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Campus City  作者: 京夜
短編
26/33

流星群

 さわさわさわ、さわさわさわ…………ざっ…


 ある夏の、夜中の十二時、------ 森の中は葉のこすれあう、ささやくような音で満ちていた。

 いくつもの樹木が寄り添いあい、その小さな葉と葉をふれあわせる。

 優しく吹きわたる風は広い森全体を小川のように流れ、時には弱々しく、時には強く、大地にしっかりと根をはる樹木を揺さぶる。

 その風にさわさわさわと、葉と葉はお互いの体をこすり合わせ、静かな音をたてていた。

 木々の枝の隙間から月が、その白く冷たい光で森を照らし出す。

 月光は葉にあたり柔らかな緑を浮かびあがらせ、樹木にあたり、落ち着く深い茶色をぼやっと浮かびあがせていた。

 岩はその光を体一杯に浴び、冷たい、灰色の光をそのまま返す、-------- 冷たくそして暖かい、夜の森。


 森の中は風と光で今にも歌いだしそうで、獣道のような葉で埋もれてしまっている道を歩く四人の心をうきうきさせた。


 夏も盛りの八月二十一日とはいえ、涼しい夜のこと。


 4人は夏の夜空の一大イベント「ペルセウス流星群」を見るために、夜中を待って寮を抜け出し、学園の最北端にある通称「高天原」と呼ばれる一面の草原に向かって、夜中の森を歩いていた。


 かさかさかさと、獣道を歩く綾の足元で音がする。靴底に感じる柔らかい土の感触。暖かく頬を撫でる風。

 綾はにやける一歩手前のような笑顔をして斉藤の後ろを歩いていた。


 綾は自然にふれることが、人とふれあうことの次に好きだった。それは人と同じく、時には優しく、時には厳しかったりするが、いつも変わらず自分を包み込んでくれるから………。

 目を閉じれば、森には風の音が満ちている…………。


 さわさわさわと、風の音がする…………。


ざっ


「おっ、ついた」


 先頭を歩く斉藤の声が聞こえると、綾はつぶっていた目を開けた。


「わっ……」


 目の前の視界が急に広がる。

 瞳にはただ一面に野原………。地には限りなく草がはえ揃い、空には限りなく星が広がる。

 ひときわ強い風がざっと野原を駆け巡ると、綾は軽く髪をおさえ、体で風を受けとめた。


 体の中を、風が通り抜けていくような爽快感。

 服がはたはたと音をたて、髪が舞った。

 やや前傾姿勢になって風に向かう斉藤が、遥か遠く、草原の中央あたりの2つのシルエットを見つけ、思わず声をあげた。


「いたいた……」


 斉藤が再び歩き出すと、綾も遅れないようにあとを急いだ。


「やっときたか」


 かなり本格的な望遠鏡をセットしていた榊が4人の到着を迎えてくれた。

 彼はまがりなりにもこの学園の生徒会長をしている人物なのだが、ほとんどその仕事もせず、今日も彼の天敵とも言える鬼の副会長の手を逃れ、この観察に参加していた。


「やあ、いらっしゃい」


 その榊のとなりにいた、がっしりした体格の人物が同じように声をかけた。今回の観察の発起人とも言うべき天文部部長の海部悠介、その人である。


 そもそもこの学園の天文部と言うのは「宇宙に行く」ことを最終目的とする星気違い連中の集まりであるから、部員は誰もががっしりした体を持ち、そしてなによりも遠くを見つめているような、綺麗な瞳をもっていると言う特徴があった。

 彼もその条件にはずれない、いい体格と綺麗な瞳を持ち合わせた人物だった。


「よお、悠介! ………… なんだ、やっぱり榊もきたのか」


 先頭の斉藤がやっと丘を登りきり、答えた。久しく櫛を通していないような髪を手櫛でかきあげ、やや細身の顔に笑みを浮かべる。


「もしかして後ろの女の子達………噂の芹沢姉妹さんかな? もう一人は………」


 悠介が斉藤の方に近付きながら、後ろに続いて歩いて来る3人を見る。


 斉藤のすぐ後ろにいた綾は、自分のことに言われるとどきっとしたように体をすくめ何か言おうとしたが、さきに榊が紹介してくれた。


「お噂の、理事長の姪、綾姫だよ」

「おぉ、」


 山が揺れるというのはこんな感じであろうか。近寄って来る悠介の姿は、まさにそんな雰囲気があった。


「これは、これは、お初目。いやぁ、あなたが炎城さんか」


 握手を求められ、恐る恐る応じると綾の手はすっぽりと彼の大きい手のひらでおおわれてしまった。


 思わず「大きい………」と綾が呟くと、悠介は握っていた手をはなし、恥ずかしそうに頭をかいた。

 綾にそうさせるだけの魅力があるのも確かだが、どうやら悠介はかなり恥ずかしがりのようだった。


 綾の後ろについていた「噂の芹沢姉妹さん」こと、美那と菜緒もいつも通り明るく挨拶をすると、悠介はにっこりと人懐っこい笑顔を浮かべ、歓迎の意を示してくれた。


 土星のわっかの石と同じように、地球の周りにも大小の石がけっこう飛び回っている。

 それが、ときおりバランスを崩し地球に舞い降りる ------ これが、願いを叶えてくれると言う、あの「流れ星」なのだが、その「流れ星」、案外見たことがない人の多いが、ときおり気まぐれを起こして信じられないほど落ちてくる日がある。

