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カンショー!  作者: 安城要
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殺(や)れ!

これはまた、と部室に入った途端声を上げた七海に、スクリーンに映した絵を見つめていた夏樹が振り返るとにっこりと笑った。

「こんにちわ、サキちゃん」

こんにちわ、とカバンを机の上に置いた七海は夏樹の隣に並んだ。

「しかしこれは・・なんとも夏樹さんに似つかわしくない荒々しい絵ですね?」

そうかしら、とどこか不審そうに七海を見てから夏樹は頷いた。

「これはジャン=レオン・ジェロームの『指し降ろされた親指』よ」



ジェローム?といぶかしそうに顔をしかめた七海は、はて、と首を捻った。

「はて、ずっと以前にどこかで聞いたような?」

ずっと以前て、と半眼になった賢人が部室に入ってきた。

「昨日見たでしょ?あの井戸の絵がジェロームですよ」

おおっ、と叫ぶように言いながら七海は手を打った。

「そんな昔のことはすっかり忘れていました」

ちなみに、と賢人が七海を見た。

「今夜の予定は?」

「そんな先のことはわかりません」

『カサブランカ』ね、と薄笑いを浮かべた夏樹に、この反応速度の良さを絵に集中してもらいたいものです、と賢人が嘆息する。

んで、と七海が頷いた。

「これはどういう状況なんですかね?」

「見てわかりませんか」

わかりません、と七海は頷いた。

「もしかしてiPhone 17を買うために店の前に並んでいた転売ヤーグループ同士の争いですかね?」

これくらいやりそうですね、彼らなら、と賢人は嘆息した。

『指し降ろされた親指』とはつまり、と七海は続けた。

「親指で地面を差しながら、てめえら、ここはおれらハッピーキャロットchanの縄張りだぞ、何でけえ面して並んでんだよ、と言ったことに由来します」

「ハッピーキャロットchanですか」

さいです、と七海は賢人に向かって重々しく頷いてみせた。

「かわいい名前でえげつないことをするところが彼らの恐ろしいところなのです」

では、と賢人が七海を見た。

「彼らが最新スマホの転売ヤーだとして、この大観衆は?」

はい、と七海は再び頷いた。

「これは、たとえ万人に転売行為を非難されようが、彼らは全く意に介さず行いを改めることはないであろう、ということを示す叙述的表現なのです」

そういうひねくれた解釈をひねり出す能力を良い方に使えないんですか、と聞いた賢人に、使えません、と七海がわずかに胸を張ったところで、諸君、久しぶり、とにこやかな声が言った。

