子供嫌いのサンタクロース
むかしむかし、ずっと北の果てに、雪でできたような真っ白な国がありました。そこに、一人のサンタクロースがくらしていました。
そのサンタさんは、ふわふわの白いひげと、まっ赤な服、それに大きな袋をかついでいました。見た目は、みんなが知っているサンタさんとまったくおなじ。でも、たったひとつだけ、ほかとはちがうところがあったのです。
――このサンタさん、レオンは、なんと子どもが大の苦手だったのでした。
「子どもなんて、わがままでさわがしくて、すぐに“もっともっと”って言うんだ。」
そんなふうに思っていたレオンは、夢だの希望だのには見向きもしません。
ほかのサンタさんたちがトナカイといっしょうけんめい練習しているあいだも、ひとりでぶつぶつ。
「どうせプレゼントをあげたって、すぐに飽きるんだ。」
そんな調子だから、いつのまにかレオンは一人ぼっち。
サンタたちもトナカイたちも、ちょっぴりさけるようになってしまいました。
ある日、サンタの長老さまがレオンを呼びました。
「レオン、そのふるまいではサンタとしてやっていけん。このままでは、お前の魔法も消えてしまうぞ。」
けれどレオンは、肩をすくめて言いました。
「魔法なんてなくてもかまいませんよ。子どもの顔を見ずにすむなら。」
長老さまはため息をつき、古い杖を手わたしました。
「今年が最後のチャンスだ。北の町に住む“とくべつな子”にプレゼントを届けてきなさい。その子の笑顔を見れば、お前の心もかわるかもしれん。」
レオンはしぶしぶ出かけましたが、心の中はまだぶつぶつ文句のままです。
北の町は、とてもとても、きびしい寒さにつつまれていました。
家々の中からはあたたかな明かりがもれて、人びとは家でクリスマスを楽しんでいます。外にはほとんど人影もありません。
レオンが指定された家につくと、小さな窓からほのかな光がもれていました。
そっとのぞきこむと、一人の少女が古びた本を胸に抱きしめて座っています。
「これが“とくべつな子”か。」
レオンが煙突からプレゼントを置こうとした、そのとき――
「だぁれ?」
ピンッと張りつめた声が聞こえて、レオンはびっくりして煙突をすべりおりてしまいました。
少女と目が合います。
「あなた、サンタさん?」
「ええと……まぁ、そうだ。」
少女は首をかしげ、それからやわらかくほほえみました。
「会えてうれしい。ずっと待ってたの。」
「待ってた?」
「うん。でもプレゼントはいらないの。少しだけ、お話がしたかったの。」
少女の名前はエリカといいました。
ずっと病気で家から出られず、ほとんど一人で過ごしているのだと教えてくれました。
「みんな、私を“かわいそう”って言うけど、そんなのいやなの。」
子どもなのに、ちょっと大人びた声でした。
その言葉に、レオンの心がほんのすこしだけ揺れました。
「だからね、“ふつうの子ども”みたいに、誰かと話してみたくて。サンタさんでも、子どもがきらいな人でも、いいの。」
レオンはうろたえながらも、エリカのまっすぐな 目を見て、気づくと椅子に腰をおろしていました。
「話したいことがあるなら早くしろよ。忙しいんだ。」
エリカは嬉しそうに笑って、たずねました。
「ねぇ、どうして子どもがきらいなの?」
レオンは髭をなでながらうーんとうなります。
「んー……やっぱり、うるさいからかもな?」
すると、エリカはぱっと花が咲くように笑いました。
「それなら大丈夫。私はうるさくないもの。」
「……そうなのか?」
「そうよ。」
少しの沈黙のあと、エリカはそっと問いかけます。
「ねぇ、サンタさん。」
「なんだ。」
「どうしてサンタさんになったの?」
レオンは、遠くを見つめるように目を細めました。
「……なんでだったかな……」
その声は、どこか昔の雪の音みたいに、静かで優しいものでした。
レオンとエリカが話しているうちに、部屋の空気がどこか静かで、少女の声が少しだけ弱々しいことにレオンは気づきました。
最初は気のせいだと思っていたものの――
息を吸うたびに、エリカの肩が小さく上下し、手の甲は雪みたいに白い。
レオンがふと問いかけます。
「……お前、その、本当に大丈夫なのか?」
エリカは、まるで困らせまいとするみたいに、にこっと笑いました。
「うん、大丈夫。慣れてるから。」
その“慣れてる”という言葉が、レオンには妙に引っかかりました。
しばらく話しているうちに、エリカはぽつりと打ち明けました。
「実はね、外にはあんまり出られないの。すぐに熱が出ちゃうし、息も苦しくなるから……。」
「……病気、なのか?」
エリカはうなずきます。
「うん。でも、そんなに特別じゃないよ。ずっと前からだから。」
その言い方があまりに軽くて、レオンは逆に胸がちくりとしました。
自分が嫌っていた“うるさくて元気な子ども”とは、あまりにも違う。
だからこそ、レオンは少しだけ黙りこみます。
エリカは続けます。
「私ね、みんなには“かわいそう”って言われるのがイヤなの。そう言われても嬉しくないし、私はただ……普通に話せる相手がほしいだけなの。」
その静かだけれど、まっすぐな気持ちに、レオンの心は少しだけざわついたのを感じました。
「だから.....今年は最高のクリスマスプレゼント貰えちゃったよ!」
エリカと話しているうちに、レオンは自分でも不思議なほど、時間がたつのを忘れていました。
気づけば、袋の中に入っている“特別なプレゼント”だけが、ぽつんと残されています。
「……ほら、お前にこれを届けに来たんだ。」
レオンは少しぎこちなく、袋を持ち上げました。
