第7話 二人の復讐
ノクトビジョンになっているスクリーンの右端に、デジタルで現在の時間が表示されていた。
金網の前に立っている美那と菜緒は、それぞれパワードスーツに身を固めながら、デジタルの時計の数字を見ていた。
分のところが34から35に変わる。
作戦開始---
「いくわよ。菜緒」
「うん」
赤の美那は軽くその場に沈み込み、勢い良くジャンプした。
2mほどジャンプし、てっぺんの網に片手をひょいっと掛け、その金網を台にして、そのまま又、飛び上がる。
美那は柵を越え、反対側の草地に音もなく降り立つ。
すっくと立ち上がり、菜緒はどうしたか後ろを振り返った。
「おねーちゃん、器用ぉー」
菜緒は腰に手を当て、面倒くさそうに金網を見、軽く息をつく。
やがてゆっくり歩き出すと、金網をがっしりつかんだ。
「まさか………」
美那の頬に汗が流れる。
「よいしょ!」
菜緒は、手に力を込め始めると、金網はいとも簡単に引き裂かれていった。
金網が音をたてて曲がっていき、穴が開いていく。
「何やってのよー」
美那が愚痴のように言うと、菜緒はふくれたように返した。
「だって、陽動作戦なんでしょ? いいじゃない」
「いいけどね……。さあ、いくわよ」
美那が建物に向かって走り出すと、菜緒も追いかけて行った。
斉藤は箱にしまっていた試験管の束を取り出し、取り出しやすいように並べた。
一通り済むと大体時間になっていた。
斉藤は時計を見、35分になっている事を確認すると、懐から試験管を一本取り出した。
灰色の液体が、重そうに揺れる。
斉藤は楽しげに試験管のコルクの蓋を抜くと、試験管を右手に持った。
そして、ゆっくりコンクリートの壁に向かって行く。
1mぐらい前で立ち止まる。
そして、試験管の中身をコンクリートにぶっかけた。
灰色の液体は横一線に広がり、壁に一の文字を書く。
途端にその部分だけ赤くなったと思うと、その赤い線は段々下に動き始めた。
そして、その赤い線の通った後には何も残らず、中の草地が望めた。
徐々にその穴は大きくなり、赤い線は地上に着くと、途端にその色を無くし、どこかに消えてしまった。
そしてそこに、人が通れるほどの穴がぽかりと出来上がった。
斉藤はそれを眺めながら一言。
「もっと、濃度を強くした方がいいな…………この程度の物で3秒もかかるんじゃな……」
「ここね、侵入場所は」
美那が4階の建物の壁をこんこん叩きながら言うと、スクリーンにさっき見た地図が映し出され、そこで正しいことを告げた。
「よし」
美那はこんこんやっていた手を振り被り、コンクリートの壁をぶっ叩く。
「はっ!」
気合いの声と共に、美那の拳がコンクリートの壁にのめり込む。
ぶっ叩いた所を中心に、コンクリートの壁には放射線状にひびが延びていった。
菜緒はそのひびを伝って行って見た。
菜緒の視線はどんどん上がっていき、とうとうてっぺんにたどり着いた。
それと同時に壁は崩れ落ち、ひびの入っていた4階までの全ての壁が崩れ落ちた。
土砂が崩れるような音と共に、コンクリートのかけらが落ちてくる。
一際大きい音をたて、全てのかけらが地上に落ちた。
その土砂の中、平然と立っている美那と菜緒は壁のない建物を眺めた。
それぞれの階から光が漏れ、中の様子がはっきり見える。
菜緒はじっと美那の方を見た。
美那はその菜緒の視線を逃れるように視線を移し、頭を掻いた。
「ちょっと、強かったわね」
「南館と北館の一階でそれぞれ侵入者発見。警備員はただちに集まって下さい」
