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Campus City  作者: 京夜
降霊
30/31

第4話 肝試し

「きゃっ! やだ! ちょっと、きゃあーーーー!!!」


 体全体で弥生に抱きつきながら、美里は叫べるだけの悲鳴をあげる。

 男どもは笑いころげているが、そんなことを気にしている暇もなかった。

 美里の叫び声は、いつまでたっても止むことを知らない。

 30分をすぎてやっと笑うのに飽きてきた榊が、先頭の弥生に声をかけた。


「おーーい、弥生ぃーー。そろそろ引き返そう」


 しかし、弥生は振り向かず、ただ歩き続ける。


「ん? おい、弥生」


 榊の声は闇に吸い込まれていった。

 まだ歩き続ける弥生を不審に思った未杉が、軽く歩を進め弥生の肩に手をかけた。


「どうしたんですか? 弥生さん」


 弥生の足がぴたりと止まる。


「……………………」


 歩を止めてもしばらく振り向かなかった弥生は、やがてゆっくりと未杉の方を振り向いた。

 その振り向いた弥生の顔を見た美里が、あらん限りの悲鳴をあげた。

 振り向いた弥生の顔は、焼けただれた骸骨だった。



「ん? 榊達はおらんのか」


 暇になった理事長が話し相手を求めて部屋にやってきたが、中には御影と綾がいるだけだった。

 御影が寝てしまったためか、つけっぱなしのTVの音量も小さくなっていて、静かな虫の音のみが部屋に広がっている。


「ええ、お墓の方に散歩に出かけたみたいです」

「ふむ」


 理事長は顎に手を当てしばらく考えていたが、ふいに綾にこう声をかけた。


「綾、おそらく2・3人は倒れて帰ってくるだろうから、布団の用意をしておいてくれんか? …………何もせずに帰ってくるようなタマじゃないからな、奴らは………」


 理事長の予言は、忠実に再現されていた。



 美里が弥生の服をつかんだまま気絶し、由岐がそのまま後ろにぶっ倒れ、意外にも未杉が立ったまま意識を無くし、斉藤が墓石を抱いている中、榊だけはかんらかんらと高笑いをしていた。