「部長!」

「お久しぶりです」

うむ、うむ、と言いながら美術準備室ぶしつに入ってきた加納はいつもの所定席、今は沙織の所定席でもある椅子に座った。

「こんなことを聞くのはなんですが、今日はどうされたんですか?」

賢人の言葉に、そうだよな、と七海も半眼になった。

いやなに、と加納がお気楽な調子で手を振る。

「先程、沙織が下駄箱のところにいるのを見たものでな」

「もう、沙織さんを避けていることを隠そうともしないんですね?」

うむ、と顔をしかめた加納が腕を組んだ。

「ただ諸君らも、あいつとの短い付き合いの中で、そろそろ私が奴を避けると理由がわかってきたのではないかね」

いえ、と七海は手を振った。

「私やチイちゃんは意外と波長が合うもので。それに沙織さんは悪人ですが悪い人ではありませんよ?」

どっちなんですか、とため息をついた賢人は、すぐに笑顔になると、けれど良いところに来られました、とスクリーンを指し示した。

「今、この絵を見始めたばかりなんですよ」

うむ、と立ち上がった加納がスクリーンに歩み寄った。

「ジェロームの絵だな」

さすがです、と頷いた後、どうですさすがでしょ、とでもいうかのように賢人が七海にちらっと視線を走らせた。

部長は、と七海は軽く歩みを進めて加納の隣に並んだ。

「部長は、この画家の絵、詳しいんですか?」

詳しいというほどでもないが、と加納は首を振った。

「ペルシャ絨毯を売る商人の絵がなかなか壮大で美しくてな、以前に少し好んで見た時期がある」

では、と賢人が進み出た。

「この絵についてサキちゃんに解説をお世話になってもいいですか」

うむ、と加納は満足そうに頷いた。

「では、戸田くん、この絵はどういう状況だと思うかね?」

どうかも何も、と七海は首を振った。

「どう見たって、ローマの剣闘士ですよね?」

部長の前だとiPhoneは出てこないんですね、と賢人が嘆息する。

「んでもって、相手の大将を倒したところで勝った方が、さあ、ここからどうする?って感じに観客にアピールをしたところに、興奮した観客が殺せと合図サムズ・ダウンしながら叫んでいるところです」

やればできるんじゃないですか、と呟くように言いながら賢人が嘆息する。

うむ、うむ、と加納が満足そうに頷きながら聞き終えた後、賢人を向いた。

「なんだね、やはり白石くんの教導がすばらしいのか、戸田くんも大分わかるようになってきたじゃないか」

「いえ、部長が来られるまではiPhone争奪戦が繰り広げられていたのですが」

つぶやくように言った賢人に、何か言ったかね、と加納がいぶかしそうにその顔を覗き込み、なんでもありません、とため息をつきそうな顔で賢人が首を振る。

んでもって、と七海が続けた。

「興奮して叫びまくってるのは向かって左翼の連中で、右翼の連中は、あいつら何興奮しているんだ?とどこか冷めた表情で彼らを覗き込んでいます」

「そのようだな」

そうなのです、と七海は無表情に頷いた。

「左翼の連中なんてそんなもんです。内ゲバやなんやら、とにかく誰かを責め、糾弾し、文句を垂れ、血を見たいだけなのです」

「何か違う左翼が混じっていませんか?」

いいえ、と七海は諦念的に首を振った。

「いえ、なべて左翼とはそういうものなのです」

凄まじい偏見だな、とつぶやいた加納が改めてスクリーンを見つめる。

「まあしかし、概ね戸田くんが言ったとおりだ」

では、と加納が七海に頷きかけた。

「では、もう少し深く見ていこうか。これはローマ時代、コロッセオでの闘技のクライマックスだな。しかし、何故ローマではこのような残虐な見世物が盛んにおこなわれたかだが」

そりゃあ、と七海は軽く肩をすくめた。

「人はパンのみにて生きるにあらず、でしょ?皇帝たるもの、生きていくのにミニマムなものだけ与えていたのでは大衆の支持を得ることはできませんから」

何故こういうのがぼくとの会話で出ないですかね、と賢人が嘆息する。

そう、人はパンのみにて生きるにあらず、と言った後七海は瞑目して頷いた。

「水も飲まないと」

は?