うるさいほどのベルとけたましい足音の中、女性のインカムが入った。
慌ただしく人が行き交う中、人の波をかき分けて警備員が走って行く。
西館の第四階。
大きなフロアの一室。
ドア一枚を通して、中は静かだった。
中からは、外の足音がいやに遠くに聞こえる。
その騒ぎに初めて気が付いたように、白衣を着た男は顔を上げた。
しばらく、顔を上げたままドアの外の音を聞いていた。
そして、ねずみの入ったガラスケースを右手で叩くと、叫んだ。
「安田!」
すると、部屋の隅の天井にあったテレビが何かを映し出した。
警備員らしき、体の大きな男がテレビに現れた。
軽く一礼すると、安田という男が話し出した。
「すいません。社長。侵入者です」
社長と呼ばれた男の眉が微かに上がる。
「誰だ?」
「斉藤です」
「何!? なぜ奴が………」
「解りません。それと、二つの武装した--たぶん人だと思います--が同時に侵入しています」
「? 二つ? ……映像をこちらに送れんか?」
「いまやってみます」
テレビの男はそう言うと、何か下を向き、手を動かしだした。
すると、画面は変わり、煙の立ちこめる南館の一角を映し出した。
撤退しながら、軽銃で威嚇している警備員が見えるが、すぐに逃げ、しばらく煙だけが画面に映る。
数秒後、赤のパワードスーツに身をまとった美那が映る。
美那は左手で壁を砕き、そのかけらを拾うと、ぴんと弾いた。
そのかけらは間違いなくモニターを潰し、画面は一度ブラックアウトする。
すると、すぐ画面は変わり、今度は単なる廊下と斉藤が映った。
斉藤は服の内側から何かを取り出す。
そして、軽く振り被りそれを投げた。
カメラはそれを追うように動き、逃げ惑う警備員を映し出した。
そして、その物が床に落ち、高らかなガラスの割れる音がすると、一瞬、警備員全員の動きが止まる。
そして、順番に倒れていった。
その警備員を悠々と避けながら、斉藤は歩いていった。
そして、曲がり角を曲がり、テレビの範囲から斉藤は消えた。
するとまた画面がぶれ、元の大柄な男が現れた。
「新しい報告がありました。警備員の一人がスーツを着た二人に発砲したところ、完全に跳ね返したとの事です。新しいアンドロイドでしょうか?」
「………わからんな。とにかく、相手が斉藤なら手を抜くな。警察は………いま騒ぎをたてるとやばいな………火器の使用を許可する。アンドロイドの方はマシンガンで試してみろ。斉藤は………爆風を使え。かなり大型火器でもかまわん」
「解りました」
そう言うと、画面は真っ黒になり、部屋の中はまた静かになった。
男はしばらく真っ暗な宙を眺めると、ドアの方に歩き出した。
白衣をドアの近くの棒に引っかけると、男は外に出た。
ドアが音をたてて閉まると、中は元の闇に戻った。
暗い部屋の中、ねずみの入ったガラスボックスだけが明るく光る。
榊は正門の金網の前で立っていた。
腰を落とし、軽く拳を握る。
長く息を吐き、吐ききったところで息を止める。
「……………………!」
急に目を開き、右の拳を放つ。
「カシュ」
静かな音がすると、金網は開き出した。
榊はその金網を避けるように中に入り、薄く電灯のつく建物を見た。
闇に大きくそびえ立つその建物に、榊は走っていった。
手際良く機関銃の用意をすると、警備員は美那達の前に走り出た。
「止まれ! 止まらんと、撃つぞ!」
必殺の文句を必死に言い切るが、美那は相も変わらず歩いてきた。
「ひ!」
警備員は恐怖に任せ、銃を撃った。
キーン!
