59話 最上一派
背後でガラスの割れる鋭い音、肉を打つ鈍い衝撃音、息の詰まった断末魔、そして何か濃い液体が飛び散って床を濡らす湿った音が交錯する。地下の薄暗い空気はそれらを壁に反響させ、世界のすべてがその音だけでできているかのように響き続けていた。
最上はゆっくりと背筋を伸ばし、何事もなかったかのように地下扉を押し開けた。音の壁を一歩で断ち切り、ひんやりした石段を上がりながら、手に残った鉄と血の匂いを無造作に布で拭い取る。まるで木屑を払う職人のように無言のまま、彼は地上階の光の中へと姿を現した。
「……終わったよぉ〜」
その声に反応し、ソファーに腰掛けていた青年がすっと立ち上がり、深く頭を下げる。
「お疲れ様です、最上様。」
「あーいいよいいよ、座っときな、馬栁。」
青年――馬栁セツは最上が部屋奥に向かうのを見て、その後に続く。
すると、手前の部屋から小さな影が二つ、廊下にぴょこんと現れた。どちらも鷹觀より幼く見え、青白い肌と整った童顔をしている。
片方は澄んだ青い瞳に右の額に角が一本、もう片方は金色の瞳に左の額から角が伸びている――双子のようでいて、違う光を宿す少女たちだった。
金の瞳の方が、ぱっと顔を輝かせて声を上げる。
「わぁ、最上さん帰ってきてる!ねえ、セリ!最上さんだよ!!」
「バビ、声おっきい。最上様に失礼でしょ。」
青い瞳の少女――セリが眉をひそめ、妹の袖をそっと引く。
最上はその二人のやり取りを見ながら、口元にゆるい笑みを浮かべた。
「いつも仲良さそうだねぇ、莉禰姉妹は。」
「べ、別に仲良くなんかないですよ。バビ、いつもおもちゃ横取りしてくるし。」
青い目の少女、莉禰セリが不満げに頬を膨らませる。
「でもでも最上さん!セリねー、いつも夜にあたしがくっついて寝ないと怖くて泣いちゃうんだよ〜!」
「なっ……バビ!!それは言わないって約束じゃん!!」
「わ〜怒った〜!!」
双子のやり取りに、空気がほんのわずかに和らいだ。
最上はその光景をしばし楽しむように眺め、わずかに目を細める。
「お二人さん。今から奥の会議室でお話するから、お部屋を片付けてからおいでね。」
「「はーい」」
双子は声をそろえて返事をし、ぱたぱたと足音を立てて奥の部屋へ引っ込んでいった。
その背を見送りながら、馬栁が小さく息をつき、ぽつりとつぶやく。
「もう、あの子たちってば、ほんっと無邪気でかわいいわねぇ……同じ魔族でも、あたしみたいな古株とは世界が違うのかしら。」
最上は、口元にうっすら笑みを浮かべる。
「いいじゃない。あの子たちには、私のこと怖いとは思ってほしくないし。――呼び方ひとつでも、世界の見え方は変わるからね。」
「ふふっ、最上様ったらそういうとこ、ほんと優しいんだから。あたし、そういうとこ好きよ。」
「ええ。…それに、君も知ってるだろう?彼女達の強さは十分に。」
最上はゆっくりと歩を進め、奥の会議室の扉を開く。薄暗い照明の下、重い木製のテーブルと椅子が並ぶ空間が現れる。
「さ、座って馬栁。例の件、今日のうちに整理しておかないと。」
「承知いたしましたわ。」
馬栁は最上の後ろにつき、静かに扉を閉めた。部屋の中には、先ほどまでの柔らかな空気とは別種の、冷えた緊張が満ちていく。
「…さて、と。」
先に席に着いた最上は、ゆったりと背もたれに寄りかかりながら、後ろの戸棚へ手を伸ばした。古びた革装の地図を取り出し、卓上に広げる。その指先で、どこから取り出したのか分からない黒いペンをくるりと回しながら、薄く笑みを浮かべる。
「彼女が言っていたのはここ――イタリア・シチリア州、カルタジローネだ。前々からラグーザやカルタニセッタ周辺だとは睨んでいたが、予想は大体当たっていたみたいだね。」
ペン先でその街の位置を軽く叩く。
