06
「はい、チョコレート」
「ありがとう。だけどおかしいな、あれだけ練習していたのにこれは市販の物だな」
買い物にいったときにたまに欲に負けて買ってしまうぐらいの有名な商品だった。
彼女達の実力を疑っていたわけではない、また、何日も作っているところを見ていたうえでこれだと寧ろ残念感がすごかった。
「まあ、結局はそのまま渡すのが一番美味しいじゃない」
「これまでの練習はなんのためにしていたんだ……」
「お菓子が食べたかったからよ、莉生だって同じよ」
ちなみにその莉生はあたしに同じような物を渡してからすぐに寝てしまった。
場所は今日も変わらず志手の家だが、なんのために集まっているのかがわからなくなってくるからやめてもらいたいところだ。
まあ? 起きていたところでこの内にある微妙さというのはなくならないのだが。
「とにかくありがとな、食べさせてもらうよ」
「うん」
どんな形であれ、こうして貰ったのであればお礼をしなければならないことには変わらない。
ということで今日もご飯を食べてもらうことにした、物を贈るとかはやはり似合わないからこれで満足してもらうしかない。
「美味しい! ……けど眠い……」
「なんでそんなに眠たいんだ? テストなんかもまだないのにおかしいぞ」
仮にテストなんかがあったとしても史とは違って受験というわけではないのだからそう緊張しないだろう。
「実は昨日、一人で頑張っていたんだけどどうしても上手くいかなくて結局……そのままあげることになっちゃった」
「あんた裏切り者ね」
「だ、だってどうせあげるなら頑張りたかったんだよ、練習だって何回もしていたから上手くいくと思ったのに美味しくならなかったんだ」
「それはまだあるのか?」
なんだよ、それを先に言えよ。
「え? うん、いっぱい作ったからまだまだ残っているよ、だから麻世ちゃんの美味しいごはんを食べられているのにテンションが上がらないんだ」
「ならそれを食べさせてくれ、大丈夫だ、貰った分は返すから」
十分返せているなどと言うつもりはないがなにかをしてもらったら相手のために動くをちゃんとできていたと思う。
だから今回も同じようにするだけだ、莉生は志手と違って一緒にいる時間が長いからその点で動きやすいのはいい。
「ええ!? あ、本当にあんまり美味しくないんだよ?」
「そんなのいい、あたしのためというわけではなくてもあたしにもあげるつもりで作ってくれたんだろ? だったら食べさせてほしい」
「え、えー……」
「いいじゃない、本人がこう言っているんだから食べさせてあげなさい。麻世、ついでにこれも食べてちょうだい」
「おいおい、志手も同じなのか? また風邪のときと同じで変な遠慮をしたんだな」
ここで莉生が出してくれてよかった、そうでもなければみんなスッキリしない時間となっていた。
でも、ちょっと勇気を出して吐いてしまえばこんなものだ、だから変な遠慮をしないでほしいのだ。
「……嫌そうな反応をされたら悲しいから……」
「するわけがないだろ、自分が失敗した場合にはするけどな」
安心してほしいからいるところで食べさせてもらうことにした。
「普通に美味しいぞ、なにが不満だったんだ?」
「「食べたら美味しくなかった」」
「それはあれだよ、一人だったからだよ。あたしも経験があるんだ、だから妄想で適当に喋っているわけじゃないぞ」
ただ、ご飯を食べた後にこれは単純に厳しかった。
もう少しぐらいは余裕を持って食べられるようになりたいという考えと、そうなったら調子に乗って食べてしまう回数が増えてしまいそうだという不安と、この場合ならどちらの方がいいのだろうかと悩むことになった。
「さてと、そろそろ帰るわ」
「送る」
「いいの?」
「もう暗いんだからそりゃそうだろ」
家から出ようとしたタイミングでこの二人が大好きな史が下りてきて参加することになった。
受験勉強をしなければならないということで部屋にいることはなにもおかしなことではないが、二人がいるときぐらいは優先してもいいと思う。
だって毎日、寝るまでの一時間は一緒に勉強をやっているし、それまでは彼自身がしっかり向き合っているのだから余裕はあるだろう。
