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カンショー!  作者: 安城要
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男子、裸体をおおいに語る

ちい~す、と言いながら、片手にカバン、片手にコーラのペットボトルを持った七海は、靴の裏を使って器用に美術準備室の扉を開いた。

ああ段々私堕落していくなあと思いつつ、うん、これは私を甘やかす賢人さんと夏樹さんが悪い、うん、そうに違いない、と自分を納得させる。

「賢・・・」

中を覗いたとたん、うひいっ、と絶叫しながら廊下まで飛び退いた七海は、手の中のカバンとペットボトルを放り出していた。

おや、と、例の巨大スクリーンを顔の触れそうな距離から見つめていた賢人が振り向くと、にっこりと笑った。

「やあ、サキちゃん、今日は早いですね」

な、な・・と震える手で賢人を指差しながら、七海は何度も唾を飲み込んだ。

「何を見ているですかっ?!」

ああ、と不思議そうに瞬きしながら、賢人はスクリーンと七海を見比べた。

「ああ、これですか。これはギュスターブ・クールベの『睡眠』(https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/6c/Gustave_Courbet_-_Le_Sommeil_%281866%29%2C_Paris%2C_Petit_Palais.jpg)ですよ。描かれたのは1866年で・・」

いやそういうことを言ってるんじゃない!

「それ!女の人がすっぽんぽんの!」

何っ?と廊下を歩いていた二人組の男子がぴくっと反応して立ち止まるのに、七海は慌ててカバンとペットボトルを拾い、美術準備室に飛び込むと叩きつけるようにして扉を閉めた。

そのまま膝に両手をついて俯くとゼイゼイと息を喘がせる。

そんな七海を見ながら、賢人がハハハと笑った。

「すっぽんぽん、はよかったですねえ。せめてヌードとか言えませんか」

いや、よくねえし、言えねえよ。

なんとか息が整ったのか、ゆっくりと顔を上げた七海は、そこで慌てて手で目を覆った。

「そ、そ・・とりあえず“それ”なんとかしてください」

「それって、この絵のことかい?なんで?」

「いいからっ!早くっ!」

しょうがないなあ、と言いながらリモコンに伸びた賢人の手とわずかに暗くなった部屋を確認してからほっと溜息をついた七海は目を覆っていた手を離してため息をついた。

「どうしたんだい七海ちゃん?」

いや、と七海はすねたようにして賢人を見上げた。

「男の人が女性の裸の絵を見ているのは、なんていうか・・・」

「どうしたの、はっきり言って?」

「嫌です」

ハハハ、といつもの快活な調子で賢人が笑った。

「本当にはっきり言ったね」

いや、と七海はため息をついた。

「もっとなんていうか、ピカソみたいな絵だったらもっと・・あんまり・・・」

クスクスと賢人はタブレットの方の画像も閉じた。

「クールベは、自分が見たままを描くという写実主義レアリスム運動を率いた人ですから、そりゃあリアルですよ、ええ」

「それも、賢人さんがかぶりつきでみてるから・・」

かぶりつき、はいいですねえ、と賢人が肩を震わせる。

「サキちゃんの方こそ何か偏見があるんじゃないですか。男が全て全員助平というわけではありませんよ。純粋に、芸術として愛でる男性もいるんですよ、傷つくなあ」

「それは・・・まあ、そうかもしれませんが・・ともかく、騒いだことはすみません」

しかし、学校の中でかぶりつきで全裸の絵を見ていたことは謝まるまい。

ニッコリと笑った賢人がコーヒーは?とでもいうかのようにゼスチャーするのに、七海はコーラのペットボトルを軽く振りながら首を振った。

頷いて自分の分だけのコーヒーを入れて戻ってきた賢人に、コーヒー紅茶を常備している部ってここだけだろうな、とぼんやりと思った。

「まあ、サキちゃんの思うところはわからないわけではないですけどね。男が女性のヌードを見ていたら、まあ、普通下心有りと思われても仕方ないでしょうからね。だからこそ昔から多くの画家達が女性の裸を描くのに苦心をしているわけですから」

「苦労?」

嫌だ嫌だと言いながら話に乗ってきた七海に賢人が苦笑する。

「女性の裸を描くことには一応言い訳エクスキューズが必要でしたから。西洋の絵画の初期は宗教画だと言いましたよね。聖書のストーリーで裸の女性とくればイブでしょうが、イブばっかり描いてもいられませんからね。聖書の中から裸の女性が出てくるシーンを懸命探してきて絵にして、いえ、こればエッチな絵じゃありません、聖書の一場面です、って。そうまでしてでも女性の裸を描きたかったんだろうし、そんな絵が欲しい人も沢山いたんだろうし」