「海運の要衝で、人の出入りも多い。武器等を動かすにはうってつけの土地だ。マフィアが影で支配してるって言われても、特に不思議じゃない。」
薄く笑んだ最上が、ペンを回しながら続ける。
「問題は、どこにそれが潜り込んでいるかだ。港湾組合、警察、あるいは地元議会か……どれにしても、動かすコマの規模が大きい。」
最上がペン先で地図を軽く叩き、横目で馬栁をうかがう。
「――君はどう思う?」
馬栁は腕を組み、少しのあいだ地図を眺めてから口を開いた。
「……港や街そのものより、物流の末端に食い込んでいる気がしますわね。表向きは観光地ですし、警察や議会を直接押さえるより、労働者や下請けの運送業者を通じて密輸ルートを握る方が自然でしょうねぇ。」
彼は視線を最上に戻し、低く続ける。
「地元に根を張る“顔役”を幾人か抱き込めば、表沙汰にならずに武器や魔具を動かせますわね。……だから、表に出てこない名簿や下請けリストを洗う必要があるかなぁと。」
最上は「なるほど」と短く頷き、ペンを指の間でくるりと回した。
「裏の連中が一番好むやり口だね。正規の帳簿や議会の記録には痕跡を残さない。だが、下へ潜り込めば潜り込むほど、摘発も難しくなる。」
ペン先でラグーザから海沿いに線を引き、港町を順に示す。
「このルートを辿れば、地中海のどこへでも流せる。表は観光船、裏は武器積載。……便利すぎて、笑えるくらいだ。」
馬栁が小さく眉をひそめた。
「しかし、どうやって潜るお考えです? マフィアだとはいえ、そう簡単にはいかないかと……」
最上は片肘を卓に置き、指先でペンを弄びながら口元に笑みを浮かべる。
「そこに、ちょうどいいのがいるじゃない。――ほら」
その視線が入口を指した瞬間、ノックの音と共に扉が開いた。
「最上さーん! 新狎お姉ちゃん来てるよ!」
バビが勢いよく部屋に飛び込んできて、目を輝かせながら報告する。続いて、彼女を「しっ」と抑えるようにセリが入ってきた。
その二人の後ろから、白衣を着た女が現れる。赤縁のメガネに深い赤のリップ。肩まで伸びる髪をタイトに束ね、端正な顔立ちにかすかな緊張の色を浮かべていた。
最上の姿を認めた瞬間、その女はすっと背筋を伸ばし、深々と礼をする。
「お、お久しぶりです……最上様」
最上は、ペンを軽く卓に置き、にやりと笑う。
「ナイスタイミングだね、新狎」
女――新狎ラムは、その声に恐る恐る顔を上げた。白い視線と交わった途端、背筋に冷たいものが走る。
「……お、お呼びでしょうか」
最上はあえて答えず、新狎の緊張を愉しむかのように椅子にもたれかかる。
「ちょうど君に頼みたいことがあってね。潜入工作だよ、得意だろう?」
新狎の喉がひくりと動いた。
「……ま、まさかとは思いますが、シチリア、ですか」
最上は笑みを崩さぬまま、指先で地図の上を軽く叩いた。
「察しがいいね。カルタジローネ。君の昔の“仕事”が、ここできっと役に立つ」
ラムは一瞬視線を逸らし、唇を噛んだ。
「昔……とはいえ、今の私は追われる身です。潜入工作といえど、お役に立てるかどうか……」
最上はあっさりと言葉を被せる。
「だからこそじゃない? 追われる者ほど、目立たず動く術を知っている。――それに、コソコソ動くより捕まったほうが、手っ取り早いと思わない?」
新狎の瞳が大きく見開かれる。
「……え、捕まる?」
最上はペンをくるりと回し、にやりと口角を上げた。
「そんな不安げな顔しないでいいよ。非戦闘員の君に戦えなんて、さすがに酷なことは言わない」
新狎は小さく息を呑む。背筋に、冷たいものが這い上がる。最上の口調はやわらかいのに、その奥底にある計算高さが、ひしひしと伝わってくるのだった。
最上は、ペンをくるくる回しながら淡々と続けた。
