柳瀬沙羅 後編
それから、二人の会う時間は剣道の時間となった。
沙羅の剣道の上達は早く、半年もすると、小学生の大会ぐらいならどうにかなる程度の腕前となった。
そして、ぴったり一年後、二人は桜井達3人に喧嘩を挑み、見事勝った。
その時、沙羅もしっかり一人倒した。
そして、現在----
沙羅も17になり、髪も伸び、魅力的な女性となった。
その沙羅はいま、東京の郊外に建っているあるマンションの3階にきていた。
田舎と言うわけではないが、静かないい所だった。
沙羅は楯の入った箱と、賞状の入った筒と、竹刀を持ってドアの前に立っていた。
藤神 遼
渚
庸助
と書いた名札を確かめると、沙羅はドアを軽く叩いた。
すぐに中から返事がくる。
「はい!」
2秒も待つと赤い鉄のドアが開けられ、中からエプロン姿の20ぐらいの女性が出てきた。
沙羅は軽く頭を下げた。
「お久しぶり。渚姉さん」
「あらー、沙羅ちゃん。どうしたの。お久しぶり」
沙羅はちょっと中をうかがった。
「お兄ちゃんいますか?」
「いるわよー。さー、入って、入って」
渚は沙羅を中にいれ、一人先に家の奥に入って行った。
「ちょっと、あなた。沙羅ちゃんよ!」
「おっ、本当か?」
遠くからこう聞こえると、土間に立っている沙羅の所に遼がやってきた。
浴衣姿である。多分寝ていたのだろう。
「沙羅、久しぶりだなー。おい、そんなとこ立っていないで、中はいれ、中」
「それじゃあ、失礼します」
沙羅は遠慮がちに靴を脱ぎ、中に入った。
「そんな、他人行儀になるなよ。血はつながってちゃあいないけど、兄妹だと言ったろ?」
遼は中に入って行き、応接間に沙羅をよんだ。
応接間と行ってもたいしたことはない。
8畳ぐらいの所に低い机と、座布団と、TVがあるだけだった。
遼は唯一、背もたれのある座布団に座った。
「まあ、好きなところに座れ」
遼がすすめると、沙羅は横に座った。
ちょうどその頃、渚が1才になる子供を抱いて、沙羅の向かいの席に座った。
赤ちゃんはだーだーと言って喜んでいる。
3人はしばらく、その赤ちゃんを見ていたが、遼が口を開いた。
「沙羅、今日はどうしたんだ。いきなり」
沙羅は真面目な表情で遼を見た。
「ちょっと、真面目なことなんだけど……」
「ふむ」
遼がうなずくと、沙羅は机の横のあいている所に座りなおした。
遼もそれにならって移動し、沙羅と向かい合った。
沙羅は、姿勢よく正座していた。
その沙羅の長い髪は畳について、整然とした雰囲気を漂わせていた。
横に箱と筒と竹刀が置いてある。
遼も浴衣を閉めなおし、姿勢を正した。
「いいぞ」
遼が言うと、沙羅は横に置いてあった箱から楯を取り出し、前におき、筒から賞状を出し、同じ様に前に出した。
そして、最後に竹刀を出す。
そして、指を揃え、深々とお辞儀した。
「昔、剣道を教えてもらったおかげで、今日、インターハイで優勝することができました。これが、その賞状と楯と、その時使った竹刀です。どうぞ、もらってください」
沙羅は伏せたまま、言った。
遼は少し間を置いて、きっぱりと言った。
「沙羅、そんな事気にしないで、持っていなさい。その賞状は、お前の努力の証であって、決して僕がもらうべきものではない」
沙羅が顔をあげた。
すると、そこに赤ちゃんの庸助が横から抱きついてきた。
沙羅は庸助をだっこし、笑顔で庸助を見た。
「それだけじゃ…………ないんです」
沙羅は視線を遼に戻した。
「この子が大きくなったら、『体の弱い女の子がいて、その子が一生懸命、剣道を習ったときに使った剣だよ』って言って、この竹刀を渡して欲しいんです。そして、賞状と楯を見て、私の事を時々でも思い出して欲しいんです。厚かましいとは、分かっているんですけど、お願いします…………」
沙羅は再び、深くお辞儀をした。
しばらく遼は黙っていたが、やがて笑顔になり、言った。
「そういうことなら、有難くもらおう」
沙羅も顔をあげ、笑顔で答えた。
沙羅は、安心したという表情を浮かべ、一呼吸した。
「それじゃあ…………、優勝できるかどうか分からなかったので、いきなり来てすみませんでした」
沙羅は立ち上がった。
「なんだ。もう帰るのか」
「はい……友達が………………待っているので……」
遼も立ち上がった。
「いい…………友達か?」
遼が聞くと、沙羅は顔をほんのりと赤く染め、少し恥ずかしそうな顔をした。
「すごく……いい…………友達です」
土間の方に4人全員行った。
沙羅は靴をはき、ドアを開けた。
「それじゃあ」
沙羅は軽く礼をすると、出て行こうとした。
そこに遼が声をかけた。
「沙羅、またいつでも来いよ。ここは、お前の家なんだから」
沙羅は立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。
小さな頃の少女の面影を残した、今までの中で、最もいい笑顔をして…………
陽光の差し込む、マンションの玄関先にて-----