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Campus City  作者: 京夜
外伝 「柳瀬沙羅」
16/17

柳瀬沙羅 中編

 風と共に、記憶がすり抜けていく。

 つらかったことも今ではいい思い出。

 沙羅はアクセルをさらにふかし、公道を突き抜けて入った。

 そして、その記憶の中の一人の人物を懐かしく思い出した。


「遼…………元気かな………」



 十年前-----。


 沙羅がまだ七才の頃。

 沙羅は肺に欠陥があって、度々入院、退院を繰り返していた。

 そんなある日のことである。

 沙羅はいつものように、病院の四人部屋にはいった。

 部屋の中には先に二人の男がベッドで寝ていた。

 一人は80近い老人で、もう一人は16ぐらいの青年だった。

 どちらも男である。

 沙羅はガウンをはおった寝巻姿で、咳をしながら奥のベッドに入った。

 この時はまだ、髪の短い、可愛い女の子だった。


 病気がちな身体のせいか、心持ち痩せているし、顔色も青白く、この頃からは、今のあの健康な姿は予想できない。

 二人の男のうち、老人の方はいかにも体の調子が悪くて横になっていたという感じだったが、青年の方は全然ピンピンしていて、なぜ入院しているのかという感じがした。

 青年はいかにも退屈げに、時折あくびなどしながら週刊誌を読んでいた。

 やはり、暇でしょうがない沙羅はなんとなくこの青年のことが気になった。

 看護婦が見回りにきた頃、沙羅はこの青年に聞いてみた。


「あのー、どこか悪いんですか?」


 青年が意味を飲み込むより早く、周りにきた看護婦が布団をばっとどかした。

 青年の右足には、しっかりと白いギプスがはめられていた。


「単なるケンカよ。ケ・ン・カ。それで、足の骨折ったのよー」

「ということです」


 男は苦笑いをした。


「君は?」

「私はちょっと肺が悪くて…………」

「そうよ、あの子はちゃんとした病気で、入院しているのよ。あなたみたいに好きで入院しているわけじゃないの!」

「俺だって別に好きで入院しているわけじゃー…………」

「ええい。喧嘩してきた奴は黙ってなさい!」


 一喝されると、男はすごすごと引っ込んだ。


「くそっ………なんちゅー、病院だ…………」

「何か言った?」

「べっつにぃーーー」


 看護婦の嫌みな視線に対し、青年はしらんぷりしていた。

 沙羅はその問答を見て笑っていた。



 沙羅が退院してから一ヶ月たった頃。

 二人はまた公園で会った。


 午後6時---


 小学校から帰ってきた子供達が公園の広場で遊んでいた。

 ジャングルジムで登りあい、砂場で何か山をつくり、空き地で走り回る。

 笑顔を絶やさない子供達は、大声をあげながら遊び回っていた。

 沙羅はその時、ずっと外れのベンチに一人座っていた。

 うらやましいな………

 などと思いながら、一人ベンチに座っていた。

 そんな時、一緒に入院していた男 --- 藤神遼が、その公園を通り抜けようとしていた。

 遼も子供達が遊んでいる様子を見ながら、公園のはずれを歩いていた。

 ちょうど、沙羅のいる辺りだった。

 沙羅はすぐに遼の存在に気付いた。


「あっ、お兄ちゃん!」

「おっ、沙羅ちゃんか。何してんだ? こんな所で」


 沙羅はまた視線を子供達に移した。


「見てるの」

「何を?」

「遊んでる人を…………」


 遼は沙羅の隣に腰掛けた。


「一緒に遊ばないのか?」


 沙羅はしばらく黙っていたが、視点を動かさず、つぶやくように言った。


「入院ばかりしてるから……。仲間にいれてくれないの…………」

「ふん…………」


 遼もしばらく黙ると、辺りは遠くから聞こえる子供の声だけとなった。

 子供の騒いでる声が、ひどく遠くに聞こえる。

 妙な孤独感を遼は感じた。

 同時に、沙羅はいつもその孤独感を味わっていることにも気付いた。

 遼は視点を沙羅に移した。

 沙羅の格好は、どこか少年っぽさを感じる格好だった。

 短パンに薄手のトレーナー。

 それが不思議と似合い、可愛らしい。

