第5話 未来と過去をつなぐ扉
「……と、それから一緒だな」
斉藤は、話が終わると息をついた。
「そんな事があったんですかー」
菜緒が明るい、少し抜けた声で言った。
美那は正座したまま、うなずく。
「俺も知らなかったなー。斉藤が俺の事をそんな風にみていたなんて…………」
みんなぱっと声のした方を向いた。
土間に一番近いふすま。出て行ったところに今、榊は立っていた。
榊はそのまま、中に入ってきた。
「冷静な感情なし人間って、所か」
榊はぶつぶつ言いながら、斉藤の横にあぐらをかいて座った。
「と言いながら、お前は俺の事をどう思っていた」
斉藤も取って返して、言った。
「お前の事? そうだな、さしずめ……」
少し悩んだ後、斉藤と榊は同時に、声を合わせて言った。
「気違いマッドサイエンティスト!」
「やっぱりな」
「なんだ、知っていたのか」
「自他共に認めている……。まあ、いいだろう」
「それよりも……」
榊は美那と菜緒の方を向いた。
「どこをどう間違えて、こいつと俺が友達になったんだ…………。評判通り、若き日の過ちだったかな…………」
榊が不平を漏らすと、菜緒がそれに答えた。
「そんな事ないですよ。ほら、言うじゃないですか、“類は友を呼………ぶっ」
言っている途中で、美那に口を閉じさせられた。
「ひとこと多い妹ですみません」
もごもご言っている菜緒の横で、美那が代わりに謝った。
「類が友か…………そうかも知れんな」
榊はじっと斉藤を見た。
「“完璧生徒会長”と“気違いマッドサイエンティスト”の共通点て何だ?」
斉藤がぼそっと言うと、1秒ほどの空白の後、菜緒が元気よく言った。
「変人!」
また美那に口をふさがれ、菜緒は閉じた口の中で何か、もがもが言っていた。
しかし、美那の行為に反して、榊と斉藤はうなずき合っていた。
「やっぱりそうか………」
「そうだろうな…………」
「あっ、あのねー」
美那は同意している二人に呆れた。
「俺も小学の時代は、異端児扱いだったな…………」
斉藤は片手を顎に当て、昔を思い出していた。
「俺は同窓会に行って初めて友達がいなかったことに気付いた……」
榊の表情はどこか悲しげだった。
「私達は…………」
美那が口を開いた。
その沈黙で4人ははっと気が付いた。
美那と菜緒には友達どころか、親類縁者がいなくなってしまったのだ。
過去は楽しかっただろう。
だが、これからの人生は辛いことが度々あるはずだ。
榊は落ち込んでいる二人を見、真剣な面もちになった。
斉藤はその榊のやや暗めの顔を見、不審に思った。
「何か知ってるな? 言え、この野郎」
斉藤がにじり寄ると、斉藤の事など気にせず、榊は二人に話し始めた。
美那、菜緒。御両親は事故で死んだんじゃない。殺されたんだ」
榊が断言するような強い口調で言うと、美那と菜緒の顔がゆっくりこっちを向いた。
「殺され…………たんですか………」
美那も気付いていたようだ。絞り出すような、つらそうな声で答えた。
「…………」
榊は無言でうなずいた。
斉藤は腕を組み、考え込むようにしながら、榊に聞いた。
「殺した奴は?」
榊が何か言い出すより先に、美那が言った。
「月治製薬会社の関係ですね」
「はあ?! おまえの両親の働いていた会社じゃないか!」
美那は斉藤の質問にうなずくと、榊の方を向いた。
「そうなんですか?」
切実な目で、榊に問う。
榊はそれに対し、無言でうなずいた。
「そうですか……」
美那はそのまま、うつむいた。
斉藤は榊に向かって乗りだした。
「何故、殺されたんだ? 恨まれるような御両親じゃなかったはずだが……」
榊は真剣な顔で斉藤の方を向いた。
一段と表情が厳しい。
斉藤は思わず息を飲んだ程である。
「軍事産業だ」
「?」
斉藤はいまいちピンと来ず、悩んだ。
「部長……お父さんやお母さんは、死ぬ前の日ぐらいに、会社を辞めるって言ってました…………『あんな事をやっている会社なんて愛想が尽きた』って言って…………」
菜緒が寂しそうにうつむいた。
最後のか細い声に続き、沈黙が訪れた。
「………月治製薬は、前からうさんくさい噂があったのを知っているな?」
「細菌兵器の話か?」
「それが本当だったんだ。それを、美那達の御両親は偶然知った」
「それで……」
斉藤は首を真一文字にかっ切る真似をした。
「殺されたと」
斉藤の問いに対して、榊はうなずいた。
