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花屋の息子は贈れない

作者: 玉露




色とりどりの花が咲き乱れる場所に、男が一人。

家が花屋なため、親が配達にいっている間はこうして店番を頼まれる。一応時給換算でお小遣いに反映されるから、実質バイトのようなものだ。

客が訪れるまでは割とヒマだ。いや、親はクリスマスシーズンのリース作りや作業はあるが、バイトの息子に任せられる範囲ではヒマだった。


「できたっ」


そう、こうして廃棄用の花で手のひらサイズの花束を作ってしまうぐらいには。

佐武 佳人(よしと)、身長が伸びた割にはのほほんとした十六歳だ。黒髪だと固い印象を与えるからと、接客のために明るい茶色に染め、ふわふわとしたパーマを当てている。おかげで身長差からくる威圧感を相殺できていた。

花屋の親らしく美しい人を指す佳人(かじん)の字が名前に使われているが、両親はもう少し自分たちのDNAを考慮してほしかった。顔で集客できないぐらいには、ぱっとしないありきたりな顔だ。

手持ち無沙汰に作った小さなブーケは、撮ってフォトSNSにあげる。ブーケ単体と、自分の手にのせたバージョンどちらもあわせてあげると、サイズの小ささが分かっていい。指が長めで手が大きいから、余計に小ぶりさが引き立つのだ。手のひらブーケタグで投稿しているそれは、そこそこいいねをもらえている。


「すみませーん」


「あっ、はいはい。いらっしゃいませー」


年配の婦人が来客そたので、にこやかに対応する。注文をきくと、ブーケだそうだ。


「孫がね退院するからお祝いあげたいのよ」


「わぁ、それはよかったですね」


盲腸が判明して急遽入院だったそうだ。ご年配のお客さんは経緯を詳しく話してくれることが多いので、共感の相槌をうちながらどの花で作るかヒアリングしていく。


「じゃあ、頑張ったお孫さんの好きな色がいいですね。どんな色がお好きなんですか?」


「孫が好きなのはね。このアニメのこの子が好きらしいのよ」


色ではなく、お孫さんとのSNSのトーク画面を見せられる。日曜の朝にやる女の子たちが変身するアニメだ。このシリーズまだやってたんだ。オモチャ屋で売ってるなりきり衣装を着ている写真もあるから、本当に変身少女のうちのひとりが好きなんだと分かる。


「へぇ、今はこんなにカラフルなんですね」


髪色がメッシュやグラデーションだったり、衣装も単色じゃない。自分が特撮と一緒にみてた頃のは、レンジャーみたいにキャラごとにテーマカラーがあった。


「これとか花びらヒラヒラしてるし、色のグラデ感も似てません?」


「まぁ、本当っ」


キャラのスカートに似た花びらのカンパニュラをみせると、いたく気に入ってくれた。その花をベースにアニメキャラの色が入るよう作ることになる。

小さい子どもなら元気になったら動き回りたいことだろう。


「あのー……、よかったらこんなカゴとかあるんで、これで作りましょうか?」


手提げのあるカゴをみせて提案する。これなら普通の花束みたいに振り回して花が散る心配も少ない。きっと子どもなら、思いきり振ってしまうこともあるだろう。

持ち運びしやすいカゴ型で了承をもらってつくると、できあがった頃には年配の婦人の表情が輝いた。


「あらぁ、そっくりだわ」


手元のスマホの写真と見比べて、きっと孫も喜ぶと、支払いを終えた年配の婦人は、嬉しそうに花カゴを抱えて去っていった。


「ありがとうございましたー」


喜んでくれたらいいな、と自分も笑顔で見送る。花屋にくるひとは、基本笑顔になって去ってゆくから気分がいい。親の手伝いとはいえ、このバイトが嫌いじゃなかった。


「あの……」


ただし、かならずしも笑顔とは限らない。声の方に向くと緊張した面持ちの学生が。

その表情をぼくはよく知っている。




翌日の放課後、校舎の二階の窓からある光景を見下ろす。

見慣れた制服、昨日の客もぼくと同じ制服を着ていた。そして、今眺める先でその客は注文された花束を持ってる。

出歯亀しているのはなにもぼくだけじゃない。部活のない野次馬精神のある生徒たちが、ちらほらといる。もう毎週の恒例行事となっているから、観客の生徒たちも慣れたものだ。

野次馬の生徒とぼくで違うのは、確認する結果の違いだろう。

ああ、よかった。綺麗に咲いている。

昨日来客した生徒が手にする花束の咲きぶりをみて、内心でそっと安堵する。毎回、翌日までもつ花束は作れるか、と注文される。だから、咲きかけの花で咲くところを想定して作るから、完成形はこのときにならないと確認できないのだ。

