異変 (4)
タンジョウの街の北側には商業地区が無く、いつも人通りが少ない状況はリオン達にとってかえって都合が良かった。
「俺は教会の一室を拝借しててな。慌ててそこから飛び出したら、既に教会の天井が崩れだしてて、それで俺は脇目も振らずに逃げ出したんだ」
悔しそうに拳を固める彼は、声を震わせる。
「もしゴカゴが居たら、なんて考えてる暇が無かった。それに、俺一人じゃ手に負えねえのは分かってた。だからリオン、お前を探しに行ったんだ」
視線を受けるリオンは、黙ったまま歩き続ける。それは他の二人も同じで、重苦しい空気のまま四人は北門付近に辿り着いた。
そこで、いつもとは違い、やけに人だかりが出来ている事にリオンは気づく。その中心には襲撃を受けた馬車と、座り込む持ち主が囲まれている。
「あれは、まさか魔物の仕業か!」
リオンは駆け出しそうになるも、ブシドウに手を掴まれて引き止められた。
「お前が飛び出したら、教会から離れた意味が無いだろ。それに、これはいよいよやばいぞ。教会と言い馬車と言い、異常だ」
「ああ、分かってる」
もどかしい思いを表情に出して、リオンは歯噛みする。そんな彼の様子を見て、このまま遠巻きに見ているわけもいかないと思った田中は、三人に提案をした。
「あの、私が聞きに行きましょうか?」
「あ? 何をだよ」
「ブシドウ!」
態度をゴカゴに注意され、左耳を塞ぐブシドウ。
意図を汲み取ったリオンは、田中に向かって軽く頷いた。
普段目立ちにくい田中の特徴がまさに生きる場面で、彼は人混みに紛れていく。マトイをしていない彼は、誰がどう見ても少し変な見た目の中年にしか見えない。
「ちょっと、あんた誰だよ」
「あ、すみません」
怒られながらも中心に近づいた田中は、座り込んだ馬車の持ち主である男に近寄り、耳打ちをするためしゃがみ込む。男は顔を上げ、田中の顔を見ていたが、やがてこっそりと何かを告げる。
「あいつ、割と無茶するなあ。変なおっさんが近づいたら、むしろ怪しいだろ」
三人は近くの物陰で田中の様子を見ていたが、そわそわと落ち着かないブシドウが田中の安否を気にするような発言を漏らす。その姿に、リオンは顔を綻ばせる。
「田中さんはああ見えて、考えて動くタイプだよ」
「それは俺への当てつけか?」
「ちょっと二人共、いがみ合うのは後にして」
小声でやり取りする三人の元に、人混みから抜け出した田中が合流した。
「やはり、魔物の仕業みたいです」
「一体どうやって聞き出したんだ?」
怪しむブシドウの質問には答えず、田中はリオンを見ていた。その態度に腹を立てたブシドウは田中に掴みかかろうとするが、ゴカゴに耳を抓られてそれは失敗に終わる。
「馬車を襲うなんて、ニードルラビットやグリードピッグ程度じゃ無理だ。まさか、サウスヴァルトの生態系が変わってしまったのか?」
「それなんですけど、熊のような生物に襲われたと言ってました」
「熊?」
ブシドウが何かを知っているような反応を示し、リオン達からの視線を浴びる。
「熊といやあ、サウスヴァルトに居る奴じゃねえか? 確かじじいと一緒に狩った事があるぞ」
「じゃあ馬車を襲ったのはそいつか」
「リオンさん、どうしましょうか」
ゴカゴが意見を仰ぎ、田中もそれに倣ってリオンを見据える。ブシドウは鼻を鳴らして、顔を背けていた。
「……ギルドに戻ろう」
「はあ、結局戻るのかよ。どうすんだよ、俺キョウカンをぶっ飛ばしちまったぞ」
「え、キョウカンを……? どういう事ですかリオンさん」
驚いたゴカゴは焦る顔でリオンに尋ねるも、浮かない表情をする彼の返事は曖昧だった。
そこで、田中が一部始終を簡潔に伝えると、見る見るゴカゴの表情が変わっていく。それはまるで般若のようだった。
「ブシドウ……」
「ば、馬鹿違う! あの時はリオンを助ける為にだな!」
ゴカゴの無言の圧力に、言葉を詰まらせるブシドウ。
「つまり、リオンさん達は私の為だけにキョウカンの制止を振りほどき、無茶をしたわけでございますわね?」
唇をへの字に曲げ、腰に両手を当てるゴカゴは静かに怒りを発していた。それに反論も出来ない二人は、前で手を組んで視線を落としている。
そんな中、田中はハラハラとその様子を見ていたが、ふくれっ面をしていたゴカゴは途端に笑顔へと表情を変えた。
「ありがとうございます。キョウカンには、四人で怒られましょう」




