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カンショー!  作者: 安城要
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始まりの男

教科書をカバンに入れながら、七海は窓の外を見た。

最後の授業が始まる頃はまだ青空が覗いていた空模様は一転、絵に描いたような曇天に遠くを走る車はヘッドライトを灯していた。

あ~あ、早く帰りたいなあ・・・

どちらにしろ、今から出たのでは駅までの途中で降り出してはしまうだろうが、それでも憂鬱な空模様だ。

背後から、やあ、と声をかけられて七海は振り返った。

「今から部活?」

同じクラスの、確か三田環奈とか言ったか、が、にっこりと愛想笑いを浮かべて七海を見つめていた。

「あ、うん、そうだけど?」

明らかに頭に???を並べた顔で環奈を見つめた七海に、あ、やっぱ気づいてないか、と彼女は苦笑した。

親指でわずかに反らした胸を指差した環奈が笑いながら言った。

「絵画鑑賞部」

ああ、と七海も苦笑した。

昨日の“新入部員歓迎会”の場に環奈も居たのだろうと気づいたのだ。

七海達は比較的前の方から教壇の方を見ていたから気づかなかったが、美術室に集った面々は、遅れてやってきて、おそらく“変わり者”と白石から紹介された面々であろうコミカルに退場した一団の中に七海が居たことに気付いたに違いない。

「あ、そうか、居たんだ。気付かなかった。ゴメンね」

「っていうか、そんな余裕なかったみたいだしね。あと三人、いや、四人かな、いるよ、うちのクラス。絵画鑑賞部うちだけじゃなくって、隠れ帰宅部ってほかにもいくつもあるみたい」

私立の、近隣では比較的進学校の陵上では、それほど熱心に部活に取り組む者も多くないのかもしれない。体育会系の成績もあまりぱっとしないと聞いている。

「へえ、そうなんだ」

「んで、どうよ」

と言いながら、環奈か七海を肘で突いた。

「面白そう?絵を見るの」

もともとフレンドリーな性格なのか、それとも白石が言うところの「変人だが害はない」と軽く見られているのか、環奈は馴れ馴れしく話しかけてきて七海を再び苦笑させた。

「まだわかんないかな」

「ふ~ん、そっか。じゃあまた様子聞かせてよ」

「気になるんなら今日から来ない?それであんたも晴れて変人の仲間入りだ」

きゃはははと笑ってクラスに残っていた面々を振り向かせてから、環奈は、考えとく、と手を振りながら去って行った。

あ~あ・・・

ついに稲光り始めた空を窓の外に見てからカバンを肩にかけた七海はなんとなく自分を見つめる視線を感じながら教室を出た。

帰りて~~っ・・

絵画鑑賞部うちは基本毎日部活やりますから、と昨日美術準備室の鍵を閉めながら念を押すように言った賢人は、強制はしませんができる限り参加してください、と続けた。

昨日の加納の去り際を思うと気が重い。賢人は、いや、すぐ忘れる人だから、とか軽い調子で言ってはいたが。

美術室や音楽室が並ぶフロアまでの長い階段上がっていると、よう、という声が七海を呼び止めた。

「今から部活か」

「あ、白石・・部長、昨日はありがとうございました」

おう、と言いながら絵画鑑賞部部長の白石が七海に並ぶ。

雲を突くような、と言えば大げさだが、おそらくは体の容量では七海の四倍はありそうな白石と145無い七海が並ぶと、面白いを通り越して滑稽ですらある。まるで同じ生き物に見えない。

「ところでどうだ、加納のところは」

どうも、こうも、むにゃむにゃでございますがな、と言いたいところだ。せめて部室につくまではその名前と顔は忘れていたかったのに。

「まあ、変わった人だとは思います」

「はは、まあ、控え目な表現だな。大変だろ、あいつの子守は。まあ、あいつのことは賢人と夏樹にまかせておけばいいさ」

「あ、そう言えば部長さんは賢人さんと何か関係あるんですか。苗字一緒だし、昨日賢人さん、部長にため口きいてましたよね?」

「従弟だよ。昔よく遊んだ関係であいつの幼馴染の夏樹のことも昔から知ってる」

ああ、そういうことか。

「それと、ぶちょ・・・加納さんとも昔から知り合いって感じたんですけど」

ああ、と白石は七海を見下ろしながらニヤリと笑った。

「あいつとは小中から同じでな。腐れ縁というのか、その半分は同じクラスだった」

「加納さんて、昔からあんなんですか?」

ハハハという声が階段に響き渡った。

「ああいう人間はなろうと思ってなれるわけじゃないからな。小学生のころからずっとあんな感じだよ」

担任教師の苦労が偲ばれる。

「中学生の、二年の時だったな。担任の言った言葉が妙に当てはまるというか、象徴的だったよ。今でも忘れないくらいにな」

「どんなですか?」

再び笑い声が階段に響き渡る。

「また加納の奴が“おっ始め”やがった、てね」

なんて不吉な日本語なんだ。

「まあ、加納のことに限らず、何か困ったことがあれば相談してくれ。これでも一応部長なんでね」

「じゃあ、加納さんと代わってください」

それ無理、とハハハと再び白石の声が階段を上がり切った廊下に響き渡る。

「面白い奴だな、お前。まあ、“それ”以外で何かあれば言ってくれ。三輪も、幸いと言っていいのかあんなことがあったせいでお前の顔と名前覚えたようだし、アイツも頼りにしていい奴だぞ」

人の上に立つ人ってこうあるべきなんでないかい、と加納の顔を思い浮かべながら七海はため息をつきたくなった。

「それで部長さんは今日は何なんですか」

「ああ、こんな天気だからもし美術室に来てる奴がいれば早く帰れって言ってやろうと思ってな。お、さすがに誰もいないな」

それだけの為にわざわざ最上階のここまで来たわけか。どこまで人格者なのか、この人は。

「じゃあ俺は帰るわ。お前も今日は早く切り上げて帰れな」

「ありがとうございます。失礼します」

なんとなくほっこりとした気分で白石の背中を見送ってから、七海は美術準備室まで軽くスキップを踏むようにして歩くと扉を開いた。

「すみません、遅・・・・」

うっ・・・・

「遅かったじゃないか、戸田くん」

照明を消した真っ暗な部屋。

カーテンを開け放った夜のように暗い空に走った稲妻が窓際に立ったまま振り返った加納の横顔を青白く照らした。

数秒遅れて、激しい爆音が窓ガラスを揺らす。

「早く席に付きたまえ」

他の三人は既に席につき、やや俯いた姿勢から七海を見上げていた。

ごくっ、と七海の喉が小さく音を立てた。

「な、何かあった・・・んですか?」

ああ、と陰鬱な声で加納が頷いた。

「事件だ」

じ、事件?

そう、と再びの激しい明滅と雷音を背景に全身で振り返った加納が人差指でゆっくりと眼鏡をずり上げた。

「殺人事件だよ」

ナルホド。

半眼になった七海は重々しく頷いた。

入部二日目にして、早速“おっ始じ”まったらしい。





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