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カンショー!  作者: 安城要
172/238

同士諸君!

昼休み。

三田環奈と差し向いに弁当を食べていた七海は、突然教室に飛び込んできた早希の呼ぶ声に振り返った。

「昨日、えれえもん見ちゃったよっ!」

まあ待て、と興奮する早希を制し、ゆっくりと弁当を食べ終えた七海は、早希に廊下の隅に連れ出されると、んで、と言った。

「どした?」

実は、と辺りをはばかる声音で、早希は顔を寄せた。

「昨日なんとなく散歩してたら」

「いい若者が、せっかくの日曜日なんだからもっと有意義なことをしたらどうだ?」

「一日ごろごろしたただろう貴様に言われたくない」

「ごろころじゃない。他人には一見ダラダラしているようにみえるが、実はその時私は休養と哲学的思索のダブルワークに大忙しだったのだよ」

「でも、ごろごろだよな?」

「体だけはな」

「じゃあ、どんな哲学的思索をしてたんだよ」

「例えば、ポケットを叩けば肉まんが二つに増えないか、とかだ」

入んねえだろ肉まんポケットに、と呟いた後、早希は腕時計に目を走らせると、慌てたようにそれどころじゃない、と七海に顔を寄せた。

「実は昨日、ちょっと気合を入れて歩いてみるかと早起きして森林公園まで行ってみたんだよ」

ほう、と七海は頷いた。

この辺りに森林公園の名前で呼ばれているのは一つしかないが、そこは早希の家とは駅違いであった。確かに気合を入れたに違いない。

「そこでとんでもないもの見ちゃったんだよ」

まさか!と七海はわずかに身構えた。

「お〇んの食べていた大根飯が、実はブランド大根を使っていてグラム当たり米より高かったとか?」

ちげよ、なんだよその昭和テイスト満載のボケは、と嘆息した早希は、いや、そうじゃなくって、と首を振る。

「前を、沙織さんが歩いてたんだよ」

なんだ、と七海は肩をすくめた。

森林公園は、確か沙織の家の近くのはずだった。

「沙織さんがいたからどうだってんだ?」

いやさ、と早希が手を振ると、更に顔を寄せて声を落とした。

「声をかけようとしたら、その前に向こうから歩いてきた老夫婦が先に沙織さんに声をかけたんだよ」

「まあ、近所だから、知り合いくらいいるだろ?」

いやいや、と早希が再び首を振る。

「その時、こう呼びかけたんだよ。おはようございます、同志どうし君島、と」

は?

「そしたら沙織さんの方も、おはようございます、同志田中、とかなんとか返したんだよ」

は?

「とっさに隠れて盗み聞いてたんだが、その後は三人が近づいて声が小さくなったから聞き取れなかった。あんまり近づいて見つかるとヤバいしな。ただ、何か談笑している雰囲気ではあったが」

そのヤバいってのは、見つかったらどうなるという想定なんだ?

心の中でそう突っ込んだ後、七海は、ふむ、と顎に手をやった。

「その夫婦、沙織さんとどういう関係なんだ?その“同志”っていうのは何の“同志”なんだ?」

「それがわかんないから相談してるんじゃないか。相手の二人、身なりもきちんとした上品そうな夫婦で、普通のサラリーマンの老後、っていうのよりももうちょっと上等な感じだったぞ。金持ちの余裕というか、そんなのを感じた。とてもじゃないが、沙織さんのおちゃらけ仲間って感じじゃなかったぞ?」

そもそもからして、と早希は続けた。

「沙織さんと桜間さんが“同志”ってのも変じゃないか?桜間さんは陰謀ハンターという立場だし、沙織さんはどっちかって言うと陰謀を企んでる側だ」

うううむ、と腕を組んで考え込んだ七海は、そこで、おおっ、と言いながら手を打った。

「それを確かめるいい方法がある」

おお、と早希も頷いた。

「そんな方法があるのか?」

「うむ、ストレートかつ確実な方法がある」

それは頼もしい、と言って頷いた後、早希は七海の肩に手を置いた。

「では頼んだぞ、同志戸田」

「うむ、まかせろ同志米倉」



放課後。

早希と待ち合わせて一緒に美術準備室ぶしつに入った七海は、沙織の姿を見つけると、沙織さん、と呼びかけながら近づいた。

振り向いた沙織の前に立ってその顔を見上げた七海は、こんにちわ、と言った後沙織に頷きかけた。

「一つ聞きたいんですけど、この前桜間さんのこと“同志”と呼んでたの、なんの同士なんすか?」

確かにストレートな方法だよな、確実かは微妙だが、と早希が半眼になって七海を見つめる。

じっと七海を見つめ返した後、沙織は頷くと事も無げに言った。

「彼女とは学外のサークルの知り合いです」

は?

