05
「もう二月かぁ、時間が経つのは早いなぁ」
「あたし達が一月の間にしたことは喋ることだけだったな」
無理やり出すとしたら史へのプレゼントを買ったぐらいか、あ、莉生がだが。
こちらは約束通り史を優先して時間を作った結果、それだけで満足されてしまったというのが実際のところだ。
せめてもう少しぐらいはなにかを求めてほしいところだったりする。
「そ、それ以外にももうちょっとぐらいはあったでしょ、ねえ?」
「いや、麻世の言う通りよ」
「うわーん……それじゃあなんかなにもしていないみたいじゃん」
「事実そうじゃない、授業を受けたりすることは学生として当たり前だからしたことにはならないしね」
「頑張っていたのは史くんだけってことか……」
まあ、いちいち悪い方に考える必要はない。
正当化したいわけではないが基本的にみんなこんな感じだろう、毎日自分が決めた目標を達成できるようにと頑張れている人間は少ないと思う。
「これはもう史くんに慰めてもらうしかないよ、麻世ちゃんの家にいこう」
「受験生の邪魔をしないの、それとちょっと付き合ってもらいたいことがあるのよね」
「できることならする」
「じゃ、じゃあちょっと付いてきて」
不満そうな顔になっていた莉生には後で付き合うと話して付いていく。
目的地はコンビニだったようで志手は小さいケーキを買った、甘い物を食べたい気分だったのだろう。
「え、これで円ちゃんのやりたいことは終わりなの?」
「これを持ったままあんたの家にいきたいわ」
「私の? あ、わかった、ふふ、ジュースならあるよ!」
「別に飲み物を狙っているわけではないわ、お金がないというわけでもないもの」
まあ、外で食べるような物ではないと思うからなにもおかしな要求というわけではない。
莉生の家へ、喧嘩をしたわけではないから仲直りは相応しくないがそれっぽいことをしてからこういうことが増えたなと内で呟く。
「はい、フォークだよ、飲み物もあるよー」
「ありがとう」
だが、志手は何故か食べようとしない。
しかし、急かすのも違うから黙って違うところを見ていると待ちきれなくなったのか「食べないの? じっと見ていたらお腹が減ってきちゃったよ」と莉生がぶつけていた。
「正直、ケーキを食べることは重要じゃないの」
「えっ、な、なら一つ貰っても……って、駄目だよね」
「別に構わないわ」
「じょ、冗談だよ、麻世ちゃん」
こちらを見られても困る、が、黙っていても志手が自分から吐いてくれることはなさそうだから進めたいという気持ちがある。
ケーキを買った、だがそのことが大事というわけではないとなると……。
「誕生日――なるほどな、おめでとう」
これはまた遠回しというかなんというか、もっと真っ直ぐに求めていいと思うが。
「ええ!? 誕生日なら誕生日って言ってよ! なにか買ってこなくちゃ……」
「一緒にいてくれればいいの」
「いやいや、誕生日だって聞いておきながらなにもしないなんてことはできないよ、いってくる!」
「莉生! ああもう……」
計算をしたわけではないだろうが莉生にこんな話をした時点でこうなることは決まっていた、だからあたしや史なんかがしたらわざとらしい行為となる。
「はは、ああいう人間だからこそ一緒にいたくなるんだろ」
「まあそうだけど……」
「すぐに頼ろうとするあたしと志手は違うってことなんだろうけど別に言えばよかったと思うけどな」
その気があるなら早く吐いてしまった方が楽になる、察してもらおうとしてももやもやするだけだろう。
「言おうとしたのよ? でも、恥ずかしくなっちゃってこういう形に……」
「はは、そうか、志手にもそういうところがあってよかった」
「なによそれ……」
だって自分ばかりが恥ずかしいところを晒すことになっていたら嫌だろう、勝手に自爆しているだけと言われてしまえばそれまでだが。
「ただいま!」
「早かったな」
