稽古の時間 (7)
「オイトマ王国って、遠いんすか?」
「首都まで行くとしたら、此処からなら馬車で三日ほどさ」
三日と聞いたナダルは、目を丸くした。
タンジョウはモテナシ王国の中でも東側に位置しており、比較的オイトマ王国への移動がし易い立地となっている。その証拠に、他国からの輸入品と言えばオイトマ王国からの物が大半を占めており、街が夜まで賑わうのはそれのおかげとも言える。
「馬車で三日……めちゃくちゃ遠いなあ」
「国境に入るだけなら二日もかからないんだけどな」
「便利な方法は無いんですかねえ」
距離を想像したキョジンが、ため息混じりに言った。
「そうそう行くことは無いと思うよ。どうしても魔物を倒したいのなら話は別だけど」
「リオンさん、そのオイトマ王国の魔物ってどんな感じなんすか? やっぱりやばいんすか?」
ナダルは子供のように話をねだり、キョジンも興味深そうに耳を傾ける。そんな中、田中は興味無さそうに座ったまま胸に手を当ててオーラを出す練習をしていた。
「そうだな、この辺で見かける魔物と言えば角兎や貪欲豚だが、オイトマの方は亜人族が大半を占めていてね。強いて言うなら小鬼や猪豚鬼だな。ゴブリンは群れで動くがその数は凄まじく、一人一人の能力もDランクの冒険者相当だ。オークも群れを作るが少数で構成されていて、能力としてはCランク相当だな」
人差し指を立てて解説をするリオンだが、二人からの反応は薄かった。ナダルもキョジンもお互い顔を合わせ、小首を傾げる。
「お前らにはちょっと難しすぎたか、勉強嫌いだもんな」
「な、ジオさん笑いすぎっすよ!」
茶化すジオによって場が和み、魔物についての話が一段落したところでようやくジオが田中に声をかけた。
「田中さん、やる気満々みたいだから実戦行こうか」
瞑想するようにひたすらオーラの操作をしていた田中は動揺したのか、前髪が炎のオーラに変わり激しく燃え上がる。
「ははは、相変わらず面白い人だな、田中さんは」
田中は何故笑われたのかは分かってはいたが、自分が面白い人間かについては腑に落ちない様子だった。
──五人は立ち上がり、田中とジオを囲むように三人は見守る。燃え上がるようなオーラの田中に対して、静かに全身を赤く揺らめかせるジオ。
「今からするのは、組手と呼ばれるものだ。初めて強化のオーラを使う場合、力の加減が分からない。その為に、決められた動作をこなして、威力の多寡を見極めるんだ」
そう言ってジオは、目の前で腰を落とし、右の拳を突き出す動作をする。そのまま流れるように逆の手を突き出し、今度は右足による蹴り、そしてそのままの勢いで回転し左回し蹴りをゆっくりと繰り出した。それを見た田中は感心し、キョジンとナダルからは声が漏れる。
「この動作をまずは覚えて、慣れてきたら僕に当ててみてほしい。速さは必要無い、形が大事だからな。当然、防御はするから安心してくれ」
リオンは洗練された一連の動きを見て、思わず笑みをこぼしていた。
「流石ジオさんですね、体の芯が全くぶれていない」
「おっとっと、勇者に褒められちまったぜ」
おどけるジオを前に、田中は先程の動きを真似していた。しかし、腰が引けたままひょろりと繰り出される拳、蹴りに重心が持っていかれてよろめく姿に、キョジンもナダルもお互いに顔を背けて笑いをこらえている。
「ふむ、田中さん。オーラが不安定になってるね。安定させたままやってみて」
真剣な眼差しのジオは、どんなに田中が間抜けな動きをしてもその表情を崩さないでいた。その反応を見て、田中は恐る恐る動かしていた身体の力みが取れて、ゆっくりではあるがその重心を安定させていく。その頃になるとキョジン達も笑うのを止めて、同じく真剣な表情でその様子を見つめていた。
やがて大きく揺らめいていた赤いオーラが安定化し、動きについて行くように残像を残す。前髪だけに纏われたそれは、全身を強化する事に成功していた。
「うむ、やっぱり筋がいい。キョジン、ナダル、お前らも見習って練習するんだ」
「ういっす!」
いつものキョジンとは違い、その目はやる気に満ちている。最初は侮っていた存在が確かに成長しているのを見せつけられ、対抗心とも向上心とも言える感情が彼を突き動かしていた。
「俺も負けてられないな」
そう言ってリオンは目を瞑り、静かに構える。そして、目を開くと同時にその身体から噴き出すような赤いオーラが現れた。その威圧感にジオ以外の三人は気圧され、ナダルは尻もちを着いて膝を震わせる。




