第4話 二人の出会い
「もしもし、未杉? 俺だ。榊だ」
榊は、そう言ってから、ワンテンポおいた。
「今から行くから、今すぐ来い」
それだけ言うと、榊は電話を切った。
未杉というのは、榊が幼い頃から、ボディーガードとして榊の側にいた男である。
榊が幼い頃から、榊のわがままを何でも聞いてやってきた、榊のわがままを一番知っている男でもあった。
榊が何を企んでいるのか、未杉は電話が切れる前に既に察していた。
未杉は、電話が切れると、すぐに電話をかけ直した。
電話の相手は、榊の父親である。
「もしもし、旦那様。坊っちゃまがまた、何か企んでいらっしゃるようですが………」
未杉は、電話が切れると、すぐに電話をかけ直した。
電話の相手は、榊の父親である。
「もしもし、旦那様。坊っちゃまがまた、何か企んでいらっしゃるようですが………」
榊は、電話を切ると、白バイのエンジンをかけ、夜の路地裏に消えていった。
そして、夜の街に暴走族なみのエンジン音が響いた。
11時を過ぎ、誰もいなくなった芹沢家は、静まり返っていた。
部屋の中には焼香の香りが立ちこめ、一列に正座をして座っている三人を包んでいた。
黒い喪服姿の3人は何も言わず押し黙っている。
天井の蛍光灯が、いつもより鈍いような錯覚を受ける。
どこからか虫が入り込み、嫌な音を立てて飛び回っていた。
耐えかねた斉藤が、まず口を開いた。
「何か話しでもしようか」
斉藤は足を崩し、美那と菜緒の前に座り直した。
伏せていた二人の顔が上がった。
二人とも、どこか気が沈み、憂鬱な顔になっている。
斉藤は二人の顔を見ると困った様に、頭を掻いた。
二人は何も言わず、じっとうつろな目で斉藤を見る。
斉藤はしばらく考えていたが、何かいい案が浮かんだらしく、ニヤリと笑う。
そして、もったいぶる様に二人に言った。
「榊と俺の出会いって聞いてみたくない?」
わずかながら、二人の目に元気が戻った様な気がした。
斉藤はその反応を見ると、少し落ち着いたらしく、くつろいで話し始めた。
「あれは、中学に入学したての頃」
小学校の幼さを残した入学したての斉藤は、自分の倍はある大きな扉をノックした。
「斉藤です。入ります」
まだ変声期にもなっていない高い声で斉藤は言うと、校長室と書いてあるドアを開けた。
中にはもうすでに他の人がいた。
校長はそのすでに着ていた男と話し合っていた。
校長は話が一段落したところで、ドアの前で立ち止まっている斉藤を呼んだ。
「おっ、斉藤君か。そんな所に居らず、こちらに来なさい」
ここの校長は結構気さくなタイプだと声で解った。
少し太った、もうかなりの老人だ。
先にいた男は校長に挨拶した。
「それじゃあ、僕はこれで」
「あっ、ああ………また、いつでもいらっしゃい」
校長は応対に困っているらしく、少しおどおどしていた。
斉藤が校長の方に歩いて行き、男が出て行こうとし、二人はすれ違った。
男は斉藤より少し背が高めの、氷血男のような印象を斉藤は受けた。
すれ違った時に見た鋭い目に、斉藤は少なからず恐怖を憶えた。
斉藤は校長の方に行くことも忘れ、その男が出て行くのを見ていると、やがて、その男は礼儀正しく出て行く前に深く一礼し、静かにドアを閉めた。
気さくなタイプの校長にはこうゆう真面目な奴は苦手だろう。
斉藤はドアが閉まると校長の所に近寄り、挨拶よりまず先に、聞いた。
「あの男、何者ですか?」
校長ものって、体を前に出し、ひそひそ声で斉藤と話した。
「榊財閥の御子息様でな………榊健司と言うんだ」
「榊財閥! あの………」
榊財閥と言えば名はあまり知られていないが、世界的な規模の企業で、若い斉藤でも知っているぐらいだった。
校長は本当に困った顔をした。
「何かあったら、すぐ私はクビだ…………これから毎日がつらいよ………」
