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人魔闘諍  作者: ゆっけ
第肆章
63/112

62話 シチリア動乱 - 1 -

 執務室の奥に設けられた作戦ブリーフィングルーム。

 壁一面のスクリーンには、シチリア島と赤くマーキングされた複数のポイントが投影されている。

 コンバットスーツに身を包んだ言真が、スクリーンを背にして軽く手を打った。


「……これで、ここの集合メンバーは全員だね。」


 その声は淡々としているが、いつもの柔らかな調子とは違い、どこか緊張を帯びている。

 すぐ横で、同じく装備を整えた璃久が目を細めた。


「しかし、強靭公と柏谷がまだ来ていないように思えますが……」


 言真は小さくうなずき、視線を地図に戻す。


「二人は青龍隊所属だから、今回は別ルートで合流だ。エルドラドからアルカディア入りする手筈になっている。距離的に丸一日かかるけど、到着は僕達と同じくらいの予定だよ。」


 璃久が短く「了解」と答える。

 スクリーンの赤いマーカーだけが淡く瞬き、任務の重さを無言で告げていた。


「――それじゃあ、おさらいがてら作戦の概要を説明するよ。」


 会議室に設置されたホログラム投影機が起動し、地中海を中心にした地図が空中に浮かび上がった。青白い光が揺らめき、中央のシチリア島が強調される。


 言真は腕を組み、仲間たちを見渡しながら続けた。


「標的はシチリア島。表向きは観光地として有名だけど、裏社会では未だにマフィアの抗争が絶えない地域だ。今回我々が注目しているのは、シチリアを三分して睨み合う三大勢力――『イル・サングエ・ロッソ』、『ラ・ローザ・ネーラ』、『ファミリア・ディ・サングエ・ドーロ』だ。」


 ホログラム上にそれぞれのシンボルマークと縄張りが色分けされ、赤・黒・金の三色が島を三分割した。


「情報部からの報告によれば、この三つの組織のいずれかの首領が同体変異種の疑いを持たれている。だが、どの首領かはまだ断定できない。そこで――」


 言真は軽く顎をしゃくり、ホログラムに三本の光の矢を走らせた。


「我々は三つの班に分かれ、それぞれ異なる組織へ潜入・接触し、首領の正体を探る。状況次第では捕縛、もしくは排除も辞さない。」


 三田が眉をひそめ、机に肘を突いた。

「排除って……要は暗殺も視野に入れてるってことですよね?」


 言真は頷く。

「そう。変異種を放置すればシチリア全体、ひいてはヨーロッパ全土が血に染まる。迷う余地はない。」


 場が張り詰める。璃久が沈黙を破るように尋ねた。

「チーム分けは、どうなっているのでしょうか?」


 言真は指を鳴らし、三つの小さなホログラム窓を開いた。そこには、それぞれの班の顔ぶれとコードネームが記されている。




 ■チーム分け


 チーム・アイアン(Team Iron)

 - 夏芽遼

 - 柏谷狭

 ――『イル・サングエ・ロッソ』の縄張りに潜入し、武装組織に偽装して接近。


 チーム・クロウ(Team Crow)

 - 朽宮言真

 - 三田沙紀

 ――『ラ・ローザ・ネーラ』の情報網に接触し、首領の真偽を探る。


 チーム・アーク(Team Ark)

 - 熊野璃久

 - 八幡直弥

 ――『ファミリア・ディ・サングエ・ドーロ』の屋敷に潜入し、首領の身辺調査。





「全員、現地時間の二日後までにパレルモ港に到着。そこから各自のカバー・ルートで潜入する。無線は暗号化済みだが、交信は最低限。発覚リスクが高ければ、即時撤収しても構わない。以上の内容は青龍隊の2人には事前に伝えてある。」