それは、とここまでのやり取りを聞いていた賢人が不思議そうな声をあげた。

「それはどういうサークルなんですか?あ、突然割り込んですみませんね」

いいよ、別に。私も同じこと聞く気だったんだから。

はい、と沙織は無表情に賢人を向いた。

「ロス・プリモス研究会です」

え?と賢人は不思議そうな声をあげた。

「ロス・アラモスって、原爆の研究施設があったところじゃなかったでしたっけ?確か世界最初の原爆が作られたとか?」

まじか!なんでそんなもん研究してんだ?いや、それが沙織さんだから余計に怖いわ。

いえ、と沙織は首を振った。

「ロス・アラモスではなく、ロス・プリモスです」

はい?

ちなみに、と早希がおずおずと声をかけた。

「そのロス・プリモスとは何なんでしょうか?」

「ムードミュージックを歌うグループの名前ですが」

は?

ちなみに、と何故かどこか怯えたように、早希が沙織の顔を見た。

「そんなものを研究して、どうなると?」

例えばです、と沙織がぐるりと一同を見た後頷いた。

「ロス・プリモスの歌について研究すると、オランダのアムステルダムという都市が、アムステル川にダムを作ることによってできた街だとわかるのです」

は?

それと、と沙織は指を折った。

「岐阜県に下呂市という町がありますが、実は上呂と中呂もあるということも、ロス・プリモスの歌について研究すればわかるのです」

は?

そうなのです、と言いながら美術準備室の戸口が陰ると桜間が姿を現した。

「もちろん、愛知県豊橋市に実際に豊橋という橋が有ることや、高円寺の駅から徒歩6分のところに本当に高円寺という寺が有ることもわかります」

何が“もちろん”なのかの方がわからん。

それは、と賢人が首を捻った。

「具体的にはどのような研究を?」

例えばですね、と沙織が賢人を向いた。

「ロス・プリモスの歌から、青森県八戸市はちのへし周辺には一戸いちのへから九戸くのへまでがあることがわかるのですが、何故か四戸しのへだけがないのです。これは何故か、四は死に通じるというから避けたのか、などについて、歌声喫茶うたごえきっさなどに集って実際に歌を歌いながら考察し、熱い議論を交わすのです」

いろいろ突っ込みたいことは山ほどあるが、それ以上にその歌声喫茶ってのが一番気になる。

なるほど、と賢人が頷いた。

「活動については良く分かったというか、全然わからないというか・・・ともかくそういうお知り合いということは理解しました。では、その集まりの方々が互いのことを、同志、と呼び合っているのは?」

はい、と沙織が全身で賢人を向き直りながら頷いた。

「ロス・プリモスが2010年に活動を停止してから早や14年、離脱組や高齢会員が参加不能になる中で会員数は激減しております」

むしろ、激減するほどの会員が元々居たことの方が驚きだ。

「やはり高齢の方が多いんでしょうね、そういう会」

賢人の言葉に、沙織は頷いた。

「はい。雑談になると平成の話題を飛び越えて昭和の話ばかりになります」

そして、と沙織は続けた。

「そのため、仲間同士の結束を高めるため、同じこころざしを持つもの同士ということで、同志と呼ぼうではないかということになったのです」

ちなみに、と七海は半眼になって沙織を見た。

「そのアイデアを出したのは沙織さんですね?」

もちろんです、と沙織は頷いた。

「こんな素敵なアイデアを思いつくのが、ナウなヤングの私以外誰がいるというのですか?」

「沙織さんの時代劇好きや時々覗かせる昭和テイストがどういう交友関係から来るものかがわかりました」

「じゃあ、お前の昭和テイストはどこから来るんだよ?」

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