タンジョウの街 (1)
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昼、賑わうこの街タンジョウでは、流通の要である各国間を移動する荷馬車が一番出入りする時間帯である。活気づいた市場では、入荷したての果物や新鮮な野菜、肉などが売られ、屋台のテーブルでは昼間から酒を飲み交う客で溢れている。
そんな人通りの中、突然そこに降ろされた田中は困ったように禿げた頭頂部を撫でていた。彼の着ている服は生前着ていた背広姿であり、周りと比べると大きく浮いている。その為に、すれ違う人々は物珍しそうに彼を見つめ、頭部を見て怪訝な表情をするのである。
明らかに田中を見て声を潜める者達の反応を背中越しに受けながら、彼はエマに言われた事を思い出していた。
田中は歩き出す。彼が目指すのは街に必ず一つは建てられているという酒場である。冒険者が集う場所として有名で、様々な情報も飛び交っている。田中はそんな雰囲気が苦手ではあったが、エマの悲願の為にもその足を動かし続ける。
初めて見る異世界というものを見渡す田中。中世的な格好をしている人々は、屋台を見回ったり、窓から道行く人と話していていたり、酔った勢いで口喧嘩をしていたりと個性豊かに過ごしている。その中で田中の目を奪ったのは、先程荷馬車を引いていた生き物であった。
象を思わせるずんぐりした足、身体は牛のように艶やかな黒い毛並みを持っており、顔は剛毛により目が埋もれ、大きな鼻と口から出る息によって呼吸と共に毛がそよいでいる。
カバよりはあろうかという巨体だが、穏やかな性格の持ち主である。
ゆっくりだが雄大に歩く姿を見送った田中は、それらしい建物に辿り着く。
大きな両開きの扉、年代を感じる細かな傷が表面に付いており、そこを訪ねようとしている屈強な男達の団体の姿や、まさに扉から出てきたへべれけな人を見て、田中は此処が酒場なのだと確信した。
男達に続いて、彼も入場する。途端に騒がしくなる場に、思わず耳を塞ぐ田中。店内はカウンターとテーブルに分かれ、五十人は容易に入る広さを誇っている。少し薄暗い程度に光源が抑えられており、静かに飲みたい者への一応の配慮とされている。店内に入ってきた田中の姿を見たマスターは、その髭を揺らして訝しげな顔をした。
田中はばつが悪そうにしながらも、とりあえずカウンターの席に向かう。そして、座ろうとしたその時。
「おいあんた、そこは駄目だ。他の席にしろ」
髭面のマスター、カクテルは厚かましそうに言い放つ。田中はなんて言われたのかが理解出来た事に少し驚きながらも、席から手を離した。
「じゃあこっちを」
「それも駄目だ」
「これは」
「駄目だ」
前の世界で経験したような既視感を得た田中は、周りの嘲笑する態度に気がつく。ただでさえ特異な容姿を持つ彼が、それによって荒くれ者達に目をつけられるのは至極当然の流れだった。
「おいおっさん! なんだその頭は、俺達を馬鹿にしてんのか? それとも魔物にでも髪を狩られたか?」
一人の野次により、爆笑が起こる。カクテルも失笑し、興味を失ったようにグラスを拭く作業に戻った。
しかし面白くないのは田中だ。彼はこの髪型が気に入っており、それを馬鹿にされるのが一番嫌いだった。黄金比に整えたその髪が、怒りから来る身体の震えで僅かな発光を伴いながらふわふわと漂い、再び爆笑が起こる。
「おっさんもうやめてくれ、腹が痛え」
田中は、特に笑い転げている大男を無言で睨みつけた。すると、睨まれている事に気づいた男が、笑うのを止め、ゆっくりと立ち上がった。
身長差は歴然だ。田中が子供に見えるくらい、男は大きかった。周りでは囃し立てる声や、にやにやと状況を楽しむ者、そして期待の眼差しで二人を見つめる者で溢れていた。
「おっさん、なんだその目は」
「先程の発言を撤回してください」
おおぉ、と店内がどよめく。言われた大男は口笛を吹くような動作で周りを見渡しながら、囃し立てるように両腕を広げた。
「こいつは驚いた。おっさん、喧嘩したことあるのか?」
またどっと笑いが起こる店内。しかし、先程とは違い大男の目は笑っていない。
「まあどっちでもいいや、なあマスター! こいつ借りるぜ!」
「好きにしろ」
流石に店内でそのまま暴れるほど常識を失ってはおらず、大男は田中の肩を掴み店外へ連れ出そうとした。
「待て」




