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猫じゃない気もするけど猫だと思うからやっぱ猫。  作者: 山法師


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6 手ずからか

 言ったほうが早い気がしたから、言葉にした。


「休んでもらおうと思っただけ。ここ、俺が住むアパート。俺の……縄張り……住処……寝床? みたいなもん? かな。分かる?」


 安心してもらえるように、怯えさせないように、怖がらせないように。


「なんにしても、俺、ここから居なくなったりとか、しないから」


 穏やかさを心がけた声と口調で、微笑みかけながら、静かに説明する。


 普通の猫なら、慣れている言葉以外はあまり理解できないという話だけど。


 やはりというか、この猫は言葉の意味を理解したらしく、安心したように服から爪と口を離した。

 離してから、我に返ったようにまた目を見開いた。

 瞳孔も、さっきより丸くなってんじゃないかと思うくらい開かれていた。

 猫は耳や尻尾を忙しなく動かし、俺の腹から床へと素早く降りて、何かを誤魔化すように顔を洗い始める。


 あの猫なのか、違うのか。

 そもそも猫なのか、猫じゃないのか。

 顔を洗い続ける猫を見ながら、考えようとして──


 やめた。


 そうでも違っててもどんな存在であれ、見た目は『猫』だ。

 やっていることも半々くらいの割合で『猫』のそれだ。


 なら、コイツは猫。


 そんで、コイツが猫なら、色々確かめたり人の手を借りて問題解決に当たらないといけない。

 俺はそういう人間になりたくて、あの日から今日まで生きてきた。


 所属してる保護団体とか、力貸してくれそうな人たちに連絡して。

 ケージだのなんだの借りれるのは借りて、食べ物とかトイレとか準備して。

 どこの猫か確認して、猫の健康状態を確認して。

 人慣れはしてるっぽいから、飼い猫か、地域猫か、考えたくないけど考えなきゃならない捨てられたばかりの猫か……。


 頭の中で組み立てながら、なんにしても連絡だと床へ置いたスマホを手に取り、持ち上げ、画面を明るくして。


「……」


 ジャンプからの猫パンチ、という華麗なる技で、弾き飛ばすようにスマホを叩き落とされた。


 顔を洗うの、色々と考えている間にやめていたらしい。


 華麗な着地をどうしてか俺の膝の上で決めた猫は、どうも、不満そうにこっちを見てる、気がする。


「……あのさ、あれ」


 思ったより遠くに飛ばされたな、座ったままだと手が届かないな、あの距離は。


 思いながら、床に転がったスマホを指で示す。


「君のこれからに必要なもんだから。俺一人じゃ君になんもできないの。無力なの。だから使うの、大目に見てくれ」


 怯えさせないようにと控えめな大きさにした、でもなんとなく呆れたものにもなってしまった声で、事情を説明した。


 ──一応の理解は示してやる。だが、示すだけだ。非常に不愉快。不愉快だ。


 目で語ってくる通り、不愉快そうな表情をしている猫へ、


「スマホが嫌いか? スマホ使う人間にいい思い出、ない感じ?」


 聞きながら、膝の上にいる猫を落とさないようにと慎重に動く。

 資源ゴミで出すためにまとめていた段ボールの、手が届く位置にある中で小ぶりなものを手に取り、組み立てていく。


 猫がそばにいるからガムテは危ないよな、あとだ。


 座ったまま作業していたら、少ししてから猫が膝から降りた気配があった。

 どこへと顔を向けると、スマホの上に香箱座りしていて、不満そうな表情を変えず、いわゆる『明後日の方向』へ顔を向けていた。

 耳はこっち向いてるけど。


 猫へそれとなく目を向けつつ、段ボールの底を、短めにちぎったガムテープで素早く仮り留めする。

 タンスへ向かい、仮組み立てした段ボールの中へ、タンスから取り出した数枚のタオルを敷きながら、


「……スマホ吹っ飛ばしたの、俺にかまって貰いたいからとか」


 ないよな、流石に。


 後半部分を言おうとして、やめた。


 尻尾が立った、と思ったら、床に叩きつける勢いで下ろしたので。


「……仮にだけど」


 タオルも敷き終わったしと、話題を変えることにした。


「君が休めそうな場所、作ったから。この段ボール。置いとくので。使う使わないはご自由に」


 言っても、両耳をピクッと動かす以外に、分かりやすい反応は示さない。

 別にいい。

 緊急時だと話が変わるけど、基本はなるべく動物(あっち)に合わせる、だし。

 人間(こっち)の都合で無理に動かすのは、動物(彼ら)の負担が大きくなるだけだ。


 それに、連絡手段はスマホだけじゃない。


 棚から取り出したノートパソコンをローテーブルに置き、立ち上げる。

