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Campus City  作者: 京夜
外伝「榊と斉藤」
24/32

第7話 二人の復讐

 ノクトビジョンになっているスクリーンの右端に、デジタルで現在の時間が表示されていた。

 金網の前に立っている美那と菜緒は、それぞれパワードスーツに身を固めながら、デジタルの時計の数字を見ていた。

 分のところが34から35に変わる。


 作戦開始---


「いくわよ。菜緒」

「うん」


 赤の美那は軽くその場に沈み込み、勢い良くジャンプした。

 2mほどジャンプし、てっぺんの網に片手をひょいっと掛け、その金網を台にして、そのまま又、飛び上がる。

 美那は柵を越え、反対側の草地に音もなく降り立つ。

 すっくと立ち上がり、菜緒はどうしたか後ろを振り返った。


「おねーちゃん、器用ぉー」


 菜緒は腰に手を当て、面倒くさそうに金網を見、軽く息をつく。

 やがてゆっくり歩き出すと、金網をがっしりつかんだ。


「まさか………」


 美那の頬に汗が流れる。


「よいしょ!」


 菜緒は、手に力を込め始めると、金網はいとも簡単に引き裂かれていった。

 金網が音をたてて曲がっていき、穴が開いていく。


「何やってのよー」


 美那が愚痴のように言うと、菜緒はふくれたように返した。


「だって、陽動作戦なんでしょ? いいじゃない」

「いいけどね……。さあ、いくわよ」


 美那が建物に向かって走り出すと、菜緒も追いかけて行った。


 斉藤は箱にしまっていた試験管の束を取り出し、取り出しやすいように並べた。

 一通り済むと大体時間になっていた。

 斉藤は時計を見、35分になっている事を確認すると、懐から試験管を一本取り出した。

 灰色の液体が、重そうに揺れる。

 斉藤は楽しげに試験管のコルクの蓋を抜くと、試験管を右手に持った。

 そして、ゆっくりコンクリートの壁に向かって行く。

 1mぐらい前で立ち止まる。

 そして、試験管の中身をコンクリートにぶっかけた。

 灰色の液体は横一線に広がり、壁に一の文字を書く。

 途端にその部分だけ赤くなったと思うと、その赤い線は段々下に動き始めた。

 そして、その赤い線の通った後には何も残らず、中の草地が望めた。

 徐々にその穴は大きくなり、赤い線は地上に着くと、途端にその色を無くし、どこかに消えてしまった。

 そしてそこに、人が通れるほどの穴がぽかりと出来上がった。

 斉藤はそれを眺めながら一言。


「もっと、濃度を強くした方がいいな…………この程度の物で3秒もかかるんじゃな……」



「ここね、侵入場所は」


 美那が4階の建物の壁をこんこん叩きながら言うと、スクリーンにさっき見た地図が映し出され、そこで正しいことを告げた。


「よし」


 美那はこんこんやっていた手を振り被り、コンクリートの壁をぶっ叩く。


「はっ!」


 気合いの声と共に、美那の拳がコンクリートの壁にのめり込む。

 ぶっ叩いた所を中心に、コンクリートの壁には放射線状にひびが延びていった。

 菜緒はそのひびを伝って行って見た。

 菜緒の視線はどんどん上がっていき、とうとうてっぺんにたどり着いた。

 それと同時に壁は崩れ落ち、ひびの入っていた4階までの全ての壁が崩れ落ちた。

 土砂が崩れるような音と共に、コンクリートのかけらが落ちてくる。

 一際大きい音をたて、全てのかけらが地上に落ちた。

 その土砂の中、平然と立っている美那と菜緒は壁のない建物を眺めた。

 それぞれの階から光が漏れ、中の様子がはっきり見える。

 菜緒はじっと美那の方を見た。

 美那はその菜緒の視線を逃れるように視線を移し、頭を掻いた。


