75話 シチリア動乱 - 14 -
―――0時53分
「質問に答えろ。お前らは誰だ。一体何が望みだ」
女はつらそうに息をしながらも、羽交い締めにした三田沙紀の首元にナイフを当て、そう低い声で問うた。朽宮言真は女を正面から見据え、淡い笑みを浮かべて答える。
「『お前ら』って――もしかして君たちを襲った奴らのことかい? 心外だなぁ。僕と、君がいま人質にしてるその女の子は、むしろ君を助けてあげたんだよ」
「それをみすみす信用するとでも? ふざけた冗談はよせ。早く答えないと、この女の喉元を掻き切るぞ」
「どうぞ?」
沙紀はその言葉を聞いて言真に目で制止を送るが、言真はどこ吹く風といった様子で続けた。
「切れるものなら切ればいい。その短い刃でできるものなら」
ぴきん、と何かが弾けるような音が鳴り、遅れて金属が床に落ちる鈍い音が響いた。女が慌てて確認すると、握っていたナイフの刀身は柄の部分から真っ二つに折れ、刃先は無造作に床に転がっていた。
「なっ…!」
その隙をつき、沙紀は護身術の要領で女の足を引っ掛けると、体を勢いよく回転させて彼女を前方に投げ飛ばし、距離をとる。女が体勢を立て直す間もなく、沙紀は手首と肩を押さえつけ、地面へと押し伏せる。そして迷いなく、彼女の首に手刀を叩き込んだ。
「ぐっ…!」
女性は再び気を失う。言真は隙のないその一連の動作を眺め、控えめに拍手をした。
「―――すごいねぇ、沙紀ちゃん。お母さんの教えかい?」
「全て士官学校で習ったことです。母は関係ありません。」
沙紀はぴしゃりと言い放った。わずかに苛立ちを含んだその声には、明確な拒絶があった。
母について、元八間だとか殉職した軍人だとか表面的に語られることを、彼女は嫌う。たとえ相手が四堂や八間、上級士官であろうと、母の名を軽々しく扱う権利はないと、沙紀は心の奥底で固く決めている。
三田沙紀にとって彼女は唯一の母親であり、光芒公ではなく三田磊だった。彼女の姿を軍人としてしか見れなくなった暁には、彼女の娘を語る資格はない。それは自らに課した縛りであり、責務であった。
「そっか。まあなんでもいいけど、どうするの、その女の人?」
「……話を聞きましょう。気になることが山ほどありますし。」
「え〜、めんどくさぁ〜、もう殺しちゃおうよ〜」
「そういうわけにはいきません。いいから手伝ってください。」
言真が肩を竦めつつも、そっと周囲を見回す。雨音は相変わらずだが、遠くでまだサイレンが鳴っている。追手がいつ戻ってきてもおかしくない状況だ。
沙紀は短く息を吐き、女の体勢をきちんと固めると、落ち着いた手つきで危険物はないかと彼女の上着の中を探る。出てきたのは、使い古したハンカチと、薄汚れた身分証らしき紙切れ——刻印の入った小さなメダルもあった。言真がそれを覗き込み、顔をしかめる。
「ルチアーナ・ヴェローネ…やっぱりこの人、ラ・ローザ・ネーラの首領だよ。」
「首領なのに襲われてるってことは、やっぱりこの人、同体変異種じゃないってことですよね…」
「まあまずは安全な場所へ連れて行こう。質問は落ち着いてから。」
言真は荷物を探り、濡れた毛布を広げて女を慎重に包む。沙紀は冷えた手を息で温めながら、手早く応急処置用の包帯を取り出し、開いた女の傷口を再び押さえる。言真は低く囁いた。
「このまま通りで治療ってわけにはいかない。目立たない裏道を通って、アントニオが用意した最寄りの隠れ家に運ぼう。連絡がつかない他の班のこともあるし、敵味方の識別は慎重に。」
「了解です。――狂風卿、荷物二人分抱えられますか?」
「ん。」
三人は身を寄せ合い、濡れた路地を抜けて暗がりへと消えていった。背後ではまだ、遠くの街灯に反射して赤い光が揺れている──だが今は、その揺らぎを気にも留めず、彼らはただ一歩ずつ足を進めた。
***
―――1時23分
「先風呂入るよぉ。」
