(番外編)続 私は行く!
おや?
先にコーラを仕込んでから早希と並んで美術準備室に向かっていた七海は、少し疲れたように俯きながら階段を下りてきた一人の女生徒に気づいて顔を向けた。
「桜間さん」
と呼びかけると、彼女はゆっくりと顔を上げ、そこではじめて七海達に気づいたのか、ああ、というと、足を止め、こんにちわ、とわずかに頭を下げた。
「どうしたんですか、そんな疲れた顔して」
はい、と桜間はだるそうに頷いた。
「ちょっと時差ボケがひどくって」
時差ボケ?
それは、と早希が瞬きしながら桜間の顔を覗き込んだ。
「どこか、海外に行っておられたんですか?」
はい、と桜間は頷いた。
「ちょっと、フランス」
フランス?
「領ギアナまで」
行ったんかい、南米!
ただ、とそこで桜間は再び俯いた。
「いくら探してもマダム・オッペンハイムスキーという女性を見つけることはできませんでした」
だろうな、初めっからいないんだから。
「“訳あり”の女性ですから、おそらく偽名をつかっていたのでしょうね」
どこまでも前向きなのですな、あなたは。
そこで、仕方ありませんな、と言いながら早希がずいとばかりに進み出た。
「では、私が古代アトランティスの秘密を受け継ぐ者についての極秘情報を教えて進ぜましょう」
もうやめとけよ。
えっ、一瞬で顔を輝かせた桜間は早希を向いた。
「そ、それは確かな情報ですか?」
あい、と早希は頷いた。
「私の叔父さんの従兄の友達の親戚から伝わってきた情報です」
全然信ぴょう性がねえ~。
「ニューカレドニアの首府ニューメアに」
「あくまでもフランスの海外領土にこだわるわけだな、お前」
「ポンポコピーとポンポコナーという大変高齢の双子の女性が住んでいます。その二人を訪ねてください」
そ、それは・・とよろめくように早希に近づいた桜間は瞬きした。
「その方々は、一体?」
はい、と早希は頷いた。
「かつて太平洋のある島に、アトランティスの秘密を密かに受け継いだパイポという小さな部族国家が有りました。彼女達の両親、シューリンガンとグーリンダイはその王朝最後の王夫妻で、王国が終焉を迎える時にアトランティスの秘密を二人の王女に託したのです」
このネタの意味が分かる奴がいたらいやだな~、沙織さんとは友達になれそうだけど、と七海は小さくつぶやいた。
もしポンポコピーに会えたら、と早希は続けた。
「この秘密の合言葉を伝えてください。「ホンジツテンキセイロウナレドナミタカシ」と」
この前の新高山から続けて何だよ、これ?
「そしてポンポコナーにはこうです。「コウコクノコウハイコノイッセンニアリ。カクインイッソウフンキドリョクセヨ」と」
そんな言葉伝えて、ポンポコ婆さんが、よっしゃー頑張るかっ、って立ち上がって腰グキッとかなったら誰が責任取るんだよ。
「二人に正しい合言葉を正しく伝えれば、あなたの前に、古代文明の超技術の扉が開かれることでしょう」
何か、と必死にメモを取りながら桜間が顔をしかめた。
「何か、合言葉が日本語みたいですね」
まさに、と早希は頷いた。
「そう聞こえるのは、パイポの言語と日本語のイントネーションが似ているからかも知れません」
純度100%に日本語だよ。
しかし、とメモを取り終えた手帳を閉じた桜間はわずかに疑わしそうに早希を見た。
「この情報は、本当に信じていいのでしょうか?」
もちろんでございます、と早希は揉み手をした。
「ポンポコピーとポンポコナーという長寿の姉妹の事は、江戸時代には既に日本でも知られていましたから、なあ、サキちゃん?」
まあ、あれはそういうことになるのかなあ・・?
江戸時代!と桜間は目を見開いた。
「そんな時代に?な、ならば二人は人知を超えた長寿ということになりませんか?」
そうなのです、と早希は頷いた。
「生まれたばかりの子供に長生きできる名前を付けてやりたい、とご隠居を訪ねてきた長屋の熊さんに、ご隠居がパイポの国の長寿の王女の話を語って聞かせたというエピソードは江戸の町に住む人々には案外知られた事実でしたので」
なんと!と叫んだ桜間は早くも身を翻さんばかりに早希に背を向けた。
「こうしてはいられません!早速彼女達を訪ねて話を聞かないと、そんな高齢ではいつ死んでしまうかもしれません!」
ニューカレドニアの首府ニューメアでしたね、ありがとう!と叫んだ桜間は、脱兎の如く廊下を駆けると角の向こうに姿を消した。
それを見送って、桜間の姿が完全に消えるのを待ってから腕を組んだ早希はうんうん頷いた。
「いやあ、桜間さんが元気になってよかったよ。いいことをした後は気持ちいいよね。そう思わないかい、サキちゃん?」
黙ってろ。