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Campus City  作者: 京夜
外伝「榊と斉藤」
20/24

第3話 両親の死


 1100Rに、斉藤運転の二人乗りで、二人は大学病院に急いだ。

 抜いた車の台数58台。信号無視18回。警察を振り切ること3回。

 距離20kmを所用時間12分でつくと、病院の前に二輪ドラフトで停車し、二人は飛び降りた。


「テレ太君の方がよかったかな………」


 榊は吐きそうになる口を抑えながら、前かがみのまま走りだした。


「軟弱者。行くぞ!」


 元気に斉藤は病院に入り込むと、受付に言葉になっていない声で怒鳴りつける。受付の人はただうろたえるだけで、何ともしようがなかった。

 呆然としている受付に、後から来た榊が落ち着いた声で言った。


「すいません。ここに運び込まれた芹沢夫妻はどちらですか?」


 榊の出現にほっとした受付は、こちらの事情を知ってか、簡潔に答えてくれた。


「突き当り右の第二手術室です」

「どうも」


 二人はおじぎもせず、また走りだした。

 看護婦をすり抜け、二人は奥の方に走って行った。

 暗い奥の突き当りのベンチに美那と菜緒の二人を見つけると、榊と斉藤は速度を落とした。

 その足音に気づいた菜緒が立ち上がり、不安そうな顔を斉藤に向けた。

 白のセーラー服を着た、髪の短い少女である。


「部長………」


 斉藤は息を切らしながら、泣きそうな菜緒に聞いた。


「容態は?」


 菜緒はうつむき、首を横に振った。


「よくありません」

「そうか………」


 菜緒の方は斉藤に任せ、榊は姉の美那の方に近寄って行った。

 美那はちらっと、榊を見ると、またもとのように肘を付いたまま手術室のドアを見ていた。

 顔は妹の菜緒にそっくりだが、菜緒より長い髪が前に垂れていた。

 なんでもない様な顔をしているが、榊にはそれが我慢しているのだと解っている。

 彼女は感情をすぐに出す菜緒とは対照的な性格だった。

 菜緒を慰めることから出てきた性格だろうか。

 美那はただじっとドアを見ていた。

 榊はその美那の横に立った。

 しばらく、重い空気が辺りを包んだ。


 その重い空気は、赤く点灯をしていた手術中のランプが消え、ドアが開くことによって破られた。

 美那も立ち上がり、4人はつめよる様に、出て来た医者の前に立った。


「先生、どうでした」


 榊は渋い顔で出てきた医者に問いだしてみた。

 医者は静かに首を横に振った。


「手遅れでした」


 医者は一言だけ呟いた。

 その容赦のない声は4人の心を貫いた。

 しばらく重い空気が辺りを包んだ。

 突然、菜緒が泣きだし、斉藤に抱きついた。

 溢れ出すように涙がこぼれ、すすり泣くような声をもらした。

 悲しげな、心を突き刺すような泣き声。

 斉藤は菜緒の頭をなでた。

 泣きやみはしなかったが、今はそれで良かった。

 泣きたいだけ泣く方がいい。

 菜緒は涙が渇れるまで泣き続けた。


 美那は、立っている。

 視点は宙に浮いていた。

 ただ、何も見ていないかの様な目で、立っている。

 榊は視線を落とし、ぎゅっと握られている美那の手を見た。

 我慢しているのだ。

 必死に、泣くまいと。

 榊はそっと、美那の顔を自分の胸に押し付けた。

 美那のいれていた力が急に弱まった。


「美那、こういう時は泣いてもいいんだ………我慢するな」


 榊は小さな声で、優しく言った。

 美那は、下を向いたまま何も言わなかった。

 美那は少しも震えはしなかったし、声も上げなかった。

 少したってから、一滴の涙が床に落ち、音を立てた。

 開いた目から、涙が滲み、鼻をつたい、一滴の涙がまた落ちた。

 表情は変わらない。

 目も開いたまま。

 だけど、彼女は泣いていた。

 口の端をかみしめ我慢するような顔をしていたが、涙が溢れるように目から滲み、鼻を、頬を伝う。

 また一滴の涙が床に落ちる。

 彼女も悲しかったのだ。