この高校にはマドンナがいる。学校一の美少女というやつだ。そんな彼女と、昨日の客は対峙している。


白波瀬(しらはせ) (うらら)さん、好きです! 付き合ってください!」


緊張しながらも声を張って、花束を差し出す男子生徒。

長い黒髪の彼女は、長い睫毛をふせ、花束に目を落とす。そうして花束を受け取ってから、顔をあげた男子生徒へ逆に頭を下げた。


「花に罪はないので受け取ります。けど、お気持ちは受け取れません」


ごめんなさい、と丁寧に詫びる白波瀬さんこと、水曜日の君。野次馬たちはまたダメだったかと呟いては解散してゆく。

この告白イベントは定期的に、毎週水曜日にある。入学当初からその美少女ぶりに話題騒然となった白波瀬さんは、ひっきりなしに告白された。何度もリベンジする者もいて、一時期は歩けば告白にあたるような状態だった。

さすがにそこまでされると、白波瀬さん自身も困る訳で。告白は水曜日の放課後に一人だけ受け付ける、と彼女は宣言した。

そうして始まったこの毎週の恒例行事にちなんで、学園のマドンナは水曜日の君と呼ばれるようになった。

花束を渡すのが通例になったのは、彼女が好きな人から花を贈られたい、と呟いたのが広まったためだ。人気者となると、一挙一動を拾われて大変である。

うちの花屋は高校の徒歩圏内で寄りやすい。だから、水曜日の君へ贈られる花束は九割方うちの店のだ。学生が放課後に買いにくるから、帰宅してバイト中のぼくが作っていることが多い。いや、火曜日の夕方はお得意様への配達があるから、毎回ぼくが作っているな。

花束になる量の花を買うのは高価だ。それを学生が買うとなると、結構な本気だと思う。花束を用意できた生徒から順番に告白しているようだが、客でくる彼らはいつも真剣そのものだった。

そんな真剣な想いを込めるのを手伝ったから、花束がどうなるのか気になって、毎回自分の教室から見学している。

振られた男子生徒は、泣きそうに笑って彼女に礼をいっていた。花だけでも受け取ってくれてありがとう、と。

一生懸命選んでいたもんなぁ。

彼女に似合う花は。彼女の好きな色がいいか。花言葉で想いを伝えるか。いろんな角度で、けど、それぞれが時間をかけて、どんな花束にするか考えていた。誰も既製品の花束で済まそうとしない。

告白は断るけれど、花は受け取る彼女。想いを込めた分だけ、それで救われている男子生徒も多いと思う。

きっといい人なんだろうな。

高嶺の花すぎて、同学年なのに彼女と話したこともない。それでも、花束の扱いから良い人だと感じている。花を大事にする人に悪い人はいない気がする。

受け取った花束の処遇に、ついを思いを馳せてしまう。


「……いつか、想いごと受け取ってもらえる日がくるといいな」


手伝っている身としては、そんなことを願ってしまう。

だから、ぼくと違って、名が体を表している白波瀬さんを気にするようになった。




「お。いいね付いた」


昨日あげた手のひらブーケの評価通知がきて、ついスマホを手に喜びの声をあげてしまう。ともに吐かれた息が白く染まった。本格的な冬になってきたと実感する。

今日は余りやすいコットンフラワーを使ってリースもどきでも作ってみようか。息の白さに、そんな考えが浮かぶ。コットンフラワーは長持ちするし面白いが、いかんせん主役になりづらい。変わり種枠だから、残りやすいのだ。

何を組み合わせようかと考えながら、帰る。いつもいいねしてくれるblanc(ブラン)さんの通知をみるとやる気が湧く。blancさんは、手のひらブーケを投稿し始めた頃からずっといいねをくれるフォロワーだ。投稿内容をみる限り女の子っぽいから、投稿をみたのも一度だけで、フォロー返しもしていない。プロフィールに花屋の息子とだけ書いてるから、そんな知らない男にフォローされるのは嫌だろう。こっちとしても、女の子のプライベートを覗いてるようで気が引ける。

だから、ただいいねの評価をもらうだけ。

それがいつしか楽しみのひとつになっていた。

習作で商品でもないから、店名は載せてないし、宣伝にもならないものだ。そんな自分の手持ち無沙汰のものを気に入ってくれる人がいるのは嬉しい。よく見かけるユーザー名のなかでも、blancさんの反応が一番励みになっている。

