(番外編)独裁者の絵(悪の人造人間編)
美術準備室に入ってきた七海が大机に鞄を置くと同時に、先に来て美術本を眺めていた沙織が顔を上げ、待っていたように七海さん、と呼んだ。
「はい、どうしました?」
先日、と沙織が神妙な顔で頷く。
「先日、私が居なかった日に、ここでアドルフ・ヒットラーの第三帝国に関して熱い議論が交わされたと聞きましたが」
そのような事実はありませんが。
ため息をついた沙織は俯いた。
「ここでもそのような話が出るとは。悪い予感は現実となったようですね」
悪い予感?
七海は瞬きしながら沙織を見た。
「なんなんですか、悪い予感て?」
硬い表情を崩さずに頷いた沙織は、自らのカバンの中から取り出した本の表紙を七海に向けた。
「先日この『ハイイロウーリーモンキーでもわかる水戸黄門』を読んで知ったのですが」
何故南米のサルが先の副将軍のことを?
「なんでも、二代目水戸黄門を演じた西村晃の父は、世界初の悪の人造人間を作った人物として知られているそうです」
「それは“悪の”が付くので本当に正しいのですか?」
そして、と沙織は悲しそうに首を振った。
「そしてその人造人間は1929年に展覧会で展示されたことはまでは公式記録でわかっているのですが、その後はどうやら売却され、ドイツで行方不明になっているらしいのです」
もしかして、と沙織の声が高くなった。
「その人造人間はナチスに盗まれ、悪の人造人間に改造されたのではないか、私はそれを心配しているのです」
「そもそもからして、最初から悪の人造人間として作られたってさっきあなたが言ったばかりでは?」
明日にも、いえ、今日にでも、と沙織は怯えた表情で首を振った。
「復権を狙うナチによって放たれたその悪の人造人間が世界征服の先兵として人類に牙を剝くのではないかと思うと、私は心配で夜も寝られません」
「勝手に寝不足になってください」