「要は、囮になってもらうだけさ。表向きは“捕まった元関係者”として内部に運ばれる……そして、そこを莉禰姉妹と――後ろにいる鷹觀に叩いてもらう」
「……え?」ラムは思わず息をのむ。
その反射的な動きで、ゆっくりと背後を振り返った。
そこに立っていたのは、いつの間に現れたのか分からない、鷹觀ヨルの姿だった。
白いワンピースの裾には乾きかけた赤黒い飛沫が斑点のように散り、頭の上からも髪に絡むように同じ色が滴っている。まるで誰かの血潮をそのまま浴びて現れたかのような光景。
だが、彼女の表情は氷のように無機質だった。童顔の奥に感情らしい感情はなく、ただ最上の指示を待つ犬のように静かに立っているだけ――その姿に、ラムの喉はかすかに鳴り、足先が冷たくなった。
最上はその視線の揺らぎを楽しむように、にやりと笑った。
「ね、頼もしいでしょう?」
最上がにやりと笑うと、血の飛沫を髪にまとったままの鷹觀が無機質な声で口を開いた。
「最上様、一つご質問が」
「ん? なんだい?」
「……あの醜女――」と、そこで一瞬咳払いをして言い直す。
「鳳孤ミヤは、この作戦に参加するのですか?」
最上は頬杖をつき、目を細めた。
「んー、いや。多分表の仕事で手一杯だろうし、しばらくは顔出さないんじゃないかな」
その答えに、鷹觀は一拍だけ沈黙し、伏し目がちに「了解しました」とだけ返す。
血の気配が漂う部屋で、最上は気怠げにペンを転がし、ラムの顔を覗き込んだ。
「ほら、新狎。みんなちゃんと役割が決まってる。君も腹を決めなきゃね」
「……本当に、私は無事でいられるのでしょうか」
新狎が両手をぎゅっと握りしめ、かすれた声で問う。赤縁のメガネの奥の瞳には、恐れと決意が入り混じっていた。
最上はその視線をまっすぐに受け止め、柔らかく笑った。
「囮にして捨てる気なんてないよ。君には生きて帰ってもらわないと意味がないし、こっちも君を使って組織の奥を覗くつもりなんだからね」
鷹觀が一歩前に出て、最上に向ける丁寧な言葉づかいではなく、荒々しく言葉を添える。
「内部に運び込まれた瞬間から、あたし達で追跡と防御を張ってやる。目立たない護衛も付けてやっから、んな必要以上に恐れなくても大丈夫だろ。」
最上は肩をすくめ、ペンをくるくると指先で回しながら言葉をつなげた。
「要は、ゲームの駒みたいなもんさ。盤の上に置いた以上、最後まで責任持って動かす。それが私のやり方」
馬栁セツが小さく頷き、静かに付け加える。
「最上様の言う通りですわ。あたしも護衛に回りますわ。」
最上はにやりと笑みを浮かべ、地図の上に視線を戻した。
「―――ただ、新狎を使うにしろ、問題はここだよね」
ペン先が弧を描き、地中海を越えた一点を軽く突く。シチリア島のさらに東――ギリシア・ペロポネソス半島の地下。
「ここには白虎隊管轄の地下都市・アルカディアが存在するとされてる。距離が近い分、介入してくる可能性は高い。しかも、鳴矢高校と吉林省であれだけ派手にやらかした後だ、ADFは今、神経質になってるだろうしね」
軽口めかして言いながらも、最上の声色にはひりつくような鋭さが混じる。
「下手をすりゃ、鳴矢高校のときみたく四堂は来なくても、八間くらいは普通に飛んでくるかもだねぇ」
馬栁は眉を寄せ、地図上の赤い印をじっと見つめる。
「……その場合は、囮どころか全面戦闘の可能性もある、ということですわね」
「いや、私は別に八間に関しては特に警戒はしてないよ。八間程度なら、鷹觀や莉禰姉妹にかかれば片手で殺せる」
最上はそう言って肩を竦め、しかしすぐに指先を止めて声の調子を変えた。
「……私が警戒してるのは、他に三つあってね」
言いながら、懐から古ぼけた封筒を取り出す。中には光沢の残る写真が数枚。最上はそのうちの2枚を、卓上に音を立てて並べた。
「そのうち二つはこれ。朽宮言真と八幡直弥」
