ガルマからの呼び出し (1)
◇◆◇◆◇◆◇
室長室でいつものように目を覚ましたガルマは、大きな欠伸をしながら上体を起こす。
日が既に昇っていようと、彼はマイペースに目を擦る。
寝泊まりのほとんどをこの部屋で済ませているガルマは、ヒヒャドラードのソファがベッド代わりである。
寝心地の良いソファから立ち上がった彼は、首を鳴らしながら本棚へと向かう。
きっちりと立て掛けられた本、その一つをゆっくりと押すと、何かが嵌るような小気味よい音が聞こえ、本棚全体が右にゆっくりと滑り出した。
本棚があった裏側から扉が現れ、ガルマはいつものように中へ入っていく。
そここそが本来の彼の部屋であり、食事も湯浴みもお手洗いも、全て済ませる事が出来るようになっている。
ガルマは湯浴みと食事を済ませ、再び本棚を元の位置へ戻した。所定の位置に戻ると同時に、押した本がせり出して止まる。
この部屋のカラクリを知っているのは当然ガルマ本人のみであり、なんの警戒も無く再びソファへと戻った彼は深々と座り込む。
その時、出入口の扉から手で叩く音が三度響き、背中越しに受けたガルマは気の抜けた間延びする返事をした。
「失礼します」
「どうしたキョウカン、こんな朝から」
前もっての連絡無しに室長室に訪問してくる者は、ギルド内ではキョウカンのみである。
それを知っているガルマは、姿を見ずともキョウカンへと尋ねていた。
「ケンジャ殿から手紙が届きまして」
いつもは動きやすそうな武闘服を身に纏うキョウカンであるが、今回はその上に少し改まった上着を羽織っていた。
「おうあの爺か、大方田中の事じゃろうのう」
背中を向けたまま手を差し出したガルマは、キョウカンから手紙を受け取る。
「あ〜、多分外出許可証じゃな。キョウカン、用意しておけ」
「はっ」
手紙をまじまじと眺めるガルマの指示を受け、キョウカンは部屋を後にする。
扉が閉まり、キョウカンが完全に居なくなったのを確認したガルマは、念の為に扉を一瞥してから、もう一度手紙を見つめる。
「あの爺、わざわざメッセージを隠すとは」
手紙に手をかざしたガルマが小さく何かを唱えると、それに従って手紙に光の文字が浮かび上がる。
それを読み上げた彼は、ゆっくりと息を吸い込んだ。
そのまま目を閉じて天を仰いだ彼は、誰にも聞こえない音量でため息をつく。
日が差し込むはずの窓からは、雲に遮られた鈍い陽光が入り込むだけ。それはゆっくりと弱々しくなっていき、くすんだ硝子のように暗く重く色を変えていった。
──タンジョウの酒場はいつも人で溢れており、今日も今日とて例外ではなく野次や笑い声が響き渡る賑やかな空間となっている。その人混みの中で、背中を丸めて酒を飲む男がいた。
「そんな落ち込むなよ」
机に肘をついてグラスを揺らしながら、顔を赤らめた壮年の男が声をかける。声をかけられた男、キョジンはその体格が小さく見えるほど俯いていた。
「だってよ、田中のおっさんが来なかったからよ」
「まったく、一人の時に突っ走る割に小心過ぎるんだよお前はよ」
グラスを煽り、気持ちよさそうに息を吐く男は、キョジンの弱音を鼻で笑う。銀髪を揺らし、眉まで銀に染まる男の双眼は酒が入っているとは思わないほど鋭いものだった。
「そうだよ、それに今日は来るかもしれないじゃん?」
ソフトモヒカンに刈り上げた頭を揺らし、若そうに見える男がキョジンの肩を叩いた。彼らはキョジンといつもつるんでいる飲み仲間であり、彼の扱いに関しては慣れていた。
体は大きいがその実、傷つきやすいガラスのハートを持ち合わせる。名前負けしたような内面から、小人のキョジンとも揶揄されていた。
しかし、この二人に関してはそうは思っていない。むしろ、調子が良い時のキョジンを好いているからこそ、こんな一面でさえ許容していた。
「確か田中って言ってたか、あのおじさん。ギルドに行ったら会えるんじゃないのか?」
顎に手を添え、考える素振りを見せながら壮年の男が言う。その手はキョジンのものと比べても太く大きなもので、指の間から豆やタコが垣間見える。
「でもよ、俺から会いに行って避けられでもしたら」
「それはお前が悪いんだから仕方ないだろ、ほら、会計済ませて行くぞ」
そう言って、キョジンを無理やり連れ立てて二人は席を離れようとする。
「あ、俺も行くからちょっと待ってくれよ!」
橙色のソフトモヒカンの男はそう言ってグラスの酒を一気に飲み干し、三人は酒場を後にしたのだった。




