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カンショー!  作者: 安城要
162/238

一同に集う(前編)

七海さん、早希さん、と三人だけの部室で沙織が二人を呼んだ。

それまで、なんとなくばらばらに本なんかを眺めていた七海と早希が顔を上げる。

「何ですか?」

「あなた達に確認したいことが有ります」

「なんですか、改まって?」

はい、と沙織は頷いた。

「あなた達は先輩を尊敬していますか?」

じっと、しばらく沙織の顔をじっと見つめた後、頷き合った二人は沙織を向き直った。

「ストレートな質問ありがとうございます」

「その問いにストレートに返させていただくならば、しておりません」

ほう、と沙織は目を細めた。

「正直はいいですが、私に対してはなかなか命知らずな返答ですね、それは」

「はい、私は今まで命という物体を見たことはないので、命については詳しく承知はしておりませんので」

「もちろん、食べたことも」

なるほど、と頷いた沙織は無表情に再び口を開いた。

「では重ねて問います。何故、先輩を尊敬できないのでしょうか?」

はい、と早希は頷いた。

「口語訳で説明してもいいでしょうか?」

「ご随意に」

では、と早希は小さく咳払いした。

「どうして尊敬できようか、いいやできようはずがない」

「確かに、ザ・口語訳、みたいな一文ですが、説明になっていません」

では、とハイと七海が手を挙げた。

「では私が修辞法を用いて説明を」

沙織の視線が向くと、七海は指を折った。

「まず、部長はいい人ですが変人です」

「それのどこが修辞法だ?それと、変人ですがいい人です、と、いい人ですが変人です、じゃ全然意味が変わってくるぞ」

チイちゃんは黙ってて、と言った後、七海は再び指を折った。

「そして、副部長はいい人ですが真面目一方の面白味の無い人です」

それは、と戸口で声が響いた。

「ぼくのことでしょうか?」

開いたままの扉からため息をつきそうな顔で美術準備室に入ってきた賢人を見た途端、七海はしたり顔で首を振った。

「いいえ、三輪さんのことです」

「嘘おっしゃい。あの人はある意味無茶苦茶面白い人でしょうが。くどいようですがある意味で」

賢人さんが三輪さんのことをそういう目で見ていたことはわかりました、と無表情に頷いた七海は再び指を折った。

「夏樹さんは、尊敬するのしないの概念ではなく、ただただ、いい人、という認識です」

「何か、聞いているとここまで全員についてきた“いい人”という言葉がすごく便利に使われているな、と感じます」

ため息をついた賢人に、気のせいです、と静かにとぼけた後、更に指を折る。

「桜間さんは、悪い人ではないですがあの陰謀論への固執が尊敬できません」

「“いい人ですが”が付かないところに、あなたが彼女のことをどう思っているかがすごく伝わってきます」

気のせいです、と沙織の方を向いたまま再び賢人に返した七海は沙織に頷きかけた。

「以上、証明終わりキュー・イー・ディー

悪口を言っただけで何も証明しておりませんが、と相変わらずの無表情で言った後、沙織は首を傾けた。

「私のことは?」

はい、と沙織を見つめたまま七海は重々しく頷いた。

「本人を目の前にしてそれを言うことは支障さわりがありますので」

「つまり口にするには支障のあること私に対して思っていると?」

「それに答えてしまうと言っているの同じになってしまうので」

もう言っているのと同じですよ、とため息をついた賢人は、まったく、とため息をついた。

「少しはラファエロを見習って欲しいもんですね」

ラファエロ?と早希が賢人の顔を覗き込んだ。

「ラファエロって、ルネッサンスのラファエロ・サンティのことですか」

はい、と言いながら奥の物置に入った賢人は、タブレットパソコンを持って戻ってきた。

「彼は同じルネッサンス期の先輩であるレオナルドやミケランジェロを大変尊敬しており、彼らを古代の偉人にした絵も描いているのですよ」

ほう、と七海は頷いた。

「確かに、あの人の絵のマリアさんとか、美人な上にすごく優しそうな顔してますもんね。まるで描いた人の温厚な人柄が伝わってくるみたいに」

騙されるな、と早希が七海の肩に手を置いた。

「そういう外見穏やかな優等生が、案外腹の中は真っ黒だったりするんだぞ、アニメとかでは」

タブレットをスクリーンに繋ぎながら、どこまで歪んでるんですか、あなた方は、と賢人が嘆息する。

ほら、と電源を入れたスクリーンを指し示しながら賢人がタブレットを操作した、

「これがラファエロ・サンティの『アテナイの学堂』ですよ」



ほう、と言いながら七海はその絵をじっくりと眺めた。

「随分と沢山の人がいますね。何しているんですかね、この人達?」

「何をしている、というか、まあシュチュエーションとしては大学のような所に当時一級の哲学者や研究者が集まったところ、という感じでしょうか。ギリシヤ時代の哲学者等を一同に集めた集団肖像画のような絵ですね。研究者に言わせれば、ギリシャの著名な学者のほとんどが網羅して描かれていることになるそうですが」

