(番外編)言っていることと
今日の美術準備室。
司会進行と言うか狂言回しというか、後輩達にいじられつつもムードメーカーである賢人が欠席な上、珍客の乱入に、今日の美術準備室は妙な静けさに包まれていた。
ここまで何度かコテンパンにされ苦手意識ができてしまったのか、早希もどこか元気なくその珍客のするに任せて恐々とその姿を見つめている。
その珍客、三輪道子は、昨日賢人が持ってきていた昇華堂の最中を勝手に水屋から探してきて口に咥えたまま、箱に手を伸ばして次のの包装を剝き始めた。
どれくら経ったであろうか、道子さん、とその姿を見ながら沙織が静かに言った。
「道子さんは『土芥寇讎記』という本をご存じですか?」
なにそれ、と口の動きでだけで口に咥えた最中を口の中まで送り込み、包装を解いて手に持っていた方を一口パクリとやってから三輪は沙織を向いた。
「知らな~い。何それ、受験に出るの?」
多分出ません、と静かに言った後、沙織は続けた。
「日本に1集しか残っていない、江戸時代に幕府が各藩の政治や殿様の状況を調べて採点した、いわゆる奇書と言ってもいい資料です。土芥寇讎、とは中国の古典『孟子』の中の『君が臣を土くれのように扱えば、臣は君を親の仇のように憎む』という言葉から来ているそうです。つまり、家来を大切にしなさいよ、という意味ですね」
へえ、と言いながら手に持っていた最中を口に咥えた三輪は箱に手を伸ばして次の最中の包装を剥きはじけた。
「んで、それがどうしたの?」
「その本は、幕府が各藩に隠密を放って調査させたことをまとめたものらしいのです」
だから?
ふうん、と口に咥えた最中を再び口の中に送り込んだ三輪は、包装を剥き終えて手に持った最中をパクリとやった。
「なんか、本の題名とやってることが違うわね。けど、なんで突然そんな本の話するの?」
手の最中を口に咥え、再び箱に手を伸ばした三輪を見ながら、沙織は、はい、と頷いた。
「その本から、私は二つのことを道子さんに言いたいのです。一つ、副部長ならば突然やってきて最中を全部食べないで、部下を大切にしませんか。二つ、受験勉強のストレスで胃が重~い、とか言いながら甘いものをそんなに食べて、言ってることとやってることが違うんじゃないですか」
「ほっといて」