その日も、手持ち無沙汰の間に作った手のひらブーケのSNS投稿が終わったタイミングで、来客があった。同じ学校の制服を着た男子生徒。明日は、水曜日だ。


「彼女に合う色にしたくて……」


店に並ぶ花たちを見比べながら、ぽつりとそんなことを呟く。この日の客は、悩んだ末に紫ベースの花束を注文した。

前はピンク。その前は白だったな。

クセのない黒髪に、透明感のある白い肌。制服が黒に近い紺色の襟のセーラー服なのもあって、白波瀬さんにはどんな色も合いそうだ。どれも間違いじゃないし、正解なんてないんだろう。

白波瀬さんは、男子とは最低限の会話しかしない。好意を持たれやすいから、自然と期待させないようにと控えるようになったんだろう。数人いる同性の友だちとは楽しそうに話しているから、意識的にそうなったと分かる。

だからか、客の誰も彼女の好きな色の花束を注文しない。自分の気持ちや、彼女に対するイメージを花に込める。


「何色好きなんだろ……」


色でも花の品種でもいい。受け取る彼女の好きなものが分かればいいのに。

できれば、贈る人も贈られる人もどちらも喜んでほしい。彼女を笑顔にできる花は、どんな花なのか気になった。

次の週は、そわそわと落ち着きのない客だった。

花もみるけど、なぜかこっちもちらちらみてくる。内心首を傾げていると、客の男子生徒から声がかかった。


「なぁ、前のヤツはどの花を贈ったんだ?」


こういう質問もたまにある。他の男と被らないようにしたいとかがほとんどだ。といっても、他の客の情報をなんでも話す訳にもいかない。


「うーん、たくさん作るんであんまり覚えてないんですが、前は紫ベースだった気がします」


先週と同じ色はもらう側も飽きるかもしれないから、教えておく。これをきいて同じ色をベースカラーにする人はまずいない。


「このバラ……なんか布ってゆうかカーテンみたいな」


「ベルベットローズですね。花びらに高級感があるでしょ」


ベルベットのつく品種のバラは、名前の通りベルベット生地のような深紅のバラだ。葉の緑が濃い方が赤が映えるので、一本でも高い品種が多い。その代わり、一輪でも存在感のあるのが魅力だ。

一輪をとってみせると、それを凝視して質問される。


「一本だけでも花束にできるのか?」


「はい、一輪用の包装もありますよ」


財布事情というより、一輪の方がいいと彼のなかで答えがでたんだろう。彼には、白波瀬さんは高嶺の花のイメージが強いのかもしれない。

持ち手になる部分に白い紙、さらに全体を包むクリアシートを重ねて、細い深紅のリボンで持ち手を結ぶ。ゴールドのリボンとどちらにするか長考したうえでの選択に、客は満足したようだった。

しかし、客は支払いしてもすぐに去らず、なぜかこっちを凝視してくる。


「えと、何か……?」


「お前は告白しないのか?」


不思議そうにされた質問が、理解できなかった。


「え」


「これまでの奴らが何を贈ったのか把握してるのはお前だろ。抜けがけしようと思わないのか?」


自分ならそのアドバンテージを活かすと、客は不思議そうだ。そうかそんな考えもあるのか。

考えたこともなかった。

それが顔にでていたのだろう。客は呆れたように肩を竦め去っていった。

綻び始めた蕾は、翌日見事に咲き誇り、凛とした一輪が彼女の手に渡った。ぼくは、白波瀬さんの家に一輪挿しの花瓶があるのか気になった。




話すことがないと思っていた水曜日の君。

なのに、その機会がふってわいた。隣のクラスとの合同体育、たまたま教師の目に入りグラウンドコーンを倉庫にとってくるように頼まれた。白波瀬さんと一緒に。

遠くから眺めるだけだった白波瀬さんが近くにいて、倉庫への道すがら、内心は芸能人に会ったように興奮していた。

顔ちっちゃい! 遠くでも聴こえてたけど、通る声で綺麗! 睫毛こんな長かったんだ!?


「佐武くん、これぐらいでいいかな?」


「う、うん、たぶんっ」


自分の名前を知ってると思わなくて、動揺したまま頷いた。

グラウンドコーンは自分が多めに持つ。ぼくの方が腕の長さもあるし、手も大きいから。

この人に花を贈る手伝いをしていたんだな、と妙な実感を覚える。みんなが告白したくなるのも頷ける。立っている姿勢も綺麗だし、歩く姿も目を惹く。何かそういう習い事でもしているのか、とまじまじみつめてしまう。


