ればどうぞ。
――4歳の時
彌汲家では孝弘の両親不在という事から、臣子家で暫く預かる事にした。当然、道彦は彼を歓迎する両親を見てとても喜んだ。この日は弁当を持ってゆき両親の見守るなか、海で遊ぶからだ。
緩やかに風の吹く波風と共に孝弘と道彦がその砂場を駆けてゆく。その小波と煌びやかに光る太陽の輝きを見ながら・・・。
―――ザザーンッザァァア――ァン
“二人とも、あまり遠くへ行っちゃだめよ?”
“はァ~ぃ!”
“美知恵、目を離すんじゃないぞ?私も一緒に見ておくか・・・どれどれ”
――ザザーァンザバーンッ
“お~いィ、こっち!こっちぃ~!!”
“ねぇェェ、まってぇまってよぉ~っ!?”
“ステン――ッ”
“わァァア~っん!あァァアー――ッん!!”
“おぉ~っい!!二人ともォッ!大丈夫かァ~~!!”
“大丈夫ぅッ!?二人ともっ!?明彦さん早くはやくっ!!”
“ママ―いたいよ―エーッン!!”
“はぁっ、はぁっ、は~~・・・っ、追い付いた・・・大丈夫か、お前たち~?”
“おばちゃん、オレはだいじょうぶだよぉ~?やーい、よわむしぃ~”
“こらッ!・・・もう、あんたも傷なんてないから泣かないの!”
“だってェ―ッ!エッ、エッ、ヒック!ボクをいじめるんだもぉん!うぅっ”
“やぁ~っい、や~~っい!なきむしぃ~~”
“もうぅっ!あんたたち・・・ッ!!こらぁ~~~っ!!!”
“まったくコイツ等ときたら、仲がいいんだかどうだかねぇ~ポリポリ・・・”
―――ザッパアァァ―――ァァアッン―――ッ
仲が良いというよりは、お互いの魂がかけ離れた存在に近かった。それでも意志は似通っていて、どこか懐かしい相手だと感じ取っていた。小さいながらも言葉が通じていたのは、そういう手と足を動かしながら頭脳で語らい合っている、あの頃のように―――。
「お前は俺の事をどう思っているんだよ?」
「いや、何時も友人としてお節介していただけだ」
何事も、関係の内容で変化する時代の流れ。年齢と共に色褪せる事はないのに、どうしても離れなければならない理由があった。それは有機なる宇宙の地平線によって捧げられた太陽の貫きによって俺達はどうやら、時と共に修復されていくような形になってしまう。
「こら、彌汲。ボサッとしているんじゃない!」
「勘弁してくださいよ、先生・・・なんて、な・・・」
小さな頃は急ぎ足だった。それでも時が過ぎれば何度も畑の傍を眺めては、虫を探すように二人で時を連ねていた。そんな様子を見守ってくれていたのが両親だった。それなのに時が過ぎれば様々な自然と巡り合うのは、宇宙の悪戯か。
「次第に年齢が重なっていくんだよ。だからお前だって時と共に、その時代に乗り遅れる事が出てくるんだ」
「まったく、お前は何時もながら説教をする側になってくるな?そこが年寄り臭いと言うんだ。中でもお前は特に―――、」
俺達は小さな体を弾ませるように、距離を保っていた。おじさん、おばさん、と言って太陽の影を追いつつも、ニコやかに「こんにちは」と挨拶をしていた。そうする事で“おやつ”を頂いて、助かった、などと舌鼓を打っていた。本当に“美味しかった”と感じられた時だった。
「お父さん、お母さんは元気かいな?」
「うん!元気だよ、いつも。そういや昨日に、おじさん、おばさんにお礼言っておいてって話していたよ?」
――――
―――
――
―
夕暮れに差し掛かる頃、馬短トンボが上を走る様に飛んでいた。片方の羽が取れていたのかと思う程に、上下に揺れていた。それでも俺達の足では追い掛けられなかった。ハア、ハア、と息を切らしながらも、その時代を歩くように同じ道を歩いていた。
何だか魂が「落着かないな」と悲鳴をもたらしている様にも感じ取れた。
「ほら、慌てるからいつも!ダメでしょう?道彦君ばかり遅いからと言って意地悪するのはやめなさいって!」
「・・・ごめんなさい、今度は気を付けるよ・・・」
「別にいいよ、孝弘君が足が速いから僕はいつも置いてきぼりになるんだし、もう少し運動頑張ってみるよ、ね?孝弘君??」
「道彦のばーか、ばーか、」