 おそらく、全てを投げ出して、大泣きしたかっただろう。

 だが、美那は少しも声をあげず、下をうつ向くだけだった。

 彼女は絶対に菜緒に泣いているのを悟られないようにした。

 美那の、精いっぱいの菜緒への慰めだったのかも知れない。

 また、一滴の涙が床に落ちる。


 しばらくの間、暗い病室の前に、器具を片付ける金属のあたる音と、菜緒の寂しい泣き声だけが響いた。


 4月25日 芹沢夫妻 死亡。


 そして、親戚などのいない美那と菜緒の寄り添うように生きる生活が始まった。




 もって生まれた榊の判断力と行動力により、通夜と葬式の用意がすまされた。

 親戚もいない美那達の付添い人は榊と斉藤だった。

 そして、年収一億二千万という学生ながら馬鹿みたいな収入を持つ斉藤が美那と菜緒を預かることになった。


 そして、通夜。

 おごそかに開かれた通夜に来たのは、美那達のお父さんが働いていた製薬会社の仲間、近所の人、美那達の学友、そして、芹沢夫妻を引いた犯人だった。

 いかにもチンピラ風の、軽い男だった。

 榊は、その男を見ると、そっと斉藤に聞いた。


「俺の記憶力は自慢できるよな」

「? まあ、確かに六法全書を三日で憶えたのはお前ぐらいだと思っているが………それが?」

「あの男に見覚えがある」

「あの男? 引いた男か?」

「そうだ。ちょっと調べてくる。あと頼んだ」

「わかった、まかしておけ」


 榊は集まっている人に軽く礼をすると、引いた男を追って部屋を出て行った。

 外に出ると、警察の集団がいた。

 犯人は、警部らしい男に一礼すると、車の中に入って行き、どこかに行ってしまった。

 榊はしめたと言わんばかりに、指をパチッと鳴らし、背広姿の警部らしき男に近付いた。

 男は少々不精髭をはやし、30過ぎぐらいの顔立ちをしている。

 しわのある背広の胸のボタンは、いくつか開けられ、かなりラフな格好であった。

 榊が近付くと、警部ははっと顔を上げ、榊の顔を見た。

 あきらかに警部の顔に驚きの表情が出る。


「ぼっ、坊っちゃま!」


 榊はそう言われると、はずかしげに頭を掻いた。


「よしてくれ。恥しい」

「いや、そんなことより坊っちゃま。どうしてこんな所に………」

「この家の子のクラスメイトでね………それより、ちょっと聞きたいことがある」


 榊が真面目な顔で、顔を近付けると、警部はハンカチを取り出し、額の汗を拭った。


「何でしょう」

「犯人の身分………というより、職業かな」


 警部はあわてて背広の内側をまさぐった。

 右・左と手が急いで移り、何とか見つけたらしく、にこやかな顔になる。

 取り出した手には、ぼろぼろの手帳が握られており、それを開けた。

 幾枚かページをめくると、手が止まり、しどろもどろに答えた。


「………えーと名前は三橋種一で………32才。谷口組の下っぱですね…………」

「谷口組………最近、騒がしい………」

「はい、今回も何か裏があると踏んでいるのですが。証拠が何もないので踏み込みも出来ないんですよ」

「なるほど、犯人が見つかって、そいつが引き殺した。確かにそれで事件は解決だもんな」


 榊はぱっと手を開いてみせる。

 警部も懐に手帳をしまいながらうなずく。


「一応、谷口組が慰謝料も出すと言うことでこの事件は終わりになります」


 榊は苦々しい笑顔で鼻を掻いた。


「くやしいな」

「そうですね。でもこれが現状なんです」


 その時、榊の表情が変わり、にやりと笑った。

 何か意味を含んだ不気味な笑い。

 警部はそれを見ると、榊の考えていることに気付き、訝しげな顔をした。


「榊坊っちゃま。また、事件をおこさないで下さいよ。この事件もやっと片がつきそうな所なんですから」


 榊は警部の言葉など全く聞かず、時計を見ながら指を折って、何かを計算し始めた。


「坊っちゃま!」

「ええい、うるさいな………いいか、よく聞け。今回はお前に手柄をやるから俺に従え。いいか? 10時32分ちょうどに谷口組の組長の家に入り込め。理由は通報があったって事にしとけ。わかったな? 10時32分だ」

