七つの海に春来たる(前編)
んで、といつものように一つの机に二つの弁当箱を置いて差し向いに突きながら三田環奈が唐突に言った。
「どうなのよ、二人」
「だれだよ、二人って」
「白石先輩と南先輩の関係だよ」
前振りなしで、んで、とか、どうだとか、唐突過ぎるだろ?
「関係?」
環奈は昭和の遺物タコのウィンナーを頬張りながら頷いた。
「あの二人有名じゃん。良家の子女で美男美女、登下校もいつも一緒でさ、我が校の象徴的な理想的カップル、って。毎日会ってるんでしょ、上手く行ってんの?」
そんなことより、と七海は卵焼きを刺したままの箸で環奈の顔を指示した。
「あんた今度会ったら賢人さんに謝っとけよな。部長の件はともかくとして、あんたも失礼すぎるぞ」
わーてるって、と七海から目を逸らせながら環奈が頷いた。
「怒ってた?」
「そんな人じゃないよ、賢人さん。よしんば怒ってたとしても見せる人じゃないし」
「確かに、カッとなってたからってありゃまずかったって思ってる。今度謝るから機会つくってよ」
ほんとだよ?と不満そうに言った後、そうだねえ、と七海はちょっと考えた。
「上手くいっているっていうか」
「いうか?」
「あの二人、そんな関係なの?」
「いや、それをあんたに聞いてるんだよ、わたしゃ」
う~ん、と七海は少し考えた。
「二人見てると、なんかそんな感じじゃないんだけどなあ」
「そこんとこ、も少し詳しく」
あのなあ、と環奈を睨んだ後、七海は小さく、ふむ、と言いながら再び考えこんだ。
「なんていうか、そんな色っぽい雰囲気、漂ってないんだよなあ。仲のいい友達、っていうのとも違うなあ。部室でもあんまり口をきいてないし。まあ幼馴染らしいし、お互いのこと分かり合ってはいて、リラックスはできる相手なんだろうけど」
ほうほう、と嬉しそうに環奈が頷いた。
「その段階まで進んでましたか」
「段階?」
「もう傍にいるのが当たり前、みたいな。なんていうか、後はもうきっかけだけ、って奴」
う~ん、と七海は腕を組んだ。
なんか違うんだよなあ、あの二人の場合・・・
「どうしたの?」
じっと自分を見つめていた七海の視線に気づいたのだろう、夏樹がにっこりと彼女を見た。
「何か困ったことでもあったの?」
あいかわらず気遣いの人だよなあ、と思いながら、いいえ、と七海は目の前の絵を見下ろした。
今日は加納が早く帰ったため、各人引っ張り出してきた美術書を見ながら思い思いに語り合っている、今日はその最中であった。
そう、ならよかった、とニコニコと言った後、夏樹は再び手元の美術書に視線を移した。
ちらっと眼を走らせると、賢人は早希に捕まり何かの絵の解説をさせられている。
やっぱ・・・
七海は心の中で小さくため息をついた。
なんか雰囲気が違うんだよなあ、この二人って・・・
いわゆる、“そういう”雰囲気を全く感じないのだが。
廊下側の扉がノックされ、全員が振り向いた先で扉が薄く開いた。
あ、と声をあげた夏樹が笑顔になると手を振る。
クラスメイトかだれかだろうか、夏樹の姿を見つけて安心したのだろう眼鏡姿のその女生徒は更に扉を開きながら夏樹に手を振り返し、その後、美術準備室の中を見回した。
「サキって呼ばれている一年生の子、いる?」
はい、と早希と七海が同時に手を挙げ、彼女は驚いたように二人を見た。
「あ、同じ名前の子が二人いたんだ」
いえいえ、と二人は同時に顔の前で手を振った。
「私がちっちゃいチイちゃんこと、米倉早希でございます」
「そして私が先っちょサキちゃんこと、戸田七海でございます」
相変わらずややこしいことしてるなあ絵画鑑賞部は、ニックネームくらい考えてつけろよ、と呟きながら彼女が嘆息する。
二人の顔を見比べた彼女は、わずかに確信を込めて頷いた。
「じゃああんたかな。サキって“呼ばれてる子”って言ってたし」
「あ、そうか。チイちゃんて、クラスでもチイちゃんて呼ばれてるもんね」
「そういや、学校では私んこと名前で呼ぶ子いないね」
「じゃあ私でいいのかな。何か御用ですか?」
少し警戒しながら聞いた七海に、彼女は親指で背後の廊下を、あごをしゃくって隣の美術室を指し示した。
「あんた訪ねて来た子がいるのよ。絵画鑑賞部の常連メンバーじゃ思いつかなかったから、もしかして絵画鑑賞部かなって」
へ?
首を伸ばすが、その位置からは誰かわからない。
ありがとうございます、と不思議そうに自分を見つめている絵画鑑賞部の面々を当惑の目で見まわしてから、七海は開いてる扉から廊下に出ようとした。
(頑張れ!)
すれ違う時にわずかに笑いを含んで囁いた彼女に、へ?と瞬きした七海は、少し余分に扉を開きながら廊下に出たとたん目に入ってきた見知らぬその人物に当惑しながら再び激しく瞬きした。
首を伸ばした早希が開いた扉に廊下の人影を見て、あれ、と小さく声上げた。
「あれ、加藤くんじゃん」
「おや、お知合いですか?」
「いや、お知合いってほどのもんじゃないけど、同じクラスの子」
ほう、と面白そうに言いながら、少し歩いて廊下の見える位置まで移動した賢人は、楽しそうに頬をゆがめた。
「これは・・・もしかしてサキちゃんにも春の気配ですかねえ」
「部活中いきなり呼び出して悪かったな」
そう言った相手の顔をしばらく呆然と見つめた七海は顔が熱くなるのを感じながら視線を逸らせた。
身長は賢人よりも少し低いくらいか。肌は白いが生白さはない。わずかにつり上がった目や中肉中背の体つきも精悍ささえ感じさせる。
口調はぶっきらぼうであったが、乱暴でも不快ではもなかった。
おそらく十人に問えば十人ともが、嫌な感じの奴ではないな、と思うような、なかなかの雰囲気を持った男であった。
「ううん、べつに・・・」
「俺、A組の加藤、加藤圭介」
わずかに問うように首を傾けた加藤の意図を察した七海は申し訳なさそうに首を振った。
「加藤くん、なんだ、名前。ごめんね、この時期だし、まだクラスのみんなの名前と顔も怪しいくらなの」
「ああ、そうだよな」
でも、と加藤は真っ直ぐに七海を見ながら確信を持った口調で言った。
「俺は、入学式の日からお前のことは知ってた。それから、ずっと見てた」
あ・・・
ドクン、、と鳴った心臓の音を、七海は確かに聞いたような気がして、再び加藤の横顔から目を逸らせた。
なんとなく気恥ずかしく直視できなかった。
「俺、うじうじしたのとか嫌いだし、はっきり言おうと思ってさ。俺、ずっとお前の〇〇(「こと」でない平仮名2文字)だけを見てた」
う、うん・・・・?
はあ?!
「別につきあってくれ、とか言うんじゃないんだ。ただ、俺の正直な気持ちを伝えたいだけなんだ。俺、お前の〇〇(「こと」でない平仮名2文字)が好きだ。これだけはどうしても言いたかったんだ」
ふんんんんっっ!!!
おわっぷ・・・・