クールに行こう!(おまけ編)
風を通すために最近開きっ放しの美術準備室ぶしつ戸口に現れた賢人は、中を見た途端、わっ、と声をあげた。
七海と早紀がだらだらと汗を流しながらいつもの大机に突っ伏していた。机の上には小さな水たまりが2つできていた。
「ど、どうしたんですか」
いや、と七海が力無く言った。
「どうもこうも」
「もう暑くて、力出なくて」
危ないですね、と言いながら賢人は美術準備室に入った。
「ちゃんと水分を取らないと、熱中症になってしまいますよ」
「はい、そう思って先ほど大量の水分を摂取したのですが」
「そのとたんに汗が華厳けごんの滝の如く」
って、と賢人が半眼なった。
「先日もこんなやりとりありませんでしたっけ?」
ああ、と突っ伏したまま七海がどうでもいいかのように賢人に向かってひらひらと手を振った。
「そういうの、気のせいっていうんですよ。なんか、こんなこと前にもあったような、って」
いや、絶対有りましたよ、と賢人が嘆息する。
そして、顔を上げるとぐったりとしたままの二人に向かって頷きかける。
「今日は、ぼくが一気に涼しくしてあげましょう」
だったらクーラー買ってください、と言った七海のだるそうな視線の先で、賢人はカバンからカッターナイフを取り出すと、壁に貼り付けたゴヤの『我が子を喰らうサトゥルヌス』のポスターを切り裂いた。
いいいいいいっっ?
ばっと顔を上げた七海と早紀の目の前で、何度もポスターを切り裂いた賢人は、壁に残っていた部分もはがすと丸めて床に叩き付けた。
そしてハッハと笑いながら、いひいいっと言いながら抱き合って震えながら賢人を見つめている七海と早紀を振り返る。
「どうです、涼しくなったでしょ?」
あ、お・・と息を詰まらせた後、七海と早紀は同時に立ち上がって賢人を指差した。
「な、なにやってくれてんだよっ、あんたっ!!」
「あ・・そ・・そんなことした部長、大激怒どころじゃ収まんないですよっ、どういうつもりなんですかっ!」
ご安心ください、と再びハッハと笑った後棚の上に手を伸ばした賢人は、そこにあった大きな紙を広げて二人に向けた。
「実は、さっきのはネットで拾った絵を大判で印刷した偽物です。昼休みの間にこっそり張り替えておいたのですよ。こっちが本物です」
言いながら賢人は得意そうに胸を反らせた。
「どうです、涼しくなったでしょ?」
「涼しくなった通り越して血が凍ったわ!」