 言真の声が一層鋭さを帯びる。


「この作戦に失敗は許されない。三組織の均衡が崩れれば、島全土が戦火に包まれる。僕たちは最小の介入で最大の結果を出す必要があるんだ。」


 ホログラムが消え、会議室が再び暗く沈んだ。

 緊張感を孕んだ沈黙が流れ、全員の視線が言真に集中する。

「――それぞれの役割、理解できたね?」


 彼の問いに、四人全員が無言で頷いた。

 言真が満足げに手を叩く。


「じゃあ以上! 一時間後発の電車に乗るから、表にある車で駅まで行くよ〜」


 軽い口調でそう告げると、直弥以外の三人は素早く荷物をまとめて部屋を出ていった。


 その背中を見送りながら、直弥はぽつりと呟く。


「……え、電車?」


 ***


「……すごい……」


 巨大な駅の構内に足を踏み入れた瞬間、直弥の声が自然に漏れた。

 地下都市ユートピアの中心街にそびえるドーム型コンコース。大理石の床が光を反射し、天井のステンドグラスから差し込む仮想夜光が、小さく輝いている。


 そして、その中央ホームに鎮座するのは、まるで王侯貴族の宮殿をそのまま列車に仕立てたかのような巨体だった。金の装飾が施された濃紺の車体、翼のように広がる装飾パネル、先頭には稲妻をかたどった紋章が輝いている。


 直弥は呆然とその全景を見上げる。


「これが……列車……?」


 横から沙紀が笑いを含んだ声をかけてきた。


「そういえば直弥くん、ブリッツツーク見るの初めてだっけ?」


「ブリッツ……ツーク?」


「この列車の名前。ドイツ語で“雷光列車”って意味でね、ADFの四都市を結ぶ高速寝台列車なの。普通の列車じゃなくて、特務用の車両も連結されてるんだよ?」


 沙紀は指先で車体の紋章を示し、説明を続ける。

「ユグドラシルの根を縫うように敷かれた軌道を時速五百キロ以上で走るから、どんな緊急任務でも短時間で移動できるの。私たちみたいな特務要員には必須の足だね」


 直弥は無意識にごくりと唾を飲み込んだ。高鳴る心臓の音が、自分でもはっきりわかる。


「……まるで映画の中みたいだ」


「映画より速いし、快適だよ」

 沙紀は軽く笑い、切符のようなカードキーを直弥に手渡した。


「さ、行こう直弥くん。私たちの車両は一番後ろ。特務班専用だから、初めてでも落ち着けると思う!」


 直弥はカードキーを握りしめ、きらびやかな列車に向かって歩き出した。

 豪奢なホームに響く足音とともに、これから始まる任務の現実感が、ようやく胸に迫ってきていた。




「すごい……いや、えぇ……」


 直弥は言葉を探すように部屋の中を見回した。

 足元には厚手のカーペット、壁には落ち着いた深緑の壁紙、天井には微かに光る装飾ランプ。個室には広めのソファとデスク、そしてホテルのスイートのようなベッドが備えられている。

 窓の外には、ホームの照明と地下都市の夜景が流れていた。


「直弥くん、駅に着いてからずっとそれじゃん」

 沙紀が肩を揺らして笑った。彼女はもう荷物を預け、上着を脱いで身軽になっている。ひと通り部屋をチェックし終えたらしく、どこか余裕の表情だ。


 直弥はそんな彼女の様子を見据え、苦笑いを浮かべる。


「……だって、部屋のベッドまでこんなに柔らかいなんて思わなかったし。アメニティまでホテル並みだしさ」


 ベッドの端に腰を下ろすと、ふわりと沈み込む感触が全身を包み込む。

 スーツケースの横に置かれたタオルや飲料、医療キット、そして専用の通信端末──どれも任務用に整えられているはずなのに、不思議と温かみがあった。


 沙紀は壁に背を預け、腕を組む。


「ADFの列車は、移動と任務準備を同時にこなせるように作られてるの。だからプライバシーも設備も一級品ってわけ。長時間の移動だと、こういう小さな快適さが命綱になるのかもね」