「史も変な遠慮をするな」
「そんなのしていないよ、今回だって参加させてもらっているわけだしね」
「でも、本当はもっと二人といたいだろ?」
「莉生さんや志手さんと? 確かに話せた方がいいけど……」
年頃ということで素直に吐くのは難しいか。
自分にもあったからあまり偉そうには言えない、ただ、損をすることは確かだからなんとかしてやりたい。
例えそれで嫌われたとしても弟が上手くやっていけるのならそれでいい。
「姉ちゃんにちゃんと言え、できることならしてやる」
「うーん……多分だけど姉さんは考えすぎなんじゃないかな」
「だけど史はあの二人といられているとき、やたらと嬉しそうだぞ?」
「そのことだったら姉さんも同じだよ、嫌いな人が相手でもない限りは普通のことなんじゃないかな」
普通ねえ、別にそこを認めたところで馬鹿にしたりはしないのに素直ではない。
「んー? 史くんは私達に興味を持ってくれているの?」
「仲良くなりたいですけど、姉さんが考えているようなことはありませんよ」
「ありゃ、振られちゃった」
って、確かに素直になれとは言ったけど……。
「偉そうですけど異性として見られないということじゃないですからね? そこは誤解しないでもらえると助かります」
「う、うーん……なんか余計にダメージを受けたよ」
「年下の男の子にうざ絡みをしないの」
「うわーん! 円ちゃんだって同じなんだよっ?」
「まあ、異性なら誰でもいいというわけじゃないじゃない、あたしだってそうよ」
とりあえずささっと二人を家まで送ろう。
いま一番あたしがしなければならないのはそれだった。
「終わった……」
最近は家に帰ってくるなりこればかりだ。
受験だって終わったのに、合格したってわかったのに暇人の高校生よりも遅い時間に帰ってきて終わったと漏らす。
「史」
「あ、ごめん……」
「別にいいけど、どうしたんだよ?」
「ああ、四月から離れ離れになってしまう友達がいてね、それが残念だなって」
「まあ、そういうのはどうしたって避けられないだろ」
残念ながらあたしにそんな存在はいなかったが莉生も同じようなことを言っていたぐらいだ。
「それより四月から学校に史がいるというところが面白くなるな」
気になったときにすぐに確かめにいけるというのは大きい。
学校でのことをあまり喋りたがらない存在だから自分から動くしかないのだ、されたくないなら大人しく吐いてほしいところだ。
「姉さんのところにいくよ」
「莉生さんのところにいくよ、だろ? 最近なら志手のところにでもあるけど」
残念な点は志手にその気がなければ自然と集まることは不可能だというところだろう。
いまのところは違うクラスでもすぐに来てくれているが――あ、いや、これからの結果次第では集まれる可能性もあるのか。
だから弟としてはあたし達が全員、同じクラスになれた方がいいということになるな。
「まあ、姉さんのところにいったら結果的に莉生さんとも会えるわけだから間違っているわけじゃないけど……やっぱりなにか勘違いされているよね?」
「前にも言ったと思うけど史だって男なんだ、姉の友達ということであの二人とは容易に会えるんだぞ? なにかないのか?」
「なにもないよ」
慌てるわけでもなくはっきりと言いやがって。
「その別れることになった子が好きだからか?」
「はは、その子は男の子だよ、小学一年生の頃からの友達なんだ、だからこそ離れることが悲しかったんだよ」
なるほど、あたしの場合なら莉生と別れるということになるから悲しくて普通か。
いや待て、なんかフラグになりそうだからこれ以上、これについて考えるのはやめよう。
「というかさ、姉さんって恋の話が大好きだよね」
「それはそうだろ、自分に縁がない分、他者の話で盛り上がるしかないんだから」
史が相手ならともかく他の人間にしつこくぶつけているわけではないから許してほしい。
「自分に縁がないって勝手に決めつけちゃっているだけだよね?」
「おいおい、一度も告白をされたことがない人間に言っていいことじゃないだろ」
「本当にないの? 姉さんって結構隠しちゃうところがあるから気になるよ」