写真の端に指先を置きながら、最上の視線が細く鋭くなる。
「朽宮言真は知っての通りだけど、強さが未知数すぎる。嵐術――風を操る力ってのは名前で想像できるだろうけど、その威力がどの程度かは、彼自身が本気で使わない限り分からない」
ペン先で写真を軽く叩く音が、室内の静寂に小さく響いた。
「一見、優男に見えるけど……あれは全く底が見えない。まあだからこそ面白いんだけどね。」
馬栁が写真を覗き込み、眉をひそめる。
「……そして、もう一人が八幡直弥、ですわね?」
最上は頷き、もう一枚の写真をひらりと馬栁の前へ滑らせた。
「そう。彼の存在も今、私たちにとって不確定要素でしかない」
「不確定要素?」
鷹觀が首を傾げ、口を挟んだ。
「吉林省の時点では、正直そこまで警戒するほどの相手ではなかった」
最上は写真の端を軽く指で弾く。「――だが先日、朽宮言真によって彼に人術が付与されたらしい」
「……人術を、付与?」
鷹觀の瞳がかすかに揺れる。
「彼はいわゆる“チルドレン”さ」
最上は静かに笑い、視線を鷹觀に移す。「君たちもその脅威は分かるだろ? 特に、鷹觀」
問われた鷹觀は、無言で頷いた。
最上はその様子を満足げに眺めながら、さらに低い声で続ける。
最上はわざとらしく肩をすくめ、写真の端を指先で弾いた。
「――同じくチルドレンである君なら、そんなこと知ってて当然だよね」
鷹觀のまなじりがわずかに吊り上がる。
「……要は、チルドレンである二人を脅威に感じてる、と」
「脅威、ねえ」
最上は小さく笑い、首をかしげる。「正確に言うと、脅威っていうより純粋な興味と関心かな。怖いというより、面白くて仕方がない」
彼の白い瞳が一瞬、光を帯びる。
「私、こう見えてもコレクターだからさ。チルドレン全コンプリート! なんてのは生涯かけての夢なんだよね」
軽口のように響くその言葉の裏に、ぞくりとする熱が混じっていた。
最上はペンを回し続けながら、まるで昼食のメニューでも決めるかのような口調で続ける。
「ま、コンプリートなんて夢はまっだまだ先の話だけどさ。今回の作戦で八幡直弥が顔を出すなら、まずは強さを測る。勝てそうなら捕縛、負けそうなら……挑戦してもいいし、潔く逃げてもいい」
彼の目が一瞬、冷たい光を帯びる。
「――ああ、ちなみに朽宮言真が出てきたら即撤退ね。あれはまだ、私の盤上に載せるには早すぎる駒だから」
最上の言葉に、鷹觀がわずかに眉をひそめる。
「……私が挑戦しても、負けそうですか?」
その声音には、悔しさと興味が半々に混じっていた。
最上はペンをくるくると回しながら、肩をすくめて答える。
「別にしてもいいけど……死ぬよ?」
あまりに軽い調子に、馬栁が思わず目を見開く。
最上の瞳は笑っているのに、その奥底にあるものは冷たい水底のように静かだった。
鷹觀は唇を噛んだまま視線を逸らさない。その横顔に、最上はくすりと笑い、机の上にもう一枚の資料を滑らせた。
「ま、そんなに気にしなさんな。鷹觀が弱いって話じゃない。単純に、あれは今の盤面には強すぎる駒ってだけのこと」
「……それで、三つ目の脅威とはなんでしょうか?」
鷹觀が問い返すと、最上はペン先で資料の一点を軽く叩いた。
「これだね」
馬栁が覗き込み、眉をひそめる。
「……これはなんですの?」
「君の実家についてさ」
その一言に、馬栁の指先がぴくりと震えた。無意識に資料から視線を逸らし、顔をしかめる。その反応を見て、最上は喉の奥で笑い声を弾ませた。
「くははっ! やっぱり嫌そうな顔した! まあ嫌だよねぇ、帝家の魔族は」
最上の目が、一瞬だけ真面目な色に変わる。
「私たちが襲おうとしてるギャングの首領……彼女の話が正しければ、モリスってやつは帝家魔族と契約して“同体変異種”になってる可能性がある」