そうやって何時も遊んでいた頃が懐かしい。秋から冬に差し掛かると「雪が降ってこないか?」と言って話し合っていた事が懐かしい。
彌汲家では親が不在な時期が増えて居たし、臣子家にお世話になって居たからか、俺達は何時も同じ道を歩んでいた。
桜が懐かしい様な冷たな空気に頬を晒されながら走っていた頃が在った。
「いつも、お前が楽しく面白くしろとか言っていた頃が懐かしい。どこかで雪に埋もれてしまうんじゃないか、と内心は慌てていたよ」
「海に入った時にお前はいつも、戸生地ワカメが髪の毛を覆っていて、増毛したのか?と遊んでいたのは内心、慌てていたというのも・・・懐かしいな」
――――雪が降る頃、地域の集会があった。その中で力相撲があって、お互いの体をぶつけるように寒さを忘れるように、と大人が張り切っていた。両家とも謙遜しなくていいから遊びと手加減は、餅に豆だった事もある意味で疼きに近かった様に感じ取れていた。アレは何時の事だったろうか・・・。
「季節と教育、マナーとモラルと言っていた頃があった。例えば俺達は相なって地を這いずる様に、喜びを得ていた頃がある。“生命の頂き”と同じようなモノだったっけ・・・」
「教育、マナー、モラル・・・将来の事かよ?」
成績優秀って何の事だろうな、とお互いがふけっていた時代が在った。例えば9歳の頃、教師に評価を受け、将来の願望を尋ねられた。それは一体どういう意味を成すのか、とも。
「よく出来ましたねぇ~道彦君は将来何になりたいのかなぁ?」
「んん~~、孝弘君は特殊な答えを言うね、秀才なのかなァ?」
―――いぃ~~、し、知らねえぇ~~よ!
俺達という、孝弘と道彦が12歳の最後の運動会で自信過剰だったり自信喪失だったり、変動の激しい親の言い分が何だか心地よかった頃もあった。俺達はそうして育ってきたんだ、と言って均等を取っていた頃がある。
未だその時じゃない事を鑑みて白根の矢を放っていた時期が沢山あったと思われた。
「そうよ、あなたは運動神経抜群だからね~!」
「そうだね、流石孝弘、お前は運動神経“だけ”はいい!しかしだなァ~道彦君?」
「へへへ・・・“今日だけ”は君の勝ちだねぇ~でも次は僕が勝ってやるからな?」
「そうそう、孝弘と同じくらい走れていたよ?」
親は褒めてくれるが、時は褒めてはいない。自分は誇れるが宇宙はその動きをゆっくりと歩めていた。それも何処へ向かうか理解する者など居ないというのに、何処へ浮き向かうというのだろう。
―――時が満ちるには余りにも多くの終わりを迎えていた筈だ。
そういうのも13歳の期末テストの後で、お互いの成績を睨めっこしていた時期と被る。二人は“それは俺達だ”という前にも、褒めたりけなしたりする事すら無かったというのに、周囲はそう見てはくれない。例えそれが親だとしても。
「まァ、本当ね!道彦君って足並みを揃えるのが上手なのよね~~ぇ、孝弘ォ?」
「あ・・・ははあ~~、道彦らしいな!まだ俺達子供だもんなァ」
「そうかなぁ、テストは面白かったけど、君は僕に及ばずかな?」
「お前達は、テストの時だけは犬猿の仲だけじゃ済まなそうだ。」
―――まったく、よく言うよ・・・、
俺達が何時、競ったと言うんだよ・・・、
孝弘、そういえば親父の事ってお前が詳しく知っているんだけど、自宅の端末であるパソコンで“預言書”ってキーワード検索したら出てきた。俺は頭じゃ動かないから知らなかったんだけど。
“預言書。それは未知なる望みや想いによって作成されたとされる時代の生き物とされる。従って自ずとそこへ向かうというのでなく、ヒントにして自らの道を歩むべきだとされる本書でもある。よく見てよく感じてきた事を思い出して、内容通りになって居るかなって居ないかを楽しむ物であるべきであるets・・・”
なぁ、孝弘・・・覚えているか?おじさんは、金持ちとか貧困差とか疎いって聞いてたよ。だけどほんとうは金持ちじゃない道って、研究の方角じゃないのかって僕に教えてくれたんだ。
僕とお前はいつか別れがやって来ると、そう言っていたんだ。