 メッセージアプリの全体連絡用グループトークへ、簡単な挨拶文と『今、家に猫が迷い込んで』まで打ったところで。


「……うん、そうなる気はしてた」


 呆れというか、納得してしまう感じで言ってしまう。


 スマホから跳ね飛んだ猫は、高く、見事な曲線を描いて、パソコンのキーボードへ着地した。

 ふすん、と鼻を鳴らし、俺を不満そうに見てくる。


 けど、この猫はだいぶ小さいから、キーボード叩けない、までいかない。

 しかも運の良いことに、今の着地のおかげで、メッセージが送信された。

 文章は途中だけど、猫関連で何かが起きた、くらいは読み取れるはず。

 読み取ってくれたら誰かしらが連絡をくれる。

 第一段階のさらに百分の一くらいは、やるべきことを進められた。


「ありがとう。助かった」


 これでやっと、君の安全を確保するために動き出せる。


 不満そうに睨んでくる猫へ、感謝を込めた笑顔で礼を言ったら。


 目を見開いて瞳孔も丸くして尻尾をボンッと膨らませ、素早い動きで段ボールへ飛び込んだ。

 俺が『仮に作った休める場所』と言った段ボールへ。


 驚かせてしまったらしいが、今のどこに驚かせてしまう要素があったか分からない。


 俺やっぱ、まだまだ未熟者だなと、痛感する。


 なんにしても驚かせてしまったなら、そっとしておくのが一番なはずだ。

 ノートパソコンへ向き直り、詳細を送って、スマホでも確認する。


 そうやってあれこれ連絡を取り合い、ふと気づくと、猫は段ボールから出てきていて。

 それは別に良いんだがローテーブルへ置きっぱなしにしていた『黒蜜がけジーマーミ豆腐』を、どう見ても食べようとしていたから。


「うわごめん食っちゃだめだそれ」


 慌てて、それでも控えめに声をかけ、ジーマーミ豆腐の器を掴むみたいにして、手でフタをする。


 ──何をする。


 目が、不満そうに語った。


「あのな、これ。ホントは猫にあげちゃ駄目なヤツなんだよ。あの時、俺、分かってなくて。あげちゃって、ごめんな。君の体に良くないんだよ、これ」


 ずっと言えなかった謝罪も合わせて、説明する。


 ──理解はしてやらんこともないが、納得はしてやらん。献上せよ。


 献上て。

 いや、今はそっちじゃないか。


「……えーと。材料、揃えれば、猫、君でも食べて大丈夫なやつ、作れるから。作るから。それで勘弁してくんない?」


 掴んだジーマーミ豆腐の器を手元へ引き寄せ、苦笑しながら提案してみる。


 何があっても人間用の『ジーマーミ豆腐』は食わせないからな。

 君のために。

 黒蜜もかかってるし、これ。


 考え込むように目を細め、耳を動かし、尻尾をゆらりと振った猫が、こっちを見て、目で言ってきた。


 ──手ずからか。


「え?」


 ──手ずから、作るのか。小童が。


「あ、俺が作るの、嫌なら別の人に──」


 ──作れ。小童。それを献上せよ。


「……了解、す」


 目で語って──命じてくる猫へ、頷くしか道はないので、頷いた。


 小童呼び、固定された感じ?


 ◇


 猫とのやり取りが間に挟まったけど、それ以外はほぼ順調に物事が進んだ。


 そうして、すぐに向かうと頼もしく言ってくれた保護団体の先輩たちが家に来てくれた、のだが。


 動物病院の時と同じことが起こった。

 俺以外の人間への威嚇、断続停電、通信障害、荒天。

 俺の中に流れ込んで来る、マイナス感情みたいなやつ。

 あとから知った、東京湾での大波。

 『猫でも食べられる』バニラアイスを抜いたバナナフォスターもどきも、バニラアイスもどきも、ジーマーミ豆腐もどきも、『材料揃えれば』と言った通りにその時はなかった。

 だから、猫を全力で宥めながら、先輩たちに頼んで材料を買ってきてもらって大急ぎで作った。

 そして『温い』と怒られた。


 その経験があったから、動物病院の時は、あの時よりは冷静に対処できた……なんてのは、俺の言い訳に過ぎない。


 もっと早く動けてたら、お前を怯えさせずに済んだんだよな。

 ごめんな。


 猫が落ち着きを取り戻す頃には、俺が一時的に自宅保護の形で猫を預かるということで、話がまとまった。

 猫を宥めながら先輩たちと相談する俺と猫の様子を見た、俺なんかよりずっと経験豊富な先輩たちが。


 (この子)は団体の施設へ連れて行くより、伊波()と一緒のほうが安心できるんじゃないか。


 そんなふうに言ってくれたのがデカかった。


 あと、先輩たちが帰ってから、右足の黒く滲んでる線みたいなやつが、少し薄くなっていることに気づいた。


 一時預かりから正式な引き取りへ移行して、一緒に暮らすことになるとは……なんとなくそうなる気もしてたな、最初から。



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