「ちょっと、強かったわね」



「南館と北館の一階でそれぞれ侵入者発見。警備員はただちに集まって下さい」


 うるさいほどのベルとけたましい足音の中、女性のインカムが入った。

 慌ただしく人が行き交う中、人の波をかき分けて警備員が走って行く。

 西館の第四階。

 大きなフロアの一室。

 ドア一枚を通して、中は静かだった。

 中からは、外の足音がいやに遠くに聞こえる。

 その騒ぎに初めて気が付いたように、白衣を着た男は顔を上げた。

 しばらく、顔を上げたままドアの外の音を聞いていた。

 そして、ねずみの入ったガラスケースを右手で叩くと、叫んだ。


「安田!」


 すると、部屋の隅の天井にあったテレビが何かを映し出した。

 警備員らしき、体の大きな男がテレビに現れた。

 軽く一礼すると、安田という男が話し出した。


「すいません。社長。侵入者です」


 社長と呼ばれた男の眉が微かに上がる。


「誰だ?」

「斉藤です」

「何!? なぜ奴が………」

「解りません。それと、二つの武装した--たぶん人だと思います--が同時に侵入しています」

「? 二つ? ……映像をこちらに送れんか?」

「いまやってみます」


 テレビの男はそう言うと、何か下を向き、手を動かしだした。

 すると、画面は変わり、煙の立ちこめる南館の一角を映し出した。

 撤退しながら、軽銃で威嚇している警備員が見えるが、すぐに逃げ、しばらく煙だけが画面に映る。

 数秒後、赤のパワードスーツに身をまとった美那が映る。

 美那は左手で壁を砕き、そのかけらを拾うと、ぴんと弾いた。

 そのかけらは間違いなくモニターを潰し、画面は一度ブラックアウトする。

 すると、すぐ画面は変わり、今度は単なる廊下と斉藤が映った。

 斉藤は服の内側から何かを取り出す。

 そして、軽く振り被りそれを投げた。

 カメラはそれを追うように動き、逃げ惑う警備員を映し出した。

 そして、その物が床に落ち、高らかなガラスの割れる音がすると、一瞬、警備員全員の動きが止まる。

 そして、順番に倒れていった。

 その警備員を悠々と避けながら、斉藤は歩いていった。

 そして、曲がり角を曲がり、テレビの範囲から斉藤は消えた。

 するとまた画面がぶれ、元の大柄な男が現れた。


「新しい報告がありました。警備員の一人がスーツを着た二人に発砲したところ、完全に跳ね返したとの事です。新しいアンドロイドでしょうか?」

「………わからんな。とにかく、相手が斉藤なら手を抜くな。警察は………いま騒ぎをたてるとやばいな………火器の使用を許可する。アンドロイドの方はマシンガンで試してみろ。斉藤は………爆風を使え。かなり大型火器でもかまわん」

「解りました」


 そう言うと、画面は真っ黒になり、部屋の中はまた静かになった。

 男はしばらく真っ暗な宙を眺めると、ドアの方に歩き出した。

 白衣をドアの近くの棒に引っかけると、男は外に出た。

 ドアが音をたてて閉まると、中は元の闇に戻った。

 暗い部屋の中、ねずみの入ったガラスボックスだけが明るく光る。

 榊は正門の金網の前で立っていた。

 腰を落とし、軽く拳を握る。

 長く息を吐き、吐ききったところで息を止める。


「……………………!」


 急に目を開き、右の拳を放つ。


「カシュ」


 静かな音がすると、金網は開き出した。

 榊はその金網を避けるように中に入り、薄く電灯のつく建物を見た。

 闇に大きくそびえ立つその建物に、榊は走っていった。

 手際良く機関銃の用意をすると、警備員は美那達の前に走り出た。


「止まれ! 止まらんと、撃つぞ!」


 必殺の文句を必死に言い切るが、美那は相も変わらず歩いてきた。


「ひ!」


 警備員は恐怖に任せ、銃を撃った。

 キーン!