なんでも、と七海は続けた。

「かつては1日1リットル以上の水が無いと物も食べてはいけないと言われていたのですが、ドクトル・コン・ティキことトール・ヘイエルダールがコン・ティキ号で」

「あなたはやっぱりぼくが知っているサキちゃんですよ」

おしい、と言いながら加納が指を鳴らした。

「確かに戸田くんが言っていることも真理ではあるが、この絵では」

「部長、騙されないでください。彼女はぼくたちをおちょくっているだけです」

古代のローマでは、と賢人の声が聞こえていないのか、それとももう自分の世界に入ってしまっているのか、加納が続けた。

「確かに見世物としての闘技が行われていたのだが、それは時代と共に変化している。当初は奴隷と動物を戦わせるというショーが主体であったらしい」

ほう。

「時には、処刑という意味で人間対猛獣の戦いをやらせたりもしていた。例えばこれだな」

タブレットを手に取った加納はその画面とスクリーンを見比べながら操作し、一枚の絵をスクリーンに映し出した。

「これは同じくジェロームの『キリスト教徒最後の祈り』だ」

とたんに七海は、ああ、と頷いた。

「これは、なんというか、すごくわかりやすいですね。題名の“最後の祈り”っていうのが、状況を如実に表しているというか」

うむ、とスクリーンを見ながら加納も小さく何度も頷く。

「これなんぞは、もう全く闘技の体を成していない疑いようもなく処刑だな」

「ですよね。ローマの人々はこんなもん喜んで見てたんですかね」

さあな、と言いながら加納は首を振った。

「闘技と言っても午前、午後にわかれ様々なパートに分かれていたいたらしいからな。闘技士にも様々な種類があったらしいし」

「あ、そうなんですか。そういえば、こういうのに出場する剣闘士って一体どういう人なんですかね。だれか戦いたい人いないっすかあ、みたいに募集するんですかね?」

いや、と加納が首を振った。

「もともとは奴隷同士を戦わせていたものが、それを勝ち抜いて自由市民となった元闘士なんかが養成所を運営し、剣闘士を育てて出場させたらしい」

「あ、そういうんすか。なんかプロレスの興行みたいっすね」

「うむ。ただ、ローマの自由市民がそんな命懸けの戦いを強いられる剣闘士なんぞになるわけがなく、多くは奴隷だったらしいがな。もし勝ち抜いてスター選手になれば晴れて自由市民になれるチャンスもあったらしいが、剣闘士自体が娼婦並みに卑しい仕事とみなされ、いくら自由市民となれてもその社会的地位は低かったと言うがな」

その養成所の中で、と加納が続けた。

「例えば養成所の訓練についていけなかったものは、闘獣士と呼ばれる闘士にされ、午前の部の前座試合で槍で猛獣と戦うような試合に出さされたらしいが、まあ、獣との戦いなどは勝って当然であまり名誉ある戦いではなかったようだ」

ほう、この人結構詳しいな。

「午前の部ではその他にも、罪人に武器を持たせて剣闘士と戦わせる、まあ公開処刑に近いこともやったらしいな」

ああ、と顔をしかめながら七海が頷いた。

「脱落組が出るくらいのガチな訓練した剣闘士に、いくら凶悪でも罪人が敵うわけないっすよね。いきなりリングにあげられて190センチ120キロのプロレスラーと命懸けの試合をしろって言われるようなもんで」

きみはえぐい表現をするな、と顔をしかめた後加納は頷いた。

「他にも網闘士と言って、漁師が使う網と三つ又の鉾で戦うのとかもあったが、これはこんな戦い方もありますよ、というパフォーマンスも含めた試合だったようだな。このジェロームの絵はおそらく最後のメインの戦いだろう。一言で剣闘士と言っても様々な種類があり、これは時代と共に変遷しているのだよ」

へえ、と七海はわずかに眉を上げ感心したように加納を見た。

「部長詳しいんですね」

「うむ。以前にある映画を見て感動してな。少し調べたことがあるのだ」

「映画って『グラディエイター』とかですか?」

「いや、『ベン・ハー』だが?」

ああ、と半眼になった七海は頷いた。

「あんたやっぱり沙織さんの幼馴染ですよ」

何か言ったかね、と不思議そうに七海を見た加納に、なんでもないっす、と七海は薄笑いを浮かべながら顔をそむけた。

「んで、そんな剣闘士にローマ市民は夢中だったわけですな?毎回毎回人が死んでいくのに、よく補充できましたね」

そうでもない、と加納は七海を見た。

「これも時代の変遷はあるが、1世紀に100試合以上出た剣闘士200人の記録が残っているが死んだのは19人で死亡率は1割にも満たない」

「あ、そういうものなんですか?意外ですね」

「ただ、その後試合は再び過激化し、死亡率も上がっている。戦いのパフォーマンスも派手になってな、人工池を作って船を浮かべ4000人の罪人や捕虜を使って模擬海戦までやらせたという記録もある」