 遼はしばらく、どうにかならないものかと思案した。

 しかし、答えは簡単なものだった。


「よし、じゃあ、今日はお兄ちゃんが遊んでやろう」


 柄にもないことを言ったもんだと後で後悔したが、その時は素直に口に出てしまったのだ。

 はっきり、それと分かるぐらい、沙羅の表情が変わった。


「本当?!」


 遼は優しい笑顔でうなずいた。


「なにして遊びたい?」

「うーん…………」


 沙羅は一生懸命、考え始めた。

 遼はそんな沙羅を見ながら立ち上がり、大きく伸びをした。

 沙羅はその伸びをしている遼を見て、思い付いたように言った。


「お兄ちゃん、肩車して!」

「肩車?」


 沙羅がうなずく。


「よし! じゃあ立って」


 遼はベンチからぴょんと飛び降りた沙羅を捕まえ、そのまま持ち上げ、沙羅を肩に乗せた。

 沙羅はその時、130cmだったから、175cmはある遼の肩に乗ると相当な高さになった。

 視界も急激に広がり、広い公園全体がよく見渡せた。


「わあ…………」

「どうだ? よく見えるか?」

「うん! ねえ、向こう」


 沙羅はちょっと小高い丘を指さした。


「あそこに行きたいの?」

「うん!」

「よし」


 遼はゆっくり歩き出し、丘の緩い斜面を登って行った。

 登りきると、そこから街の全望がのぞめた。

 西の空には、赤い太陽があった。

 少し涼しい風が、体を通り抜けて行く。


「ここの場所、好きなの?」

「うん」


 沙羅は小さくうなずいた。

 遼も赤く染まる街を見おろした。


「きれいな所だね……」


 しばらく二人は黙ってその景色を見ていた。


「ねえ、お兄ちゃん……」


 沙羅は遼の顔をのぞき込んだ。


「何だ?」

「また……。来てくれる?」

「また?」

「うん」


 喧嘩ばかりしている遼だが、どういうわけだか、今日は素直な気持ちになれた。


「よし、これから毎日来てあげるよ」

「本当!?」

「約束するよ。その代わり、4時から5時の1時間だけ。それぐらいしか時間が開いてないから…………それでいい?」


 沙羅は今までの中で最もいい笑顔を浮かべ、大きくうなずいた。


「うん!!」


 この時から、沙羅は髪をのばし始めた。

 理由はごく簡単なものである。

 髪をのばしている時に入院し、遼に出会い、

 退院したときに髪を切り、遼にあえなくなった。

 そして、また髪をのばそうと思ったときに遼にあった。

 ただ、それだけである。

 遼に出会ったその夜から、沙羅は髪をのばすことを決めた。

 遼に会えるように、願いをこめて。


 そして、沙羅は今に至ってもなお、前髪以外は切ることはなかった。


 それから二人は毎日、約束どおり会った。

 沙羅は笑顔をよく見せる、可愛い女の子になっていき、入院することもなくなった。

 遼も喧嘩することがなくなり、友達から明るくなったと言われるようになった。


 そんなことが一ヶ月も続いたある日。

 遼の家に一通の手紙が投げ込まれていた。

 これから沙羅に会いに行こうとしていた遼がそれを見つけ、読んだ。

 その手紙の内容はこうだった。


「お前の妹は預かった。4時までに桜川公園に来い。

 桜井 総」


 この桜井総と言うのは遼の学校の総番で、いつも遼が喧嘩していた相手である。

 それはいい、しかし……。


「妹ったって、俺には妹なんか…………」


 しかし、すぐ答えは見つかった。


「沙羅!」


 遼は手紙を握りつぶし、家から木刀を取り出し、公園に走って行った。


「沙羅---!」


 遼は公園に入り、3人に囲まれている沙羅を見つけると叫んだ。

 その声で気づいた沙羅は遼の方を見た。


「お兄ちゃん!」


 遼が立ち止まると、沙羅の周りにいた3人の中の一人が遼の方に歩いてきた。

 桜井総である。

 残りの二人と違って、リーゼントをしたり、学ランを着たりしているわけではないが、その体格の良さと威厳は、誰もを圧倒させるものがあった。

 遼の前に立ち、二人はしばらくにらみ合った。

 話しだしたのは、桜井の方だった。


「木刀、捨てろや」


 桜井は木刀を視線でどかす身振りをした。