「ないよ、莉生に聞いてみればいい」
「わかった」
だ、だからってすぐに動くのもどうかと思うが。
何故か電話の流れから来ることになり、家に来るなりリビングで盛り上がり始めた。
一階に置いてあるアルバムを開いてこのときはどうたらとかあのときはどうたらなどと説明をしていて楽しそうだ。
「莉生さんは知りませんか?」
「うん、それについては麻世ちゃんの言う通りだよ。男の子が近づいているところも見たことがないかな」
話すことはあっても委員会とか係とか限定的なところだけだ。
意識して動いていなくても自然とそうなる、これは小中学生時代から変わらない。
「ほとんどの時間は莉生といるんだからこれで隠しているわけじゃないってわかっただろ?」
「なんでだろう」
「なんでだろうってそんなのわかりきっているだろ、魅力が――」
「それはないけど、麻世ちゃんが私達としか過ごそうとしないからじゃないかな」
「なんで遮った? 別にお世辞を言われても嬉しくないぞ――って、前もこんな話をしたな」
毎回、こういう話になる度に自分の微妙なところを自分で吐くことになっていて悲しい。
だが、魅力的だと自ら言うような人間ではなくてよかったと考える自分もいてそれこそ中途半端な状態だった。
ただ、やはり気持ちがいいわけではないから正直、あたしのことで盛り上がるよりも自分達のことで盛り上がってほしいというのが実際のところだった。
「や、やったわ」
「莉生じゃなくて志手がそんな反応を見せるとはな」
しかもこれは三回目だ、学校でも言っていたのにまだ足りないみたいだ。
それでも悪い気にはならない、莉生と一緒になれたからだとしてもそこにはあたしだっているのだからテンションは下がらない。
「だっていちいち移動するのが面倒くさかったもの、これからはしなくていいということなら誰だって喜ぶでしょ」
「ま、それだけ一緒にいたがってもらえているというのは嬉しいけどな」
「べ、別にそんなのじゃないけど……」
「はは、素直になれ、あたしは本当に嬉しいぞ」
今日は同じく一緒になれたということで喜んでいた他の友達に連れていかれてしまったから莉生はいない、そのため、久しぶりに志手と二人きりという状態だった。
あたしとしては高校一年生になった史を連れていきたいところだったのだがこちらも友達と盛り上がっていて諦めるしかなかったというのが先程のことだ。
「ど、どれぐらい……?」
「そうだな、七十パーセントぐらいだな」
百パーセントと言ってもいいぐらいだが信じてもらえなさそうだからここにした。
「り、莉生と比べてよ」
「そこだって数パーセントぐらいしか変わらないぞ」
さ、流石にこれは許してもらいたい。
「そ、そうなの?」
「そりゃ志手とだって一緒に過ごせているからな」
「ふ、ふーん」
「志手って最初の余裕がなくなっちゃったな」
できれば自分の弱いところを晒さないで済む方がいいが違和感がすごいからこれなら自分がそっち側の方がいい気がした。
なんにも知らない人間のために動ける格好いい志手に戻ってもらいたい、そうすればもっと一緒に過ごしたくなる。
「だって私なんて家にいたくない構ってもらいたい弱い人間じゃない」
「待て、弱いは余計だろ、あと、誰かと一緒に過ごしたいという考えは悪いことじゃないだろ?」
「でも、もう三年生なのよ?」
「そうしたら一緒にいたがっているあたしも駄目ってことになっちゃうだろ、だからやめてくれ」
自分を守るために動いて情けないが本当にそれはやめてほしい。
普通に志手のためにもならないから止めるべきところだ、これで微妙な状態になっても聞かなかったふりをするよりはよっぽどいい。
「な、なら、名前で呼びなさいよ」
「ん?」
「い、いいから早くっ」
「円――いや、なんでそうなるんだ?」
まだ弱いという考えを捨てられなくて、寂しくて、構ってほしい人間だからなのか? 少なくともいまの流れから求めるようなことではないと思うが。
「一緒にいるのに莉生だけ名前で呼んでくるなんておかしいじゃない」
「おかしくはないだろ、別に嫌じゃないから続けるけど」
「そうしておけばいいのよ、名前で呼び合えていた方が仲良しみたいでいいでしょうが」