隠れ家に着いた途端、言真は荷物をほっぽりだしてそう沙紀に言い残し、部屋奥へと姿を消した。
沙紀はその自由奔放さに半ば呆れつつも、女をベッドまで運び、濡れた服を脱がす。薔薇を中心としたタトゥーが多く入った身体や頭を拭き、用意されていた服に着替えさせてそこに寝かした。
そこでようやく一息つき、自身も身体を拭いて着替えながら濃い一日を思い返した。
パレルモに着いて直弥くんたちと別れ、数時間のドライブの末カターニアに到着したのが数時間前。そこから間もなくカルタジローネで暴動が発生し、直弥くんたちとは連絡が途絶え、自分たちも巻き込まれる形で戦闘に突入。結果、カラビニエリをはじめとした警察・軍組織に追われる身となり——さらには、マフィアの首領まで保護する羽目になった。
ボタンをとめながら、沙紀は深く息を吐く。
今日一日で、自分の常識は何度裏返されたのだろう。士官学校の訓練で鍛えてきたつもりでも、ここまでの混乱は想定していない。
だが——それでも、冷静さを崩さず立ち回れたのは、きっと母のおかげだ。
「……お母さんなら、これくらいで弱音吐かないよね」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
答えが返ってくるはずもないが、不思議と胸の奥が強くなる。
シャワーの音が奥の部屋から聞こえてきた。狂風卿は変わらず飄々としているが、あの人なりに状況を把握し、最善を選んでいるのだろう。だったら自分も、立ち止まっている暇はない。
濡れた髪を軽く結び直し、沙紀はルチアーナの寝顔を一度だけ見つめた。
呼吸は安定している。熱はあるが、今のところは大丈夫そうだ。
「……ふぅ……」
静かな部屋に、自分のため息だけが淡く散る。
シャワーの音が途切れ、しばらくして足音が近づく。お風呂、上がったんだな——そう思って振り向いた沙紀の視界に、いきなり上半身裸の少年が飛び込んできた。
「きゃっ!」
条件反射で両手で目を覆う。
フェイスタオルで髪を拭きつつ、言真は当然のようにそこに立っていた。
「え、なに? ちゃんと下は履いてるよ。ピュアなの?」
「そ、そういう問題じゃありません!」
「え〜、いいじゃん別に。君だって直弥くんの――」
そこで言真はふと口を止め、言いかけた言葉を飲み込むように視線を逸らした。
その一瞬の動揺に、沙紀は眉をわずかに寄せる。だがあえて触れないことにした。なにか大きな失言のように感じられたが、世の中知らないほうがいいこともあると、本能が告げていた。
言真はタオルで髪を乱暴にこすりながら、さも当然の顔で話題をすり替えた。
「――あの首領。ルチアーナ・ヴェローネ、で合ってる? 状態は?」
「……ええ。ひとまず、安定はしています」
短く答え、沙紀は肩の力を抜いた。
言真はその横顔を一瞥し、ふっと柔らかい笑みを浮かべる。
「そっか。さすが士官学校エリートさん。手際良いねぇ」
「お世辞なら、もっとまともな服着てから言ってください」
「服はあるけど〜、乾かしてるだけだし〜。別に裸族じゃないし〜」
「……いいから早く着てください」
タオルを投げられそうな勢いの視線に、言真は肩をすくめて引き下がる。
「はいはい。そんな怖い顔しなくてもさぁ〜」
廊下へ歩き出す背中が、妙に軽い。
その軽さが、今のこの状況では逆に頼もしいのかもしれない——と、沙紀は少しだけ思った。
部屋には再び静寂が戻る。
だがその静けさは、街の遠鳴りと、胸の奥に張り付く緊張に薄く震えていた。
すると、
「……んっ……」
微かな息とともに、ルチアーナがゆっくりと瞼を開いた。
焦点の合わない瞳が天井を彷徨い、次第に辺りを認識しはじめる。
薄暗い部屋、粗末なベッド、静かな空気——そして、傍らに座る少女。
「……お前……」
かすれた声。敵意と警戒が混じる。
沙紀はすぐに応じ、柔らかな調子でイタリア語を口にした。
「――目が覚めましたか、ルチアーナさん。」
