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猫じゃない気もするけど猫だと思うからやっぱ猫。  作者: 山法師


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4/8

4 気にするな

 夏真っ盛り、晴天、午後。


 小学校に上がる前年だったガキの俺は、地元の海岸近く、陽射しがカンカン照りの道端で、猫を見つけた。

 ガリガリに痩せていて、ボサボサの毛もところどころ禿げている猫が。

 思い返せば、成猫だった気がする猫が。

 倒れていたのを、見つけた。


 見つけた俺は、近くに寄ってしゃがみ込んで、


『ねこさん、だいじょぶ?』


 声をかけてみた。

 猫からの反応はなかった。

 けれど腹がかすかに上下していたから、生きてるんだろうなと思った。


 ガキだったから、そういう時のちゃんとした対処法なんて分かってなくて。

 猫が食べても平気なものすら知らなくて。


『これ、おべんとうの、のこっちゃったやつ。あげる』


 自分で作ると豪語して、親の手を九割以上借りながら弁当のデザートとして作ったそれ。

 三口くらいで食べきってしまう小ささの使い捨てタッパーに、また親の手を借りながら詰めたそれ。


 ちゃんとバニラアイスを添えたタイプのバナナフォスターと、ジーマーミ豆腐。


 作ったアイスが溶けないようにと、ドライアイス以上に保冷できるとかいう保冷剤を、タッパーと一緒に保冷バッグへギチギチに詰め込み、逆に噛み砕けないほどカチカチに凍ってしまったそれ。


 帰ってから食べようと思っていたそれを、横向き、左を下に倒れている猫の顔の前に置いた。

 『はい、どうぞ』なんて言って、タッパーのフタを開けてみたりして。


 ガリガリの猫は鳴きも威嚇もしなかったが、一瞬、チラリとこっちへ目を向けた。

 反応はそれだけだった。


 それでも何か良いことをした気になっていた俺は、『ねこさんじゃあね』と手を振ったりなんかして、そのまま帰った。

 帰って、親に今日あったことついでに、良いことをした気分のままで猫のことを話した。


 その猫さんがどの辺りに居たとか、まだ覚えてるかな? 覚えてるなら教えてもらってもいい?


 聞いてきた親を、覚えてるし説明するより行くのが早いと、猫が倒れていた場所まで案内した。


 案内、したけど、猫は居なくて。


 空のタッパーが道の端に転がっていただけだった。


 その時、急に、悪いことをしたんじゃないかと思えてきた。


 あれっぽっちの食べ物だけやって、すぐに大人を呼びもしないで、良いことをした気になって。

 ガリガリの、倒れて動かない、けれど生きている猫を、置いて帰った。

 日陰に移動させることすらしないで。


 俺は親に縋り付いて、


 ねこさんだいじょぶかな、しんじゃったりしちゃったかな、どっかいっただけかな、ここにいたんだよ、あのしかくいの、おべんとうのやつだよ。


 泣きながら何度も言った。


 親はこういう時にいつもそうしてくれていたように、泣き出した俺を抱き上げて、背中をさすってくれながら、


 元気になったんだよ、元気になったから帰れたんだよ。


 そんなことを言ってくれたような記憶があるけど、泣いていたから、ちゃんと覚えていない。


 でも、ガリガリの猫は本当に生きていた。

 猫が生きてると知れて、再会だってできた。

 けど、その再会のタイミングが、最悪だった。


 ◇


 あれから数日経っても塞ぎ込んでいた俺を、どうにか元気づけようとしてくれたんだと思う。

 親は近所の人たち、近くに住む親戚、俺の友達や友達の親や保護者たちへ声をかけ、俺を海へ連れて行ってくれた。


 当時、まだ観光客にはあまり知られていなくて、地元の人間だけでのんびりできる、少し岩場が多めな海岸。


 親はしっかりしてたから、俺にライフジャケットを着せてくれたのに。

 他の大人たちも、危険がないか見ていてくれたのに。


 俺は溺れた。

 溺れて死にかける目に遭わされた(・・・・・)