「さすが演劇部部長。メーキャップのうまいこと」


 どうにも本物としか思えない骸骨がため息をつくと、おもむろにその仮面をひっぺがえした。


「何でそんな平然としてられるの? 面白くない」

「あいにく、ずっと一人で先頭を歩いていることでぴんと来たもんでね………さてさて困ったもんだ。未杉まで気絶しちゃったよ」


 しかし、榊の声はそれほど困った様子でもなかった。

 腹の奧から息を吐き出して、やっと落ち着いた斉藤は妙に疲れた足どりで榊のそばまでたどりついた。


「おっ、お前らは……」

「斉藤は無事だったな。すまんが、由岐を頼む」

「…………………………解った」


 反抗する気力もなくなった斉藤は、いちばん小柄な由岐を背負った。


「弥生は未杉が起きたら、二人で歩いて戻ってきてくれないか? もし嫌だったら、由岐を背負ってもらうことになるが」

「待っているわ。未杉君の寝顔でもじっくり見ながらね」


 相変わらず恐がる表情一つ見せずに弥生が答えると、榊は美里を背負い、斉藤と共に歩きだした。

 しばらく動かずに榊達の後ろ姿を眺めていたが、やがて角を曲がり見えなくなると弥生は道ばたに倒れた未杉の横に座り込んだ。

 同時に、静けさが辺りを覆う。

 静かすぎるほどの闇の世界では、耳元をすぎる風だけが唯一の音だった。


「静かね……」


 その声さえも、闇に吸い込まれていくようだった。

 恐さはない。

 しだいに意識が外側に拡散していき、周りには墓石と草木しかないことを肌で確認しようとも、弥生に恐さはなかった。

 いつもよりも強気でいられる自分をちょっと不思議に思いながら、弥生は髪を後ろにながした。

 同時に風が吹き抜ける。弥生は目をつぶった。

 そのすべてを感じとろうとするかのように。

 そして、ほんの少しだけ身震いした。

 右側ほんの数メートル離れたところにある柳がぼうっとした光をのばし、ここまで影を落としている。足下には熱を放射しきった石が、ひんやりと冷たい。

 美里は恐がったが、墓石も不思議に暖かい色の光を反射して、見ていても綺麗だった。

 弥生は未杉を起こすことも忘れ、しばらく膝を抱え込み、目を閉じた。


『浴衣なんて久しぶり………』


 などと考えながら。

 虫の音が再開される。

 静かな、それでいて遠くまで響く、確かな音色。


『次の劇は日本古典でもいいな……』


 そこまで思考を進め、弥生は思わず笑ってしまった。

 ここまで来て、学校のことを考えることはないなと思い当たったのだ。

 目を開け、弥生は目下とるべき行動を開始した。


「未杉くーーん。起きてぇ」


 弥生は未杉の頭をポンポンとたたく。まったく反応はなかったが、だからと言ってやめることもできず、もう一度同じことを繰り返そうとした。


 ざわっ


「ん?」


 音のした柳の方を向くと、そこには見知らぬ男の子が立っていた。

 透き通るような白い肌。

 ぱっちりとした目。

 短く切った髪。

 10才ぐらいの、やもすると女の子と間違えてしまいそうな美少年。

 綾と同じように、背にする柳が不思議にあっていた。

 あまりにも透き通るような白さのため弥生は一瞬幽霊かとも思ったが、すぐにそのことを否定した。彼の二本の足は、しっかり地面についている。

 動転しかけた気をどうにか落ち着かせ、弥生は静かにこう尋ねた。


「どうしたの? こんな、ところで」


 しかし少年は、まるで怒っているかのようにきゅっと唇を閉じてしまった。

 どうやら弥生に対して警戒心を抱いているらしい。


「話したくないの? それなら、それでいいけど」


 淡泊な性格の弥生には、関わって欲しくないと思っている者に対してわざわざ関わろうとするほどの意欲はない。弥生はそれっきり、ぷいっと横を向いてしまった。

 しかし、かえって少年は困ってしまった。

 もっと尋ねられたり、近づいてこられたりするかと思いきや、反対にそっぽを向かれ、少年はどうしたらいいか解らず立ちすくんでしまったのである。

 弥生もそれに対してなにも行動を起こそうとはしない。軽くぽこぽこと、未杉の頭をこづくだけだった。

 くつろいで待っている者と、考えあぐねている者とではしょせん勝負にならず、少年は一分もすると意を決して弥生に近づいて来た。

 すぐ横に立ち止まって初めて、弥生は真剣な表情の少年の顔を見る。

 少年は真剣な表情のまま、語りだした。


「道に迷ったんや。教えてくれんか」


 関西弁に近いイントネーションはどちらかと言えばこの美しい少年には似合わないが、歳相応の雰囲気は出た。弥生は初めて少年に対して微笑みかけ、頭を撫でてやった。


「正直でよろしい」


 少年は子供扱いされるのが嫌いなようで、露骨に嫌な顔をした。


「止めてくれ。その手」


 弥生は解っていたのか、すぐに手をひっこめた。


「正直になりなさい。肩はっててもいいことはないわよ」


 さてさて、この言葉は誰に向かっていった言葉か。

 この少年と、そして在りし日の自分に対しても言ったつもりの弥生だったが、あんがい今の自分にも当てはまるような気がして弥生は苦笑いをしてしまった。


「うるさいやい。さっさっと教えてくれんか」

「残念ね、ボーイ。この人が起きてからね。まあ、ゆっくりと待ちましょう」


 弥生は笑った。



 家まで無事につくと二人のことは斉藤と綾に任せ、榊は玄関で走りやすいスニーカーに履きかえ、もう一度きた道を引き返そうとして家を飛び出した。

 外は電灯も少なく、闇ま中につっこんだかのような錯覚をとらわれるほど、暗かった。さすがの榊も目が慣れるまでしばらく立ち止まらざるをえなかった。

 そして目が慣れた頃に見えたのは、昼間にみた雑木林と、ひとつの影だった。

 一人……しかも女性のものだということが、やっとのことで確認できた。

 ここに住んでいる全員の姿を思い浮かべ、そこにいる人物がその誰でもないことを確認した時、その女性が榊に対して声をかけてきた。

 ただし、数メートル離れたままで ---- 。


「あの、このお屋敷の方ですか?」

「あっ、はい」

「あの……10才ぐらいの子供が、こちらの方に来なかったでしょうか?」


 子供、ああ、そういえば美里が……


「ええ、見かけたようです」

「あっ、そうですか……やっぱり。あの、非常に申し上げにくいのですが………その子をここで一泊させてやって下さらないでしょうか? いつも、口癖のように泊まりたいと申しておりましたので」


 幾ばくか事情がのみこめないところがあったが、とにかく子供一人ならば十分のゆとりがあるし、それぐらいなら綾さんもと考え、何はともあれうなずいてみせた。

 少なくとも、見つかりしだい家に返す方が面倒だし、危ない。ここに至るまでの坂は、片方が崖になっている所が多いうえに、道中には電灯も少ないのだ。

 母親らしきその女性はこの暗闇でもこちらがはっきり見えるのか、ほっと安心したように息をつき。


「それではお願いします」


 というが早いか、足早に坂を下りていき、見えなくなってしまった。

 いくつかの疑問がまだ頭の中に残っていて、そのことを聞こうかと思って声をかけようとしたが、すでに気配はなくなっていた。


「はやい………なぁ。慣れてるのかな?」


 榊はしばらく立ち止まって考えていたが、大した答は出てこなかった。

 おもむろに頭を振ると、なにはともあれ榊は弥生達の所に行くことにした。

 十時をやっと回ったところだが、外は十分暗い。

 柳の中の街灯がかなり明るく光り、ライトなしでも行動に差し支えはないが、道を間違えて外に出てしまえばそこは一切の闇だ。

 弥生が一人で歩き出すようなこともないだろうし、未杉が帰り道を間違える心配もないが、いちおう道を急いだ。

 とにかく一本道の少ない墓場で榊はまた角を曲がり角を曲がり、なんどか柳を越えていった。

 すると、早足で歩いていた榊と、やっと起きた未杉達は角を曲がったところでぶつかり合うようにして出会った。


「お!」

「わぁ!!」

「あら、会長」


 弥生がにっこりと笑って、


「心配して来てくれたの?」


 と聞いたが榊はそれには答えず、弥生の手をつかんでいる少年を見た。


---- ああ、この少年が……


「道に迷ってたみたい」


 榊は弥生の説明にうなずきもせず、しばらくその少年の顔を眺めた。


「会長?」

「ん? あっ、ああ………すまない」


 さっきまでは大して気にしていなかったあの女性の不可解な点が、この少年の顔を見ると急に浮上しはじめ、一つのパズルが榊の頭の中でできあがった。

 何か聞き出そうかと思い口を開いたが、とたんにその少年がきゅっと口を閉じ、弥生の手をぎゅっと握りしめたのを見て、やめた。

 この少年の口は貝よりも堅たそうだ、と言うことを本能の方で察知してしまうと、出てくる言葉も出てこなくなったのだ。

 榊はあきらめてため息をつくと、榊の行動を理解できぬ二人に声をかけた。


 「さあ、帰ろう。本当に幽霊が出てもおかしくない時間だからね」



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