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カンショー!  作者: 安城要
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(番外編)クリエーター登場(暗殺の天使編)

その日。

陵上高等学校漫画研究部の部室は再び風雲急を告げた。

部長っ!と上ずった声で一年生の部員が部室に飛び込んでいた。

「ま、またあの女らしい奴が我が部に向かっておりますっ!」

らしい奴?

部室にいた5~6人の部員達が慌ただしく立ち上がりそうっと廊下を覗いた。

みのを身に着けナマハゲの面を付けた極めて小さな女子の制服姿がゆっくりと部室を目指して歩いてくるところであった。

ガタガタっと椅子や机が音を立て、それぞれ自分のカバンを引っ掴んだ部員達が戸口に殺到しながら部長の坂上を振り返った。

「部長っ、お先に失礼しますっ」

「お先っすっ!」

「ちゅっとりや~すっ」

廊下に駆け出しながら彼らが口々に囁き合うのが聞こえた。

(この前あいつが来た後、おれ転んで膝小僧すりむいちゃったよ)

(おれも目にゴミが入った)

(俺なんて10円落としたんだぞ!)

それがあいつの呪いだったと言うならずいぶんとささやかな呪いだな、おい、と思いながら、読みかけの漫画が散乱したままの部室に一人取り残された坂上は、じっとりと額に脂汗を浮かべながら苦渋の表情を浮かべた。