その声音は、医療従事者のように穏やかで澄んでいた。
だが眼差しには、相手を逃がさぬ確かな警戒も宿る。
ルチアーナは反射的に上体を起こそうとする。
しかし激痛が走り、喉の奥でくぐもった呻きを漏らして再び倒れ込んだ。
「無理に動かないほうがいいです。応急処置はしましたが、万全には程遠いし、安静が必要です。」
淡々とした説明。それは優しさであり、また通告でもあった。
ルチアーナは息を荒げ、僅かに眉をひそめる。
痛みだけではない。
自分が敵に身を預けているという事実が、誇り高き彼女の心を焼いていた。
「……殺すなら、殺せ………」
「私たちは貴女を殺す気はありません。今からの状況次第ではありますが…」
沙紀は椅子に腰掛けると、冷えたタオルを丁寧に絞り、ルチアーナの額にそっと置いた。
その仕草はまるで看護師のようだったが、目の奥には戦場の光がある。
「敵味方を判断するには、まだまだ情報が足りません。だからこそ質問をします。」
ルチアーナはじっと沙紀を見つめる。
暗い瞳に、怒りとも屈辱ともつかない火が灯る。
「……質問……?」
「ええ。状況を整理しましょう。まず——」
コン、コンと控えめなノック音。
扉の向こうから、言真の気楽な声が響く。
「ねえ沙紀ちゃん。タオル無くした〜。予備ある?」
沙紀は振り返らず、小さくため息をついた。
「今取り込み中です」
「え〜? 入るよ〜」
「入らないでください」
一拍の沈黙。そして扉越しの笑い声。
「……はーい。じゃあ廊下で待ってまーす」
足音が遠ざかる。
ルチアーナは目を細め、囁くように問う。
「……あの男……何者だ……」
沙紀は即答した。
「変人です」
「……変人……?」
「はい。変人です」
静かな空気に、かすかな皮肉と緊迫が混ざる。
ルチアーナは深く息を吐き、敗北と警戒が混ざった目で天井を見た。
「……よくわからないが、敵でも味方でも……今の私は抵抗できる身じゃない。答えられる範囲なら……勝手に質問しろ……」
沙紀は膝の上で指を組み、一度ゆっくり息を吸う。
次に目を開いたとき、そこに幼さはなかった。戦場を歩く者の視線。
「では——あなたを襲ったのは誰ですか?」
言葉は柔らかいのに、刃が走るような気配。
ルチアーナは、その鋭さにわずか肩を震わせた。
「……サンティス。エレオノーラ・デ・サンティス。」
「エレオノーラ・デ・サンティス……それは?」
「……元は、私が率いる組織の幹部の妻だった。……真面目で、控えめで……組の中では珍しいほど、善良な部類の女だった」
声に後悔が滲む。
それは首領ではなく、一人の人間の声音だった。
「でもある時……その幹部が反乱を企てていると判明した。構成員の多数が粛清を要求し……彼と、その子どもは殺された。サンティスも標的だったが……その時、家にいなかった。翌日…彼女は忽然と姿を消した」
「つまり——逆恨みというわけですね」
沙紀の声は冷静だった。
しかし微かに、ほんの微かに、胸の奥に刺さる気配がある。
“残された者”という境遇が重なり、彼女の心に触れたのだ。
「……私は反対した。あの男は忠誠心が強かった。裏切りだなんて……信じられなかった。でも、私は首領だ。構成員の総意を無視することは……できなかった」
沙紀のまぶたがほんの僅か揺れる。
「では、次の質問です。修道院には多数の死体がありました。ですがその死体はすべて銃創ではなく——噛み跡、引っ掻き傷が致命傷となっていました。そこで――修道院の地獄を実際に見た貴女は、化物のような存在を見ませんでしたか?」
ルチアーナは目を閉じる。
思い出すだけで吐き気が込み上げたようで、口元に手を当てながらも応える。
「……ええ。いた。音もなく……影のように迫ってきた。黒い獣。巨大で……牙と爪で、あっという間に皆を裂き殺した」
空気が凍る。静かな部屋の天井に、血の匂いが蘇る。
「それが、サンティスですか」
