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8.ノア様の恋の噂

「いらっしゃいませ」

「あーん、やっと来られた〜!」


 サロン開店の一番目のお客様を出迎えると、常連のメイドさん、リーノさんが開口一番、涙目で言った。


「まだ人手不足なんですか?」

「そうなのよ! 行儀見習いのご令嬢たちと違って、私たちに中々休みが回って来なくて」


 パーテーションで仕切られた区画まで案内しながらリーノさんと会話をする。


 本当は一週間に一回は通って欲しいけど、忙しい人たちが多く、みんな二週間に一回くらいの頻度でやって来る。


 偉い肩書をお持ちの文官様は頻繁にやって来るのだけど。


 ノア様も、『団長に就任したばかりで……』と言って、予約が二週間後になっていた。お忙しいのだろう。


 この国の若い人たちは働き者だ。母曰く、『社畜だわ!』らしい。


 確かに、元気に働くためにもリフレッシュは大切だと思う。


 この場所が、そんな人たちの“癒やしの場”になれば良いな、と常々思っていた。


「でね、」


 この国の現状に思いを馳せていると、リーノさんの話にハッとする。


 いけない、いけない。今はお客様の前だわ。


 心の中で自分に活を入れると、私は目の前のリーノさんの足を拭き取り、桶を下げる。


 数種類の香油をブレンドした身体用のオイルを手元に寄せ、椅子のまま施術を始める。


 立ち仕事のメイドさんたちは足が浮腫んだり、お疲れが出るため、この香油で足を流す施術が人気なのだ。


「それで、何のお話でしたっけ?」


 リーノさんの足に香油を塗り広げながら、私は話を聞いた。


「だから、あの、クールイケメン騎士様がね!」


 メイドさんたちの最近の話題はイケメン騎士様のことだった。なのに、その話題を出されて、今更私の心臓がドキリと跳ねる。


 先日見せた、あの騎士様の笑顔が、エメラルドグリーンの瞳が、脳裏に焼き付いて離れない。


 仕事の時以外、私はノア様のことを考えてばかりだ。早く予約の日にならないかな、とさえ思っている。どうかしている。


「騎士様がどうされたのですか?」


 私は努めて笑顔でリーノさんに聞き返した。


「恋をされているのではないかと噂になっているんです」


 口の横に手を当てて、内緒話をするようにリーノさんが私に前屈みになって言った。


「え?」


 思わず私の手が止まる。


「ね、気になるでしょ?! お相手はどんな方かとご令嬢たちが騒いでいましたもん!」

「へえ〜……」


 止めた手をまた動かし、私はリーノさんの足を手で押し流していく。


「ミリアさん、興味無い?」

「お会いしたことの無い方なので……」


 首を傾げるリーノさんに、私は笑顔を向けて答える。


 ノア様と出会う前から、リーノさんから“イケメン騎士様”の話は聞いていた。私がそのイケメン騎士様の存在を知ったのも、リーノさんからだと彼女は知っている。


 このサロンの顧客情報は秘匿されている。だからこそ、おじいちゃんたちがお客様同士バッティングしないように予約を組んでくれているのだ。


 お偉いさんが多く来るから、というのもあるけど、“自分だけの空間”という特別感は、人気の要因になっている。


 ノア様がここに来たことは、もちろん秘密で。


 だから『お会いしたことが無い』という前の私(・・・)のまま、会話を続ける。


「そもそも、そのイケメン騎士様が恋をした、という話はどこから?」

「何と、出所は騎士団です! あの騎士団長様が、もの思いにふけったり、時折考え事をしてボーッとされたりしていると、騒ぎになっておりました!」


 騎士団に出入りする城勤めのご令嬢やらメイドさんたちの耳に入り、あっという間に噂になったらしい。


 あのノア様が恋?……デスクワークで疲れていらっしゃるだけじゃないかしら?


 現場ばかりだったノア様は、慣れない書類仕事に苦戦されているようだった。


 表情に出さないけど、ちょっとした機微があの一日で感じ取れた私は、書類に囲まれて困るノア様を想像して、くすりと笑った。


「ミリアさん?」

「ああ、ごめんなさい。皆、そういう話がお好きなのかと微笑ましくて」


 ノア様のことを考えて笑っていたなんて言えず、私は慌てて首を傾げるリーノさんに言った。


「うーん、そうですねえ。恋バナは特に、私たちメイドの中では多いですねえ」


 おお、恋バナ。私には縁のない話だあ。


「それに! あの、騎士団長様の噂ですよ?! そりゃー、私たちメイドにはご縁の無い方ですけど、お相手がどこのご令嬢かは気になります!」

「そういうものですか」


 興奮気味に話すリーノさんに、私もクスクスと笑って話す。


 書類仕事に、お城中の皆から注目を集めて、ノア様も大変だ。


 過度な視線(・・・・・)は、疲れる。


 私はそれをよく知っている。


 ノア様、そんな気苦労まで。増々凝りを溜め込んでいないかしら。


「ああ〜、あの騎士団長様に見初められる方って、どんな方でしょう? 羨ましい……」


 リーノさんが盛大な溜め息を吐きながら、目を閉じた。


 私はリーノさんの足を流しながら、笑顔で話を聞いていた。


 ノア様が恋、というのは勘違いだと思うけど、確かに、あの方の目に止まる方ってどんなご令嬢なのかしら?


 そんなことを考えると、胸がツキリと痛んだ。この胸の痛みが何なのかわからない。どうしてノア様にお会いする日が待ち遠しいのかわからない。


 とにかく、私も香油でも嗅いで、精神を落ち着けなければ。もしかしたら疲れているのかも?

 

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