斉藤は机に顔をのせ、同情する様にうなずいた。
「確かにね………」
斉藤は何か思案の目でドアの方を見た。
その時、校長は急に頭を上げ、思い付いたように手をポンと叩いた。
「おお、そうだ」
「ん?」
斉藤はそれに気付き、校長の方に視点を変えた。
校長の顔はさっきとうって変わり、和やかな顔になった。
度量がありそうな暖かい顔に、斉藤は校長に何かの魅力を感じ、驚いた。
榊の前ではああだったが、本当は立派な校長らしい。
校長は、校長らしい威厳のある低い声で話し始めた。
「そう言えば、用事がまだだったな」
「あっ、そうだ。でも顔見せじゃないの?」
斉藤は机に乗せていた肘を上げ、立って校長と向き合った。
「まあ、そうだが………」
校長は机の上に散らばっている紙から一枚取り出し、斉藤にみせた。
斉藤も思わず乗り出してそれを見た。
なんて事はない、学校の地図だ。
その校舎の一角を指さす。
「ここの教室を使ってくれ。自由に使って構わない。それと………」
校長は斉藤に近付くよう小招きした。
「?」
何かと思って斉藤が近寄ると、校長は小さな声で言った。
「別に授業でんでもいいぞ」
斉藤はその一言を聞いて、目を丸くした。
かりにも彼は校長だ。
先生の鏡である立場上、生徒には公平に扱い、文武を進めるべきである。
「なんと、太っ腹な………気に入った。この学校いろいろ利用させてもらう」
校長は自分の腹を見た。
「太っ腹と言うのが、気にならんでもないが………まあ、好きなようにしろ………好奇心と自分かってな行動は学生の特権だ。頑張ってくれ」
斉藤は校長に向かってにこやかに笑うことによって、その感謝の意を示した。
校長はこの時点では、厄介者を二人も請け負ったとは知らなかった。
榊に少なからず興味を憶えた斉藤は、榊の事をいろいろ調べてみた。
しかし、調べれば調べるほど恐ろしい男だった。
第一回目の実力試験では、全問正解の単独トップ。
運動も万能で、クラスの委員長なるものをやっていると言う。
しかも、財閥の一人息子。
はっきり言って、その頃の榊は男子の嫌われ者の筆頭だった。
人と話すことなど滅多になく、いつも本ばかり読んでいた。
それでいて、やるべき仕事はこなしてしまうから余計に腹が立つ。
そして、冷酷な男だった。
しまいには、女子からも嫌われるに至るほどだった。
だが、榊は一向に気にせず、生徒の模範を示し続けていた。
ちょうど夕方5時頃。
実験に明け暮れ、ちょっと外に出てみた時に、運動所の端で見かけた光景だが、榊が番長グループ6人ぐらいに囲まれていた。
こりゃあ面白いと思って見ていると、榊は番長に胸倉をつかまれた。
そして、榊は容赦のない一発を食らって、その場に倒れた。
「あちゃー、やっぱり、ケンカは駄目か………どれ、助けに行くか………」
と思って頭を掻きながら歩き出す。
どうなったかと思って歩きながらまた運動場を見て、斉藤は足を止めた。
ちょっと、目を離した隙に、いつのまにか番長グループ全員が倒れていたのだ。
離したと言っても3秒程度である。
その間に………
斉藤は口を開けたまま、その光景をしばらく見ていた。
榊はいつの間にか校門の方にまで歩いて行き、見えなくなってしまった。
斉藤は手擦りに持たれかけ、頭を掻きながら考えた。
“榊という奴、何者だ………”
斉藤はますます、榊に興味を抱いた。
そして、この後、面白い形で斉藤と榊の戦いが始まった。
昼放課。
食堂に行く者、遊びに行く者、クラブに行く者。
殆ど人のいない教室の中では、昼の強い日差しが、東の窓から差し込み、窓際で寝ている人の体を照らしていた。
数人しかいない教室は静まり返り、運動場から聞こえる遊び声が遠くに聞こえる。
「カリッ」
