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カンショー!  作者: 安城要
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(番外編)クリエイター登場(後編)

ナナリンの説明に突っ込み、嘆息しつつ、しかし坂上は次第にナナリンの提案にのめり込んでいっている自分に気づいた。

着目点は面白い。確かに同人誌レベルでは既出の設定かもしれないが、それならそれでストーリーで勝負すればいい。

彼女の友人が書いたという設定画もキャラクターは魅力的にも関わらず簡潔で、これならば真似て描ける部員は何人かは思い浮かぶ。

しかし。

一つの懸念が坂上の脳裏をかすめた。

それで、と腕を組みながら坂上はナナリンを見た。

「こういったバトル物はでは魅力的な敵キャラクターの存在が欠かせません。それについてはいかがですか?」

ご懸念には及びません、と怪人、怪獣のラフ画が描かれたページをめくったナナリンに、いや、と坂上が手を振った。

「見た目も大切ではありますが、その背景です、彼らが何故悪に走ったのか、その目的は。そのそもその怪人達はどのようにして生まれたのか」

簡単です、とナナリンは頷いた。

「彼らの元の姿も中年ニートの子供部屋おじなのです」

なぜに?

こう想像してみてください、とナナリンは続けた。

「満員電車の中、奴らの前には清楚系女子高の制服をまとった美少女が、後ろにはOL風の本格派のミニスカ美女が乗っています」

はあ?

「奴らの中のうち、美少女のスカートの中をスマホで盗撮した者が魔法少女に、美女のスカートの中を盗撮した者が怪人になってしまうのです」

「何故きみはそんなにもあっさりとした口調でさらっと犯罪行為を口に?」

いやはや、と額を押さえたナナリンは首を振った。

「犯罪への誘惑はどこにでも潜んでいるのです。現代は誰もが犯罪者になり得る時代なのですよ」

「つまりきみは『そんな短いスカートを履いて男を誘ってるのか?そんな恰好をしてれば痴漢されるに決まってるだろ。そんなもん痴漢された方が悪いんだよ』という思想の持ち主なのか?」

「いえ、私は闇バイトへの勧誘のことを言っているのです」

「そうは聞こえなかったのだが」

「別に彼らが根っからの悪人と言うわけではありません。その車両には呪いがかけられており、彼らが乗ると盗撮の欲求が抑えられなくなるのです。そしてどちらを盗撮するかによって、彼らが悪の心が大きいか善の心が大きいかが判断されるのです」

「どんな言い訳しても盗撮犯だろ?悪の心が98%か99%かで振り分けるようなもんじゃん」

「さっきも言ったとおり、盗撮は彼らの意思ではありません、魔法によるものなのです」

「それって、ぼくが悪いんではありません、何かに操られて思わず盗撮してしまったんです、って言い訳だろ?それで通用するなら警察いらないじゃないか」

「いる、いらない、ではなく、警察では対応できない怪人相手だからこそ魔法少女が必要なのです」

「そういうこと言ってるんじゃねえんだよ」

そして、と坂上を無視して七海は続けた。

「これには真の黒幕がいます」

真の黒幕?と興味深そうに坂上が身を乗り出した。

「それは一体」

それは、とナナリンは頷いた。

「中年ニート同士を戦い死なせ、将来社会保障費増大の一員と成り得る彼らの数を減らそうとする政府の陰謀だったのです」

「それでは、日本政府が影の黒幕ということか?」

いえ、とナナリンは首を振った。

「真の黒幕は沿ドニエストル・モルドバ共和国政府です」

「何故、旧ソ連系の未承認国家が日本の社会保障問題を心配してそこまで?!」

「日本は少子高齢化の先端を行く国の一つです。彼の国からすれば明日は我が身、武士は相身互いということなのでしょう」

だからってなんでそこまで、と呟いた坂上を無視して、そして、とナナリンは続けた。

「奴らの数を減らすのが目的のため、毎回約50人の魔法少女が新たに登場し、そして死んでいきます。怪人側も同じくらい登場し、死んでいきます」

「何故そこまでする必要が?!」

おやおや、とナナリンがあざ笑うように言った。

「本来の目的を忘れていらっしゃるのではないですかな?真の目的は奴らの数を減らすことなのですよ?」

「それは黒幕の目的であって、製作者の目的ではないのでは?そもそもそれだけの数の魔法少女のキャラを描き分けることなどできるのですか?」

おまかせあれ、とナナリンは胸を押さえて頷いた。

「横山〇輝ばりに描き分けてみせます」

いや全然描き分けれてねえじゃねえか、と坂上は半眼になった。

「それに、それほど多くの魔法少女が登場すれば読者は名前も覚えられないのでは?」

「それも考えてあります」

とナナリンは頷いた。

「彼女達の名前はイロハと1から9の数字の組み合わせとします。例えばイの六號とか、ハの八號とか」

「全く感情移入ができない!何故そんな名前を?」

「魔法少女に変身する前の姿は受刑者番号で呼ばれるのがふさわしいような連中なので問題はありません」

しかしそれではあまりにも、と言いかけた坂上を、あいやしばらく、とナナリンが止めながら頷いた。

「もちろん彼女達は一人ひとりが強烈な個性を放つキャラクター」

「聞いていてとてもそうは思えんのだが」

「その輝く個性ゆえに、中には自ら別の名前を名乗る者も出てきます。例えばへのカッパ號とか」

「あいせねーっ!!カッパ號は愛せねーーっ!!」

はくりょくありますぞーと坂上の声にかぶせるようにしてナナリンが言った。

「毎回毎回、50人の魔法少女VS50体の怪人のドッカンバトル!」

固有の商品名を出さないでください、と嘆息した後、それで、と坂上はナナリンを見た。

「メインとなるキャラはわかりましたが、ストーリーに重厚さを持たせるには、主人公の脇を固めるサブメインのキャラの存在がかかせません。それについては何かアイデアが?」

もちろん、と更にスケッチブックをめくる。

制服らしいセーラー服の眼鏡の少女がツインテールを揺らしながら笑っていた。これらの作画をしたのが誰かは知らないが、さすがの画力、主人公にしたい可愛らしさであった。

「この子をヒロインに設定します」

魔法少女が毎回50人も出てくるのに更にヒロインが必要?