「違う……サンティスは“味方”ではあったが、化物そのものじゃない。あれは……人の形をしていなかった。理解を拒む、別の……」
ルチアーナは沙紀を見る。その瞳は怯えと現実逃避で濁り始めている。
「ねえ……教えて。あれは何?空想上の怪物のはずでしょう。そんなもの、存在するわけ——」
沙紀は静かに口を開いた。
「……あなたは信じられないかもしれませんが、世界には“魔族”と呼ばれる化物が存在します。」
その瞬間——ルチアーナの呼吸が止まった。
虚勢も、プライドも、長年の裏社会の女として身につけた鉄面皮すら剥がれ落ち、そこに残ったのは、むき出しの本能的恐怖。
「……魔族、だと」
かすれた声が、乾いた喉の奥から零れる。
沙紀は静かに頷き、言葉を続けた。
「はい。私たちは Anti-Demon Federation ——対魔連邦、通称ADFに所属しています。魔族の脅威から、人類を守るために活動している組織です」
「……ADF……」
まるで何か封印された神話の名を聞いたかのように、ルチアーナはその響きを反芻する。
薄闇の中、彼女の肩がかすかに震えていた。
「信じ難いでしょうね。でも、その目で見た光景が全てです。あなたが見た獣のような怪物——それは確かに魔族です。人間の軍隊でも、犯罪組織でもなく、もっと根本的な敵です」
沙紀の声は、淡々としていた。
だがその内側には、揺るがぬ意志が宿っている。
ルチアーナは唇を噛む。
傷つき、血が滲むほどに。
「……私たちの戦争は……人間同士のものだけじゃなかったのね」
「そういうことになります」
しばしの沈黙。
時計の秒針すら聞こえない静寂が落ちた。
そして、ルチアーナはゆっくりと視線を上げた。
「なら……サンティスは、魔族に……魂でも売ったってこと?」
「その可能性は高いです。魔族は狡猾です。復讐心や絶望につけこみ、人間を利用することもある。あなたは、ただ“駒”として選ばれただけでしょう」
その言葉に、ルチアーナの目がゆっくりと見開かれる。
怒りか、悔しさか、あるいは——哀しみか。
「……駒……か。笑えるわね……この歳になって、まだ誰かの掌の上だったなんて」
沙紀は短く息を吐き、立ち上がる。
「協力していただき、ありがとうございます。ですが、ここから先は私たちの仕事です。あなたは治療と保護の対象にな——」
「嫌よ。」
その一言は、刃のように空気を断ち切った。
沙紀が瞬きをした。
思わず声の調子が揺れる。
「……嫌、って……」
ルチアーナはゆっくりと身体を起こし、傷だらけの体でなお、女帝の風格を崩さずに立ち向かうような目を向けた。
「私の構成員は皆殺しの憂き目に合い、組織はほとんど崩壊した。裏社会に戻れる場所も、守るべきものも、もうない。——だったらせめて、自分の落とし前くらいつけたい。」
「落とし前……?」
「サンティスのことよ。」
その名を口にした瞬間、ルチアーナの声は低く、冷えた。
怯えではない。決意だ。
「彼女が魔族に身を投げた根本は、私の判断にある。忠誠深かった夫をたった一つの疑いだけで処分させた。あのとき私は、信じたかった彼を信じられなかった。その選択が、彼女を地獄に押し込んだ。」
沙紀が静かに息を飲む。
ルチアーナは続けた。
「だから——他の誰でもない、私が責任を取るべきなの。誰の命令でもなく、懺悔でもなく……私自身が。」
その目は、ただの復讐ではなく、重い覚悟を背負っていた。
命を投げ出す覚悟か、あるいは贖いの覚悟か。
沙紀は数秒黙り、努めて冷静に口を開く。
「……あなたの想いは理解します。ですが、魔族は人間の個人的な因縁でどうにかできる相手ではありません。あなたがただ死にに行くだけの結果になる可能性が高い」
「死ぬなら、それでもいいと思ってる。……逃げて生き残るより、責任果たして死ぬ方がマシだ。」
その静かな宣告は、どんな怒号より重く、鈍く胸に沈む刃だった。
