(番外編)なんとかなるさ
過去の部員の誰かがどこかで仕入れてきたのであろう英語ではない何かの言語の説明のついた美術本から顔を上げた七海は、ふと何かを思いついたように、沙織さん、と美術準備室まで来ていつもの猿系の本を読んでいる沙織に呼びかけた。
「何でしょうか?」
あの、と七海は控えめに探るような眼で沙織を見た。
「あの、沙織さんしょっちゅう部室に顔出していますけど、受験勉強とかちゃんとしてるんですか?」
「していませんが」
さも異なことを聞かれたと、それがどうした、と言わんばかりの口調で沙織は短く言い切った。
いや、と七海は再び探るような口調になった。
「そんなんで大丈夫なんですか?三輪さんとか、頑張って勉強してるみたいですけど?」
ノープロブレムです、と沙織は再び短く言い切った。
「別に大学に行くことが全てではありません。実際、大学で学ぶことなど実社会ではほとんど役には立ちませんから」
でも、と言いかけた七海を、沙織は軽く手を挙げた制した。
七海が言いかけていた言葉を飲み込むのを待ってから、例えば、と言いながら沙織は自らの胸を押さえた。
「大学なんぞ行かずとも、私はナイフ一本と百ドル札一枚あれば、人間が生存可能な場所ならば世界中どこに放り出されてもどうにかやる自信はあります」
この人の場合本当にどうにかしちゃいそうだな、と七海は半眼になって沙織を見た。
ちなみに、とその口が控えめな声を出した。
「具体的には、どのようにされるのでしょうか?」
「知りたいですか?」
「聞くのは怖いような気がしないでもないですが、後学のために」
よろしい、と言いながら沙織は持っていた本をそのページで伏せて置くと、座ったまま全身で七海を向き直った。
「(一)酷いこと
(二)悪いこと
(三)違法なこと
(四)前三号に類似する一切の行為
(五)前四号に十倍する行為
この五つをすれば、世界中どこででもなんとかなるものです」
「そんな法律の条文みたいなこと言っていないで、世界平和のために大人しく大学に行ってください」