21話 中国・吉林省 -1-
【極秘】ADF監視室 第三報告書
識別番号:JCN-4521-Φ
分類:魔族関連/対外危機管理対応(E-3)
発生地点:中華人民共和国・吉林省北部 山間集落
提出先:玄武隊管轄戦術司令部
報告者:PLA陸軍 戦区司令部直属・特別作戦群「紅旗」所属 曹辰偉中将
機密等級:Λ(要封印/対外流出厳禁)
【事案概要】
2025年9月23日、中国・吉林省北部の未登録集落にて局地的な魔族暴走事案が発生。
00:24(CST)、異常な魔力波の急上昇と共に爆発音・火災が連続発生し、集落は10分以内に壊滅状態に。目撃情報および残存痕跡から、従来の魔族活動とは異質の構成・行動が確認されている。
【現場の状況】
・被害概要
構造物の約95%が消失。
死者・行方不明者 92名
負傷者 5名(いずれも重体)
生存者 3名(いずれも未成年)、重度の心理的外傷および記憶の断絶を確認。
・魔族の様態
出現した魔族は6体以上。いずれも野性的であったが、「命令を受けて動いていた」「人間への敵意ではなく任務遂行に近い様子だった」との証言もあり。
・未確認高位存在について
事後調査において、現場に人間形態の高位存在がいた可能性が浮上。
ただし視認者はほとんど存在せず、遠景から人影が見えたという唯一の目撃例も信憑性に乏しい。
魔力の性質および消失痕跡の特異性により、当該存在は高位魔族、もしくは魔族を統括する外因性知性体の可能性はありと判定。
【中国側の動向】
・現地対応
事件後、武装警察が急行するも、通信途絶。続く人民解放軍偵察隊も消息不明。
中国当局は現在情報を完全封鎖中。外交ルートの反応は鈍く、協力体制の構築は困難と見られる。
【ADFの対応方針】
事案の性質と規模を鑑み、現地介入を実施する方針が承認された。
玄武隊より以下三名を中心とする先遣対応部隊を構成、現地に投入予定。
八幡直弥(Ⅴ型戦闘員)
白伊涼菟(Ⅴ型戦闘員)
三田沙紀(Ⅴ型戦闘員)
任務は、以下の通りとする:
・現場の再調査と残留魔力の確認
・生存者の再保護とヒアリング
・未確認高位存在の痕跡追跡、および戦闘発生時の限定的制圧
※あくまで限定的介入とし、現地政治機構との直接接触は禁ずる。
【補足】
本事案は、複数の点において現在ADFが想定する魔族関連分類を逸脱している。
特に以下の兆候により、高次的干渉または既知組織外の行動主体の存在を疑う必要がある:
・魔族間に明確な命令系統の兆候
・統一された目的意識と離脱行動
・異常な魔力消失現象と痕跡の撹乱
これらは、最上シアに代表される既知の危険存在と一致する要素を一部に含むが、現時点で彼の現地滞在・関与を示す確定情報はない。
したがって、公式記録には「未確認高位知性体」として処理され、さらなる情報収集を要する。
【結語】
本件は鳴矢高校事件と並びADF対魔監視網の脆弱領域を突かれた形での突発事案であると判断される。
今後、国際的な波及を防ぐため、情報統制と迅速対応の両立が求められる。
※本報告書はΛ等級として、八間クラス以上または任務従事者に限定して通達すること。
「……これは?」
白伊が、呻きに近い声を漏らす。
その報告書には、信じがたい内容が並んでいた。中国・吉林省の北部にある小さな集落が、未明のうちに壊滅。住民のほとんどが死亡、または行方不明。映像記録はないが、目撃証言から魔族による襲撃の可能性が極めて高いとされていた。
直弥は思わず眉をしかめる。文字を追えば追うほど、胸の奥にざらついた不安が広がっていく。生きたまま引き裂かれた住人、焼かれた家屋、断末魔の声を記録した断片的な音声ログ……どこまでも現実味がなかった。
「これ、マジなのかよ……」
小さく漏らした自分の声に、自分で戸惑う。隣で三田沙紀も黙って報告書を睨みつけていた。握られた拳は小刻みに震えていた。
「君たちには現地の調査任務を命じる」
璃久の静かな声が、教官室に響いた。机越しに三人を見据える彼の眼差しには、わずかながらも厳しさが宿っていた。
「発生から二十四時間以上が経過している。既に中国当局が鎮圧に動いており、情報封鎖も厳しいが、我々には我々の責務がある。現地での魔族残滓の調査、それから可能な限りの証拠収集。……状況によっては、対処も含めて動いてもらうことになる」
