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Campus City  作者: 京夜
外伝 「柳瀬沙羅」
15/18

柳瀬沙羅 前編

 本来は、本編の次作「怒涛の体育祭」というのを書いていたのですが、これは未完に終わってしまいました。

 そのあと、各キャラクターの過去を書いた外伝がいくつかあるのですが、その中で完結まで至った「柳瀬沙羅」さんの話を掲載させていただきます。



八月の暑い夏の日のこと-----


 インターハイ。剣道の部、決勝戦。

 4面あるコートの第1コートで、決勝戦が行われていた。


 観客は三千人くらいだろうか。広い観客席は満員になっていた。

 そして、その三千人は声一つ立てずに二人の戦いを見ていた。


 岩手県代表。神威高校の如月悠。

 結構名のある剣道家の長男である。

 体こそそう大きくないが、そのスピードと技で、今まで一本も取られずに残ってきている。

 優等生らしく、女性徒がかなり応援に来ていた。


 対する相手は、我が星城学園の剣道部部長、柳瀬沙羅。

 沙羅は相手よりもふた回りも小さい身体に、重たそうな防具をまとっていた。

 どう見ても不利な体勢にありながら、沙羅は毅然として立ち向かっていた。

 屋内とは言え、汗の出るような暑い日のことである。


<綾ちゃん………見ててよ。私の力の全てを……>


 沙羅は観客の方をちらっと見ながら、呟いた。

 防具をつけた顔に一筋の汗が流れた。

 足に感じる冷たい木の感触が心地よい。

 如月は沙羅をにらみつけていた。

 観客の方を見ている沙羅をじっとにらみつけていた。


「はじめ!」

「てりゃーーーー!」


 気を制するような大声をあげたのは如月の方だった。

 その腹の底から湧き出るような大声は、審判さえも震わせたが、向かい合う当人の沙羅は揺れもしなかった。

 沙羅はまるで、来た物をそのまま受け止め、流してしまうような、そんな風のような存在だった。

 すっと立ち、相手からくる威圧感など無いかのように振舞っていた。


 如月の顔に汗が流れる。

 そして、心の奥底からとてつもない恐怖がこみ上げてきた。

 何故だかは分からない。

 だが、この小さな相手にあと一歩の踏み込みができずに立ち止まらざるを得なかったのだ。

 二人は動かなくなり、まるで向かい合う二つの大木のように立っていた。


<いくよ………>


 ぴくりとも動けないはずの均衡を破って、沙羅は剣を上段に構えた。


「----!」


 如月の身体がびくっと震える。

 沙羅の胴はがら空きになったが、やはり如月は打ち込めなかった。


 一歩。


 その間合いの一歩がどうしても踏み込めずに、如月は立ちすくんでいた。

 沙羅は片手を下ろし、柄を額の位置に持ってきた。

 竹刀はすっと天井に延びる。

 如月は逃げ出したくなった。

 このふた回りも小さい敵に逃げ出したいほどの威圧感を感じたのだ。


<駄目だ! 俺では勝てない!>


 そう感じたとき、どっと汗が吹き出した。

 沙羅の眼がすっと閉じる。


<これが、私が部長と呼ばれる所以………“空羅”……………>


 じっとして、動けなくなった如月の脳天に向かって沙羅の竹刀がすっと動いた。

 すっと。そして、竹刀の動きは見えなくなった。

 ただ、空が裂けた。


「め------ん!」


 空が裂けたような壮絶な音が場内に響き渡った。

 体内の<気>を片手にすべて集め、気の力により最大限の力を発して打つ。

 それは、人間では見極められぬ程の早さと力を生む。

 それを沙羅は<空羅>と呼ぶ。

 如月は、面を受けた体勢のまま立っていた。

 そして、崩れ落ちた。

 背中から後ろにばったり倒れ、そのまま起き上がらなかった。


 沙羅は竹刀を腰に構え、元の位置に戻った。

 審判達と救護班が如月の方に向かい、判定は延ばされた。

 しかし、如月がタンカで運ばれると審判委員長がマイクをとって告げた。


「神威高校の如月悠選手は試合続行不可能のため、星城学園の柳瀬沙羅選手の一本勝ちとします」


 場内に審判の声が響くと同時に、歓声があがった。


「やったー!」

「きゃー!」

「さらさーん!」


 そして、沙羅は面を取った。

 その面から流れるように髪が落ち、腰の辺りまで届いた。

 満身の笑みを浮かべた顔には汗が輝いていた。


「さらさーん! やった!」


 始めにルームメイトの綾が飛びついて来た。

 沙羅はいつもは見せない笑顔を振りまき、綾に抱きついた。


「綾ちゃーん! やったよ!」


 沙羅は子供をあやすように、綾の髪を撫でた。


「沙羅! おめっとさん!」


 そして、自動車部の部長の沖が肩を叩いた。

 そして、クラスメイト、クラブ仲間が寄ってきて、喜び合った。

 しばらくそんなことが続き、表彰が遅れたが、次第に各自席に戻り、今では元通りの静けさとなった。

 そして、沙羅が表彰台に上がった。

 顔には疲れと汗と、そして笑顔を同居させていた。

 向かいには60過ぎの剣道会総理事長のおじいちゃんが立っている。


「柳瀬ぇーー、沙羅ぁ殿ぉーー」


 恒例の文句が述べられ、表彰状と楯が送られた。

 沙羅がそれを受け取り、上に振りかざすと、再び歓声が上がった。

 そして、暑い最中の一つの試合が幕を閉じた。




「沙羅さん。本当にいいの?」


 試合場の屋外、大きな駐車場の一角-----

 アイドリングしている、白に赤の線の入ったFZRにまたがった沙羅に綾が声をかけた。


「大丈夫! 用事済ませたら、すぐ帰るから。先に帰ってて」

「そう……。それじゃあ……」

「うん……」


 綾は手を振りながら団体バスの方へ走って行った。

 沙羅はバスが出て行くのを見届けると、エンジンをふかし、発進し始めた。

 走りながら片手で胸からサングラスを取り出し、かけた。

 照りつける太陽は、4時を過ぎても変わらなかった。


「ちょっと、暑いな………」


 沙羅は、心地よい風を体で感じながら、空に輝く太陽を見上げた。

 身体には何かを成し遂げた充実感で一杯だった。

 今ごろになってから妙に嬉しさがこみ上げてくる。


 私、勝ったんだ………


 沙羅は忍び笑いを浮かべながら、昔を懐古した。



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