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人魔闘諍  作者: ゆっけ
第参章
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45話 かくしごと

「混…血……?」


 沙紀は、目を見開いたまま言葉を繰り返した。

 声には、驚きとも困惑ともつかない震えがあった。


 無理もない――そう、直弥は思った。

 生まれた時からADFという異形の存在と戦う組織に育てられた彼女たちにとって、「人間」と「魔族」が混じり合うなど、常識の外側の話なのだ。

 敵と味方、白と黒。混ざらないはずのものが、ひとつの身体に同居しているとしたら。

 その事実を受け入れるには、あまりにも教育と環境が偏りすぎていた。


 思い返せば――佳人卿、桜田風音ですら驚いていたという。

 鳴矢高校で初めて自分と出会ったとき、最初は「気配がおかしい」と訝しみ、結果的に殺されなかったとはいえ、命を狙われた。


 それほどに、この世界では“混血”は異端なのだ。


 本来なら、この秘密は誰にも明かしてはいけないものだった。

 寛解公――四阿庸平からは、何度もそう釘を刺されていた。

「君の存在は、あまりにも稀で、あまりにも危うい」と。

「それを知るだけで、人は君を見る目を変える」と。

 そして、「知った者の中には、裏切る者も出るかもしれない」と――。


 だが。


 バディを組んでいる以上、いずれ彼女にはバレる運命だった。

 いや、白伊くんにも、いずれは。


 だからこそ今、この場で話すことを直弥は選んだ。


 この先、誰かを信じるために。

 そして、自分自身を誤魔化さないために。


「……うん」


 直弥は、静かに、だが確かに頷いた。


「俺は……混血、らしい。でも信じてもらえないかもしれないけど、両親はどちらも人間だった。少なくとも、戸籍上は。だから、どこから魔族の血を引いたのかは、俺にもわからないんだ。」


 言葉を選ぶように、ゆっくりと告白していく。

 沙紀は、ただ黙って、真剣な表情で彼を見つめていた。


「四堂八間会議に掛けられたのも、それが理由だ。あの会議では、佳人卿と寛解公の謹慎処分だけじゃなく――俺の“期限付き死刑”も決められた。」


「……死刑、って……」


 小さく呟いた沙紀の声には、はっきりとした衝撃がにじんでいた。

 直弥は、それに気づきながらも、淡々と続ける。


「でも大丈夫。任務で確実に成果を出せば、その処分は撤回されるって言われた。だから……俺は今、命がけで償ってる最中なんだ。」


 沈黙が降りる。

 しばしの間、沙紀は口を閉ざしていたが――やがて、戸惑いを含んだ声で言葉を紡いだ。


「……こんなこと、本人を前にして言うのも変かもしれないけど――」


 彼女は小さく息を吐いてから、まっすぐに言った。


「それって……史上類を見ないほどの寛大措置だよ。少しでも魔族って疑いのある人間は、それだけで即処刑されてもおかしくないのに……なんで、直弥くんだけ……?」


 問いは真っ当だった。

 沙紀の目にはまだ疑念と困惑が入り混じっている。だがそれは、恐れではない。

 彼を知ろうとする、純粋な気持ちの現れだった。


 直弥は、ふっと力の抜けたような笑みを浮かべた。


「さあね……たぶん、狂風卿の根回しだと思う。」


「狂風卿……」


 沙紀がその名を呟いた。白虎隊の中でも随一の策略家として知られる四堂の一人――朽宮言真。

 その名は、ただの階級や肩書きでは済まされない。言真が動くとき、そこには必ず何らかの意味がある。それは隊の者なら誰もが知っていることだった。


「あの人、そういうとこだけは本当に抜け目ないんだ。……あの場でも、俺のことを“使える駒”として拾ったんだと思うよ。死なせるには惜しい、でも生かすには制御が必要だ――そう判断したんじゃないかな。」