美那は弾の当たった場所と跳ね返った弾の行方を目で追った。
「跳ね………返した………」
美那は自分が怪我をしていないことを確認すると、再び無言で歩き始めた。
「ひ~~~~~~!」
警備員は恐怖のためか、思いっきりトリガーを引いてしまった。
弾が出るわ、出るわ。
撃ち尽くした600発。
全て撃ち尽くすとやっと落ち着きを取り戻し、目を開けた。
「いま………せんよね?」
もの見事に真っ白な煙が立ちこめ、1m先が見えない通路を、警備員は見渡した。
「いない…………いない! やったー!」
男は思わず、喜び叫ぶ。
しかし、残念ながら赤の美那は現れた。
警備員は、顎もはずれるほどに口を開け、唖然とした。
「ごめんね」
美那はそう言うと、軽く警備員のこめかみを突いた。
警備員はそのまま後ろに倒れ込み、気絶してしまった。
「強いわー」
後ろから何もしていない菜緒が、感嘆の声をあげる。
「ほら、何してんの。遅れ気味よ。ちょっと近道するわ」
「えっ、近道?」
菜緒が聞くと、美那は天井を指さした。
菜緒が上を見ると、美那は沈み込んだ。
「先に行ってるわよ」
美那はそう言うと、飛び上がり、コンクリートなど物ともせず、そのまま突き破って、二階まで飛び上がった。
そして、二階の廊下に降り立つ。
「菜緒!」
上から美那が声をかけると、菜緒も軽く沈み込み、飛び上がった。
そして、そのまま3階まで突き破る。
「あちゃちゃ…………」
美那は頭に手を当て、落ち込んだ。
上からひょっこり菜緒が顔を出す。
「ごめーん。まだ、力の加減できないの」
「まったく、何してんの。早く! 行くわよ」
美那は先に走りだした。
「はーい」
菜緒も降りてきて、その後を追った。
一方、斉藤の方は。
警備員は全員撤退した。
その誰もいない長い通路を悠々と歩いている。
「おっ?」
一人警備員が出てきたと思ったら、手榴弾を放り投げ、また逃げて行った。
ぽつんと、廊下の真ん中に手榴弾だけコロコロと転がる。
「おいおい。本気かよ」
斉藤はそう言うと、近くに試験管の一本を放り投げた。
カシャーンと音をたて試験管は割れるが、何も起こらない。
しかし、斉藤は妙に落ち着いていた。
どっか~~~~~ん!
恐ろしいほどの爆発音が廊下に響いた。
「いやー、すごい、すごい」
斉藤は、全然元気であった。
それもそのはず。
試験管が割れた所から斉藤側には何も被害がないのだ。
そして、逆側は…………
想像はつくだろう。
左側に外の暗闇と草地が望め、右に黒くなった部屋の中が見えた。
そして廊下の奥に、隠れていた所が半壊し、真っ黒になっている警備員の顔が見えた。
「はー、なかなか強かったな……この反射板。全て、向こう側に持って行ったはずだから、威力は倍か………。いやー、南無阿弥陀仏」
それを聞いてか、警備員はそのまま後ろにぶっ倒れた。
「この部屋までは入れますまい」
社長室では、ここの責任者と安田とか言う警備員がいた。
安田は言葉を続けた。
「厚さ10センチの鉄の壁。そして、この新素材で作ったドア」
安田は自分の演説に少し酔いながら、部屋の中を歩き回った。
責任者は疲れ気味に椅子に座り込んだ。
安田は続けた。
「たとえ、あの怪物どもでも侵入は無理です」
ドアを叩きながら安田は言った。
責任者は顔を落とし、呟いた。
「だといいな……」
「は?」
「私たちの方が早かったみたいね」
美那は集合場所のはずの部屋の前に着くと、立ち止まった。
「ふー。ノブはなしか。叩き割るか………」
美那は例の如くふりかぶり、ドアの中心を突いた。
しかし、わずかに曲がっただけで、ドアは全く開かなかった。
「! 今までと違うわ!」
美那は再度ふりかぶり、ぶっ叩いた。
かなりへこんだが、しかし、まだ大した傷ではなかった。
「こまったわ……………」
「姉さん」
「え?」
今までずっと後ろについて来ただけの菜緒の方を向いた。
菜緒はすっと前に出た。
「菜緒………」
「やらせてくれる? 一回だけ………」
「…………いいわ」
美那はすっと後ろに下がり、菜緒に場所を開けた。
菜緒がその場所に移る。
菜緒はそのドアに手をついた。
「思いっきり…………心にあることを全て、叩きつけてやりなさい」
菜緒はこくりとうなずくと、美那よりも大きくふりかぶった。
「お父さんや、お母さんを奪った研究所なんて………」
そして、渾身の力を込めて、放った!
