第16話 綾救出
ヴェルサイユ宮殿あたりを思わせるような、豪華で広い部屋で綾は寝ていた。
壁には億単位の値段のつきそうな絵が掛けられ、なんでもないように彫刻が立っていた。
真ん中あたりにテーブルがあり、壁にそったところに屋根付きのベッドがあった。
「んーん……」
綾は目を覚まし、体を起こし、大きく伸びをした。
「あれ、ここ……」
綾は見慣れない風景を見渡した。
「ようこそ、わが屋敷へ」
はっきりとした、低くよく通る男の声がした。
男は、テーブルの横のどっしりとした椅子に座っていた。
校長とは違い、どっしりとした、威厳のある顔立ち。
60前後ぐらいだが、スーツを身にまとい、どこかの実業家を思わせる雰囲気があった。
「炎城綾さん。聞いたことがあるかもしれません、私が喜多川一郎です」
さも得意そうに男は名を告げた。
「あっ、はい……ところで、どこかでお会いしましたか?」
「いや、はじめてですが、こちらはよく貴方を知っています」
「?」
男は手に持っていたグラスを揺らし、少し飲んだ。
「私は貴方の叔父の悪友でね、ちょっと意地悪してやろうと思いまして、無礼ながら、貴方を誘拐させてもらいました。いや、なに、取って食おうというわけではありませんから、ご心配なく。ただ、3日間、この屋敷にいて下さればいいんです」
「3日間?」
「そう、その間は、不自由のない生活を約束します。そして、期限が切れたら、ちゃんとお返しいたします。三日間、ここにいて下さればいいんです」
綾はベッドから降り、男の向かいに座った。
「わかりました。だけど、どうして三日間なのですか?」
綾がそう言うと、男の顔が厳しい顔に変わった。
「勝負です」
ここでいったん区切れた。
「奴と私の勝負です」
「……どんな内容なのですか?」
男はグラスを机に置き、立ち上がった。
「三日の間に貴方の叔父が、あなたを助けられるか……。と言うものです」
ゆっくり歩き、綾の後ろに回り、くっくっと笑った。
「無理な話です。ここの場所を見つけるだけで、二日はかかりましょう。そして、どうして一日でこの要塞を崩すことができましょう」
男は綾の髪を少し手に取り、そのきれいな長い髪を見た。
「この勝負、私の勝ちです」
しかし、現実は厳しい。
その時、勢い良くドアが開いた。
「綾さーん。助けに来ましたー」
それはぼろぼろの迷彩服を着た御影だった。
片手に銃を持ち、頭にはちまきをし、さながら、ランボーのような格好をしていた。
その後ろでは、硝煙が立ちこめ、2、3の人が倒れていた。
その景色で、何があったか分かる。
「御影君!」
綾が立ち上がると、それを喜多川が止め、御影に見えるように銃を突きつけた。
「また、お前か。御影」
「また、俺です。一郎さん」
御影は堂々と中に入ってきた。
顔にちょっと笑いを浮かべて、緊張感というものが全くなかった。
しかしその時、四方のドアが開き、中から兵士が出てきて、壁に揃って並び、御影達を囲んだ。
御影はいっこうに気にせず、片手で銃を握っていた。
「さて、たしかに、まともにやったら勝ち目がないの分かっている。おまえが本気を出したときの凄さは私も知っているからな。だが、この綾嬢に少しでも傷をつけると、やばいのではないかね?」
御影はなるほどという顔でうなずく。
「これだけの兵士がいる中、無傷はちょっと無理だろう」
男は得意そうに言う。
その間も、兵士の銃は御影を狙っていた。
約50人くらいいるだろうか。
「それに、ここまで来れる奴など、お前以外にはいないだろうしな」
「そうかなー」
いきなり、天井から間の抜けた声がした。
「未杉君!」
「はい、どうも」
と言うと、15mはある天井から飛び降りた。
そして喜多川をあっさり払いのけ、綾を助けた。
「よー、早いな」
「他の奴らももう来てるぜ」
と言うと同時に、ドアを蹴破って、バイクが飛び出してきた。
「柳瀬沙羅、参上!」
というとバイクから飛び降り、身長ほどもある木刀の一閃で10人近くをなぎ倒した。
バイクに乗っていた男は、バイクをそのまま走らせ、2、3人を引き倒して止まり、サングラスを上げ、ニヒルに言った。
「沖直也、参上」
敵が驚く間もなく、4人が登場した。
そして、喜多川が何か言おうとしたその時、窓ガラスがいっぺんに割れた。
そして、その外には黒く塗られたハリアーが、空中で停止していた。
両翼の20mmバルカン砲が、こちらの方を向き、きらりと光った。
「一条昌也。参上」
コクピットを開け、一条が言った。
その頃、中にいた兵士は皆、腰を抜かしていた。
喜多川も勿論、例外ではなかった。
御影は走り寄り、綾の手を取った。
「さあ!」
というと窓に走って行った。
綾も手を引っ張られ、それに続いた。
すると、御影は窓のすぐ近くで、綾を抱き上げた。
「それじゃあ、飛び降りるから、しっかりつかまって!」
御影は窓のへりに足をのっけ、飛んだ。
「えっ! きゃー!」
綾の悲鳴も高らかに、二人は6階から飛び降りた。
下では、美那と菜緒の乗ったジープが、待っていた。
そのジープの上に落ちる。
「ナイス! じゃあ、いくわよー!」
と美那が言うと車がもう発進した。
車は人の沢山集まっている方に突っ込んで行った。
人垣に近づくと、隣に座っていた、菜緒がマイクを取り、叫んだ。
「みんなー! 人質は奪回したわー!」
すると戦いをしていた学生達は手を止め、その車を見た。
車の中の綾を発見すると、みんなは、入学の時さながらのように、ジープを囲み、歓声を上げた。
やっと、落ち着いた綾がそれを見て驚いた。
なぜなら、まず一つに、全校生徒が綾を助けるために来ていたから。
そして、もう一つは、三千近くの兵士が地上に横たわっていたからである。
その中に、一人として学園の生徒はいなかった。
ジープは、戦車やら、装甲車やらで囲まれていた、本陣の中で止まった。
「さあ」
と御影が手を引き、二人は車から降りた。
人と車の円陣の中、綾が車から降りると、歓声が上がった。
そして、上空からヘリの音。
みんなが上を見ると、上空からアパッチが降りてきて、中から校長が出てきた。
「おじさん!」
綾は校長に走り寄り、飛びついた。
校長も綾を抱きしめ、頭をなでた。
「すまない。私のせいで、こんな目にあわせてしまって」
いかにもすまなそうに、校長が言った。
「んーん、いいの」
綾が答える。
「でも、この学園なんか、もう嫌いになっただろう。他の学校に移りたいか?」
校長が、そう言うと、綾は気づいたように周りを見渡した。
こちらを見ている傷だらけの御影。
御影にバンソーコーをつけている、槙。
少し、横のジープから飛び降りた、美那と菜緒。
今、駆け込んできた、沖と沙羅。
未杉、斉藤、榊…………
そして、綾のために戦ってくれた、みんな。
それぞれを、ゆっくり見渡し、そして最後にすぐ目の前の校長を見つめる。
そしてまた校長に抱きついて、言った。
「ううん、いいの。みんな……大好き!!」
【不屈の学園都市 終り】