けれど、エリカはそっと首を横に振りました。
「いらないの。」
「いらないって……サンタのプレゼントだぞ?」
「うん。でもね、今日はもう十分なの。
誰かとこんなにゆっくりお話したの、すごく久しぶりだから。それだけで――もう嬉しいの。」
レオンは言葉を失いました。
子どもというものは、欲しがって、わがままで、どこまでも騒がしい存在だ――
ずっとそう信じていたのに。
目の前の少女は、欲しがるどころか、静かに微笑んで、たった「お話」を宝物みたいに受け取っている。
「……変なやつだな。お前は。」
「えへへ。サンタさんも、ちょっと変だよ。」
レオンは顔をそむけながら立ち上がりました。
「まぁいい。……じゃあ、その……元気でいろよ。」
「うん。またね、サンタさん」
「またな.....」
「サンタさん!」
「ん?」
「次はいつ会えるの?」
「また雪が降り始める頃さ」
エリカは嬉しそうに笑いました。
エリカの笑顔が、あたたかい部屋の光の中でふんわりゆらめきました。
そしてレオンは、そっと煙突をのぼり、夜空へ戻っていきました。
雪の国に帰ると、サンタたちの集まる大広間では、長老が腕を組んで待っていました。
「レオン、帰ったか。…ところで、“特別な子”には、ちゃんとプレゼントを渡したのだろうな?」
レオンは、ほんの一瞬だけ迷いました。
けれど、嘘をつくのは妙に胸が痛む気がして、正直に答えました。
「……渡してない。」
長老の表情が、ゆっくりと曇っていきました。
「なぜだ。」
「……いらないと言われたんだ。
それに、あの子は……話すだけで満足していた。オレの渡す物なんかより、そっちのほうが――」
「レオン。」
長老の声はいつになく厳しく、冷たいものでした。
「サンタが“プレゼントを渡さない”など、あってはならぬことだ。
それは、この国の掟を破る行いだ。」
レオンはぐっと口を閉じました。
長老は杖を高く掲げ、低い声で告げます。
「お前はサンタとしての務めを果たさなかった。
よって――今この時をもって、お前の魔法を封じる。」
杖から光がほとばしり、レオンの体を包みました。
あたたかく灯っていた魔法の気配が、すうっと消えていきました。
指先まで、ひんやり冷たい。
「二度とサンタの魔法は使えん。」
その宣告は、深い雪より冷たく、重く響きました。
レオンは、ただじっと立ち尽くしました。
文句を言おうとすらしませんでした。
――一人の少女のあたたかい微笑みだけが、胸の中で小さく光り続けていました。
次の夜。
雪の国では、相変わらず深い雪がしんしんと降っていました。
魔法を失ったレオンは、もうトナカイと話すことも、そりを走らせることもできません。
それでも――どうしても気になる顔がひとつだけありました。
「……ったく、オレもどうかしてるな。」
そうぶつぶつ言いながら、レオンは雪原を自分の足で歩きました。
夜更けの風は冷たく、雪はさらさらと降りつづけます。
やがて北の町の小さな家の前にたどり着くと、窓の向こうで、ほのかに明かりがゆらめいていました。
コン、コン。
ノックはやさしく。
すると、少しして扉が少しだけ開き――
「……サンタさん?」
エリカが驚いたように顔をのぞかせました。
「なんで?」
「お、おう。
……まぁ、その、昨日の礼を言いに来ただけだ。」
「お礼……?」
エリカは首を傾げました。
「……話、聞いてくれただろ。
ああいうのは、まぁ……悪くなかった。」
エリカは目をぱちりとさせ、それからふわっと笑いました。
「来てくれて、うれしい。」
レオンはむずがゆそうに視線をそらし、家の中に招かれました。
薪ストーブのやさしい火が、部屋をぽかぽか照らしています。
レオンは少しだけ眉をひそめましたが、隠すのもやめました。
「あとよ...........俺はもうサンタじゃない......
魔法がなくなちまった.....」
「でも....
それでも、サンタさんはサンタさんだよ」
「……なんでそう思う。」
「だって、来てくれたもの。
プレゼントじゃなくて、“私のこと”をちゃんと見てくれた。」
エリカは胸の前でそっと手を重ね、笑います。
「魔法やプレゼントがあってもなくても、トナカイに乗ってなくても、サンタさんはサンタさんだよ。」
レオンは、返す言葉が見つかりませんでした。
不思議と胸の奥があたたかくなる気がして――そのあたたかさが、しばらく消えませんでした。
二人は、昨日と同じように、ゆっくり、静かに話しました。
外では雪が降りつづけ、時間はゆっくりと流れます。
どんな話をしたのかは、誰も知りません。
でも、ふたりとも笑っていました。
やがてレオンは立ち上がり、帽子を直しました。
「じゃあ……そろそろ帰る。」
「うん.....また来てね。」
「……次はいつ会えるの?」
「.....また雪が降り始める時に」
エリカは嬉しそうに笑いました。
口ぶりはぶっきらぼうでも、その声は不思議と柔らかかったのです。
扉を出ると、夜の雪がしんしんと降り、世界は白い静けさに包まれていました。
レオンは振り返らず、深い夜へ歩いていきました。
魔法はなくとも、その背中は少しだけ軽く見えました。
――この夜のことを、エリカはずっと大切に覚えていたと言います。
そしてレオンもまた、雪の国へ戻るその道すがら、
「子どもってのも……悪くないかもしれんな」
と、ほんの小さくつぶやいたのでした。
二人に本当に必要なものは、魔法でもプレゼントなどでもなく、冷たい雪の中が降り続けるときに誰かと笑って話せるようなそんな人だったのです。