「そこは大事じゃない、一緒にいたいという気持ちがお互いにあればそれで十分だ」
そこさえなんとかできれば一生とまではいかなくても二十年以上は一緒にいられる。
証拠はあたしの母だ、いまでも同性の友達と遊べているから憧れている。
「ああもうそういうところでは頑固ねっ」
「待て待て、攻撃を仕掛けてくるな、そこが円の悪いところだ」
「だったら私のときだけ頑固になるところが麻世の悪いところよ」
冷静な状態に戻ってもらわないと評価が変わりそうにないからここで止めておいた。
あとは円の家で逃げ場がないというのも影響している、敵地というわけではないが大人しくしていた方がいいだろう。
「ねえ麻世、あんたって莉生のことが好きなの?」
「好きだぞ、そういう意味で、ではないけど」
いつかは恋をなんて考えは依然としてあるがこれまでは一切そういう感情が出てきたりはしなかった。
相手が同性だから、受け入れてもらえないからと一人で諦めたわけではない、やはり他者のことで盛り上がっているぐらいがあたしにはよかったのだ。
なにかがあっても傷つくのは自分ではないから、そりゃもちろん、関わってくれる相手が傷つかないのが一番だがどうしたって恋なんかをしていれば経験することになるわけで……。
そういう場合には最近と同じように自分のできる範囲で動いてなんとかしてきた。
「求められたらどう?」
「それなら受け入れるぞ、でも、それはないと思うぞ」
「はは、それはどうして?」
「だってこの歳までアピールをされてこなかったからな、なにかがあるならアピールをするだろ? 同性だろうが異性だろうが恋をしたならそうだろ」
その莉生がそうだった、過去に好きになった同性に対して積極的に動いていた。
「私だったら勇気を出せなくて抑え込んで終わるでしょうね」
「どうだろうな、まだ真剣に恋をしたことがないだけなんじゃないのか?」
「真剣に恋をしても同じよ、いや、それどころか怖くなって余計に動けなくなるだけよ」
待った待った、少なくとも今日はやめておくべきだった。
今日は一緒のクラスになれたということを喜んでおけばいい、実際に喜んでいた円に水を差してしまったようなものだ。
「悪い、あたしだってどうせ同じだよ、経験がないから偉そうに言えているだけなんだ」
「麻世……」
「ということでこれで終わりな、疲れたから寝転ばせてもらうぞー」
同じクラスになれるのかどうか不安で結構遅い時間まで寝られなかった、それがいまになって出てきた形になる。
自分がマイナス方向に傾けてしまったこともあって現実逃避をしたい脳が寝ろと叫んでいるのだ――というのは嘘でただ眠たくなっただけか。
「横、いい?」
「そりゃあ円の家なんだから自由だろ」
「今日はこのまま寝る」
「さ、流石に三十分ぐらいしたら帰るけどな」
決めていた通り約三十分だけ寝て円家をあとにした。
これでもまだ十五時とかそれぐらいだから余裕があるのがいい、だから少し寄り道をして桜を見てから家に帰って家事をした。
「史は切り替えるのが上手いよな」
「友達のことならそうだね、切り替えてやっていくしかないからね」
「ならこれからも上手く切り替えてやってくれ、抱え込んで自滅はしないでくれよ?」
「大丈夫だよ、僕は強くないから自滅する前に姉さんに吐いちゃうからね」
「本当にそうなら姉ちゃんとしては安心できるんだけどな」
家族ということで気になるなら莉生でも円でもいい、別に利用していることにはならないからどうしようもなくなったら相談を持ちかけてほしい。
「これからはすぐに姉さんのところにいけるからよかったよ、これで隠されてしまうことも少なくなるからね」
「はは、史が来ればあたしの口は緩々になるぞ、多分だけど」
姉として絶対にそんなに情けないところは見せられないからこれまでと一切変わらないが。
メンタルのためにも頑張り続けなければならない、それこそあたしの方が莉生や円に頼らなければならないときが多くなりそうだった。
「だったら弟として安心できるんだけどね、はは、なんてね」
笑っている場合ではないぞと言いたくなったが我慢してああと答えておいたのだった。