「はい、解りました。けど…………あっ! 坊っちゃま!」


 榊は白バイにまたがると、エンジンを駆けた。


「ちょっと借りるよ!」

「坊っちゃま!」


 榊は警部の声も聞かず、警察の前で堂々と無免許運転で発進し始めた。

 ウィリーしながらの急発進の後、すぐに角を曲がり、榊の姿は見えなくなった。

 ただ、夜中の路地に暴走族なみのエンジン音が響いたが、その音もやがて聞こえなくなった。

 普通の家の2・3倍はありそうな、日本様式の少し趣味の悪い家。

 敷地の端にあるガレージには、白と黒のベンツが置かれていた。

 榊は背の高さほどの木の門を、まるで自分の家かのように勝手に開け、中に入って行った。

 ざっと視界が広がる。

 目の前に庭が現れ、道が家につづいていた。

 榊は日本庭園の小砂利道を歩いて行くと、大きな家の玄関に着いた。

 そこですらも、榊はなんの恐れもなく、中に入って行く。

 当然、2・3人のやくざに出会うがだれも疑いを持たない。

 当り前と言えば当り前かも知れない。

 この世界にそんな度胸がある奴がいるのだろうか。

 榊は和風の作りの家を好きな様に歩き回り、ふすまを開けていった。

 何か探していることに気付いた一人の強面の男が、腰を低くして榊に尋ねた。


「あの、何を探していらっしゃるんで………」


 榊は足を止め、顔に傷のある黒スーツの男の顔を見た。

 笑っているらしいのだが、脅しているとしか見えない顔を見ながら榊は平然と聞いた。


「ここの組長は?」

「へっ? 社長の事ですか?」

「そうだ、どこにいる?」


 黒スーツの男はやっぱりと言う顔でうなずいた。


--これだけ堂々としたお方が、社長以外の男と会うわきゃあない。きっと、社長の知合いの方だろう…………。


 黒スーツの男は勝手に解釈して、ますます腰を低くして、礼儀正しい態度で応対した。

 不気味な笑顔が、更に不気味になる。


「どうぞ、こちらです」

「ありがとう」


 榊は大きな男の後ろに付いて行った。

 榊は心の中で微かに思った。


--いやー、殴り込みも平和的にできるもんだな。やってみないと解らん。


 榊は一人うなずきながら、奥の部屋へと案内された。

 家の中にしては随分歩くと、今までとは違った豪華な木のドアの前に着いた。

 大きなドアの前につくと、男は横に外れ、礼儀正しく頭を下げた。


「こちらです」

「ありがとう」


 榊はあいも変わらず、堂々と中に入った。

 いきよい良くドアを開けると、中から怒鳴り声が聞こえた。


「ドアは静かに開けんかい!」

「そりゃそうだな」


 どすの聞いた声にも屈せず、榊はゆっくりドアを閉め、恐ろしく迫力のある組長の方に歩いて行った。

 部屋はかなり広く、洋風の飾り付けがしてあった。

 中央の奥に机があり、そこに組長がいる。

 左の壁いっぱいに広がる窓ガラスには、夜のライトに照らされた見事な庭園が見えた。

 組長はちらっと榊を見、呟くように言った。


「何の用や…………」


 組長は椅子に座り、机の上の書類を読んでいた。

 葉巻をくわえ、足を組んでいる。

 これだけで、天に救いを求める人が何人いることだろうか。

 榊は事もあろうに、その机より前に顔を乗り出した。

 すぐ至近距離にごっつい顔がある。


「誰に頼まれて、芹沢夫妻を殺した?」


 榊は自分の年を知っているのだろうか。

 かなり低い声で、いきなり組長に食ってかかった。

 すこしだけ、組長の眉が上がる。

 すぐ至近距離に、榊の顔があるにも関わらず、組長は大声で叫んだ。


「おい! 誰かいないのか!」

「おっとっと」


 榊は思わず両手で耳を押さえ、“大きい声”と言わんばかりに片目をきつく閉じる。

