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Campus City  作者: 京夜
降霊
31/33

第5話 怪談

 由岐と美里を寝かせ終わった綾は、縁側で涼んでいた理事長の横に座り込み、榊たちの帰りを待っていた。

 庭に電灯はなく、わずかに離れた墓場からの光が、うっすらと庭の緑を浮き上がらせていた。ぼうっと浮き上がる草の緑は、庭一面に蛍をちりばめた様子にも似ている。

 樹木は濃く塗りつぶされ、境目のわからぬ空には風呂場で見た以上の数の星が見渡せた。


 綾はゆっくりと団扇をあおぎながら、その空をゆっくりと見渡す。

 その横では理事長が、瀬戸物でできた豚の蚊取り線香を入れ替えていた。

 しっかりと固定をし、マッチで火をつけるとやがて、ぽっと赤い光とたなびく一条の煙を出し始める。


「つきました?」


 綾はちらっと豚の中をのぞきながら、理事長の方に――叔父に――団扇をあおいでやった。


「おお、すまん…………ついたようだ」


 綾はうなずきながら、しばらくその赤くともる光を眺める。線香花火の残りにも似た蚊取り線香の火は微動だにせず、健気にあわい煙を吐き出していた。


「あっやさぁーーん!」

「あっ……」


 顔をあげた綾の目に、4つのシルエットが見えた。


「帰ってきたな」


 理事長は一息つくと、とっとと部屋の中へと消えていった。

 まるで彼らがわが子でもあるかのように、理事長は生徒たちを信頼はしていたが、心配もしていたようだった。

 そのことが生徒たちにばれないようにと、急ぎ足で自分の部屋へと歩いていく理事長の後ろ姿を眺めて、綾はくすりと笑った。

 綾は残ってそのまま縁側に座っていると、すぐに榊たち一陣は目の前まできた。

 そこで綾は初めて、もう一人の来訪者の存在に気づいた。


「どうしたんですか? この子」

「お墓で迷ってたみたい。綾ちゃん、知ってる?」


 弥生の問いに対し、綾は改めてしっかりと子供を見た。

 榊はその様子を眺め、しばらく黙って様子を見ることにした。

 特に記憶に引っかかることはないことを告げようとしたとき、子供の方が先手を切って語りだした。


「俺は知っているぞ。おまえ、ここの家のお嬢さんだろ」


 綾は榊と同じように子供の視線に合わせてやってから、事の事情を聞きだした。


「ふもとの子ね。どうしたの? こんな所で」


 そう聞かれてその子供はまた黙ってしまった。

 綾が食事の時に言ったように、ふもとの子が訪れることはたびたびある。

 だが、これほど遅くになって訪れるような子供はほとんどいない。それほど、ここは村から離れた、闇に包まれる土地なのである。

 綾はただじっと、静かな目でその子を見つめた。


「住んでみたかったんや………」

「え?」


 小声で初めて事情を説明すると、今度は居直ったように大きな声で綾にいった。


「こんな大きな家に、一度でいいから住んでみたかったんや。家が大きいくせにいつも人が少ないから、入ってもわかりゃせんと思ってやのに、誰かお客さんがきとったやさかい、お墓に逃げこんだんや」