 科学的に言ってしまうと、局地的に小惑星のように沢山石が集まっている所があり、ある日ちょうど角度がいいところにくると、落ちてきてる沢山の石が「見える」時がある、と言うことなのだ。

 これがすなわち「流星群」なのだが、日にちが決まっていると言うあたりもいれて、さしずめ流れ星のバーゲンのようなものである。


 今回は、その「流星群」の中でも特に有名な「ペルセウス流星群」を見るために、綾達はこの野原を訪れたのだった。


 綾、美那、菜緒の3人娘は悠介のすすめに従って、その草原におもいっきり大の字になって寝転がった。悠介が自慢げに「これが正しい星の見方だ」と言うだけあって首も疲れないし、空全体が見渡せるいい見方だった。その上、背中は草がふかふかしていて気持ちがいい。3人はじゃれあいながらも、やがて空を見上げ静かに流れ星を待った。


 榊の方は片膝をたてて草原に座り込んだが、悠介は自分の言葉通り、綾の近くの草原にドシンと大の字になって横たわった。


 一瞬静かになった6人の上を涼しく、甘ったるいような風が通り過ぎる。


「わっ、いい気持ち!」

「ねぇ」


 菜緒の声に思わず綾が賛同してしまったその時、真剣に空を見つめていた美那が「あっ……」と声をあげた。一等星ほどの輝きを見せた星が突然、流れたのだ……。細くわずかな軌跡を残し、星はすぐに消える……。


 一瞬の静寂。


 そして吐息のようにほっと、呟きがもれた。


「綺麗…………」 

「わぁ…………」


 前半が綾、後半が菜緒の言葉だった。


 ふたたび、あたりは静かになる。


「けっこう短いものなんだね……」


 初めて流れ星を見たと言う榊が、依然としてぼぉっと空を眺めながら呟いた。悠介は軽く、相槌をうってくれた。


 そう、長く空を横切ると言うより、むしろぱっと流れて消えていく…………そんな感じに、流れ星と言うものは似ている。こんな表現ではおかしいかも知れないが、何か小指か親指ぐらいの小さな軌跡を残して、流れ星と言うのはどこかへと消えていってしまうのだ。何とも、儚くも……。


「とてもじゃないが、願い事を3回も言えないね」


 斉藤が苦笑いをしながら言うと、悠介は慣れた調子で


「かね・かね・かね」


 と正確に3回、早口に呟いた。

 そのあまりの慣れた調子に、一瞬の静寂の後、一同は吹き出して笑った。


「あっ、また……」


 綾の言葉は正しかった。まだ笑いもさめやらぬ頃、また星が流れた。

 親指ほどの軌跡を残して、星は消える。ほんの一瞬、彼は天空で一番明るく光り、そして一番暗い星になる。

 それは、儚くも美しい、星のエンターテイメント。


 再びもとの暗さを取り戻した空を、みんな静かに見つめていた。


「私…………流れ星って、やっぱりあのとおーくに見える星と同じぐらい遠くから、地球に落ちて来るのかなぁ…………って…………、思ってたんです……。昔………」


 遥か彼方からはるばる地球に飛来する流れ星を想像しながら、しかし、誰も綾の言葉を笑いはしなかった。誰もが同じような事を、少なくとも幼い頃に一度は、考えたことがあった。


 遠く、とおーく、何光年も向こうから飛来し、地球に流れ着く星。そんなイメージを小さい頃に一度は、持ったことがあった。


 それは幼稚な考えではなく、大きな夢を持ち合わせた、素晴らしい考えであったことを誰もが知っていたから、誰も綾の言葉を笑いはしなかったのだった。


 また一つ、星が…………。


 風は大地を撫で、草を揺らし、この頬を触る。どこか柔らかで、暖かな風。


 背中合わせの地球はどこか暖かく…………、空は限りなく広がる。


 本物のプラネタリウムを最後まで見届けられた人は、榊と悠介の二人だけだった。


 斉藤は35、美那は30、菜緒は18、そして綾は14の流れ星を見たところで、寝息をたてはじめ、夏の夜を高天原ですごすこととなった。


 それは8月の終わり、虫が静かにハーモニーを奏でる夜のこと…………、天はその様子を笑うかのように、いつまでもその星の流れをとめることはなかった。




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