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人魔闘諍  作者: ゆっけ
第肆章
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63話 シチリア動乱 - 2 -

「はい、目隠し。それ付けてヘリ乗って」


 アルカディアの行政機能を担う白亜の宮。その屋上に広がるヘリポートに、六人はすでに集合していた。

 夜気に包まれた空は星が瞬き、巨大なユグドラシルの枝葉が淡く輝きを放っている。ローターの重低音が鳴り始め、風が吹き荒れる中、彼らは二手に分かれ、あらかじめ待機していた二機のヘリに乗り込む準備を進めていた。


 沙紀から手渡された黒い布を受け取った直弥は、怪訝な顔でそれを見つめる。

「……吉林省の時も思ったんだけど、なんで目隠しする必要が?」


 布を結びながら尋ねると、横で装備を調整していた璃久が、無駄のない動作のまま答えた。

「作戦地への正確な航路は最高機密だ。外部に漏れるリスクを最小限にするためにしてもらう必要がある。」


「……でも、俺ら味方なのに」

 直弥が食い下がると、言真が肩をすくめて割って入る。

「味方だからこそ、だ。ADF隊員として忠誠を誓ってるとはいえ、いち人間であることに変わりはない。人なんてちょっとの出来事で考え方は変わるからな。記憶は消せないが、余計な情報を抱えないに越したことはない。」


 そう言って彼は目隠しを軽く指で弾いた。

「大丈夫。目が見えなくても死んだりするわけじゃないし。」


 ローターの音がさらに強まり、床を揺らす。

 直弥は渋々布を結び、視界を闇に閉ざした。

 代わりに耳に届くのは、風を切る音と仲間たちの装備の擦れる音。視覚を奪われたせいか、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。


「……怖い?」

 すぐ隣から沙紀の声。


「いや……ちょっと緊張してるだけ。」

 返した瞬間、肩に小さな拳が軽く当てられる。

「だったら平気。緊張するってことは身体が準備を始めてるってことだし。」


 その言葉に、直弥は小さく息を吐いた。


 やがて合図が飛び、全員がそれぞれのヘリに乗り込む。

 機体は浮かび上がり、風の唸りが一層強くなった。

 視界のない暗闇の中、直弥は自分の身体が空へと運ばれていく感覚を、ただ無言で受け止めていた。



 ***



 数時間のフライトの末、回転翼の轟音がようやく遠ざかり、ヘリの揺れも収まった。

 目隠しを外すよう指示され、直弥たちの視界に飛び込んできたのは、紺碧の空と陽光を浴びた海――南イタリア、ナポリの街並みだった。


 ヘリはカポディキーノ国際空港の片隅に着陸した。観光客で賑わう到着ロビーとは隔絶された軍用区画。滑走路の熱気に、潮風が混じり合う。


「……ここが、ナポリ」

 思わず呟いた直弥に、隣の沙紀が小さく笑う。


「地中海の玄関口。アルカディアや他三都市と同じぐらい、ADFにとっては重要な拠点のひとつ」


 出迎えの黒塗りのバンが滑るように近づき、六人は乗り込む。窓の外には、起伏のある石畳の街並みと、斜面に広がるカラフルな家々が流れていく。


 車は空港を離れ、市街地を抜けると徐々に海の匂いが濃くなる。サンタルチアの歌が似合いそうな、陽気さと喧騒が入り混じる街。路地ごとに洗濯物がはためき、スクーターが縦横無尽に駆け抜けていく。


「……イタリアっぽい…」

 窓の外を眺めながら直弥が苦笑する。沙紀はそれを聞いて吹き出す。


「そりゃだってイタリアだもん。…まあでも、こういう混沌の中にこそ、人も物資も紛れ込める。マフィアが小さな活動拠点を置くには最適なんだろうね」


 沙紀がそう説明する声に、淡々とした重みがあった。


 やがて、視界の先に広大な青が広がる。ナポリ湾だ。バンは石造りのアーチをくぐり、港湾地区へと滑り込む。潮の香りがいっそう濃くなり、大小の船舶がひしめく光景が眼前に現れる。


 桟橋に着いたとき、六人を待ち構えていたのは、漆黒に塗られた中型船だった。


 そのタラップから降りてきたのは三人の白人だった。

 陽光を反射する黒い制服。胸元には簡素ながら鋭い印象を与える徽章。靴音ひとつに無駄がなく、鍛えられた兵士であることを一目で悟らせる。


 その威圧感に直弥は思わず息を呑む。まるで軍人というより、裁きのために立ちはだかる審問官のようだった。


 隣で腕を組んだまま、言真が口を開く。


「――彼らは国家憲兵隊カラビニエリ。イタリアでは軍と警察の両方の権限を持つ組織だ。僕達ADFと密約を結んでいて、イタリア国内じゃ彼らの許可がなければ何一つ動かせない」


 直弥が眉をひそめる。


「つまり……監視役ってことですか?」


「そういうこと。僕たちが港を利用できるのも、ひとえに彼らの“黙認”あってのことだし。」

 言真の声は飄々としていた。


 三人の憲兵は無言のまま、しかし鋭い視線で六人を一瞥すると、整然と敬礼を交わした。その仕草には友好よりも、秩序を乱すな、という警告が込められているように感じられる。


 そのまま彼らが先導するように動き出し、六人は艦へと誘われた。

 潮風が頬を打ち、甲板に敷かれた黒鉄が陽光を反射する。これから先に待ち受けるものの重さを思わせる光景だった。


 そして甲板に足を踏み入れた瞬間、直弥は思わず息を呑んだ。そこは外見の貨物船とは似ても似つかぬ、無骨で軍事的な空気に満ちていた。


 足元の鉄板は靴音を鈍く響かせ、壁には無線機や監視用の端末が埋め込まれている。薄暗い照明が等間隔に灯り、船体内部を鋭く切り裂くように照らしていた。


「……民間船なんかじゃないな、これ」


 思わず呟く直弥に、璃久が肩を竦める。

「ADF専用艦だからな。偽装はあくまで“表向き”だ。」


 やがて一行は船内の一室へ案内された。窓のない部屋には金属製の簡素なベッドとテーブル、そして作戦資料を収めたケースが整然と並んでいる。まるで仮設の司令室のようだった。


「ここが僕たちのキャビンだ。出航までは少し時間がある。休むなり、情報に目を通すなり――好きにするといい」


 言真の言葉を合図に、六人はそれぞれ腰を下ろした。

 やがて船体がわずかに震え、低く唸るエンジン音が船底から響き渡る。

 艦はゆっくりと港を離れ、シチリアへ向けて海を滑り出した。


 続く…

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