「ふふ、ふふふ、ある程度の量を買ってきたから麻世ちゃんも食べられるよ。だけど円ちゃんごめん、今年は食べ物でいいかな?」
「い、いや、そもそも貰うつもりなんかなかったし……」
「来年はちゃんとした物を用意するからね! よし、食べよう!」
甘い物ばかりが袋の中に存在していて見ているだけで胃もたれしそうだった。
それにこれから夜ご飯なのに大丈夫なのだろうか? 食べられないとちくりと言葉で刺されてしまいそうだが。
「あれ、もう食べないの? まだまだあるよ~?」
「こ、これ以上は無理よ、麻世、あんたが食べなさい」
「一つ以上は精神的に無理だ」
そこまで余裕がないというのもあるし、これ以上食べると別の問題が出てくる。
自分が払って買った物であれば悩む必要はないがこれは莉生が買ってきた物、遠慮もしないでバクバク食べるわけにはいかない。
「「精神的?」」
「こ、これ以上食べるとお金を払わなければならなくなるだろ?」
「え、そんなのいいよ」
「そうね、私としてもそこが気になるからやめておくわ」
「だから気にしなくていいって!」
そうは言われてもそうなんですねと動けるなら苦労しないのだ。
ということで内から出そうになる食べたいというそれを抑えるだけの時間となったのだった。
「麻世ちゃんも円ちゃんもダメダメだ、なんでも遠慮をすればいいというわけじゃないのに」
そう言う彼女だってすぐに遠慮をするのだから似た者同士ということだ。
類は友を呼ぶらしいからなにもおかしなことではないがまず自分が変えてから文句を言うべきだと思う。
「あたしはともかく志手は難しいだろ、まだまだ出会ったばかりだ」
出会ったばかりでなければ誕生日の件だってもっと堂々と求めることができた、あたし達だってちゃんと祝うことができたのだ。
でも、実際は違う、受け入れる能力が高いからなんとかなっているだけ、下手をしたら関わらないまま終わっていた可能性の方が高いぐらいだ。
「その割には麻世ちゃんに遠慮をしないで求めていたよね? これってわかりやすく差を作られているということだよね……」
「なんだ、志手に甘えてもらいたいのか?」
「そうだよ!」
「ならちゃんと言わないとな、あたしに言ったってそのことについてはなにも変わらないぞ」
「もう何回も言っているんだけど気にしすぎだーって言われて終わるんだよ」
あたしも矛盾しているがそこで「わかった、〇〇をして」となる人間はあまりいないと思う、その相手のために何度も動いている人間であってもそういうつもりではないなどと口にして躱そうとするはずだ。
「麻世ちゃんとのときもそうだったけどさ、出会えてから一緒にいられているだけで楽しいんだよ? お礼ができないと苦しいよ」
「あたしのことを無理やり出さなくていい、お世辞を言われて喜ぶ人間じゃないぞ」
「はいそういうところね、円ちゃんとよく似ているよ」
これは志手が受け入れない限りはずっと変わらないみたいだ。
流石にずっとこのテンションでいられるのは疲れるため、志手に動いてもらうことにした。
「なんでもいいんだ、志手が受け入れてくれ」
十円ぐらいの物を買ってもらうとかそういうことでいいのだ、もちろん、動いてくれた場合にはお礼をするつもりだから損はない。
「あんたでいいじゃない」
「いやいや、いま莉生は志手のために動きたがっているんだ、あたしが出しゃばると変なことになる」
「嫌よ、なにかをしてもらうためにいるわけじゃないし、なにより、別に莉生のためになにかをしたわけじゃないからね」
「あ、じゃああたしが志手に――」
などというのは冗談と言う前に「はぁ、もう疲れたから教室に戻るわ」と目の前から去られてしまって駄目になった。
あたしにできることはした、いい結果というのを残せなかったがこれ以上は無駄だ。