璃久教官の声音は淡々としていたが、その奥には明らかな緊張が滲んでいた。机上に広げられた資料には、ぼやけた航空写真と、解像度の低い数枚の現地画像。それらの端々から、ただ事ではない何かが漂っていた。
「質問、よろしいでしょうか」
沈黙を破ったのは沙紀だった。姿勢を崩すことなく、真っ直ぐ璃久を見据える。
「許可する」
璃久の即答に、沙紀は少しだけ間を置いてから口を開いた。
「……もし現地で、魔族の瘴気にあてられて正気を失った生存者がいた場合、私たちはどう対応すべきでしょうか?」
その問いに、直弥の内心にざわめきが走る。瘴気。魔族が残す異質な気配。それに精神を蝕まれ、人ではない何かになってしまった者たちの噂は、訓練生の間でもしばしば話題に上っていた。
璃久はほんの僅かに眉を寄せた後、言葉を選ぶようにゆっくりと応じた。
「瘴気にあてられた者の多くは、短期間で精神を崩壊させ、周囲を無差別に攻撃する傾向がある。……まず優先すべきは、お前たち自身の安全だ」
その声音は、これまでで最も重かった。
「可能であれば鎮静、拘束。しかし、制御不能と判断されれば――処理を許可する」
沈黙が教官室を包んだ。
沙紀はわずかに唇を噛んで俯き、白伊も視線を逸らす。直弥だけが、璃久の言葉を正面から受け止めるように、まっすぐその瞳を見返していた。
「――了解しました」
沙紀の声は、小さくもはっきりとしていた。
現地に残る“何か”と向き合う覚悟。それは、戦う覚悟とはまた別種の、もっと静かで深いものだ。
白伊も璃久のその言葉を聞いて頷く。一方直弥はひと呼吸置いて、黙って一歩、前に出た。
あの模擬戦から、約3週間が過ぎた。その間、直弥は沙紀らの訓練に参加するようになり、璃久の指導の下で様々なことを学んだ。体術や銃の扱い方はもちろん、礼儀作法、チームワークの重要性、戦闘時の冷静な判断力などを身体で学んだ。
それが功を奏したのか、沙紀ほどではないが充分一人で戦えるまでには成長した。動きは滑らかになり、目線の使い方も自然になっていった。死角を意識し、ナイフの構えはより安定し、足運びも読まれにくくなった。
そして、今直弥は二人のバディとともに初の任務を任せられた。これから訪れる現実の戦いは、模擬戦よりもずっと厳しく、容赦ないものだと理解している。それでも直弥は引かなかった。
直弥は無言のまま、璃久の前で無赦の環をとった。親指と人差し指で輪を作り、残り三本の指は隙間なく伸ばして首に当てる。
親指と人差指は「閉じられた誓約」、つまり敵・味方・個人感情すべてを遮断し、己の命と魔を断つ義務だけを回すという「逃げ道なき契約」を示す。
残る三本の指は五原則の鋼条のうちの3つである「即滅先行」、「感情抑制」、「絶対服従」を意味し、それを人体の急所である首に当てることで、自己制裁と覚悟のメッセージを示すことができる。
これも璃久から学んだ作法だ。「契約の輪に首を差し出し、三条を刻む。」 口先だけより、行動で覚悟を示すほうが何千倍も説得力がある。
直弥のその行動に沙紀も驚きながらに続く。白伊は渋々といった顔つきになりながらも同じくそれに続いた
三者三様の決意の形が、璃久の前で静かに並ぶ。
言葉はいらない。行動がすべてを物語っていた。
「……はっ、準備万端ってか。」
そんな三人の様子を眺めながら、璃久は肩をすくめて苦笑した。呆れとも、諦念ともつかない表情だったが、口元にはかすかに満足げな笑みが浮かんでいる。
「いいだろう。その覚悟、確かに受け取った」
彼の声は、先ほどよりもわずかに柔らかかった。
「だが、勘違いするなよ。これは遊びじゃない。任務は常に、誰かの命が懸かっている。お前たちの命も、だ」
璃久はゆっくりと腰を上げ、教官室の窓越しに遠くを見やった。窓の向こうには、出撃を待つ赤十字に扮した輸送ヘリが並び、冷たい金属の肌を陽光にきらめかせている。
「行ってこい、新兵ども。俺からの命令はひとつ――『生きて帰れ』、だ。」
その背中には、冷徹な現実を背負いながらも、確かに若き者たちへの期待と、教官としての矜持がにじんでいた。
続く…