馬栁が目を細める。
「同体変異種……?」
「そう。君の傀儡魔術や、鳴矢高校でベピラが使ってた乗っ取りとは違う。これは、魔族と人間の双方が互いに了承したうえで一つの身体を共有する特殊種のことさ。肉体を互いに共有し、一方が身体を動かしたいときは、そのたびに主導権を入れ替える。そういう縛りをあえて自分に課すことで、二者の力を掛け合わせて倍化する」
最上はペンをカチリと鳴らし、口元だけ笑った。
「同体変異種自体、とんでもなく珍しい事例でね。それこそ厄災の日以前には一切報告がなく、それ以降も数件しか確認されていない。そもそも魔族の大半は無垢な個体ばかりで、人間とまともに意思疎通ができる段階まで進化している種が少ない。となると、現実的に契約が可能なのは帝家魔族くらいしかいないってわけさ」
その言葉に、馬栁はわずかに身を固くする。
「……やっぱり、そうですわよねぇ…」
最上はその反応を楽しむように、机に肘を突いて身を乗り出した。
「つまり、モリスが同体変異種なら帝家魔族が背後にいるってこと。君の古巣と真正面からやり合う覚悟がいるよ、馬栁」
「覚悟って」
馬栁は一瞬だけ視線を落とし、指先で机をとん、とんと叩いた。
そして顔を上げ、次の瞬間、口角を大きく吊り上げて笑った。
馬栁は拳を机に打ちつけ、血の気を帯びた笑みを浮かべた。
「聞くまでもないですわよ、喜んで血祭りにあげますわ!」
その目には迷いがなかった。
「あたいにとっちゃ、あそこはもう古巣でも何でもない。ただの屍溜まりですわよ!汚物は洗浄されるのがサダメなのですから!!」
肩で息をしながら、吐き出すように続ける。
「だから根絶やしにできるなら本望ですわ! あたしがこの手で全部終わらせます! あの、べピラのように!!」
会議室に響いたその声は、怒りと決意とがないまぜになったものだった。最上はそんな彼を見て、口角をゆるりと上げる。
「……ふふ、いい顔するじゃない。やっぱりそのくらい狂ってないとね」
鷹觀はつまらなさそうに鼻を鳴らし、壁にもたれかかった。
「……ま、そうであるにしろないにしろ、モリス含めマフィアメンバー、その家族、または少しでもそれと血のつながった者共は老若男女問わず皆殺し。地元警察、軍、オリオンの連中、またはほかマフィアの介入があっても殺してしまっていい。まあ、ただ少しモリスには警戒しておいてってだけの話」
最上はそうまとめたが、馬栁はまだ血走った目で身を乗り出していた。
「ええ、そうしましょうそうしましょう!連中が何人いようが、どんな権力が後ろにいようが、あたい達にゃ関係ない。必ず殺りますわ。誰一人逃しません。奴らの血統を、奴らの街ごと、あたしの手で終わらせますわ!」
「…るっせぇー、このオネエ魔族………」
低く唸るような声が再び室内に響き、鷹觀は眉をひそめてそう小さく呟く。一方最上はその熱を楽しむように、ゆっくりと馬栁の視線を受け止めていた。
すると、突然バビの気の抜けた声が響いた。
「―――あ、そーだ鷹觀お姉ちゃん!さっき運んでた肉片って誰の?」
場の温度が一瞬、呆気にとられる。
鷹觀は眉をひそめ、雑に肩をすくめた。
「あ?……あーなんか、いま話してる作戦の、目的ギャングの幹部の女房の死骸。ちょっと目玉抉っただけできったねぇ叫び声上げるから不快だった。」
バビは目を丸くしてぽつりと問う。
「拷問?」
鷹觀は吐き捨てるように言い放った。
「処刑。まだまだ小便くせぇ女児がんなこと聞くな。だまって姉貴とレズごっこしとけや」
バビは、そんな暴言にも屈せず、まるでお菓子をねだる子どものように笑顔を崩さない。
「えー、そんなおもしろそうなおもちゃならバビも鷹觀お姉ちゃんと遊びたかった〜」
最上が、そこでわざとらしく肩をすくめて口を挟んだ。