男も大変だな・・・

「まあ、時代が下ればそれなりには。それでもやはりそれなりのエクスキューズは必要でしたからね。例えば神話のビーナスを描くにしても、どこにでもいそうで、実はどこにもいないような顔の女性を美しく仕上げるような心遣いが必要だったみたいですね。実際のモデルの顔をそのまま描いて、それも結構知られたモデルだったせいで、非難轟々となった例もあるそうですよ」

そういえば、と賢人は一口すすったカップを置いた。

「サキちゃんは、ミレーは知っていますよね」

「ええ、ジョン・・じゃなくって、ジャン・フランソワ・ミレーのことですよね?知ってますよ。『落穂拾い』(https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1f/Jean-Fran%C3%A7ois_Millet_-_Gleaners_-_Google_Art_Project_2.jpg)とか『晩鐘』(https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/17/JEAN-FRAN%C3%87OIS_MILLET_-_El_%C3%81ngelus_%28Museo_de_Orsay%2C_1857-1859._%C3%93leo_sobre_lienzo%2C_55.5_x_66_cm%29.jpg)の人ですよね」

そうです、と賢人は軽く頷いた。

「彼はいつも聖書を持ち歩いていたと言われるほど敬虔なカソリックで、神に感謝の祈りを捧げる『晩鐘』は見てのとおりですが、『落穂拾い』は聖書の『レビ記』などの記述がテーマになっています。『種まく人』の種とは『神の言葉』を意味してるそうですよ。神の言葉を広める、というような意味になるんですかねえ」

「はあ、そうなんですか?」

何でここでミレー?

「そんなミレーですら、困窮時代は裸の女性の絵を描いて生計を立てていたらしいですよ。それもポルノまがいの、結構エッチい絵だったそうですねえ。その上、農村画家として売れ出した後も、こっそりとそんな絵を描き続けていたそうです」

だあ~~っ、知りたくねえよ、そんな情報。

この話打ち切りて~、と思いながらも、七海は思わず、でも、と口走っていた。

「昔のヌードの絵って、なんかみんな緩い体形してますよね。今の基準で見ると、あんまりスタイルよくないっていうか」

「それは、昔は満足に食べられる人自体が少なかったから、豊満な体の方が豊かで美しいという感覚になったんでしょうね。西洋だけじゃなく、これは東洋でも一緒じゃないですかねえ」

はあ~~っ、と七海は机に突っ伏した。

「昔は太ってた方がよくて、今はすらりと長身がいい。チビはいつの時代も不遇ですねえ」

「でも、サキちゃんは胸が大きいからいいじゃないですか」

ばっと顔を起こした七海は両手で胸を抱くようにして抱えると賢人から守るかのように半身になった。

おっと、と両手を挙げて何もしませんとでも言うかのようにゼスチャーしてから、賢人がにっこりと笑った。

「って、チイちゃんがいつも言ってますよね」

早希からは、ちびの風上にも置けない胸、といつも罵られている。

「それにロココの時代には、la Petiteラ・プティットと言って小柄で可愛らしい女性が人気があったそうですよ。ぼくもサキちゃんなんかはそれズバリって思いますけどねえ。案外、革命前のフランスなんかに生まれていたら大モテだったかもしれませんよ」

「へえ、そうなんですか」

不意にちらっと入り口に眼を走らせた賢人が人差指を唇に当てる。

扉が音を立てて開き、夏樹と早希が一緒に立っていた。

とたんに、ああ~~、と早希が二人を指差す。

「何か喋っていたのに急に黙り込んだ。さては私達どちらかの悪口言っていたな!」

いえいえ、といつもの愛想よさで手を振った賢人が、ねえ、と七海に笑いかける。

「健全に、絵の話をしてただけですよねえ」

いや、健全ではなかったぞ、と思いつつ、七海は薄笑いを浮かべて早希に頷きかけた。




その夜、自宅で勉強机に向かっていた七海はふと思いついてスマホを手にとった。

確か、ラ・プティットとか言ってたっけ、と思い出しつつ検索してみる。

だあ・・・

その名を冠した商品や店の広告がずらりと並んでいた。あきらめてロココの方から追ってみる。

お・・

なんとなくそれっぽい記事に行き当たり読み進めるうちに七海の目が次第にジト目になっていく。

ウエスト太め、って書いてあるぞ、これ?





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