「壊れてしまえ-----!」
その途端、壊れるはずのないドアは真っ二つに割れ、安田もろとも壁にたたきつけられた。
もうもうたる煙の中、赤とピンクのスーツを着た美那と菜緒が現れる。
二人はゆっくり歩いて、中に入ってきた。
すぐその後に斉藤も中に入ってきた。
責任者の顔に初めて緊張の色と、冷汗が流れた。
「さっ、斉藤! いったい何のようだ!」
わずかに声は震えていた。
「俺は用はないさ。こいつらだよ」
美那と菜緒は向き合うと、美那が自分のヘルメットを上げた。
そして、責任者の方を向いた。
「殺した相手の子供の顔ぐらい覚えといて下さい」
責任者の顔に初めて、恐怖が浮かぶ。
「せっ、芹沢!」
責任者は亡霊でも見るかのように後ずさった。
美那の顔は死んだ母の顔にそっくりだったのだ。
ゆっくり歩き出すと責任者は椅子にへばりついた。
その時、後ろから男の声がした。
「社長。あきらめろ。もう、終わりだ」
さっとみんなの顔が入口の方を向く。
「さっ、榊!」
「お久しぶりです」
榊はがれきを避けながら、ゆっくり中に入ってきた。
美那の肩を軽く叩き、そのまま社長の所まで歩いて行く。
机のすぐ前で立ち止まり、手に持っていた白いファイルを前に出し、ちらつかせた。
「そっ! それは………」
明らかに、まずそうな表情を浮かべる。
榊は、あくまで穏やかな表情で向き合った。
実はこの表情が一番恐い時であるのを知っているのは、斉藤だけである。
榊と向かい合っている社長なみに、斉藤は背筋が寒かった。
「まさか、本当に人体実験をしているとは思いませんでしたよ。しかも、これだけの数をね」
榊はファイルをパラパラとめくった。
「それは………」
「何か言い訳ができますか?」
「いっ、いや。その…………」
榊は軽く手を上にあげた。
そして、見えないような早さで振り下ろした。
バクッ!!! バキッ~~ン!!
ざっと、社長の体の中を風が吹き抜けた。
それも、そのはず。
大きく、太い木でつくられた高価そうな机が、榊の手刀のもとにもの見事に両断され、地に伏してしまったのである。
気絶しないだけでも、大したものである。
榊はそのまま後ろを向き、斉藤達の所に戻って行った。
榊は寄り添って立っている美那と菜緒の方を向く。
「あとは、任せるよ」
そう言い残すと、美那と菜緒の肩を軽く叩き、斉藤のとなりに並んだ。
菜緒もヘルメットを脱ぎ、お互い顔を見合わせた。
いつになく真剣な顔でうなずくと、責任者の方を向いた。
その二人の視線を受け、一瞬、社長はびくっとした。
「最後の審判を下すのは彼女らだ。せいぜい好運を祈りな」
榊がそう後ろから言うと、美那と菜緒はそれぞれ歩き出し、社長の横についた。
美那が社長の右、菜緒が左に立つと、またお互い顔を見合わせ合図した。
社長は、動かなかった。
いや、動けなかったのだろう。
そして、美那と菜緒は手を振りかざした。
社長は体を硬直させ、顔を引きつらせた。
斉藤と榊は、どうなるかを見守った。
緊張の時が流れる。
そして、二人は同時に拳を放った!
風を切る、すさまじい音が響いた!
ビュ!!!
一瞬だけ、時が止まる。
斉藤は一瞬閉じてしまった目をゆっくり開けた。
斉藤は血の散乱した部屋を思い浮かべていたが、部屋は案外きれいだった。
美那と菜緒の手は、社長の顔の寸前の所で止まっていた。
そしてお互い、責任者の頬を“とん”とだけつつく。
それだけだった。
責任者は、緊張の糸が切れ、床に崩れ落ちた。
音を立て、床に伏す。
「へへ」
「ふふ」
美那と菜緒はお互い顔を見合わせ笑った。
そして笑いながら、急に目に涙を浮かべた。
やがて笑い顔が泣き顔になると、二人で抱き合った。
そしてついには、大泣きしだした。
美那も菜緒も。
同じ様に泣いた。
榊は横の斉藤をつつく。
斉藤は何かと向くと、榊は言った。
「大物だな、あの二人」
すると、斉藤は鼻で笑い、榊に言い返した。
「当たり前だ。俺達のクラブ員だぜ」
相変わらずの自信ありげな言葉に榊は思わず笑ってしまった。
「ははは」
すると、斉藤もつられ、笑い出した。
「くっくっくっ」
そして、お互い肩を支えながら、大声で笑い出した。
まるで、全てを笑い飛ばすかのように二人は笑った。
美那と菜緒は、その反対に大声で泣いた。
まるで、悲しくて泣いているかのように、そして嬉しくて泣いているかのように。
部屋は、狂ったような笑い声と泣き声がこだまする。
「はぁっはっはっ!」
「あ----ん!」
「はははは!」
「なお---!」
そんな時、森のどこかで、ふくろうが鳴いたような気がした。
夜は更けゆく。