「あれ、でも昨日バビちゃんにおもちゃあげなかったっけ?」
バビは一瞬きょとんとしたあと、楽しそうに声を弾ませる。
「お腹切ってセリと臓器で遊んでたらすぐ壊れちゃった。」
セリがその横で、まるで妹の悪戯をたしなめる姉のように、苦笑しながら続けた。
「バビったら、昔からモノを大事にできないから人間のおもちゃはすぐ壊しちゃうんですよ。魔族のおもちゃならまだ再生するので、ある程度は壊れにくいしいいんですけど……」
最上は愉快そうに笑う。
「そっかそっか、まあ確かに人間脆いもんねぇ……分かった、私が頑張って魔族のおもちゃ見つけてくるよ。さっき話題に上がったモリスでもいいかもね。」
「ほんと!? バビ、最上さん好きーっ!!」
そう言ってバビは勢いよく最上に飛びついた。焦ったようにセリが彼女を引き剥がそうとするが、当の最上は幸せそうに笑い、軽く腕を広げて受け止める。
「こーらこら、離れなさい離れなさい。ほら、後ろで鷹觀お姉ちゃんがとんでもない剣幕で睨んでるよ〜、バビちゃん。」
バビがきょとんと後ろを振り返ると、鷹觀は唇の端をひくりと歪め、血に染まったままの指を片手で鳴らしながら、獲物を射抜くような視線を送っていた。
「――最上様から離れろや、クソ魔族。焼き殺すぞ。」
低く吐き出されたその声に、部屋の空気が一瞬冷え込む。
バビはぴたりと動きを止め、笑顔を浮かべたままではあったがまるで背中に刃を突きつけられたかのように硬直した。
最上はそんな二人を見て、肩を竦めながらもどこか楽しそうに微笑んでいる。
「こらこら、鷹觀。怖がらせないの。ほらバビちゃん、ちゃんと降りて。」
セリがそっとバビの腕を引き、最上の膝から引き離す。
バビは名残惜しそうに最上を見上げたが、鷹觀の視線に押されるようにしぶしぶ最上の隣に腰を下ろした。
最上が両手を軽く打ち鳴らし、ぱん、と乾いた音を響かせた。
「―――さて、会議は以上! 細かい作戦概要はまた後日あらためて伝えるね。……あ、そうだそうだ。戦力が足りなそうだったら、ミハイルのPMCにも声を掛けようかなって思ってるんだけど、どう?」
最上が軽く笑みを浮かべたまま問いかけると、馬栁が真っ先に頷いた。
「異論はありません。」
他の面々も次々と視線を交わし、無言で賛同を示す。
血の匂いが仄かに香る室内に、短い沈黙のあと、同意の空気だけが静かに広がった。
「よし、ならそれで決まり。」最上はにこりと笑い、手元の地図をくるくると丸める。
「――他に連絡ある子は?」
最上の言葉に、部屋の空気がわずかに張り詰めたまま動かない。
しばしの沈黙を見て、最上は肩をすくめ、再び口を開く。
「なさそうだね。じゃあ以上、解散!」
その瞬間、張り詰めていた空気が一気に弛緩し、皆ぞろぞろと椅子を引いて会議室をあとにし始める。
ただ、新狎だけは顔を伏せ、何かに沈むように動かずにいた。
その背を、最後に部屋を出かけていた鷹觀がじっと見つめ、わざと靴音を響かせて近づく。
「……んな怯えるぐらいなら、なんでてめぇは最上様の下につこうと思ったんだよ」
低い声に、新狎は肩をすくめて振り返る。
鷹觀は鼻で笑い、吐き捨てるように言い放った。
「雑魚が出しゃばんな。使いもんにならねぇなら、せめて命差し出してでも貢献しろ、売女が。」
新狎の喉がひゅっと鳴る。その瞬間、鷹觀は鼻先で笑い、血の匂いを残したまま部屋をあとにした。
重い扉が閉まる音だけが、がらんとした会議室に響く。
新狎ただ一人、部屋に取り残される。
小さく震える指先で、無意識に胸元のペンダントを握りしめ、目を伏せた。
(……あなた。私、どうすればいいの……?)
唇が動くが声にはならない。
それが亡き夫を思う心からなのか、それとも囮として使われることへの恐怖なのか――その答えを知るのは、彼女だけだった。
続く…