開いたままの扉がノック、そして、こんちわ~っす、という明るい声が響いた。

高校の校舎の中でナマハゲの格好をしている奴も怖かったが、フレンドリーなナマハゲは別の意味でもっと怖かった。

「おじゃましま~すっ」

おやおや随分とちらかっておりますな、と言いながらナマハゲは部室に入ってきた。

「お久しぶりで~す」

それで、と坂上は地獄の底から湧き出るような声で言った。

「今日はどのような御用ですかな、ミスナナリン?」

いやいやと言いながら坂上の前の椅子に座ったナマハゲは手を振った。

「今日は、ナマハゲさん、と呼んでいただけますか。あ、もちろん“さん”付けで」

「ナマハゲでも半ハゲでもつるっパゲでもいいからとりあえずその面を取れ!」

逆らわずに面を取ったナナリンは、そこでほっとしたようにぷはっ、とわざとらしく息を吐いた。

「いやあ、この暑さだと面を付けてると息苦しくって」

「だったらなんで付けてるんだ?!」

むっとナナリンは坂上を見た。

「この際余計な詮索はなしにいたしましょう。人にはそれぞれ事情というものがあるのです」

ほおう、と坂上は頷いた。

「して、その事情とは?」

いやさ、と言いながらナナリンは坂上に向かってひらひらと手を振った。

「チイちゃんそそのかして共同出資でこの面買ったけど、一度も付けてないって怒られちってさ」

「それは深い事情だな、おい」

ところで、と顔の前に面をかざしながらナナリンは坂上に顔を寄せた。

「今日はお話がありまして」

「“それ”をやめたら少しだけなら聞いてやる」

うす、と言いながらナナリンは隣の机にナマハゲの面を置くと、カバンの中からひょっとこの面を取り出して顔の前にかざしながら坂上に頷きかけた。

「実は」

「それも止せ」

ちっと舌打ちしながらそれをカバンに戻したナナリンは坂上を向き直った。

「実は、また漫画の原作の持ち込みをさせていただいたのですが」

ため息をついた坂上は首を振った。

「あの漫画の原作の募集は締め切りました」

というか、この前お前がやってきたから打ち切ったんだよ、と叫びたかった。

「残念ながら」

と坂上は続けた。

「先日持ち込んでいただいた企画も、結構評判が悪かったんですよ、実は」

評判が?とナナリンは瞬きした。

「どの辺が?」

まあなんというか、と坂上はわずかに言いよどんだ。

「無職の中年男性を馬鹿にしてるとかなんとか。まあ有体に言えば人の悪口をネタにしているみたいな」

じっと坂上の顔を見つめた後、横を向いたナナリンはクックッと笑いながら囁くようにして言った。

「一見人の悪口を並び立てているように見えて、その実一部自虐ネタが入っていたとは誰も気づくまい」

おいっ、お前今恐ろしいこと言わなかったかっ?と椅子から立ちあがった坂上を制したナナリンは、そこで首を振った。

「今度の企画は前回と違い本格的な勧善懲悪の王道を行くものです」

もういいってば、と口の中でため息をついた坂上は顔をしかめてナナリンを見た。

「それは夜を華麗に舞う暗殺者の物語!名付けて『暗殺天使シャルロットchan!』」

な、何故、とほとんど怯えたような表情で坂上はナナリンを見た。

「その恐ろし気な二つ名を持つ女性を何故チャン呼ばわり?」

そこが味噌です、とナナリンは頷いた。

「恐ろしい存在であるからこそあえてチャン付けで呼ぶことで親しみがわき感情移入ができるのです。例えばア〇ネス・チャンのように」

「いや、あれは普通に名前だし」

そんなことはありません!とナナリンは強く首を振った。

「彼女の本名は陳美齡チャン・メイリンなのですから!」

「そんなことを力説しに来たんならもう帰ってくんない?」

いや失礼、と言いながらナナリンは額の汗を拭った。

「実は今回の主人公、シャルロット・コルデーはフランス革命時代に実在した暗殺者なのですよ」

ほう、とわずかに興味を引かれたように坂上が身を乗り出した。

「つまり実録漫画というわけで?」

いえいえ、と言いながらナナリンは手を振った。

「それをベースとした、あくまでもフィクションです。悪の大物政治家を暗殺して本懐を遂げた彼女は四日後に処刑されてしまいます。しかし女子高生二輪路子として現代に転生し、法で裁けない悪徳政治家達を暗殺していくのです」

ふむ、と更に興味を引かれたように坂上が更に身を乗り出す。

「彼女は普段は三つ編みに眼鏡のババ臭い姿、その上、受験勉強の休憩と称して部室に行ってはおやつを食べまくっているようなだらしない女子高生に過ぎないのですが」

「随分とリアルなキャラ設定ですね。もしそれを漫画にして学内に流布させた場合、我が部に危害が加えられる可能性はないのでしょうな?」

何を言っているのですか?とナナリンは語気を強めた。

「悪を討つためならわが身の危険など顧みる暇など無いはずです!」

「それはシャルロットちゃんの仕事だろ?俺ら関係ないだろ?」

続けます、と坂上を無視してナナリンは続けた。

「そんな彼女も三つ編みを解き眼鏡を外せば美貌の暗殺者シャルロットchanへ華麗な変身を遂げるのです!」

そこで横を向いたナナリンはふっと笑うと、まあ実際はそんなことないんっすけどね、とぼそっと呟いた。

「おいっ!やっぱり絶対校内にリアルなモデルいるだろっ!正直に言えっ!」

なんのことっすかあ、なにいってっかわかんないっす~、と抑揚なく言ったナナリンは再び、続けます、と言った。

「彼女は暗殺するターゲットを常に風呂場で殺します」

は?と坂上は眉をしかめた。

「何故そんなことを?」

理由なんてどうでもよろしい、とナナリンは重々しく言った。

「とにかく風呂なのです!風呂でないといけないのです!これは絶対なのです!」

だから!と坂上は机を叩いた。

「その理由を言え!例えば、そうせざる得ないなにか悲しい過去があるだとかだ!」

え~~っ、と小指で耳の穴をほじったナナリンはふっとその指を吹きながら半眼になって坂上を見た。

「お風呂で暗殺をせざる得ない悲しい過去ってどんなんすか~~?」

「それをおれが聞いてるんだ!」

そんなのないっす、とナナリンは投げやりに言った。

「強いて言えば、縛りプレイの方が暗殺の難易度が上がって話が盛り上がるってことくらいっすかねぇ?」

自らハードルを上げに行ってどうするんだ、と坂上はため息をついた。

「彼女が暗殺に使うのは常にナイフです」

うむ、と難しい顔をした坂上は少し考えた後ナナリンを向いた。

「殺す場所と武器が限られると、ストーリーに幅を持たせるのが難しいな。回を重ねるとマンネリ化する可能性がある」

大丈夫っしょ、あんたらが描く漫画がそんな長期連載できるほど人気出ないっしょ、とぼそっとつぶやいたナナリンを、何か?と坂上が見つめ、なんでもないっす、とナナリンが首を振る。

「実は、彼女がナイフにこだわるのは悲しい過去があるのです」

ほう、と眉を上げて坂上が身を乗り出した。

「して、その悲しい過去とは?」

「え?」

「は?」

驚いたように坂上を見たナナリンは頭を掻いた。

「いや、さっきなにかにこだわるのなら悲しい過去とか作れって言われたんで、悲しい過去があることにしただけっす。どんな悲しい過去かはあんたらが考えてくださいよ」

どこまで他人任せなん?と坂上は半眼になってナナリンを見つめた。

沈黙に耐えかねたかのように、そうそう、とナナリンが手を叩いた。

「シャルロット・コルデーの暗殺事件は有名でしてね、多くの画家が絵にしているのですよ。実際にキャラ設定をしたり暗殺シーンの参考になるのではないですかね」

ほう、と気持ちを切り替えたように坂上は頷いた。

「創作する者として、それは興味深い。いくつか参考に見せてもらっていいですかね」

もちろんもちろん、とスマホを取り出したナナリンはそれを操作するとその画面を坂上に向けた。

「これなんていかがでしょうか?」

坂上の顔から表情が消えた。

とても人間が出しているとは思えないようなうめき声のような声がなんとか言った。

「こ、これは?」

「これは、ムンクの『マラーの死』ですが、何か?」

およそ常人には耐えがたい沈黙と重い空気が、いつまでも漫画研究部の部室を支配し続けた。



今回の持ち込み企画もボツになった。

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