 淡々と語る口調の奥に、わずかな自嘲が混じる。けれど、それは決して被害者意識に染まったものではなかった。ただ、己の立ち位置を見極めようとする者の、それだけの言葉。


「監視の目を付けたうえで、あえて動かせる位置に置く。そういう駆け引きに長けた人だから……それに、俺の出自を一番警戒してるのも、たぶんあの人だ。」


 沙紀の眉がわずかに動いた。


「出自って……」


「さっきも言った通り、両親は人間。でも混血って事実がある以上、どこかに魔族か、あるいは“第三者”の影がある。けど、それに関しては――まだ話せる段階じゃない。俺自身、整理がついてないんだ。」


 言いながらも、どこかで自分を納得させるような口ぶりだった。


「……うん、わかった。―――でも、あの発作みたいなのは、何?」


 沙紀は静かに、けれどまっすぐに訊ねた。


 直弥は答えに詰まり、しばし沈黙したあと、ぽつりと呟いた。


「……わからない。ただ……」


「ただ?」


「――歌が、聞こえた。」


「歌って……さっき直弥くんが口ずさんでた、あれ? でも、あれって……日本語でも英語でもなかったよね。直弥くん、たしか日本語しか話せないって言ってたはず……」


 沙紀は、混乱を隠そうとせずに言葉を続けた。


 直弥は一度頷くと、どこか遠くを見つめるようにして言った。


「それについて、はっきり言えることは二つだけある。一つは――あの歌は、人間の誰一人として口にできない未知の言語だったってこと。そしてもう一つは……なぜか俺には、その言葉が鮮明に理解できた、ってこと。」


「……え? ちょ、ちょっと待って。話が急すぎてついていけない。まず、なんで誰も話せない言語ってわかるの? もし仮にそうだったとしても……なんで直弥くんだけ、それを理解できるの?」


「――それがわかれば、俺だってこんなに悩んでない。」


 自嘲気味な笑みを浮かべて、直弥は目を伏せた。


「だけど、身体の奥に焼きついてるんだ……あの歌と言葉が。まるで、生まれた瞬間から記憶されていたみたいに。」


 沙紀は思わず息を呑んだ。


「な…なにそれ。訳分かんないだけど…」


 直弥は、ゆっくりと首を振った。


「――訳が分からないのは、俺も同じだよ。でもなぜか、その旋律が流れ出すたびに、胸の奥がざわつくんだ。感情とかじゃない。もっと根源的な……存在そのものを揺さぶるような感覚で。」


 沙紀は直弥の言葉を受け止めきれず、沈黙した。だがその表情には、恐れよりもむしろ、戸惑いの奥にある強い関心が滲んでいた。


「まるでさ、その言葉が……俺の本質を呼び起こしてるみたいなんだ。」


 直弥の声は静かだったが、どこか決定的な響きを持っていた。


「もしかしたら、それが混血の証なのかもしれない。いや――もっと違う、“何か”の痕跡なのかも。」


「“何か”…?」


 沙紀が問い返すと、直弥は目を細めた。


「まだはっきり言えるわけじゃない。でも……この声が、俺を導こうとしてる気がするんだ。何かを思い出させて、何かを気づかせようとしてる。」


「それって、危険じゃないの?」


「でも、無視できるようなものじゃない。」


 一瞬の沈黙のあと、直弥は沙紀をまっすぐに見た。


「この先、俺の中にある“何か”と向き合わなきゃならない時が来る。逃げずに、それを認めて、受け入れて――」


 静かに語ったその決意の言葉に、沙紀はふと顔を赤らめた。そして、声を震わせながらもはっきりと呟いた。


「……それでも、私は直弥くんのこと、信じる。いや……信じ、たいの。」


 直弥は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。


「ありがとう、沙紀さん。」


 目を逸らしていた沙紀は、唇をぎゅっと結ぶと、意を決したように再びまっすぐ彼を見つめた。


「―――私、決めたの。」


「……決めた? 決めたって、何を?」


「直弥くんは、自分の秘密を話してくれた。だったら私も、ちゃんと話さなきゃいけないと思った。ずっと胸の奥にしまってた、私の――」


 そこで一度言葉を切り、沙紀は深く息を吸った。そして、静かに、けれど確かな声で続ける。


「……十三年前、私の人生を狂わせた、あの日のこと。ずっと黙ってきた、私の秘密。」


 その目には、覚悟と痛みが宿っていた。


 続く…

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