METSと書かれた緑の紙コップを持ち、ドアの所に立っていた斉藤は口の中の氷を砕いた。
斉藤はしばらくボリボリと氷を砕きながら、中の様子を見ていた。
教室の中央 --- 榊。
榊は暑っ苦しい黒の学生服を、衿まできちんと填め、姿勢よく椅子に座り、いつも通り本を読んでいた。
本には緑色のカバーがしてあったが、どうせ題名が解っても斉藤が知っているわけがなかった。
斉藤は榊の無表情な顔を見ながら、最後の氷を噛み砕くと、榊の方に寄って行った。
斉藤が榊の前の席に座っても、榊は相変わらず何の反応も無しに本を読んでいた。
斉藤がコップを榊の机に置くと、榊は本から視線を外し斉藤をチラッと見たが、何でもなかったかの様にまた本を読み出した。
斉藤は見えるはずのない題名を見ようと、カバーのかかっている表紙を見た。
「何の本だ? 榊」
榊は相変わらず本を読んでいる。
「“TRONから見た社会的秩序。”」
やはり、彼はわけの解らないものを読んでいた。
斉藤も意味が解らず困りはてる。
「………どこまでが本の名前だ?」
「全部」
「………もう一回言ってくれるか?」
「“TRONから見た社会的秩序”」
やっぱり、解らないらしく、苦しげに斉藤は頭を掻いた。
「まーいい…………榊、ジュース飲むか?」
「俺を実験の材料に使わんでくれ」
斉藤は更に苦しげに頭を掻いた。
そして、おもむろに榊の顔をのぞき込む。
「何で解った?」
「色と匂い」
「………失敗か」
斉藤は立ち上がると、コップを掴み、いきなり一気飲みしだした。
飲み干すと斉藤はコップを握りつぶし、手で口を拭った。
「別に毒じゃないんだけどね」
榊は初めてちゃんと斉藤の方を向くと静かな声で聞いた。
「一体なんの薬なんだ?」
「ん? これ?」
斉藤は握りつぶしたコップを指さした。
「そう。いま飲んだやつ」
「いや、内臓器官の肉を硬くして強化する薬なんだが…………うまくいったかな………まあいいか………それじゃあな」
斉藤は後向きで手を振ると、入ってきたドアから出て行った。
榊は斉藤が見えなくなってから、やれやれと思い、また本を読みだした。
すぐその後、廊下で誰かが倒れる音がした。
先ず、榊に軍配が上がった。斉藤、一敗。
そして、これを口火として、戦いは始まった。
実験のため、榊を屋上から落とそうとしたが、逆に落とされ、失敗。
ただし、実験は運よく成功。0勝2敗。
戦闘用の無人ロボットを榊と闘わすが、途中で爆発。
実験は失敗だが、榊はその後、入院。斉藤の勝利。1勝2敗。
笑い薬を上からぶっかけてみるが、榊はあっさりそれを避け、第三者が巻き込まれ、パニックとなる。1勝2敗1分。
これぐらいは避けれるかなと、新作の空気銃で榊を撃つ。だが、殺意もなく撃たれたため3発腹にくらい、入院。2勝2敗1分。
そして、飽くなき戦いのように見えたその闘争も、案外早い終結をみた。
その後、斉藤に対する榊の目は変わり、斉藤が近付くだけで、榊は身構えるようになった。
「おい、別に今回は何も企んでないぜ」
「解るもんか」
榊の目から警戒心は一切、消えない。
「怪我、大丈夫か?」
「おかげさまでね」
「………だから………構えをといてくれー」
「お前がどこか行けばな」
「……まあ、いい………ちょっと、これを見てくれんか」
斉藤は自分の右腕をまくり、少しおかしな形の腕を榊に見せた。
榊はやっと、警戒をとき、斉藤の手を取って見た。
「ひどいな………一回や二回の骨折じゃあ、こうはいかない」
「さすがだな……その通りだ」
斉藤は元通りに服を直した。
お互い、向い合わせに教室の席に座った。
「それで?」
榊が初めて斉藤に聞いた。
「お前、自分でしたくて、そんな事やってるのか?」
「?」
「人を遠ざけてまで勉強したり、運動したり」
「…………」