 直弥は改めて個室を見渡し、深く息を吐いた。

「……なんか、いよいよ本当に任務が始まるって感じがする」


 窓の向こうで、車輪が小さく軋む音が響きはじめる。


 列車がゆっくりと動き出す。振動は驚くほど少なく、重厚な車体がまるで滑るように進んでいく。


 直弥は窓の外に目をやった。光に包まれたユートピアの街並みが後方へと遠ざかり、やがて闇に溶けていく。その光景は、美しさと同時にどこか切なさを胸に残した。


「……この街から出るの、初めてかも」

 直弥がぽつりと漏らす。


 沙紀は視線を窓に向けたまま口を開く。

「最初は誰でもそうだよ。街を離れるとね、背負ってるものが大きくなった気がする。なにより、私達がこれから向かうのは戦地だし」


「シチリア、か……」

 直弥は小さく呟いた。遠い異国の地、地図や資料の上でしか知らない場所。けれど、そこに確かに魔族の影と人間の血の匂いが渦巻いている。


 彼の胸の奥に、不安と緊張、そして微かな期待がせめぎ合う。

「……俺にできるかな」


 すると、沙紀は彼の顔をじっと見つめ、にやりと口角を上げた。

「できるかどうかじゃない。やるしかないの。……それに、直弥くんがいなきゃ困る人が、もういるでしょ?」


 妹、仲間、教官、そして病室で待つ友人たち。

 彼の脳裏に次々と浮かぶ顔が、不思議と背筋を伸ばさせた。


 窓の外に広がる闇の向こうで、雷光列車は静かに加速を続けていた。



 ***



 約半日の列車旅の末、4人を乗せたブリッツツークは、夕陽を背にアルカディアの中央駅に滑り込んだ。

 車輪の金属音がひときわ高く響き、停車のブレーキと共に、車内に張りつめていた空気が少し緩む。


 扉が開くと同時に、湿った海風と土の香りが鼻をかすめた。地上から数百メートルも下にあるはずなのに、ユグドラシルの擬似空は夕暮れの色を映し、まるで地上の港町のようだった。


「……これがアルカディア」

 直弥は思わず足を止め、仰ぎ見た。白亜の柱が並ぶ駅舎、光る蔦に覆われたドーム、遠くに聳えるユグドラシルの葉。資料や映像で見ていた光景が、いま目の前に立ち現れている。


「ボーッとしてねぇで、降りるぞ」

 荷物を肩にかけた璃久が短く言う。


「……あ、はい!」

 直弥は我に返って階段を下り、石畳のプラットフォームに降り立った。


 そこには既に、別行動だった夏芽と柏谷の姿があった。ふたりとも青龍隊の戦闘服のままで、無言でこちらに歩み寄ってくる。

 任務前の緊張が、改めて直弥の背筋に走った。


「全員揃ったね」

 言真が腕時計を見ながら静かに告げる。


 背後では、雷光列車の汽笛が一つだけ低く鳴り、すぐに遠ざかっていった。


「ここから先は戦場だ。……気を引き締めて行くよ」

 言真の一言に、全員が自然に頷く。


 駅の外には大きな黒塗りの車が待っており、運転手が無言でドアを開けていた。

 薄青い光に包まれた石畳の駅前広場には、昼間の喧騒が嘘のように人影がなく、ただ中央にそびえる巨大な幹だけが圧倒的な存在感を放っている。


 直弥は思わず足を止め、息を呑んだ。

「……ユグドラシルが……」


 眼前にあるのは、天井に突き刺さるどころか地上まで貫いている白亜の大樹。枝葉は光を孕み、雲のようにうねりながら都市全体を覆っていた。人工の擬似空ではない。ここでは本物の空の光が、ユグドラシルの葉を透かして降り注いでいるのだ。


 言真はその視線の先を追い、穏やかに微笑んだ。

「アルカディアのユグドラシルはね、ユートピアのとは違って地下に収容しきれず、ここまで大きく露出してるんだ。枝や根は地下奥底にまで伸びてる。……まあ、そこがここの脆弱性でもあるんだけどね」


 彼の声に、直弥ははっとして頷く。

 任務の概要書には“都市防衛ラインの弱点”とだけ書かれていたが、こうして目の当たりにすると、それがどれほどの規模で、どれほど危ういものかが肌で理解できた。


「感動してる場合じゃないよ、任務前なんだから」

 沙紀が軽く肩を叩き、現実に引き戻す。


 璃久は先に車に乗り込み、短く言った。

「視察は任務が終わってからだ。行くぞ」


 直弥は最後にもう一度だけユグドラシルを見上げ、その圧倒的な幹の白さと、薄く光る葉の緑を心に刻んでから、車の後部座席に身を滑り込ませた。


 ドアが閉まると同時に、エンジン音が低く響き、車は静かに動き出した。


 続く…

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