「彼女は中学校の学校新聞のジャーナリストです」

「中学校の学校新聞部員をジャーナリストと?」

いやだなあ、とナナリンはニヤリ笑いに頬を歪めた。

「最近の漫画、高校生探偵とか出てるじゃないっすか、リアルであんなのいないっすよ、いや、マジで」

「アマチュア以下の分際で、さらっとプロの作品を否定した!」

「あれOKなら学校新聞ジャーナリストもありっしょ?」

続きいいっすかあ、とナナリンはスケッチブックをめくった。

「彼女は偶然魔法少女と怪人の戦いを目撃し、その正体に迫ろうとします。しかしどうしてもその正体にたどり着けない、わからない。そんなある日、彼女は父親の見ていた経済新聞の記事に目を落としはっとする。都内の某牛丼チェーンの売り上げの低迷、牛肉とチーズの消費量の減少、これが示唆するものとは?そこで彼女ははっと真実に思い至る!」

「それだけのヒントで魔法少女が実は中年ニートおじだと気づいたのなら高校生探偵以上だわ」

そして、とナナリンは更に続けた。

「彼女、ここでは仮にA子としましょうか、A子は一人の中年男に目をつける。なんとそれこそ本作の主人公で一番最初の魔法少女、イの壱號だったのです」

「つまり、一番最初に女子高生のスカートの中を盗撮した男ということですね?」

そして、と坂上のツッコミは一切聞く気はないという意思表示のように彼の言葉を無視したナナリンは続けた。

「物語は佳境、1万人の魔法少女と1万体の怪人による最後の総力戦が勃発」

「つまり少なくとも2万件の盗撮事案が発生したと?」

「そして多大な犠牲の後、壱號はついにラスボスである沿ドニエストル・モルドバ共和国の下っ端諜報員を倒すのです」

「しょぼい!いくらなんでもラスボスがしょぼすぎるっ!」

そして、と静かな口調でナナリンが続けた。

「一人生き残った壱號は戦いのあおりをくって傷つき気絶したA子を抱いて戦場を去ろうとする。そこでふと目を覚ましたA子が自らをお姫様抱っこして歩く壱號の顔に気づき、顔を輝かせながらそっとその頬に手を伸ばす。ああ、あなたに逢いたかった、と」

「なぜそうなる!異臭おじと美少女中学生だぞ?!ありえないだろっ!」

さあ、しらねっす、とナナリンは投げやりな口調で言った。

「吊り橋効果って奴じゃないっすかねえ?」

「その吊り橋はハワイまで通じてるのか?それとも月か?絶対ありえねぇ~~~っ!!」

続きいいすっかあ?とナナリンは頭を抱える坂上を見ながら半眼になった。

「どちらからともなく近づく唇」

「いや、犯罪だろっ、通報案件だろっ?相手は中学生だぞ?」

「壱號は思う。ああ、彼女のためなら俺は変われる。明日、いや、今日のうちにでも部屋にため込んだ全てのフィギュアとアニメのDVDと同人誌を売り払って安いスーツを買おう、そして職安に行くんだ・・」

ところがっ!と叫んだナナリンに坂上は椅子から転げ落ちた。

「今まさに唇が触れんとした瞬間」

「いや、だからなんできみはそう軽々に犯罪を口にするんだ?」

「彼ははっと彼女から唇を離す」

二人の会話を盗み聞いていた漫画部員達の口からいっせいに安堵のため息がこぼれた。

「いいさ、フィギュアなんて売ってやる、同人誌も捨ててもいい、しかし」

「しかし?」

腰をさすって起き上がりながらいぶかしそうにナナリンを見た坂上に、彼女は力強く頷きかけた。

「おれには裏切れない一つの誓いがある。それまで捨ててしまっては、おれはおれではなくなってしまう」

誓い?といぶかしそうにナナリンを見た坂上を無視し、そして、と続ける。

「ここからは一人で歩けるな、と彼女を下した壱號は、待ってと追いすがる彼女の声を背中に、風吹きすさぶ戦場を後にし、去って行ったのであった」

そ、それで、と坂上がおどおどと言った。

「その誓いとは?」

はい、とナナリンは頷いた。

「それは彼がこれまでの人生の中で生み出した哲学、この世の真理とでもいうべきもの」

それは一体、と彼にそんなものがあったのかと驚いたような口調で聞いた坂上に、はい、とナナリンは頷いた。

「彼が世界を救ったとは誰にも知られることなく、彼は元のニート生活に戻った」

「いや、敵さんの目的は殺し合わせることであって、世界征服とか企んでなかったですよね?」

「そんな静かな生活のなか、かつて共に戦った仲間の魔法少女達一人ひとり全員の顔が頭をよぎる日もある」

1万人以上いるのに?

そして、とナナリンは静かに続けた。

「一日の終わり、つまり明け方に、彼は布団に入るといつものようにその言葉をつぶやく。魔法の言葉、この世の真理を」

無言でじっとナナリンを見つめる坂本の喉が小さく音を立てた。

「・・働いたら負けだ、働いたら負けだ、と」

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