 泳ぎは得意なほうだったけど、得意でも不得意でも、防げるものじゃない。

 足が攣ったとか、岩に引っかかったとか、呼吸を間違えたとかでもない。


 何かに足を、しかも両足を掴まれて、海の底へ引きずり込まれそうになった。


 両足を掴まれた瞬間、反射的にそちらを見て、ゾッとしたのを覚えている。


 いつもはそれほど深くもない海の底が、数メートル数十メートル数百メートル、それ以上。

 どこまで続いているか分からないほど深くなっていた。

 その奥、真っ暗な海の底へ自分は引きずり込まれるのだと、理解してしまったから。


 咄嗟に岩にしがみついて、海面ギリギリで必死に声を上げ、助けを求めた。

 大人たちも友達も、たぶんその場の全員が気づいてくれたけど。


 ガキの腕力も握力もたかが知れているし、俺の足を掴んだ『何か』は、全力で岩にしがみつく俺より強い力で自分を引っ張った。

 俺の手は呆気ないくらい簡単に岩から剥がされ、海の底、本当に海の底かも分からない場所へと、『何か』によって引きずり込まれかけて。


 悲鳴のような音を聞いた。海の中で。


 足を掴んでいた『何か』が、足を離した。

 足から、自分から離れていく。


 急に、何が起こったのか。


 引きずり込まれそうになったせいで溺れかけ、遠のきかけていた意識で、そちらへ顔を向け、見えたのは。

 自分を掴んでいたんだろう『何か』へ爪を、牙を立てている、猫だった。

 あの、ガリガリの猫だった。


 いきてた。


 最初に思ったのは、それ。


 なんでいるんだろ、ねこってみず、きらいじゃなかったっけ。


 次に浮かんだのは、素朴な疑問。


 それ、あぶないよ。

 ねこさん、あぶないよ。


 やっと危険性に気が回って。


 ねこさん、しんじゃう。

 だめだよ。

 いきてたんでしょ、しんじゃだめだよ。

 うち、きなよ。

 たぶん、ねこさん、いっしょにくらせるから。

 ガリガリのねこさんじゃなくできるから。


 だから、だから。


 自分の代わり(・・・)に行っちゃだめだ。

 死んじゃ駄目だ。

 戻ってきて。

 そこから離れて。

 死んじゃ駄目だ。

 死なないで。

 行かないで。


 深く暗い海の底へ逃げ込む『何か』に爪と牙を立てたまま、ガリガリの猫がこっちを見た。

 チラリと、あの時と同じように、あの時とは違う意味の、目を向けた。


 ──気にするな。アレが案外、口に合っただけだ。


 ガリガリの猫は、目だけで言って。


 果てのない海の底へ逃げ込む『何か』へ爪と牙を立てたまま、ともに海の底へ行ってしまった。


 ◇


 溺れかけた俺は、親や大人たちと、118番110番119番全部呼んでそこから来てくれた人たちと、──ガリガリの猫のおかげで助かった。


 それから何回も、何回も何回も、去年だって。

 海に入れる時期は毎日のように、同じ場所へ行って、潜って、確認して探し回ったけど。

 深くて、真っ暗で、果てのない穴のような海の底は存在しないし、ガリガリの猫を見つけ出すことも、とうとうできなかった。


 成果らしい成果と呼べるのは。


 親からきちんと、一から十まで教わって覚えた、バナナフォスターと、バナナフォスターに欠かせないバニラアイスと、ジーマーミ豆腐。

 完璧だよと、親に言ってもらったそれらの出来と。


 『猫でも食べられる』バナナフォスターもどき(バニラアイス抜き)と、バニラアイスもどきと、ジーマーミ豆腐もどきとを、色んな人の力を借りながら、一応の形にしたくらい。


 そんなことをしながら、猫も含めた動物の保護活動に参加したり。

 猫についてのあらゆることを、周囲に沢山助けてもらいながら、調べられるだけ調べたり。

 その関係で決めた大学を受験して合格して、無事に進学できることになって。

 地元の団体と協力関係にある、主な活動地域は首都圏の保護活動団体へと、異動みたいな形で所属して。

 保護動物を一時預かりできるようにと、保護団体の人たちも何人か同じ理由で住んでいる、ペット可のアパートへ引っ越した先で。


 コイツと出会った。


 ガリガリじゃない、体毛もボサボサじゃないし禿げてる訳でもない。

 毛色も瞳の色も記憶と違う……というか、こんな色の体毛を持つ猫なんて見たことも聞いたこともないし、頭の良さはともかく、大きさがファンタジー過ぎる。


 片手に収まる大きさの猫って何?

 子猫でもないのに。


 ガリガリの猫の声だって知らないから、似ているかの比較もできない。


 そもそも、コイツが猫かも分からない。



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