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Campus City  作者: 京夜
不屈の学園都市
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第1話 転校


プロローグ


 森と緑を残しながら、今なお発展を続ける都市、神奈川。

 その人口、工業力、収入、そして首都「東京」に近いという利点は、大都市と呼ぶにふさわしいものであった。


 しかし、そのはずれの、まだ緑と森が多く残る広大な土地の一角に、巨大な学園都市が存在した。

 敷地面積、三百平方キロメートル。

 注意されたい、単位はメートルではない、キロメートルである。


 その広大な学園都市は、大財閥キタムラグループの党首、北村啓治氏が企業の人材育成のために建てたものであった。潤沢な資金が投じられ、最新の設備技術と膨大な物資がそこにはあった。


 そして、選び抜かれた強者たちが、最新の設備と競争、さらには生徒による自治という自由な校風によってその能力を最大限に引き出し、学園生活を楽しんでいた。

 そこでは、新しい世界を担う多くの若者が、今日も躍動していた。



第1話 転校



「大きい……」


 学園の正門。

 少女の視界の左右一面に、壁が果てしなく広がっていた。

 目の前に目を向けると、そこには巨大な鉄の門が塔のようにそびえ立っている。

 刑務所を思わせるほどの大きさと威圧感。いや、それ以上の何かがそこにはあった。


 しかし、少女の視線はそこにはない。

 そのはるか向こう、門の内部の景色に向けられていた。

 はるか前方にある校舎が霧でかすみ、まるで蜃気楼のように揺らめいている。

 しかし、決して霧が濃いわけではない。つまり、それだけ校舎が遠いということだ。

 ここから、ざっと四キロメートルはあるだろう。


 どうしようもなく、少女は門の前で立ち尽くしていた。


「さて、どうやったら叔父さんに会えるのかしら……」


 少女は少し途方に暮れたが、こうしていても始まらない。

 意を決したように歩き出し、門をくぐった。

 手には重そうな大きなバッグが一つ。それに小さなバッグと、二つの紙袋を抱えている。冬用の学生服の上からオーバーコートを羽織り、長い髪がコートの背中に垂れていた。

 優しそうな笑顔が、今は少し困惑気味に揺れている。


 門をくぐると、視界はさらに開けた。

 辺りは、草こそ生えていないものの、まるでどこかの草原のような広さだった。


「牧場と間違えたのかしら……。でも、草は生えていないし……」


 少女はその光景を見て、また立ち止まってしまった。


「それじゃあ、俺たちは牛かいな」


 不意に右の方から声がした。

 少女が驚いて声のした方を向くと、門をくぐった時には気づかなかったが、そこに一台のジープが停まっており、二人の男が乗っていた。

 乗っていた男の一人が車から降りて、こちらへ近寄ってくる。

 学生服を着て首にはマフラーを巻き、手には革手袋をはめている。けっこう体格のいい男だ。


 男は少女の前で立ち止まった。少女より頭一つ分ほど背が高い。


(わっ、目が青い……)


 少女は思わず戸惑ったが、男はお構いなしに話しかけてきた。


「ええと、炎城綾えんじょうあやさん……ですね? 破壊部所属の御影誠一郎みかげせいいちろうです。よろしく」


(ん? 破壊部? やっぱり来る場所を間違えたのかしら……)


 綾と呼ばれた少女は、また悩んでしまった。


「あのう、ここ、星城学園ですよね?」


 念のため、といった様子で問いかける。


「牧場みたいですけど、一応、牧場じゃありません」


 男の顔に、人の良さそうな笑顔が浮かぶ。

 男の笑って返す答えに、綾はよけいに悩んでしまった。


(うーん、本当にここでいいのかしら……。たしか、神奈川にある進学校よね……)


 綾は何も言えず、いかにも困ったという顔を男に向けた。

 その表情に、男は何か得意げに、さらに笑顔で答える。


「そんなに悩まなくてもいいですよ」


 男は、に、と笑った。


「間違いありません! ようこそ、わが星城学園へ!!」


 男が大声で叫んだ途端、いきなり背後からトランペットの軽快な音楽が流れ始めた。

 振り返ると、「工事中」と書かれた幕が一斉に落ち、百人規模のオーケストラが出現した。

 そのオーケストラは、やがて耳も割れんばかりの音量で、行進曲を奏で始めた。


「炎城さん、どうぞこちらの車に乗ってください!」


 さっきの男が綾の手を引き、半ば強引にジープへ乗せた。

 綾が助手席に、荷物と御影が後部座席に乗ると、車はゆっくりと走り始める。


 少し落ち着いて前方を見ると、さっきまで何もなかった広大な敷地に、いつの間にか一本の道が開け、その両脇にどんどん人が集まってきている。

 人の列は一キロメートル近くに及んでいるだろうか。おそらく、全校生徒が出てきているのだろう。


 ジープはその真ん中の道を走り始めた。

 両側からは、けたたましいほどの歓声とクラッカーの音が鳴り響き、時折、色とりどりのテープまで投げ込まれる。

 呆然と座っている綾に、次々とテープが絡まっていった。


「ほら、皆さんに手ぐらい振ってあげてください」


 後ろから御影が声をかけてきた。


「手って……。あの、この騒ぎは、もしかして……」


 御影は特有の、に、という笑みを浮かべて言った。


「もちろん、あなたの歓迎パーティーですよ!」


 綾は一応飲み込めたものの、まだ少し呆然としていた。


「ほら、前方を見てください」


 少しトーンの低い声がした。運転席に座る男の声のようだ。

 男は白い服の上に黒い革のジャンパーを羽織り、サングラスをかけているため表情は窺えないが、なかなかの渋さを感じさせる。

 綾が言われた通りに前方を見ると、何やら少し高くなった壇上が設えられていることに気がついた。

 壇上の上には、綾の叔父であり、この学園の校長兼理事長である北村啓治きたむらけいじがいた。

 やっと知っている顔を見つけ、綾は思わず車から身を乗り出して手を振った。


「叔父様ー!!」


 壇上の、いい歳をした校長が嬉しそうに手を振り返している。

 やがて車は、その壇上の前で停まった。


 いつの間にかオーケストラの演奏は止み、あれほどの歓声はどこへやら、辺りは水を打ったように静かになった。人の群れも、いつの間にかきちんと整列している。


(歓迎というよりも、もしかして、からかわれているのかしら……)


 御影はひらりと後部座席から飛び降りると、助手席のドアを開けた。


「お嬢様、どうぞお降りください」


 さっきの笑顔はどこへやら。真面目な顔で、御影は綾を招いた。


(どうやら、からかわれているみたいね……)


 綾は仕方ないという顔で車を降り、二千人はいるであろう生徒たちの前を通り、壇の前まで歩いた。

 御影と綾が壇の前に立つと、二人そろって気をつけの姿勢をとる。


 やがて、広い敷地全体に響き渡るような大きな音で、放送が始まった。


「えー、ただ今より、校長の姪にあたる、炎城綾さんの歓迎式典を執り行います。校歌斉唱!」


 そして荘厳な音楽が流れ始め、全校生徒が歌い出した。



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