稽古の時間 (1)
──室長室を後にした二人は、一階に向かう階段の前でセナが立っている事に気づいた。
「用事はお済みになられましたか。では、こちらへどうぞ」
淡々と無表情で述べる彼女は、即座に背中を向けて階段へと向かう。まるで機械のような挙動を見て、田中は珍しく苦笑した。
下に降りるとセナはお辞儀をして、案内の終わりを告げた。賑わう声が響くいつものギルドの顔が、残った二人を出迎える。時刻はまだ朝の刻であり、依頼を請ける者達の列が作られていた。
そして、待機所となる場所に見覚えのある姿があるのを、二人は視認した。それを見て田中は少し狼狽え、リオンは怪訝な表情を隠さず出す。
「あ、おい! 田中! とリオンさん! 待ってた、あいや待ってましたぜ!」
キョジンは二人を見つけるや否や、その大きな腕を振って大声で名前を呼んだ。傍らには、一緒に来た壮年の男とソフトモヒカンの男が座っている。
「あれは……ジオさんも居る?」
リオンは呟いて、足を止めた。田中もまた、リオンが止まってしまったので、立ち止まらざるを得なくなってしまった。
その様子に、キョジンは喜びを隠せずに両腕を振って二人を呼び込む。流石にそこまでされては無視も出来なかった二人は、観念してキョジン達の元へと歩み出す。
「やあリオンさん、お久しぶり」
「ジオさん、お久しぶりです」
「おいおい、勇者にそんな畏まられると困るぜ」
お辞儀をする勇者に対して壮年の男、ジオはそうおどけて場を和ませる。明るい場にて見るその顔や腕には、数々の古傷が見て取れる。
「何を言いますか、今やランクA級最年長の星じゃないですか!」
「やめなよ、そんな大したことねえよ」
「謙遜しすぎだよジオさん、俺たちをいつも助けてくれるじゃないですか」
そう言ったのはソフトモヒカンの男、ナダルだ。鼻や唇にリングを付けており、耳にも外側を沿うようにアクセサリーが散りばめられている。
一見恐ろしい外見だが、明るく優しい性格を持つ。彼はまだまだ冒険者としては新米のEランクだが、戦士としての適性はあるようで、同じ戦士職のジオを師匠のように慕っている。
「田中! なんで昨日酒場に来なかったんだよ!」
顔をしかめるほどの音量で喋るキョジンに、田中は分かりやすいくらいの渋い顔を見せた。
「田中さんはちょっと色々あってね、それどころじゃなくなったんだ」
「え、どういう事です?」
リオンに対しては急に子犬のように縮こまるその姿に、ジオは面白そうに笑っていた。
「ブシドウが乱入しちゃって、逃げるのに必死だったんだよ」
貼り付けたような笑顔で、堂々と嘘をつくリオン。しかし、ブシドウの名前が出た途端に、キョジン含め三人は納得したように深く頷いた。
「なるほど、あの問題児のせいか。なら仕方ないな」
「あれは天災だからなあ、災難でしたねお二方」
同情するように目を瞑って、首を縦に振るジオとナダル。
「なるほど、それなら納得しました! なら、これからどうです?」
キョジンは手で酒を飲む仕草をして、リオンと田中の顔色を窺った。そんな彼とは裏腹に二人とも困ったように目を逸らし、言いづらそうに口を開く。
「実は、これから田中さんの稽古をしようと思っててね。彼が外に出て活躍するための大事な事だから、その提案には賛成できないんだ」
「えーー!」
分かりやすく落胆するキョジン、ナダルはその肩に優しく手を置いた。対して田中は、可能なら耳を塞ぎたそうなくらい顔を背けている。
「すまないね、騒がしくて。それより稽古だって?」
「ええ、彼は魔力で身体能力を補った方が良さそうなので、その練習をと思いまして」
なるほど、と顎に手を添えるジオ。彼は生粋の戦士だが、戦いに関しては魔力を使っての身体能力強化も行っている。それは戦士職において重要な要素であり、生まれ持って魔力が少ない者でも十分に戦える為の工夫にあたるものだった。