「おそらく」
やっと意味の飲み込めた斉藤は座り直し、あぐらをかいた。
「陰険な会社だなー」
榊は一段落のついたこの折りに、軽く両手を上げ、伸びをした。
「……いや、そうでもないんだ」
「何だ?」
「創立者は立派な男だったって言う話だ。問題は今の責任者さ」
「責任者?」
「お前なんかより、数段ひどいマッドサイエンティストさ」
榊は少し笑いながら茶化しを入れると、斉藤も乗ってきた。
「何を言う。俺は将来に夢を持つ、純真無垢なマッドサイエンティストだ」
榊は斉藤の言ったことに少し首を傾げた。
「何か矛盾してないでもないが…………まあ、俺もそう思う」
榊がうなずくと、斉藤は美那達の方を向いた。
「それで……。どうする?」
美那達は当惑した。
「どうするって……」
「つまり……御両親は事故でなく、殺された。犯人は月治の責任者。それだけ解ってるんだ」
斉藤は乗り出すように前に出た。
「どうしたい?」
二人はしばらく黙っていたが、美那が何かを決意したように顔を上げた。
「部長も、榊さんも、解っていると思います…………私達がどうしたいかは」
斉藤は不気味な笑いをしながら、榊の方を向いた。
「さっかきちゃーん」
榊はおもわず一歩、後ずさった。
「なっ、何なんだ、一体。気持ち悪い」
「いや、頭の良い榊ちゃんの事だから、いい考えがあるんでしょ?」
「罪にならずに、仇討する方法?」
榊が具体的に言うと、美那と菜緒はぱっと榊の方を向いた。
何かを頼むような二人の目に対し、榊は笑顔で答えた。
「あるよ」
「本当か?!」
「嘘は言わない」
美那と菜緒はそれを聞き、二人に言った。
「榊さん、部長。お願いします……。二人の力を貸して下さい」
榊は恥しげに鼻の頭を掻くと、横から斉藤が肩を叩いてきた。
振り向くと、斉藤は手を出し、握手を求めていた。
顔には、すがすがしい笑顔。
「手を握るなんて、久しぶりだな」
「まったく」
榊も手を振り、勢い良く斉藤の手を掴んだ。
「やるか!」
「やらいでか!」
美那と菜緒の顔にやっと笑顔が戻ったのを、榊も斉藤も見逃さなかった。
「それじゃあ、行くか」
榊が立ち上がると、斉藤は訝しげな顔をした。
「こんな時間に、どこに行くんだ?」
榊は至って平然と答えた。
「行くんでしょ? 殴り込み」
「今から?!」
榊は既に土間の方まで歩いていた。
「ほら、早くしないと、置いていくぜ」
斉藤、美那、菜緒の順に立ち上がると、それぞれ榊の後を追って行った。
「ちょ、ちょっとまってよー」
最後の菜緒が慌てて追いかけて来た。
4人は戸締りも済み、玄関の外にいた。
最後に菜緒が家の鍵を掛けようとしたその時、榊は呟くように言った。
「過去との扉か……」
菜緒の手が止まり、榊の方を向いた。
「どういう意味?」
榊はおもむろに振り向き、菜緒の方を向いた。
そして今、菜緒が鍵を掛けようとしているドアを、指さした。
「なにかの本で読んだんだけど……。今までの過去と、これからの未来をつなぐドアって言うのを思い出したんだ」
榊は菜緒と美那の方に歩き出し、そっと冷たい木のドアを触った。
「この中には、美那や菜緒の過去がつまっている。そして、ここからはその過去を全て捨てた、新しい旅がある…………君達が選び、そして、突き進む。そして、決して引き戻すことのできない、世界を引き離すドア」
榊は何かを思い出し、静かに黙った。
菜緒はしばらくドアを見つめた。
「それが………未来と過去をつなぐ扉………ですね」
榊はそっとドアから手を離し、託す様に菜緒の方を向いた。
「どうする?」
菜緒はしばらく榊の目を見ていた。
やがてドアの方に向き直し、鍵に手を掛けた。
「いい過去もありました。素晴らしい両親もいました……。でも、もう、帰ってきません……。だから…」
菜緒は鍵を回した。
ドアからカチャリと金属の寂しい音がした。
「私は、鍵を閉めます」
ゆっくり、本当にゆっくり、菜緒は鍵を抜き取った。
榊は温かい手で、優しく菜緒の頭を撫でる。
やさしく、温かく。
「おーい、まだかー」
「はやくー、何してるの?」
外から斉藤と美那の声がした。
榊はそれを聞くと、まだドアの前で立ち止まっている菜緒の背中を叩いた。
「さあ、じゃあ、新しい旅立ちだ。行こう」
菜緒も笑顔で、ぱっと顔を上げた。
そして、元気よく。
「はい!」
二人が出て行くと、旅の道連れの二人が、優しく待っていた。