離れなければならないとき以外は教室の椅子に張り付いていると今日もテンションが高い状態の莉生がやって来たが、やれることをやった状態というのもあっていちいち引っ張られてしまうこともなかった。
大事なのは内側を奇麗にすることだと学ぶ、内側が奇麗なら余裕のある状態でいられる。
「ま、麻世」
「安心しろ、もう求めたりはしない」
これまた矛盾しているが自分のために動いてもらうのは違うだろう。
動く前にこうなっていてほしかった、そうすれば志手に迷惑をかけることもなかった。
「そ、そうじゃなくて……はぁ……」
「ん? そういうことか」
「あんたってすぐに気づくわよね……」
合っているのかどうかはわからないがな。
荷物は持っていたから家まで運んでしまうことにする。
友達と盛り上がっていた莉生に声をかけることはしなかったが昇降口に着いたタイミングで「待って待ってっ」と追いかけてきたから一緒に帰ることにした。
「今日だって一緒に過ごしたのに全くわからなかったよ……」
「あたしだって同じだ、いまこうしているのは本人が隠すのをやめたからでしかない」
よりにもよって変なことをした日に限って弱っていたというのが問題だが。
「あぁっ、やっぱり私と麻世ちゃんでわかりやすく態度を変えているんだ……」
「莉生、志手は調子が悪いんだからもう少し静かにしないとな」
「……だけどそうされている側としては気になるよ……」
それでもいまだけは我慢をしてほしい。
役に立てるのかは知らないがあたしでよければ解散になった後に付き合うから、少なくとも弱った人間の側でやるべきではないことだ。
「麻世、ありがとう」
「ああ」
「あと莉生……は上がっていってほしいの」
「え、あ……うん」
「じゃ、また明日ね」
頷いて一人で歩きだす。
体調が悪い人間に気を使わせてどうする――とまで考えてただ単に残ってもらいたかった可能性もあることに気がついてすぐに捨てた。
本人ではないからちゃんと全部言ってくれないと結局は想像でなんとかするしかなくて、一人で考えるから莉生みたいになってしまうのだ。
なんでもプラス方向に考えられる人間はいない、少なくともあたしも無理だ。
「気になるじゃねえかよ……」
あれならまだなにも吐かないまま莉生だけ連れて帰られた方がマシだった。
「もうすぐバレンタインデーね」
「ああ」
結局、あの後どうしたのかを知ることができないままでいる。
最初からなにも知らない状態ならいいが中途半端に知ってしまったせいで引っかかったままだった。
だから莉生の方が通常の状態に戻ればあたしの方が駄目になるというパターンに今回もなってしまっているということだ。
「あんた達はあげたりしてんの?」
「しない」
それどころではない……というのはこちらの問題だからなんとかするとして、心配になってきてしまった。
「ふーん、じゃあ今年はしましょうよ」
「まだ体調が悪いんだな、莉生ー――冗談だからつねるな」
「そういうのって面白そうじゃない、どうせ男子にプレゼントなんかしないんだからいいじゃない」
「そんなにあげたければあげればいいだろ? 少なくともあたしは――」
「それいいねっ、私もそういうのやりたかったんだよ!」
そう、興味がある人間だけで集まって盛り上がっておけばいいのだ。
興味がない人間を参加させたところで嫌な気分になるだけ、ということであたしは去ろう。
廊下に出てから少しして毎年、莉生がこのことで盛り上がっていたことを思い出した。
そんな時期に友達がその話で盛り上がり始めたらそりゃ食いつくよなと、だから莉生のあの反応はなにもおかしなことではないのだ。
「待ちなさいよ、あんたがいないと話にならないじゃない」
「待て、男っぽいあたしに女子っぽいことを求めるな」
「最近は男子だって友チョコをあげるんでしょ?」
「……一定の男子に女子力が負けているあたしのことは放っておいてくれ」
そんなに食べたいならいますぐにチョコを買って食べればいい。