うえ。

「その時は全員が死ぬまで戦わせたらしい」

もいっちょ、うえ。

んで、と七海は吐きそうな顔で加納を見た。

「世界に完たるローマ帝国市民はそれを見ながらこの絵のように、やれー、殺せーってわけですか。少なくとも子供の情操教育上はよくなさそうですね」

子供は見ていなかったろうが、と加納も顔をしかめた。

「剣闘士の試合は評価がわかれるところでな、当時のある哲学者は「血や人の死を間近に見て慣れるにこれほど効果的なものはない」と述べておりローマ軍の強さの秘密の一端は剣闘士の試合ではなかったかという説も有る。一方で政治家のセネカという人物は「人間を非人間的にさせる」と否定的だった」

絶対後の方でしょ、と言った後、七海は、あれ?と賢人を向いた。

「セネカって、前に何かの絵を見ませんでしたっけ?」

ほら、あれですよ、と賢人がため息をついた。

「前に部長も一緒の時、『セネカの死』という絵を見たでしょ?」

セネカ、セネカ、と何度か呟いた後、おお、と七海は手を打った。

「あれですか、あのたらいに足を突っ込んで入浴介助を受けていた老人の」

「そんな説明、ぼくも部長も一言もしていないですよね?」

では、と加納が言った。

「もうちょっとこの絵を見ていこうか。勝った剣士が持っている剣、これがおそらく剣闘士グラディエイターという名の語源となったグラディウスだ」

「なんか短いっすね」

「刃渡りは50センチくらいしかなかったらしい」

じっと絵を見つめた七海はそこで、あれ、と言った。

「網と三つ又の槍がありますね。網闘士ってパフォーマンス試合じゃないんですか?」

うむ、と加納は顔をしかめて頷いた。

「私も気付いた。そこはよくわからんのだ。これを見る限りまさしく真剣試合、それも盾にグラディウスを持った本格派と網闘士の戦いに見えるが。レーテ三つ又槍フッキナは明らかにやられている方の男の持ち物のようだが」

「けど、金の兜に銀の魚の飾りがついてるのは勝ってる方の男ですしね」

うむう、とスクリーンを見ながら加納は顔をしかめた。

「確かに手に持っている剣はグラディウスにしては短すぎるようにも見える。網剣士が止めを刺す時に使う短剣ブーギオーの可能性もある。持っていた網や鉾を投げ捨て止めを刺そうとしているシーンに見えないこともないのだが、ただ、網剣士は盾を使わずガレールスという肩当を付けていたらしいのだ」

ふむ、とじっと絵を見つめた七海は倒れた闘士を見つめた。

「とりあえず両方ともほとんどやられて、何とか生きているのはこの二人だけで決着もついた感じですね」

「うむ、盾を投げ捨てるか、人差指を高々と掲げるのが「降伏」を意味していたらしい。この絵でも負けた方は最後の力振り絞って降伏を宣言しているようだ。降伏したものを傷つける行為は卑しいものだとされたそうだが、既に決着がついてからの降伏宣言を観衆はどうするかだな」

「観衆がどうするか、なんですか?」

そうだ、と加納は腕を組んだ。

「実は、勝負がついた後、敗者をどうするかは観客が決めることができた。たとえ負けても勇敢な戦い方をした者は助命されたし、見苦しい戦いをした者は殺せとされたようだ」

親指を上サムズ・アップが助命、親指を下サムズ・ダウンが殺せ、ですな?」

うむ、と加納は頷いた。

「ただ最近の研究では、親指を立ててこぶしを突き上げて「殺せ」と叫べば処刑、親指を下なら助命だったらしい」

ええっ、と七海は驚いた顔でスクリーンと加納を見比べた。

「じゃあ、この左翼の観客達、殺すな、助けろっ、と言ってるわけですか?いや、言われてみればそういう表情に見えないこともないですが」

いや、と加納は首を振った。

「ジェロームがこの絵を描いたころは、親指を下が殺せと解釈されていたのではないかと思うが。完全に勝敗がついてからの降伏宣言は命乞いにも等しく見苦しい限りだからな」

まあ、とタブレットを操作した加納は絵の一部をアップした。

金の椅子に座った偉そうな男がアップになる。

「最後はこの主催者か賓客、この試合ではおそらく皇帝だろうが、彼がどのような判断を下すかだな。こここは温情を見せてやるか、それとも観衆に迎合し彼らを満足させてやるか、とか」