 美那は弾の当たった場所と跳ね返った弾の行方を目で追った。


「跳ね………返した………」


 美那は自分が怪我をしていないことを確認すると、再び無言で歩き始めた。


「ひ~~~~~~!」


 警備員は恐怖のためか、思いっきりトリガーを引いてしまった。

 弾が出るわ、出るわ。

 撃ち尽くした600発。

 全て撃ち尽くすとやっと落ち着きを取り戻し、目を開けた。


「いま………せんよね?」


 もの見事に真っ白な煙が立ちこめ、1m先が見えない通路を、警備員は見渡した。


「いない…………いない! やったー!」


 男は思わず、喜び叫ぶ。

 しかし、残念ながら赤の美那は現れた。

 警備員は、顎もはずれるほどに口を開け、唖然とした。


「ごめんね」


 美那はそう言うと、軽く警備員のこめかみを突いた。

 警備員はそのまま後ろに倒れ込み、気絶してしまった。


「強いわー」


 後ろから何もしていない菜緒が、感嘆の声をあげる。


「ほら、何してんの。遅れ気味よ。ちょっと近道するわ」

「えっ、近道?」


 菜緒が聞くと、美那は天井を指さした。

 菜緒が上を見ると、美那は沈み込んだ。


「先に行ってるわよ」


 美那はそう言うと、飛び上がり、コンクリートなど物ともせず、そのまま突き破って、二階まで飛び上がった。

 そして、二階の廊下に降り立つ。


「菜緒!」


 上から美那が声をかけると、菜緒も軽く沈み込み、飛び上がった。

 そして、そのまま3階まで突き破る。


「あちゃちゃ…………」


 美那は頭に手を当て、落ち込んだ。

 上からひょっこり菜緒が顔を出す。


「ごめーん。まだ、力の加減できないの」

「まったく、何してんの。早く! 行くわよ」


 美那は先に走りだした。


「はーい」


 菜緒も降りてきて、その後を追った。



 一方、斉藤の方は。

 警備員は全員撤退した。

 その誰もいない長い通路を悠々と歩いている。


「おっ?」


 一人警備員が出てきたと思ったら、手榴弾を放り投げ、また逃げて行った。

 ぽつんと、廊下の真ん中に手榴弾だけコロコロと転がる。


「おいおい。本気かよ」


 斉藤はそう言うと、近くに試験管の一本を放り投げた。

 カシャーンと音をたて試験管は割れるが、何も起こらない。

 しかし、斉藤は妙に落ち着いていた。

 どっか~~~~~ん!

 恐ろしいほどの爆発音が廊下に響いた。


「いやー、すごい、すごい」


 斉藤は、全然元気であった。

 それもそのはず。

 試験管が割れた所から斉藤側には何も被害がないのだ。

 そして、逆側は…………

 想像はつくだろう。

 左側に外の暗闇と草地が望め、右に黒くなった部屋の中が見えた。

 そして廊下の奥に、隠れていた所が半壊し、真っ黒になっている警備員の顔が見えた。


「はー、なかなか強かったな……この反射板。全て、向こう側に持って行ったはずだから、威力は倍か………。いやー、南無阿弥陀仏」


 それを聞いてか、警備員はそのまま後ろにぶっ倒れた。


「この部屋までは入れますまい」


 社長室では、ここの責任者と安田とか言う警備員がいた。

 安田は言葉を続けた。


「厚さ10センチの鉄の壁。そして、この新素材で作ったドア」


 安田は自分の演説に少し酔いながら、部屋の中を歩き回った。

 責任者は疲れ気味に椅子に座り込んだ。

 安田は続けた。


「たとえ、あの怪物どもでも侵入は無理です」


 ドアを叩きながら安田は言った。

 責任者は顔を落とし、呟いた。


「だといいな……」

「は?」

「私たちの方が早かったみたいね」


 美那は集合場所のはずの部屋の前に着くと、立ち止まった。


「ふー。ノブはなしか。叩き割るか………」


 美那は例の如くふりかぶり、ドアの中心を突いた。

 しかし、わずかに曲がっただけで、ドアは全く開かなかった。


「! 今までと違うわ!」


 美那は再度ふりかぶり、ぶっ叩いた。

 かなりへこんだが、しかし、まだ大した傷ではなかった。


「こまったわ……………」

「姉さん」

「え?」


 今までずっと後ろについて来ただけの菜緒の方を向いた。

 菜緒はすっと前に出た。


「菜緒………」

「やらせてくれる? 一回だけ………」

「…………いいわ」


 美那はすっと後ろに下がり、菜緒に場所を開けた。

 菜緒がその場所に移る。

 菜緒はそのドアに手をついた。


「思いっきり…………心にあることを全て、叩きつけてやりなさい」


 菜緒はこくりとうなずくと、美那よりも大きくふりかぶった。


「お父さんや、お母さんを奪った研究所なんて………」


 そして、渾身の力を込めて、放った!