沙紀の心臓が、ひとつ強く脈打つ。
脳裏に蘇る——厄災の日の、あの情景。
母が、最後は自分ではなく、皆の命を選んだ姿。
(……そんなの、やめてください)
叫びたい気持ちを飲み込む。
目の前の女は、あの日の母の影ではない。
そのはずなのに、重ねてしまう。
「……ルチアーナさんは——」
気付けば、声が震えていた。
ルチアーナはわずかに眉を寄せ、沙紀を見返す。
「なんだ?」
沙紀は一瞬だけ目を伏せる。
吐き出しそうになった感情を、喉元でかき消し——問いに変えた。
「…ルチアーナさんは、御子息などは……おられないのですか?」
その声はあくまで静かで礼儀正しく、しかし奥にかすかな熱が滲んでいた。
ルチアーナは驚いたように目を細め、少しの間だけ黙る。
そして、乾いた吐息とともに答える。
「……いない。そんな時間も余裕もなかった世界だからな。……なぜだ?」
「……いえ。なんでもありません」
沙紀はそっと視線を伏せた。
その仕草の奥にあるのは、ただの同情ではない——静かに疼く、深い傷だ。
(もし…子どもがいたなら。絶対に止めていた)
同じ孤独を、同じ喪失を背負った子を、これ以上増やしてはならない。
それは沙紀にとって、理屈ではなく呪いに近い信念だった。
だが、たとえ子がいなくとも——止めなければいけない。
この女の言葉の奥に、母の背中を見たからだ。
あの日、自分を残して去った光。その影。
(……そんな結末、私は認めない)
沙紀は息を整え、まっすぐにルチアーナを見る。
「……あなたの覚悟は、理解しました。でも、それでも行かせるわけにはいきません。責任を果たすことと、死に場所を探すことは違います」
淡々と、けれど揺らぎなく。
それは誰よりも自分自身に向けた言葉。
「後悔の清算なら、生きてするべきです。死ぬために戦う覚悟なんて、使命とはよばない」
ルチアーナは目を細め、微かに唇を噛む。
「……綺麗事だな」
「ええ、そうかもしれません。でも——」
そこで声が止まる。
いつの間にか。
部屋の扉にもたれ、タオルを肩に掛けた狂風卿——朽宮言真が立っていた。
まるで最初から聞いていたかのように、薄く笑って。
「さてさて。説教タイムは終わりでいいかな?」
「……入ってこないでって言ったでしょう。いつからそこに?」
「最初のほうから。いや〜、なるほどねぇ〜」
温度の抜けた声に、沙紀は眉を寄せる。
言真は軽く顎を上げてルチアーナを見た。
「で。結論から言うと——協力してもらうよ、ルチアーナ」
「……は?」
沙紀が思わず声を漏らし、ルチアーナが戸惑いの目を向ける。
言真は肩を竦め、飄々と続ける。
「死んででも落とし前つけるっていうなら、僕達は君を利用させてもらう。復讐か贖罪か知らないけど、魔族を逃しちゃ僕らも困るからね。——利用価値があるなら、それを生かす。それが一番合理的」
その笑みは、優しさではなく無慈悲な理だった。
沙紀ははっと息を呑む。
止めたつもりが——方向を変えられただけ。
けれど、言真はちらりとこちらを見て、わずかに目を細める。
「安心しなよ。君の言いたいことは全部わかってる。彼女の姿を母親と重ねちゃったんだろう? だからこそ、死なせたくなかった。」
それは、照れくさいほど優しい声だった。
いつもの気怠い仮面の裏、ほんの一瞬だけ覗いた本音。
沙紀は小さく目を見開き、そして——息を落とすように頷いた。
ルチアーナは、そんな沙紀の様子をみて、呟いた。
「……母親……」
言真は笑う。
「彼女も色々あるんだ。まあそんな話は後ででいい。」
そして軽く手を叩く。
「さ——作戦会議といこうか。復讐も贖罪も、全部まとめて片付けよう」
沙紀は複雑な思いを胸に抱えたままだったが、その場は大人しく言真に従うことにした。
戦いはまだ遠くない。
だが——もう自分は置いていかれない。
誰も、ひとりで逝かせない。
誰も、もう自身のようにはさせてはならない。
続く…