斉藤は自分の体を指さした。
「俺の体には、26ヵ所、おかしな所がある。それでも、俺は好きなことを止める気はない…………間違えるなよ。お前に実験台をやって欲しいと言っているわけじゃあない………おい! 逃げるな!…………そうだ。ちゃんと座っとってくれ…………もっとも、やって欲しいのは山々だが………おい! どこに行く! 話を聞け! 話を。ただな、もっと人と話したり、好きな事しろって言ってるんだ………それだけ、完璧に揃っていながら、もったいないぜ」
「……………」
「いいたかったのは、それだけだ。邪魔したな」
「いや………授業は?」
外に出て行こうとした斉藤に榊が声をかけた。
「実験があるんでな。興味あったら見に来い」
「お前に、あの気がなくなったら行こう」
斉藤はクックッと笑うと外に出て行ってしまった。
榊は、何か考える様に汚い天井を見ていると、教室の前あたりの運動場がうるさくなった。
「また、飛び降りるのか………体、大丈夫かな………」
榊は、涼しい風の入ってくる、開けっ放された窓を見た。
その時はまだ、初めて人の事を心配したことに、榊は気付いていなかった。
外が、一際うるさくなったと思うと、急に静かになる。
飛び降りる直前のようだ。
そして、落下音。
2秒ぐらい続いた落下音は、地面衝突の音で止まった。
「終ったか………」
榊が呟くと、外ではいつもと違う反応が起きていた。
いつもなら、失敗であろうと歓声が吹き荒れるのに、どこか違う。
榊も心配になって窓を見ていたが、その時、サイレンの音も高らかに、救急車が駆けつけた。
同時に廊下を集団が駆け巡り、何か叫んだ。
「斉藤が失敗した! 大怪我だ!」
榊は、それを聞いて外を見ると、ちょうど救急車が出て行くところだった。
その頃、授業のチャイムが鳴り、先生の呼び込みもあって生徒達はちらほら教室に入ってきた。
殆ど、授業になっていなっかた中でも、榊は勉強を始めた。
シャカシャカとシャープが動く。
だが、みんなの話している噂は、知らず知らず耳に入ってくる。
斉藤の落ちた様子。怪我。そして、様態。
榊は飛び降りる寸前に斉藤が言った言葉を思い出した。
“俺の体には、26ヵ所、おかしな所がある。それでも、俺は好きなことを止める気はない…………”
榊のシャープはいつの間にか動いてはいなかった。
「ええい、少しは静かにせんか!」
噂が噂を呼び、4時間目にもなると生徒のうるささは最高潮に達し、先生がたまりかねて叫んだ。
「ちょっとはこの榊を………」
「先生!」
榊が先生の言葉をさえぎった。
「なんだ? 榊」
「ちょっと、気分が悪いんですけど、早退してもいいですか?」
「あっ、ああ………いいとも………大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
確かに大丈夫そうだったが、榊は先生からの信頼は厚い。
元気な榊は、そのまま早退となった。
榊が教室を飛び出すと、今度は教室は榊の噂でうるさくなった。
先生は諦めて、黒板に何か書き始めた。
生徒は、それを機会に更にうるさくなる。
「早退って言っとたけど………カバン、忘れていってるぜ」
「それに見た? 教室、走って出て行ったわ。初めてじゃない?」
「確かあいつ、皆勤だろう………もったいない」
「先生の話している途中で言ったのも聞いたことない」
「どうしたのかしら…………」
「しらんよ」
榊は、廊下を駆け抜け、運動場を横切っていた。
なぜ、そんな事をしているのか、榊は考えもしなかった。
ただ、初めての不安が心の中に広がっていた。
初めての。
だから、走って行った。
交通法規を半分無視し、話しの端々で聞いた病院名を思い出し、榊は走って行った。
榊は斉藤の運び込まれた病室を見つけると、息を切らしながら札を見た。