「壊れてしまえ-----!」


 その途端、壊れるはずのないドアは真っ二つに割れ、安田もろとも壁にたたきつけられた。

 もうもうたる煙の中、赤とピンクのスーツを着た美那と菜緒が現れる。

 二人はゆっくり歩いて、中に入ってきた。

 すぐその後に斉藤も中に入ってきた。

 責任者の顔に初めて緊張の色と、冷汗が流れた。


「さっ、斉藤! いったい何のようだ!」


 わずかに声は震えていた。


「俺は用はないさ。こいつらだよ」


 美那と菜緒は向き合うと、美那が自分のヘルメットを上げた。

 そして、責任者の方を向いた。


「殺した相手の子供の顔ぐらい覚えといて下さい」


 責任者の顔に初めて、恐怖が浮かぶ。


「せっ、芹沢!」


 責任者は亡霊でも見るかのように後ずさった。

 美那の顔は死んだ母の顔にそっくりだったのだ。

 ゆっくり歩き出すと責任者は椅子にへばりついた。

 その時、後ろから男の声がした。


「社長。あきらめろ。もう、終わりだ」


 さっとみんなの顔が入口の方を向く。


「さっ、榊!」

「お久しぶりです」


 榊はがれきを避けながら、ゆっくり中に入ってきた。

 美那の肩を軽く叩き、そのまま社長の所まで歩いて行く。

 机のすぐ前で立ち止まり、手に持っていた白いファイルを前に出し、ちらつかせた。


「そっ! それは………」


 明らかに、まずそうな表情を浮かべる。

 榊は、あくまで穏やかな表情で向き合った。

 実はこの表情が一番恐い時であるのを知っているのは、斉藤だけである。

 榊と向かい合っている社長なみに、斉藤は背筋が寒かった。


「まさか、本当に人体実験をしているとは思いませんでしたよ。しかも、これだけの数をね」


 榊はファイルをパラパラとめくった。


「それは………」

「何か言い訳ができますか?」

「いっ、いや。その…………」


 榊は軽く手を上にあげた。

 そして、見えないような早さで振り下ろした。

 バクッ!!! バキッ~~ン!!

 ざっと、社長の体の中を風が吹き抜けた。

 それも、そのはず。

 大きく、太い木でつくられた高価そうな机が、榊の手刀のもとにもの見事に両断され、地に伏してしまったのである。

 気絶しないだけでも、大したものである。

 榊はそのまま後ろを向き、斉藤達の所に戻って行った。

 榊は寄り添って立っている美那と菜緒の方を向く。


「あとは、任せるよ」


 そう言い残すと、美那と菜緒の肩を軽く叩き、斉藤のとなりに並んだ。

 菜緒もヘルメットを脱ぎ、お互い顔を見合わせた。

 いつになく真剣な顔でうなずくと、責任者の方を向いた。

 その二人の視線を受け、一瞬、社長はびくっとした。


「最後の審判を下すのは彼女らだ。せいぜい好運を祈りな」


 榊がそう後ろから言うと、美那と菜緒はそれぞれ歩き出し、社長の横についた。

 美那が社長の右、菜緒が左に立つと、またお互い顔を見合わせ合図した。

 社長は、動かなかった。

 いや、動けなかったのだろう。

 そして、美那と菜緒は手を振りかざした。

 社長は体を硬直させ、顔を引きつらせた。

 斉藤と榊は、どうなるかを見守った。

 緊張の時が流れる。

 そして、二人は同時に拳を放った!

 風を切る、すさまじい音が響いた!


 ビュ!!!


 一瞬だけ、時が止まる。

 斉藤は一瞬閉じてしまった目をゆっくり開けた。

 斉藤は血の散乱した部屋を思い浮かべていたが、部屋は案外きれいだった。

 美那と菜緒の手は、社長の顔の寸前の所で止まっていた。

 そしてお互い、責任者の頬を“とん”とだけつつく。

 それだけだった。

 責任者は、緊張の糸が切れ、床に崩れ落ちた。

 音を立て、床に伏す。


「へへ」

「ふふ」


 美那と菜緒はお互い顔を見合わせ笑った。

 そして笑いながら、急に目に涙を浮かべた。

 やがて笑い顔が泣き顔になると、二人で抱き合った。

 そしてついには、大泣きしだした。

 美那も菜緒も。

 同じ様に泣いた。

 榊は横の斉藤をつつく。

 斉藤は何かと向くと、榊は言った。


「大物だな、あの二人」


 すると、斉藤は鼻で笑い、榊に言い返した。


「当たり前だ。俺達のクラブ員だぜ」


 相変わらずの自信ありげな言葉に榊は思わず笑ってしまった。


「ははは」


 すると、斉藤もつられ、笑い出した。


「くっくっくっ」


 そして、お互い肩を支えながら、大声で笑い出した。

 まるで、全てを笑い飛ばすかのように二人は笑った。

 美那と菜緒は、その反対に大声で泣いた。

 まるで、悲しくて泣いているかのように、そして嬉しくて泣いているかのように。

 部屋は、狂ったような笑い声と泣き声がこだまする。


「はぁっはっはっ!」

「あ----ん!」

「はははは!」

「なお---!」


 そんな時、森のどこかで、ふくろうが鳴いたような気がした。


 夜は更けゆく。



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