「それでお墓のなかで迷っちゃったのね」


 弥生は未杉に声をかけて、中に入って行った。

 依然として榊は残って、二人の様子を眺める。まるで、パズルのピースを模索するかのような表情で。

 綾はこくりとうなずいた。


「いいわよ、好きなだけここにいても」


 少年の顔が急に晴れた。


「本当か?」

「本当。ただし……」


 綾は少年のはやる心を抑えつつ、一拍おいてからこう告げた。


「お父さんかお母さんの了解を取ってある?」


 まるで最も言われたくないことを言われたかのように、少年は困ったと言う顔をし、それっきり黙ってしまった。


「了解は取ってあるよ」


 綾は顔をあげた。声を出したのは少年の方ではなく、榊だった。


「出かけ先に会ってね。御迷惑でしょうが宜しくお願いしますって」


 綾は再び少年の方を向いた。

 そこにはいくらか自信のある、高揚した顔つきがあった。


「良かったね」

「うん!」


 綾も一緒に嬉しそうに笑った。


「名前は?」

「みずき」


 少年は元気よく答えた。しかしそれに対し、綾の表情はいくぶん複雑そうであった。


「どうかしたの? 綾ちゃん」

「いえ」


 榊が聞くと、綾は考え込むように下を向いたが、すぐに顔を起こしいつもの笑顔で説明してくれた。


「いたかもしれない弟の名前と同じだったので、つい思い出してしまったんです」

「『いたかもしれない』って」

「流産してしまったんです」

「…………………」


 綾はみずきという名の少年を玄関の方まで連れていきながら、綾の母は体が弱かったこと、供養のために名をつけたことなどを簡単に説明してくれた。

 そのことを伝えられたのはかなり大きくなってからのことだったので、かなりショックが大きかったこと、それからしばらく弟がいたときのことを考えてしまったことなども、綾は話してくれた。

 そんな話を聞いたせいか、靴を脱いでいるみずきと、その横で座り込んで彼を見ている綾の顔を並べてみると、けっこう似通った顔立ちにも見える。

 整った、柔らかな顔立ち。

 澄んだ瞳。

 みずみずしい髪……。


――いや、似通っているという程度ではない?


「榊さん。この子を、部屋の方までお願いしますね」


 綾の声に思考を停止させると、榊は生返事を返し、みずきを言葉通りに中へ導いた。


 もう少しで解りそうなんだが………もう少しで………


 榊は考え込みながら、障子を開けた。


 不覚…………


 榊は顔面に枕を乗せながらそう思った。

 もちろん、自分で乗せたわけではない。

 障子を開けたと同時に、顔面に向かって飛んできたのだ。

 しかし、それで終わる榊ではない。すぐに気を取り戻し、乱戦模様の部屋の中に入り込み、枕投げ合戦に参加した。むろん、みずきも入れて。

 理事長は辛くも逃げきったが、熟睡していたはずの御影も起き出して、開けた障子の前で呆然と立ち尽くしていた綾の手をとって参戦した。

 そうやって御影が冗談にのってくるのも珍しかったが、綾が参戦したのも珍しかった。

 御影はあまりにも生真面目で、榊たちの冗談にのるようなタイプではなかったし、綾は皆がやっているのを楽しそうに横で見て、微笑んでいるタイプであるからだ。

 いやがおうにも合戦は白熱化し、ばあやがかき氷を持ってこなければ、一晩中でも続くかと思えるほどだった。


 しかし、かき氷の魅力に勝てる者はなく、合戦はすぐに停戦・和解へと進み、一同は端に寄せられていた机を取り出すと、すぐにかき氷を口に運び始めた。

 だいぶ墓場でのうっぷんを晴らせた美里がシャリシャリとかき氷を食べていると、ふと思いだしたように、好奇心の強い未杉がおずおずと話しかけてきた。


「中国さん、ちょっと聞いていいですか?」

「なに?」

「墓場での、あの恐がり方は尋常じゃなかったですよ………。小さな頃にでも、何かあったのですか?」

「………………」


 他のことを考えていた榊も、そういえばと言う思いで、美里の方を見た。

 美里のかき氷を運ぶ手は止まっていた。

 美里はいつにない真剣な面持ちでしばらく黙っていたが、やがて皆の方に顔を近づけ、低い調子でいった。


「聞きたい?」


 まるでその迫力に押されたように、皆はしっかりとうなずいた。

 それでも決心がつかないのかしばらく黙っていたが、やがて意を決したように静かに語り始めた。


「昔ね……」


 それはまだ、美里が10才の頃。やはりこのぐらいの田舎に行ったとき、真夏で、非常に寝苦しい夜だった。都会育ちだった美里はこの静けさにどうも慣れることができず、いつまでたっても目がさえてしかたがなくて、布団のなかで何度も寝返りばかりうっていた。

