稽古の時間 (3)
片側の口角を上げ、ジオは顎で訓練場の方を指す。田中は眼鏡を押さえる仕草をしていたが、全体の流れに逆らわずにリオンの後をついて行く。キョジンは未だに後ろに隠れるナダルを励まして、少し遅れて歩き出した。
扉を開け、競技場のような空間がジオの前に現れる。中に入ってぐるりの見渡した彼は、隅のスペースを指差して皆を促した。
「ここなら試験の邪魔にもならなさそうだ……それにしても懐かしいねえ。またここで身体を動かすことになるとはね」
首を回し身体のストレッチを開始するジオ。壮年の風貌だがその身体は柔らかくしなり、鍛錬で得た肉体をほぐしていく。それを見て、リオンも軽く身体を動かし出す。
「田中さん、紹介が遅れてしまったけどこの方はジオさんと言って、冒険者の中でもベテラン中のベテランなんです。しかも戦士職で初めて、魔力を身体能力の強化に回す技法を編み出した人でもあるんですよ!」
「褒めても何も出ないって。それに、リオンさんは直ぐに追い抜いちまったじゃないか」
自嘲気味に言うジオだが、その目には闘志が宿っている。それはリオンも一緒で、早く身体を動かしたくてたまらないのが表情にも現れていた。
一方、未だ身体も動かさずに二人の様子を静観する田中達。その様子に気づいたジオが、身体はそのままに田中へと顔を向ける。
「田中さんが今回の主役なんだから、当然参加してもらうよ。ほら、身体慣らしとかないと怪我するよ。特に身体能力が低い人は、ね」
首まである銀髪を揺らして、ジオは不敵に笑う。その得体の知れなさに、田中は慌てて二人の真似をしだした。しかしその身体運びはぎこちなく、やたらと不格好な動きを繰り返している。
「田中よぉ、あんた身体かってぇのな。ほら、手伝ってやるから」
見かねたキョジンは田中へと歩み寄る。田中はじとりとキョジンを見るが、キョジンはたじろぐこと無く半ば強引に田中の身体を伸ばしていく。プルプルと震える田中だったが、僅かな呻き声を漏らすだけでされるがままだ。、
そんな悲惨な様子を見ていたナダルも、いそいそと身体を伸ばしていく。今日知った田中なる者を訝しげに思いつつも、キョジンの反応を見て警戒心はそこまで高くはなかった。全員がそれなりに身体をほぐした頃合いで、リオンとジオが相対する。
「じゃあ田中さん、まずは俺とジオさんの動きを見てもらって、流れだけ掴んでもらうね!」
言い終わるや否や、リオンの体の周りが仄かに赤みを帯びる。全身を包むそれは、ゆらゆらとリオンの動きに合わせて残像を残している。
それに続いて、ジオも体の周りに同じものを纏い出す。同じく赤みを帯びているのを見た田中は、初めはリオンの髪の色に合わせていた考えを改め、それが身体能力強化のものだと推測していた。
「相変わらず見事だ、リオンさん」
「ご謙遜を、ジオさん」
二人とも素手で構えていたが、まるで刃物を突きつけあっているような危うさがあり、田中は少し後ずさる。こうしている間にも、相対する二人の頬は汗が伝い、見えずとも凄まじい攻防戦が行われているのが窺えた。
「と、こんな感じだ。次は田中さんにもしてもらおうか」
ふっとジオから揺らめいた気配が消え、手のひらを見せながら田中を見る。それに続いてリオンの身体からもオーラが消え、風も無いのに揺らめいていた髪がふわりと止まる。ナダルはその様子に目を輝かせて、宙を掴むように拳を握りしめていた。
指名をされた田中は、不安そうにリオンの顔色を窺う。その視線に気づき、優しく微笑んで軽く頷いた。それを受けた田中はきりっとした表情になり、口の端を強く結んだ。
「よし、じゃあまずは自身の魔力を感じて欲しい」
ジオの前に立った田中は、彼に言われて少し困った顔を見せた。それを見たジオは、無言で自身の胸の前に手を持っていき、力強く握る。
「魔力は通常見えない。僕だって、最初は存在すら掴めなかったからね。だから想像するんだ。此処にそれがあると」
ぐぐっと力が入ったジオの拳から、赤みを帯びた空気の揺れが漏れだした。同時にキョジン達から感嘆の声が漏れ、ジオは満足気に左の口角を上げた。