ほう。

「ただ、実際のところ、どの絵が誰を描いたものか、全員はわからないらしいのです。ラファエロはちゃんとそれがわかるようにそれぞれの人物に仕掛けをしているはずなのですが・・・ほら、例えば中央向かって左側の立派なひげの人物なら、プラトンの著書『ティマイオス』を持っているからプラトンだとわかる、という風に」

ほう・・・なるほど!

「ただ、その答を書いた記録が残っていないため、そうやってわかる人もいるのですが、全員がだれかはわからないらしいのです」

ハイ、と早希が手を挙げた。

「私、わかっちゃったかも」

え、と賢人と七海はわずかに目を見開いて早希を見つめた。

「この人達が全員誰か、チイちゃんわかるんですか?」

そんなことあるかい、と呟くように言った後、いや、と早希は小さく手を振った。

「いや、そうじゃなくって。今のじい様、レオナルドくんじゃないか、って」

は?

じっとその人物を見た後、七海はやれやれと首を振った。

「なに馬鹿なこと言ってるんだよ、このじい様はプラトンだってさっき賢人さんが言ったろ?」

いえ、と笑いながら賢人が七海を見た。

「残念ながら、今回はチイちゃんが正解です。ほらさっきぼくが言いましたよね。この絵はラファエロが尊敬する先輩を古代の偉人に擬して描いた絵だって」

不思議そうに瞬きして賢人見た後、七海は再びスクリーンに目を向け、件の老人をじっと見つめた。

そして、おおうっ、と頷く。

「なるほど!よく見てみればこれって有名なレオナルドくんの自画像じゃん。左右逆になっているからわからなかった」

そうなんですよ、と賢人も嬉しそうに頷く。

では、とそこで沙織が口を挟んだ。

「ミケランジェロもどこかにいるわけですね」

はい、と賢人が頷くと、他の三人はじっとスクリーンを見つめた。

しかし、すぐに早希が首を振る。

「わかんないね」

そだね、と七海も頷いた。

「そもそもからして、ミケランジェロの自画像って見たことないや」

「あるだろ?『最後の審判』で皮だけの抜け殻みたいになった奴」

そんなんでわかるか。

ヒントを言っちゃうと、と賢人が楽しそうに言った。

「ヘラクレイトスがミケランジェロです」

わかるか、そんなヒントで。

しばらく、顔をしかめてスクリーンを凝視している三人を楽しそうに眺めた後、答言っちゃいますね、と賢人が中央手前で頬杖をついた男性を指差した。

「これがミケランジェロですよ」

その男をじっと見つめた七海は、賢人を向いた。

「なんか、全然やる気無さそうですね、こいつ」

「実際そうだったらしいぞ」

と早希が頷いた。

「ミケランジェロくん、本当は彫刻の方をやりたかったらしいのに、バチカンとかからの断り難い絵の依頼が来て、嫌々描いていたらしい」

それはお気の毒。

そして、と賢人が絵の向かって右端の方を指差した。

「このカメラ目線の若者がラファエロですよ」

「この手の人が沢山描かれているごちゃごちゃした絵にはよく出てくるよな、作者」

そういえば、と早希が賢人を見た。

「ボッティチェリの誕生日の絵もこの絵みたいな感じじゃなかったでしたっけ?」

ボッティチェリ?と三人が瞬きしながら早希を見る。

「なんですか、その誕生日の絵って?」

「ほら、なんか3人ほどお祝いに来てくれる奴です」

3人?と賢人が更に怪訝な顔をする。

「誕生日のパーティに来てくれた人数にしては微妙な数ですね」

「いや、少ないでしょ、今日日きょうび、小学生のパーティだってもっと来ますよ?それともお年寄りの誕生パーティなんですかね。高齢で友達が少しずつ死んでいって「おれ達もとうとうこれだけになっちまったか」「ああ、来年はこの中の誰がいないかな」とか言いながらもそもそとケーキを食うとか」