「……何?」


みつめすぎてしまっていたらしく、何か話があるのかと訊かれた。無遠慮にみすぎて失礼だった。ぼくは慌てて話題を探す。


「白波瀬さんって、何色が好きなのかなって!」


意気込んで質問してしまい、白波瀬さんが目をぱちくりさせる。しまった。唐突すぎた。彼女はぼくが花屋だなんて知らないのに。


「いや、えっと、白波瀬さんってどんな色も似合うから、気になって……」


いってから、あまり理由になっていないなと気付く。初対面の相手に妙な質問をする男だと思われただろうな。ぼくは、ずっと白波瀬さんを知っていたし、気になっていたけど、彼女は知らないことだ。


「茶色、かな」


なのに、答えが返った。意外な色だと思ったのが顔にでていたのか、彼女が苦笑する。


「でも、そんな色の花もらったことないし、ムリかな」


「あるよ!」


好きな色の花をもらえない、と諦めそうになる彼女に、全力で否定を返す。


「チョコレートコスモスとかあるし、それに秋色アジサイとかは茶色みがかってるのが落ち着いた色合いでいいんだっ、カフェラテって名前のバラもあって、あとスプレーマムのドリアサーモンなんかも……」


思わず力説してしまい、はたと我に帰る。びっくりして見返す彼女を前に、どんどん羞恥がせりあがって、顔が熱くなる。


「なんだか美味しそうな名前の花ばっかりね」


ふふ、と可笑しそうに笑ってくれた。


「たしかに、お腹空くかも……」


興味ないだろうに話題にのってくれる彼女は、やはりいい人だ。あと、笑った顔が近くでみると想像以上に可愛い。

彼女の好きな色の花束が贈られた日には、こんな笑顔をみれるのだろうか。コーンを抱えてグラウンドに戻りながら、彼女の笑顔をまたみる方法を考えた。




白波瀬さんの笑顔をみる方法を考えるようになって、ぼーっとすることが増えた。


「なぁ、なぁって!」


「うわっ、はい!?」


接客中に上の空になっていたようで、語気強く声をかけられた。驚きながらも、謝罪して、客の相談に乗る。


「やっぱり、彼女には清楚な白がいいと思うんだよ」


白い花もいろいろあるので、どの花を主体にするか客は悩み始める。


「けど、白波瀬さんは……」


「ん?」


「いや、なんでもありません」


掠れた呟きは客の耳に届かなかったらしい。内心、それに安堵して、愛想笑いを返す。


「白い花なら、このバラとかなら花びらに厚みがあって主役も張れますよ」


花びらに厚みがあれば、枯れはじめて茶色になった頃にもいくらか花の形を保つかもしれない。


「うーん、バラメインだと清楚って感じしないんだよな。コレとかメインにできる?」


「ガーベラも可愛いですよね。もちろんできますよ」


お客さんの要望に合わせるべきだ。アクセントに花びらの先が白いウィンターコスモスを混ぜる提案をして、白主体の花束を作った。

納得して花束を手に去る客を見送ってから、溜め息を()く。何をやってるんだ、ぼくは。私情を交えた提案なんて花屋がするもんじゃない。

母親にバレたら叱られること必至だ。

ぼくが彼女に贈る訳じゃないんだから。

そうだ。ぼくがどんなに花束を作っても、それは他の誰かの想いがこもったもの。手伝うしかできないぼくが、いくら彼女の好きな色を知っていたところで、贈れないんだ。

だったら、彼女に花を贈る誰かに好きな色を教える?