 そうしているうちに、わらわらと柄の悪い男達がやって来た。

 相変わらず机の上で耳を押さえている榊を指さし、組長は言った。


「つまみ出せ」


 あらゆる格闘技をマスターし、御影と唯一対等に格闘できる榊と、泣く子も黙るやくざとの闘い。

 この勝負、一体どちらが無謀だったと言うのだろう………



 ……3分後。


「じゅーうご………にん!」


 榊は15人目の男の腹に拳をめり込ませると、倒していった男の数を言う。

 広い部屋に30人はいたやっちゃんは、いま半分となっていた。

 榊はあいも変わらず息一つ乱さず、にこっと笑っている。

 165cmほどのガキは何の構えもとらず、のほほんと立っていた。

 そのガキに屈強の男達が何人も倒されているなんて、誰が想像できよう。

 組長も手下もほとんど唖然としており、手を出すことも忘れていた。

 その時、やっちゃんの群衆をかき分け、一風変わった殺気の強い男が現れた。

 顔にいくつか傷を持つ、かなり隙のない男。

 見ただけで、かなり強いことが解る。


「おーお。とうとう用心棒登場か? 平和的に解決できるかなーと思ったんだけどなー」


 男は、榊の言うことなど全く気にせず、榊に倒された輩を見た。

 血を出して気絶している男に向かって、唾を吐き捨てた。

 少し榊の表情が変わる。


「まったく、情けねー奴らだ。こんなガキになに手ーやいてんだ………おい、ぼーや」

「おれ?」

「他にだれがいる」


 男はにくったらしい声で言うと、榊はにっこり笑って、男を指さした。


「お前」


 平然と榊が答えると、男の表情に明らかに殺気がこもる。


「こんのガキャー………いい気になりやがって」


 男が構えもとらず、ゆったりやって来たとき、突然、榊の表情が一変し、怒りの表情になった。

 そう思った瞬間、男は床に叩き伏せられた。

 そして、榊はその男の上に立っていた。

 片手は男の頬を両側からつかみ、もう片手は二本指を立て、その先は男の額のまん中を指していた。

 男の顔にはっきり当惑の表情が浮かんだ。

 榊はうめく様に話し始めた。


「強いと思っている奴ほど見かけに惑わされ、油断する。だがな、それも実力だ。威張ってんじゃねえよ………この、ガキ!」


 榊は構えていた二本の指を放ち、男の額のまん中を突く。

 一体どれだけの力がその指にこもっていたのだと言うのだろう。

 男は声一つ上げず、白目を向いていた。

 榊がゆっくり立ち上がると、両側から男達が襲ってきた。

 殆どやけに近い。

 榊は一瞬、にこりと笑うと、二人の視界から消えた。


「なっ………」


 声を上げたのは組長だった。

 数歩前で立っていた榊がいつの間にか、凄い至近距離に顔を近付けていた。

 殆ど顔と顔がくっつく。

 そして、組長が顔を下げるより早く、榊に鼻の頭をぺろっと舐められた。


「うわっ!」


 組長はおもっいっきりあとずさった。

 やっと、にっこりと笑っている榊の顔が見えるまで飛びのくと、その榊の後ろで二人の男が倒れていくのが見えた。

 床に倒れるとき、振動と共に大きな音が部屋に響いた。

 この出来事は組長を圧倒するのに十分だった。

 組長の顔から気力のいっさいが消えた。

 榊はそれを読み取ると、中学の子供らしい笑顔をして、再度、聞き直した。


「芹沢夫妻を殺すよう頼んだ人は?」

「やっぱりね………ありがと」


 榊は軽く頭を下げると、ぼーっと立っているままの手下の方を見た。

 榊が顔を向けると一瞬びくっとするが、榊がにっこり笑うと、わずかに笑顔の表情が浮かぶ。

 しかし、口の端が引き吊っているのが、解らんでもない。

 榊はふところから銃やらドスやらを取り出した。

 手下は一斉に自分のふところや、自分の手を見だした。


「危なかったもんで、ちょっと拝借」