「嫌過ぎるでしょ、そんな誕生日のパーティー」

いや、そういうんじゃなくって、と早希が手を振る。

「イエスくんの誕生日の奴ですよ」

イエスさんの誕生日?と3人が頓狂な声をあげ、やがて賢人が、ああ、あれですか、と笑った。

そしてすぐに1枚の絵をスクリーンに映し出す。

「これ、『東方三賢者の礼拝』のことですね」

それです、と一つ手を打った早希がスクリーンを指差す。

ほう、と七海も頷きながらスクリーンを見つめた。

「以前に見た奴ですね、これ」

「はい。確かにこれもボッティチェリが生きていた時代のメディチ家の人々を、キリスト誕生のお祝いに駆け付けた人々に擬して描かれた絵ですね。それに作者ボッティチェリだとされる人物の立っている場所もラファエロの立っているのと同じ辺りですね」

これは、と沙織も頷いた。

「なかなか面白いですね、こういうのも」

そうですね、と頷きながら七海は沙織を見た。

「私も、肖像画とかよりも、こうやって描き込まれた絵を見ながら読み解いていく感じの方が好きですね」

実はぼくもです、と笑いながら賢人がラファエロの絵に戻す。

「他に誰かわかっている人にはどんな人がいますか、賢人くん」

そうですね、と言いながら賢人がスクリーンを見つめた後、ラファエロの左隣の男性を指差した。

「これはルネサンス期の詩人ピエトロ・ベンボの可能性があるとされています。ラファエロの自身もベンボの若い頃の肖像画描いていますが、『アテナイの学堂』での姿はティツィアーノが1530年代に描いた肖像画の姿に似ていますね」

「ベンボさんは誰の役をやってるんですかね?」

「役って・・・ゾロアスターかもう一人誰かだったと思います。特定には至っていないようですね」

他にも、と賢人は絵の前方やや左の立ち姿で観覧者の方を向いた白い服の女性を指差した。

「これは東ローマ時代の数学者にして哲学者、ヒュパティアとされています。このモデルとなったのはラファエロの愛人という説があります」

ほらあ、と七海が顔をしかめる。

「またそんなことする。これ、単にモデルっていうだけでなく、実在の人物を古代の偉人になぞらえて描いてるんでしょ。なんでてめえの愛人が偉人なんだよ」

実は他にも、と言いながら賢人はタブレットを操作した。

「これはラファエロの愛人ではなく、フランチェスコ・マリーア1世・デッラ・ローヴェレだという説も有ります。ほら、この人です」

なんでこんないかつい髭のおっさんがこうなるんだよ、おかしいだろ。

この、と、早希が賢人が元に戻した『アテナイの学堂』の中央下付近の階段に横座りになった青い服の男を指差した。

「この人、頭蓋骨が割れるほどの大けがをしてるのに、それでも崩れ倒れそうになる死の瞬間まで勉強を止めなかったのがすげえ、ってことで偉人に選ばれたんですかね。薪を背負って勉強した二宮金次郎的な?」

「それは単に絵のひびです。確かに絶妙の位置にひびが入ってはいますが」

さっきの、と沙織が絵の一点を指差す。

「ラファエロの愛人の前の小さな黒板を持った若者、U字磁石で砂鉄を集める様子を説明してるんですかね?」

「絶対違うと思います」

それを見ながら七海も頷いた。

「それを覗き込んでいる変な帽子の髭のおっさん、感心した顔ですげーガン見してますけど、鉱山とかない鉄の取れない国から来たんですかね?」

「だから違うと言ってるでしょ?」

「その前のおっさんも思いっきりカンニングしてますね」

「それも違うと思います」

この、と早希が一番左の、服をなびかせた半裸の若者を指差した。

「この人、禁書の部屋から禁断の巻物と破滅の書とか盗んで逃げてきたんじゃないですかね?」

「違います。それとそんなことを言っていると桜間さんが来ますよ」

「呼びましたか?」

すっと戸口が陰ると、顔半分を覗かせた桜間がふっふっふっ、と笑った。

「古代ギリシャの知の殿堂の話をしているな、と様子をうかがっていたら、とうとう禁断の巻物と破滅の書の話題が出ましたか」

ほらあ、と賢人が顔をしかめ、七海も片手で額を押さえてため息をついた。

さあ!と言いながら全身を現した桜間は戸口に仁王立ちになった。

「さあっ、その巻物と本を隠した場所はどこですかっ、この絵のどこにその隠し場所のヒントが隠されているのです?」

「いや、今のはチイちゃんのただのボケで」

突然早希が、わかりました、と重々しく頷き、途中で言葉を止めた賢人が驚いたように早希を見た。

桜間を向き直った早希は、真摯な顔で重々しく頷きかけた。

「桜間さんのその熱意にほだされました。禁書の所在、教えて差し上げます」

は?

風雲急の物語は後編へ続く!






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