「左翼の方を見ているということは、処刑そっちに気持ちが傾いているのかもしれませんね」

「どうかはわからんが、彼らを納得させるような判断は必要になるとは考えているだろうな」

絵を元に戻した加納は、そこで、さて、と話題を変えるかのように七海を見た。

「ところで、この絵のヒロインは誰だと思うかね?」

はい、と七海は確信を持って頷いた。

「それは勝った方の剣闘士です」

はっ?と残りの三人が声を上げたところに、七海はしたり顔で、実は、と続けた。

「この部分だけミケランジェロが描いたのです」

「絶対有り得ませんが、微妙に説得力があるところが嫌ですね」

嘘です、と言いながら七海は皇帝らしい男の隣を指差した。

「もうこの絵を見る限り、この人しかいませんよね。んで、この人だれなんすかねえ」

「はっきりとはわからんが、この席にいる限りは高貴な女性ではあるようだな」

「おぞらく、ジェロさんも彼女をヒロインとして意識して描いたんでしょうが、どういう立ち位置にいるのかはよくわかりませんね」

うむ、そうだな、と加納も頷いた。

「やれやれ、やっと残虐なショーが終わった、と早く立ち去りたいのか、それとも戦っている剣闘士の関係者かファンなのか」

「映画なら絶対、無実の罪で罪人にされて剣闘士となった、今戦っているどちらかの男の元恋人ですよ」

さてそこまでジェロームに遊び心があったか、と賢人が苦笑する。

どうかね、とここで加納がどこか得意そうに言った。

「たった一枚の絵だが、こうやって知識の裏付けを以て一つ一つ見ていけばなかなかに面白」

そこまで言ったとたん、びくっと体を震わせた加納は、慌ててカバンを掴んだ。

「何か、急に寒気がした。嫌な予感がするので今日は失礼する」

それだけ言った加納は飛び出すようにして美術準備室を後にした。

わずかに砂塵が舞ったようなその後姿を見送った後、残された三人は顔を見合わせた。

「なんなんですかね、あれ?」

「ぼくだってわかりませんよ」

そういった後、賢人はどこかうれしそうにスクリーンに目をやった。

「しかしさすがに部長が来られると充実しますね。いかにも部活をやったって感じで。ぼくだととてもじゃないですがあそこまでの解説はできなかったです。やはり部長はすごいですね」

まあねえ、と七海も頷いた。

「まあ、確かに部長は変人でチビでマニアックですが」

「まず悪口から入るんですね?」

そうではありますが、と声を強めて賢人の声にかぶせながら七海が続けた。

「頭もいいし、なにより、いい人ですからねえ」

「まあね。ある意味、沙織さんと気が合わないのもわかるような気がします。道徳観念では対極にいるような人ですから」

そこまで言うか。

こんにちわ、と戸口から突然響いた声に三人は振り返った。

とたんに、あれ、と七海が声をあげる。

「沙織さん!」

「どうなさったんですか」

と賢人も驚いた声を出した。

「もう帰られかのかと」

はい、と沙織は無表情に頷いた。

「途中まで帰りかけていたのですが、ここから血の匂いを感じて戻って参りました」

そう言った沙織は、戸口に立ったままスクリーンを見、この絵でしたか、と納得したように頷いた。

七海と賢人は顔を見合わせた。

「なんでわかったんですかね?」

「いやそこじゃないっしょ。なんで血の匂いを感じたからってわざわざ戻ってくんだよ、の方でしょ」

この絵は、と二人を無視してスクリーンの前に進んだ沙織は、じっとその絵を見つめた後、七海を振り返って重々しく頷いた。

「この絵だと、一部の観客は皇帝らしいのの席が邪魔になって試合が見えませんね」

「もう帰ろうかっていう雰囲気になってきてる時にいきなりやって来て開口一番それかよ」



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