 榊は机から飛び降り、一人一人の手に返しに歩いた。


「はい、ドスね………あっ、ほら、ちゃんと握って。そうそう………あっ、落とすよ!気を付けて」


 その後、狙われることなど一切考えず、榊は親切に返していった。

 もっとも、銃を取り返しても、榊の命を狙おうと考える奴はいなかった。

 13人目に返し終ると、榊は中央に戻り、しっかり銃やドスを持っているみんなを見渡し、ニッコリと笑う。

 そして、何を思ったか叫び出した。


「きゃー! 助けてー!」


 いかにも演技という声で榊がいきなり叫び出したのを見て、組長を始め、手下共も首をかしげた。

 そのころ、どこからともなく足音が響きだし、いきなりドアが開けられた。


「警察だ! 通報があった。そのまま、動くな!」


 警部を先頭とした、警察部隊だった。

 わらわらと入ってきた警官は、30人ぐらいはいるだろう。

 手下共は言われた通り、銃を持ったまま静止した。

 一瞬、警部も唖然としたが、気を取り直して言った。


「銃刀法違反だ。逮捕する。武器を捨てろ」


 警部が銃を構えて言うと、組長を始め手下共ははっと気付いた。


「やられた!」


 組長が声を上げると、榊はペロッと舌を出し、知らん顔をした。

 ここらへんの根性がたくましい。

 組長が気付いた時にはもう遅かった。

 組織は見事、全滅した。


「くそっ! このガキ。よくも………」


 苦しげに組長が言うと、榊の顔から笑顔が消えた。

 その迫力に一瞬、組長さえもたじろいだ。


「よくもだー? 人を殺しておきながらよく言うよ」


 榊は組長と向き合い、自分の心臓を指さした。


「いっぺん、よく自分で考えて見ろ。いかに自分勝手だったかと言うことをな。大人だろ? 15のガキに説教されるな」


 言い終わると榊は体を反転し、手錠をはめに回っている警部の肩を軽く叩き、足取りも軽く、外に出て行った。


「あっ、坊っちゃま」


 警部が何か言おうとする前に、榊はドアを出て行ってしまった。

 警部が榊が出て行ったドアを見ていると、後ろから組長が警部の肩を叩いた。


「あの小僧、何者だ」


 苦やしげとも取れる声を警部に放つ。

 それに対し、警部は後ろも向かずに答えた。


「榊財閥の御子息様だ」


 組長の顔に少なからず驚きの表情が浮かび、その後、満足そうな笑顔となった。


「あの小僧がそうだったのか。いや、仲間に入れるなんて始めから無理だったのか。惜しい人材だ………」


 警部はちらっとだけ組長を見た。

 すぐ視線を戻す。


「確かにな………うちに来て欲しいくらいだよ」


 まるで榊の幻影を追い駆けるかの様に、二人は榊の出て行った、半分開きかけのドアを見つめた。

 街灯の明りだけの暗い路地裏で、榊は頭を掻きながら、黄色の受話器を持ち、何か話をしていた。


「あっ、父さん? また頼み事なんだけどいい?………あのね、谷口組が今、長谷川警部の手柄で全員逮捕されたんだけど、事件もみ消して、家に雇ってくれない? ………え? 僕がやったんだろうって? 僕は出来ないよ。そんな恐いこと………それにほら、警備員が足りないって言ってたでしょ…………えっ?! 僕のボディーガード?……………まあいいや。それでいい……………ん。じゃあ。早く帰ります。それじゃあ………」


 榊は受話器を置き、電話を切ると、上を向き、百円をカチカチ電話機に当てながら、何か考えていた。

 そして、また黄色の受話器を持ち上げると、榊はその百円玉を入れ、薄汚れたプッシュを押した。

 耳に三回だけコールが鳴り、相手は出た。


「もしもし、未杉? 俺だ。榊だ」




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