他の誰かから貰ったという事実が大切だということなら莉生から貰えばいい。
「まあ落ち着きなさい、あんただって美味しいご飯を作れるんだからお菓子作りぐらい余裕でしょ?」
「あのなあ志手、ご飯作りとお菓子作りは全く別物だぞ」
実際、いけるのではないかと考えたあたしが挑戦した結果、あんまり美味しくない物が出来上がった。
そりゃあお手本通り、余計なアレンジなんかをしなければそれなりの物が出来上がる――はずなのに、ちゃんとやったのに駄目だったのだ。
そのときは史が修学旅行でいなくて一人で食べることになったのも影響しているのかもしれないがなにもそれが八割以上の理由となっているわけがないから才能がないのだ。
「麻世ちゃんも――ああ!」
「あたしは無理だ」
というか、莉生だってできないはずなのにどうしてそこまで盛り上がれる。
隠してできることにしているなら早めに吐いた方がいい、同じくがっかりはされるだろうが後から吐いたときよりは志手だってあまり文句を言わないだろう。
「姉さんっ」
「落ち着け」
「……ふぅ、バレンタインデーの話で周りが盛り上がりすぎていてどうしようもなかったんだ」
少し距離を作ってから「バレンタインデーよりも公立受験に集中するべきなのにね」と苦い感じの笑みを浮かべて言う。
どうやら弟も苦労しているようだ、あたしも逃げてきたところだと言ったら「姉さんが味方でよかった」と返してくれた。
だが、
「史くん麻世ちゃんを捕まえて!」
「史君お願いっ」
この二人が来てしまえば姉よりも姉の友達ということで途端に言うことを聞かなくなる――はずだったのだが「協力できません、すみません」とすぐに謝っていて驚いた。
なにが起きた……って、弟もそれ関連のことで辟易、とまではいかなくても微妙に感じていたということだからなにもおかしくはないか。
「史、ありがとう、史が弟でよかった」
「今回は完璧に自分のためだからお礼を言われるようなことはできていないよ」
あたしの弟はたまに昔、クラスにいたすぐにイケメンムーブをしてしまっていた男子に似るときがある。
外でもしていなければいいが……こういうタイプは普通に生きているだけでそうなってしまうみたいなところがあるから難しいかもしれない。
被害者的な存在が現れたら謝ろうと思う、まあ、好きになったらそういうところすらもよく見えてしまうかもしれないから結局、出しゃばるときなんかはこないままだろうが。
「ちぇ、史くんもそっち側かぁ」
「でも、嫌なら仕方がないわよね。よし、麻世いくわよ」
「おう……となると思うか?」
「いいから来なさい、見ているだけでいいから」
「言ったからな? 見ているだけだったらあたしだって付き合うよ」
場所は志手の家になった。
柔らかいソファに座ってのんびりとしていると「はい」と言って何故かクッションを渡してきた。
これを抱いて待っているような女子に見えるかという目線を送ってみると「寝ていてもいいわよ」と言われてそもそも黙っていたのに黙ることになった。
「ちゃんと奇麗にしてあるから大丈夫よ」
「いや、それならあたしがいる意味なんかないだろ、なにもしないけど寝ることはしない」
どうしようもないぐらいに暇なときは寝て時間をつぶすこともあるが基本的には他のことで時間をつぶす人間だ。
嫌なことに巻き込まれていないのであれば見ているだけでもいい方に変えられるから悪くはない、だから寝てしまったらもったいない。
「そうなのね、とにかくゆっくりしてちょうだい」
「なんか怪しいな」
「怪しくなんかないわよ、お客さんが相手ならいつもこうよ」
あれだけしつこく誘ってきていたのにいるだけで満足するなんておかしいだろ。
莉生も「頑張ろう」とか言っているだけ、なにが起きた、史を連れてきておいた方がいいだろうか?
だが、解散の時間になるまで二人は楽しそうにお菓子作りに挑戦しているだけなのだった。