(番外編)黙示録の女(後日談編)
突然ですが、とその日部室に現れたとたん突然言った沙織に、七海と早紀は振り返った。
隣に立ったハンサムな男子生徒を指示しながら二人を見た沙織は頷きかけた。
「突然ですが、彼とお付き合いをすることになりましたので紹介させていただきます」
は?
は?
は?
は?
は?
は?
はあっ?
よろしくお願いします、とさわやかな笑顔で二人に微笑みかけてきた男に、ふう、と額の汗をぬぐいながら早紀が天井を見上げた。
「どうりで今年はこの時期から暑いと思っていたよ。実は天変地異の前触れだったとは」
「それより一学期のことだよ。いつまで続くんだよ一学期。これってすでに世界は異界に突入してんじゃねえか?」
失礼な、と全く失礼に思っていない声で沙織が言った。
「とりあえず、二人とも三年生で時間がないので、美術準備室デートとかをすることも多いと思いますのでご了承ください」
ご了承するわけねえだろ、そんなもん。よそでやれよ。
長野です、よろしくお願いします、とあくまでも爽やかに言った男に、あのう、と早紀は不審気な目を向けた。
「ちなみに長野さんは沙織さんのどこが気に入られたんですか?」
はい、とよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに長野が頷いた。
「やはり気が合うところでしょうか。これは性格がという単純なものではなく、思想が、と言ってもいいでしょうか」
思想ですか、と七海は既に確信を持って長野を向いた。
「ちなみにそれはどのような思想でしょうか?」
「この世は腐り切っている」
はっきりとした口調でそう言った長野は、にっこりと七海を向いた。
「そう思いませんか?」
「さあ?」
「私らは腐った世界でも平気で生きていける蛆虫女なんで、別になんとも」
んで、と半眼になった七海は頷いた。
「その腐り切った世界を、あなた方はどうしようと?」
そうですね、と長野は首を傾けた。
「今からの軌道修正は難しいでしょう。やはり全てを無に帰して一からやり直すのがいいかと」
そこまで言った長野は、ジト目で見つめている七海と早紀に気付くと、照れたように頭を掻きながら笑った。
「いや、すみません。ちょっと気が早かったですね。やるのは大学を卒業してからと沙織さんとも話してたんです、まだまだ先のことですよ」
「ちなみに、何を“やる”んでしょうか?」
はっはと爽やかに笑った長野は、それはまたおいおい、と笑顔で頷いた。
ちなみに、と七海は乾いた唇を舐めた。
「三年生のこの時期に“おつきあい”をはじめても、あまり長く一緒にいられないのでは」
「大丈夫です、実は同じ大学に行こうと話をしていたんですよ」
「ちなみにどのような学部を?」
ぼくは、と自分を指示しながら長野は沙織を振り返った。
「ぼくは医学部で病原となる細菌の研究をと思っています。彼女は薬学部で毒物の研究をしたいと言っていました」
ぼくは、と長野はうれしそうに続けた。
「病原菌が人体にどのような影響を与えるのか実際に見てみたいのですよ」
「それって病原菌の人体実験をしたいという意味でしょうか?」
「それと毒物の研究をしたいって彼氏に言うか、普通?ヤベー二人が出会っちゃったよ。1934年にヒットラーとムッソリーニがヴェネツィアで会った以上に世界の危機だよ」
翌日。
「離別れました」
は?
「性格の不一致というのは致し方がないものです」
大机に向かって座った沙織は、額を押さえてため息をつきながら首を振った。
ちなみにですが、と七海はおずおずと沙織に向かって手を伸ばした。
「ちなみにどのようなところで性格の不一致が?」
はい、再びため息をつきながら沙織は頷いた。
「私は朝はご飯に味噌汁派なのですが、彼はパンにコーヒーを譲らず、話し合いを続けましたが結局同意には至らず、円満にお別れすることになりました」
顔を見合わせた七海と早紀は頷き合った後沙織を向き直った。
「その程度で別れるならば早く別れて正解だと思います」
「人類80億人の誰も、1杯のミソスープで世界が救われたとは想像もしないだろうな」