 そのうちトイレに行きたくなり、隣に寝ている母親を起こそうかと悩んだが、この頃からすでに普通の女の子よりもやや勝ち気な性格であった美里は、意を決して一人で行くことにしたのだった。

 他の人を起こさないようにとそっと障子を開け、一人で廊下に出た。外は月の薄明かりしかなく、不気味なほど薄暗かった。

 慣れない暗さと人気の無さのために、年相応の不安感が美里を襲い、恐くなって胸が高まり始めてしまったが、「大丈夫、大丈夫」と自分に良く言い聞かせ、1・2回深呼吸して美里はゆっくりと廊下を歩きだした。トイレは廊下の突き当たりを右に曲がり、家から10mほども離れた、石畳の道の向こうにあった。

 とにかく、美里も廊下の突き当たりまでは無事にたどり着き、そのトイレのある方向を見て、美里はほっとした。そこにはすでに先客がいたのだ。

 向こうの用が終わるまではこちらで待っていようと思い、その場で立ち止まって見ていると、向こうもこちらに気づいたらしくにっこりと微笑んでくれた。

 40代近い、女性の顔だった。

 その人がどなたであったのか思い出せなかったが、とにかくこちらも微笑み返すと、その女性はやがて壁に向かって歩きだした。

 危ない、と喉元まで出かかったのだが、声は出なかった。

 彼女は壁にぶつからなかったのだ。

 いや、正確にいえば、ぶつかるはずの所を通り過ぎ、さらに壁のなかに入り込んでいたのだ。

 美里は息をのんだ。

 その女性は後ろ姿だけを美里の目に写しながら、いっこうに歩みを止めず、一歩一歩壁のなかを歩いて行くのだった。

 やがて、壁が霧のようにその女性を覆いかぶしていき、だんだんと姿は見えなくなっていく。

 声も出せずにじっと見つめているとやがて、その女性の姿は霧の中へと消えていってしまった。

 そして壁は、そこに「壁」として残った。

 美里は体中の熱がどっと無くなっていくのを感じた。

 あらゆる考えが必死に頭の中をかけめぐったが、いつまでたっても答がでない。

 そして、とうとう精神の一角が破綻した。

 美里は、生まれてはじめて力いっぱい悲鳴をあげたのだった。

 ………美里の話が終わりを告げた時、ふいに部屋の明かりが消えた。


「きゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 100ホンはこえている美里の声に、一同は頭を抱えるようにして耳を押さえたが、被害を免れることはできなかった。

 耳を押さえ損ねたみずきなどは、そのままの状態で硬直してしまったほどだ。


「こっ、これは効いた」


 さすがの榊もよろめいていると、後方から声が聞こえた。


「なにをやっとるんじゃ………いいかげんに寝ろ」


 出入口にあるスイッチに手をかけながら言ったのは、理事長だった。


「はーい」

「はいはい」

「Yes,Sir」

「はい☆」

「そうですね」


 どうにかおのおの返事を返し、各自の布団にもぐり込む。

 綾はみずきの手をとった。


「みずき君は私の部屋で寝ようか」

「うん!」


 みずきが嬉しそうに返事をすると思わず男どもが羨ましそうな顔をしたが、美里が睨みをきかすと、すぐに顔をもとに戻した。

 綾が理事長の横から部屋の外に出ると、最後の電気も消された。

 ひょっこりと綾が顔を出し「おやすみなさい」と笑顔で部屋の中の面々に言うと、同じ返事が元気よく返ってきた。まだまだ、体力はあまっていそうだ。

 理事長もすでにあきらめているようで、「うるさくない程度にな」と言って障子を閉めた。理事長の注意と予想は忠実に実行され、彼らは半分がこの日の夜を貫徹した。



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