まだ誰の名前も書いていないが、確かに部屋の番号はあっていた。
榊は息を整え、面会謝絶の看板を見ながらも、そっと扉を開けた。
少しきしんだ音と共に扉が開くと、榊は音もなく滑り込むように中に入った。
中には広い部屋に一つのベッドと一人の看護婦がいるだけだった。
榊が一歩前に進むと、看護婦も榊の存在に気付き、榊の方をぱっと向いた。
「すいません、面会謝絶なんですけど」
だが、榊は看護婦の事など気にせず歩を進めた。
看護婦は榊の目に斉藤しか入っていないのに気付き、席を立ち榊の前に立ちふさがろうとした。
「ちょっと………」
榊がそれをも避けようとした時、酸素マスクをつけていた斉藤の目がうっすらと開き、榊の方を向いた。
「さ………さか……き」
榊は斉藤の意識が戻ったのが解ると、猛然と看護婦を振り払った。
かつてないほどの慌てぶりである。
榊の力にかなうはずもなく、看護婦は横にのいた。
榊は枕元に立ち、上から辛そうな斉藤の顔を眺めた。
「さかき………き…て……くれたの………か…」
「そうだ! 俺だ! 大丈夫か!」
斉藤は微かに笑った。
「だい……じょうぶには………みえな……いと……おもう……けど…ね………」
榊はいかにも辛そうな斉藤を見、悲しげな表情した。
「そうだな…………辛いよな…………だけど」
榊は力強く斉藤を見返した。
「がんばれ………自分の夢を実現したいんじゃなかったのか!」
斉藤はまた微かに微笑むと、急に咳込んだ。
「くふっ……けほっ………さ………さかき………」
「な、なんだ………」
斉藤はいきなりベッドから包帯だらけの手を出し、榊の手を掴んだ。
榊も斉藤の手を握り返す。
「さ…最後の願いを………きいてくれ………」
「なんだ!……」
「これから言うことを聞いて怒らないでくれ…………」
「わかった。約束する………何でも言ってくれ」
「ほんとうか?………」
「本当だとも。さあ、いってくれ」
「そ…それじゃあ……………」
榊が必死に斉藤の手を握り返すと、急に斉藤は元気な笑顔となった。
榊はそれを見て、半分当惑した。
その榊の顔を見て、斉藤は満足そうに言った。
「今までの、ぜんぶ嘘」
「----!」
榊は口を開けたまま呆然としていると、斉藤は一人笑いだした。
いや、隣で看護婦も笑っていた。
看護婦もぐるで、榊をだましたのだ。
榊は意味が飲み込め、急に恥しさが込み上げた。
「このや……」
榊は怒った顔で、おもいっきり拳を上げると、斉藤は榊のほっぺをつねくった。
榊の拳が一瞬とまる。
その時、斉藤はうれしそうな、それでいて低い声で榊に言った。
「やっと、剥したな……この、鉄面皮!」
斉藤は更に頬を引っ張った。
榊ははっと気付き、殴る気力が消え、口を開けて驚いた。
その表情は唖然とも取れる。
斉藤はちょっと、痛そうな顔をした。
「ちょっと、榊は怪我は本当なんだ………手をどけてくれ」
榊ははっと気を取り戻し、手を引っ込めた。
「あっ、ごめん」
だが、まだ榊には、自分の心の変化が解らず、オロオロしていた。
斉藤は笑った。
「どうだ? 初めて喜怒哀楽を人前に見せた気持ちは」
すると、榊の顔がカッと赤くなり、恥しげに口の端を噛んだ。
すぐに後ろを向き、歩き出した。
ドアの方向。
だが、出て行くわけではなかった。
看護婦の座っていた椅子を掴むと、榊はそれにどっしりと座り、斉藤と向かい合った。
その顔は、元通りのあの顔だった。
だが、そこから冷たい感じはもはや感じられなかった。
「何が望みだ? 斉藤」
どこか憎らしげな笑いをしながら、榊は斉藤に聞いた。
斉藤は上を向きうれしそうな顔で考えた。
そして、ニヤニヤ笑っている榊に向かって、斉藤は体を起こし、言った。
「何はともあれ、一緒にクラブを作らないか?」