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英雄団……と田中さん  作者: ドル チイダ
プロローグ
2/35

エマの願い (1)



  ◇◆◇◆◇◆◇



 ──時を遡ること五年。田中長隆はこの世界に漂着(ひょうちゃく)した。正確には迷い込んだ、が正しいか。くたびれた背広姿に、白髪の混じった前髪。どこからどう見てもただのおじさんな彼は、一度死んだ身だった。原因は過労死、働きすぎだ。

 彼は有能だった。ただ、二つ欠点があった。

 それは、ヘアスタイルが独特過ぎた。前髪の黄金比に(こだわ)るがあまり、それ以外を全て永久脱毛してしまったのだ。これをしたのは(よわい)三十を過ぎた頃で、結婚をしていた妻とも別れるきっかけになってしまった。


 妻の名前は中田佳奈(なかたかな)、結婚して田中佳奈(たなかかな)。娘が生まれて名は田中奈々(たなかなな)。もう一人生まれて田中菜々香(たなかななか)。離婚して親権は佳奈に移り、娘は中田奈々と中田菜々香となった。


 そしてもう一つの欠点が、コミュニケーション能力が低すぎる事だった。妻であった佳奈は、彼の内面に惹かれたが、奇抜な髪型にした瞬間に内面も愛せなくなったらしい。残ったのが寡黙(かもく)な前髪のみおじさんであり、彼を憐れむ者も心配する者もいなくなった。そして、孤独な最期を迎えてしまったのだ。


 田中は自分が生きている事に驚き、ゆっくりと立ち上がる。そこは地面も空も無い光に包まれたような空間で、夢の中かはたまた天国か何かかと眼鏡の端を手で上げる。

 すると、先程までは誰も居なかった正面に、突如布一枚で全身を隠しているだけの女性が光の中から現れた。田中は驚いて大きく後ずさりするが、女性はその様子を見て静かに微笑んだ。


「ようこそ、アスノイノチへ。私はこの世界の案内人であり、選抜役を担うエマ・オーダでございます。以後、エマとお呼びくださいませ」


 腰まであろうかという金色の髪に、同じく金色の長いまつ毛。透き通るような白い肌。絵画の世界に存在するような風貌。それがあられのない姿で立っているのだ。

 田中は分かりやすく動揺し、目を泳がせている。が、エマはそんな彼の様子を気持ち悪がることもなく、子供を見守る母のような表情で田中の出方を待っている。


「え、えっとぉ、エ、エマさん? えっとぉ、ここは? 私は、なぜ生きているのですか……?」

「あなたの魂は選ばれました、私によって」


 エマの回答を受けて、目まぐるしく表情を変える田中。彼は彼女の言葉の意味を咀嚼(そしゃく)し、少しずつこの状況を飲み込もうとしていた。


「えー……と、それで、ここはどこですか? あ、いや、あー……あなたは何のために私を選んだのですか?」


 田中は優秀だった。質問したい項目の中であらゆる好奇心を切り捨て、今一番必要な事柄(ことがら)だけを尋ねた。

 聡明(そうめい)な彼の質問に気を良くしたエマは、天使が微笑んだかのように顔を(ほころ)ばせる。

 そして、一瞬遠い目をしたかと思うと、(わず)かに声を震わせて言った。


「魔王を、(たお)して欲しいのです」


 魔王、と言う名前は田中が生きていた世界でも知れ渡っていた。勿論実在していたものではなく、架空の話から生まれた造語のようなものとして。しかし、例え架空のものでも知った単語が聞こえた田中は、少しだけ落ち着きを取り戻し、眼鏡を右手で押さえる。


「魔王……ですか?」

「はい」


 田中はふわりとした前髪を揺らし、しばらく考え込む。

 彼には趣味が無かった。読書は好むが、それは趣味と言うにはあまりにも異様で、執着(しゅうちゃく)に近いものがあった。

 彼の書斎には本が数え切れないくらいある。それらの内容は全て、彼の脳に漏れなく記憶されていた。


 魔王とは悪の存在、とも一概には言えないが、それの討伐は人間側の悲願であり、目的である。


 これは生前の田中が、数多くの本を読み取り込んだ末に導き出した魔王の定義である。


「なぜ、ですか?」


 質問した彼の眼鏡が光り、その裏に見える目線は真っ直ぐにエマを見据えている。様々な意味を含む言葉に、彼女は微笑みを崩して答える。


「人間を、救うためです」


 彼女がそう言って目の前に手をかざすと、それまで光り輝いていた空間が明らかに色を失って、代わりにどこかの街の映像のようなものが二人の間に現れた。

 その映像内では、天災を鎮めるための人柱(ひとばしら)である生贄(いけにえ)を捧げる人間達や、非人道的な実験を魔物相手に行う姿、人間同士で略奪と襲撃を繰り返しているなど、直視し難い醜悪な内容が流れていた。

 田中は最初驚いたが、謎の技術への好奇心と、目を覆いたくなるような惨状を前に、取り憑かれたように見入っている。


「私たちの世界では、災害、魔物、戦争、それら全てが魔王がの仕業だと教えられていました。この世界の神として産み落とされた私にも、そう刷り込まれていました。しかし……違ったのです。今見せているものは、魔王討伐後の未来です」


 エマが映像へと手を伸ばし、クイッと表面を素早く触るとまた違う場面を映し出した。そこには個性豊かな人物が五人、映し出されている。


「彼らはのちに、英雄と呼ばれるようになります。その理由は、彼らが魔王を斃す者たちだからです。しかし、それは悲劇の始まりでもあります」


 (うれ)うように左腕を抱えたエマは、伏し目がちに話を続ける。


「勇者であるリオンは狂ってしまい、モテナシ王国の国王殺しとなります。そして武力で王の座を獲った後は、恐怖の暴君として人の世に君臨します。マタノオコシ王国第一王女であるリアナはその妻となり、自らの生まれ故郷を傀儡(くぐつ)国家へと変えてしまいます」


 その眉間には似つかわしくないほどの深い溝が刻まれ、悲痛の表情で声を震わすエマ。そんな彼女の姿に、田中は戸惑いを隠せない。


「……魔法使いのケンジャは生き残った魔物を捕らえて幽閉し、さらに禁術を発動させて世にも恐ろしい魔法研究を行うようになります。僧侶であるゴカゴは金に目が(くら)み、自らを(かたど)った全身像を各地の教会に作らせて、多額のお布施(ふせ)と称して貧富(ひんぷ)の格差を決定的にします。ブシドウは盗賊団を率いるようになり、各地の街を定期的に襲うようになりますが、背後にリオンが動いているがために問題は野放しにされてしまいます」


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