 遼は視線は桜井をにらみつけたまま、木刀を投げ捨てた。

 桜井の顔が笑う。


「そんな、怖い顔せんと。まあ、落ち着け」


 完全に桜井の方が立場が上になると、桜井は余裕のある行動をとった。

 遼の方は、歯ぎしりするだけだった。

 いつもなら、こんな奴など敵ではないのだが………。


「お兄ちゃん…………」


 沙羅は横の二人に刃物で脅され、心配そうな目で遼を見ていた。


「望みは……。なんだ」


 遼はうなるような低い声で聞いた。


「分かってるねー。なに簡単なことよ。ただ黙って俺達に殴られ、そんで、これから一切はむかわないと約束してくれりゃいいんだよ」

「それでいいんだな」

「こちらは、それで十分だ」


 残りの二人もうなずいた。

 すると遼はそのまま腰を降ろし、地べたにあぐらをかいて座り、腕を組む。


「好きなようにしろ」


 覚悟は始めからできていた。

 桜井達の顔がほころび、まず桜井が指を鳴らしながら、遼のすぐ近くまで寄ってきた。


「歯ー食いしばれよ---」


 そして、頬をおもいっきり殴り飛ばす。

 遼はふっとばされはしなかったが、殴られた後、口から血がしたたり落ちた。

 すると、残りの二人もやってきた。


「それじゃあ、いかせてもらうぜ!」


 一人目は逆の頬を殴った。

 もう一人は、そのすぐ後に腹に蹴りをいれた。

 遼の顔から血が滴ることはあったが、うめき声をあげるどころか、姿勢を崩すこともなかった。

 それが遼にとっての、せめてもの反抗だった。

 3人で寄ってたかって遼を殴り、蹴るのが3分も続くと、さすがに桜井達も満足したようで、だんだん殴る回数が減ってきた。

 最後は、桜井の蹴りだった。

 その蹴りで、遼がとうとう倒れた。

 しかし、桜井達の息も完全に切れていた。


「へっ、ざまーみろ……はぁ、はぁ、……今度、反抗したら、……。はぁ」


 桜井は一度息を大きく吸って、言葉を続けた。


「また、こう目に合わせてやるぜ」


 呼吸はいまだ乱れていたが、桜井達は笑い、公園の出口に向かって歩き出した。

 最後の一人が、遼に唾を吐き捨てた。


「じゃあな」


 桜井達の笑い声を、遠くに聞こえる。

 桜井達が見えなくなった頃、遼は大の字に寝転がり、大きく息を吐いた。

 土がいやに冷たく感じた。

 そこに沙羅が走り寄ってきた。

 沙羅は遼のすぐ近くまで来て、立ち止まり、膝をおった。

 痛そうな顔を、震える手でそーっと触ると、突然泣きだした。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 私のために! ごめんなさい!……」


 沙羅は、泣きながら必死に遼に謝った。

 遼は、泣いている沙羅の頭にそっと手をおき、傷だらけの顔を沙羅に向けた。


「いいんだ、沙羅。昔のツケが回ってきただけさ。沙羅のせいじゃない」


 遼は、まだ泣きやまずに、ごめんなさい、を連発する沙羅を抱き寄せた。

 遼の胸の上でも、沙羅は泣き続けた。

 遼は沙羅の頭を撫でてやる。

 しばらく遼は空を見つめ考えていた。

 が、答えは一つしか見つからない。


「沙羅、もう俺と一緒にいない方がいい。友達でもつくってくれ」


 遼は優しい声で言ったが、沙羅は激しく首を横に振った。


「やだ! やだ! お兄ちゃんと一緒にいたい! お兄ちゃんと…………」


 沙羅は激しく泣きだしてしまった。

 遼は大きくため息をついた。

 するとその時、ぽっと案が浮かんだ。


「沙羅」


 遼は上体を起こした。

 体の節々が痛み、遼は顔を歪める。

 一息ついてから遼は話しだした。


「沙羅、剣道をやってみないか?」


 沙羅は泣き顔をあげ、しゃくりながら、遼を見た。


「けんどう?」

「そう、剣道。自分で自分を守る手段だ」


 沙羅は遼の襟をつかみ、遼につかみ寄った。


「やる。沙羅、剣道やる…………私、自分で自分、守る!」


 沙羅はまた、遼の胸に顔をうずめ泣きだした。

 遼は、そんな沙羅をしっかり抱いてやった。


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