その先の結果を想像して、なんだか胸がもやっとした。花を受け取る彼女にこそ喜んでほしかったはずなのに。

彼女の笑顔をみる方法知っているのに、それを選べない自分にびっくりした。

そうして、クリスマスが近付く最後の週の水曜日を迎えた。




ざわざわと野次馬の声が耳につく。

それもそのはず、ぼくが一言も喋っていないのだから当然だ。まさか自分がこの場所に立つとは思っていなかった。

二学期最後の水曜日。ぼくは白波瀬さんの前に立っていた。手には何ももっていない。

花をもってこの場に立つのが通例だったから、一体どうしたのかと野次馬は気になるだろう。

どう切り出すか考えていなかったぼくは、言葉を探して五分が経過していた。

その間、白波瀬さんはずっと待ってくれている。さすが水曜日の君だ。律儀にひとり分の相手はしてくれるらしい。

見切り発車で、ぼくは口を開く。


「隣のクラスの佐武っていいますっ」


「うん」


知っている、と頷かれる。そうだ。以前、名前をちゃんと呼んでくれていた。


「家が花屋で、実はずっと、白波瀬さんの花束を作っていました!」


「うん」


「なん、ですけど……、その、もう作れなさそうで。そのお詫び?、をしようと……」


「どうして?」


詫びる必要はないってことだろうか。それはそうだ。彼女からしたら、ぼくは渡す相手でもない。誰が作った花束でもいいんだ。

たまたま作ったのがぼくだっただけの話だ。

いつの間にか、自分に課せられた役目のように誤解していた。それでも、誤解でも、ぼくはその役目を放棄する。

もやもやを抱えた胸元をぎゅっと握る。


「ぼくは、もう白波瀬さんが喜んでくれる花束しか作りたくないんだっ」


これまでの客は、みんな白波瀬さんの好きな色も知らなかった。誰もロクに彼女と話したことがなく、知ろうとしていなかった。

誰かの理想を押しつけられたり、一方的な想いを込められた花なんかじゃなく、ちゃんと彼女の好きな色をきいて、彼女の気分に合わせた花束を作ってあげたい。そして、できるなら、それを贈って彼女を笑顔にしたい。

けれど、ぼくに彼女のことを知る権利はない。だから、せめて彼女を笑顔にできない花束を作ることを拒否するしかできない。


「こんなこと勝手に言って、変に思うだろうけど」


「作ってくれてるよ」


「へ?」


作れたことがない、彼女を笑顔にする花束。なのに、白波瀬さんはおかしなこという。

気を遣わせてしまったのかと思ったら、彼女は自身のスマホを取り出した。その画面には見覚えのあるフォトSNSの投稿が。

最新の投稿に白波瀬さんがいいねを押すと、ぼくのズボンのポケットから通知音がした。

動揺しながら取り出すと、いいねをくれたのはblancさんだった。


「えっ、え?? ブランさ……、え??」


自分のスマホの通知内容と白波瀬さんを交互に見比べる。もしかして、もしかしなくとも、投稿しはじめからいいねをくれてたblancさんは、白波瀬さんだったのか。


「最初は私も気付かなかったんだけど、告白ラッシュがひどかったとき、手のひらブーケの投稿なくなっていたでしょ?」


白波瀬さんが告白渋滞問題で花束をもらいすぎていたのと同じタイミングで、ぼくの投稿が止まったから、近所の花屋の可能性に疑いをもったらしい。たしかに、あの時期は花束の注文が連日きて忙しかった。彼女の読みは当たってる。

それでもどの花屋かまでは特定できなかったそうで、ぼくが投稿主だと気付いたのは偶然だったという。今みたいに、白波瀬さんがいいねした近くでぼくのスマホが鳴ったらしい。そして、喜んで確認するぼくのスマホの画面が少しみえたんだそうだ。

あのときは、投稿停滞のお詫びに過去作のまとめを載せただけだった。みたことのある作品にまでいいねをくれるblancさんにとても癒された。


「手のひらブーケは売り物にできないっていってたから、せめて佐武くんが作ったものがいいなって……」


恥じらいながら、どんどん声が小さくなる白波瀬さん。週一宣言にたしかにうちの花屋は救われたが、まさか自分のバイトシフト基準での曜日設定だとは知らなかった。火曜の夕方は確実にぼくが店番をしている。


「あの、た、たまたまだからね!? その、たまたま、火曜日はひとりだって聞いて……」


「あ、うん。隣のクラスだもんね」


いつだったかそんなぼやきを友人にした気がする。白波瀬さんは、自分を気にしていてくれていたからか、その会話を拾ってしまったらしい。

ぼくも眺めているとき、白波瀬さんがこっちを向くことがときどきあったけど、彼女のクラスが隣で近いからだと誤解しないようにしていた。それも、自意識過剰な認識で合っていたのか。

振り返ってみると思いあたることがいくつかでてきて、ぼくまで顔が熱くなる。

どうしよう、嬉しい。大好きな理由が増えてしまった。

いいんだろうか、花屋のぼくでも。


「…………手のひらサイズじゃなくって、白波瀬さんの好きな花で花束を作りたいんだけど、いいかな?」


「うん。私もずっと佐武くんから花束もらいたかったの」


その瞬間(とき)の白波瀬さんの笑顔はぼくがみたかったものだった。

花束を贈ったときは、どんな笑顔をみせられるのか。きっとまたぼくの想像を越えるぐらい綺麗なんだろう。





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【題材】
花屋タナカヤスオさんの『暇を持て余した花屋の戯れ。』より。

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― 新着の感想 ―
北風と太陽( ˘ω˘ )
あおはる〜〜っ(*´艸`*)お花の繋ぐ縁、エモい 花束の描写も丁寧で、お花っていいなと思いました(*^^*) 好きな人が作った花束、好きな人への花束、花束買った男子たちは最初から望み薄だったんだな…
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