ケンジャの思案 (5)
花を咲かせたように表情を輝かせるリオンに対して、田中はやたらとコップに顔を近づけて匂いを嗅いでいるように見える。
よく分からん行動であったが、彼なりのこだわりがあるんじゃろう。
儂はその行動に特に言及せず、自らの食事分も用意して着席した。
「それで、この後は何処に行くつもりじゃ?」
「可能ならリアナに報告しようと思ってますが、実は田中さんに外出許可が出てなくてですね」
外出許可証か。相変わらずガルマのやつ、敢えて出さなかったのか忘れていたのかが読めん。
「なるほど、外出許可証が必要なんじゃな? それなら儂のつてで直ぐに出せると思うぞ」
ブレアをかじり、得意げに笑ってみせる。
一瞬表情が明るくなるリオンであったが、すぐにそれを曇らせる。
「実は、田中さんは身体能力試験において最低ランクだったらしく、身体強化の魔法をケンジャさんから学ぼうと思ってまして」
なるほど、儂を訪ねてきた真の理由が分かった気がしたな。
田中は静かにブレアを口にして、ミーロのジュースを飲んではまたブレアを口にするのを繰り返している。
「ブレアは気に入ったか、田中よ」
「あ、はい」
どうやらこやつ、食には貪欲みたいじゃのう。
「身体強化の魔法なんじゃが、実は儂より優れた者がおってのう」
「え、ケンジャさんより!?」
がたっと椅子を揺らし、驚いてみせるリオン。
「ジオという者を探すんじゃ。多分酒場におるじゃろうが、あやつもまたふらりと現れては居なくなるからのう」
最後に会ったのは数ヶ月前じゃったか。
儂よりは下とはいえ、奴もベテランじゃ。きっと田中の良い師匠になるはず。
「なるほど、ジオさんか」
「ほ、流石に知っておったかの」
奴は戦士職としては大成しておる。冒険者をやっている者なら名前くらいは聞いたことがあるくらいには、歴が長い奴じゃ。
「田中さん、飯を済ませたら酒場に行こう!」
「酒場、ですか……」
なにやら気乗りしない返事をする田中に、リオンは何かを思い出したように目を泳がせ、意地の悪そうな表情を浮かべた。
「そっか、キョジンって奴に絡まれたんだったな」
どうやら酒場で一悶着あったらしいのう。
飲み物が切れた儂は残ったブレアを口に含みつつ、不意に思い出した事を尋ねる。
「気乗りしないなら、まずはギルドに行くと良い。外出許可証を貰ってから、ガルマにでもジオの所在を尋ねると良かろう」
「なるほど」
打って変わって明るくなった顔を見せる勇者に、思わず顔が綻ぶ。
孫同然の感覚で接しておるから、ついつい甘く接してしまうのう。
「あの」
無言を貫いていた田中が、提案するような雰囲気で口を開く。
「どうしたんじゃ?」
「ケンジャさんは、私のことをどうお考えでしょうか」
突然なにを言い出すかと思いきや、昨日の事が響いておるのかのう。
彼はぐっと眼鏡を押さえて、こちらを真っ直ぐ見つめてくる。
「それはこれから決めていく事じゃ」
わざとそっぽを向いて、手元にあった最後の一切れを口に入れる。
儂の身体には未だ魔力が篭められてはおるが、あんまり干渉するといつ加護の力に当てられるかわからぬ。
だからこそ、ここでは答えを急ぐ必要は無いのじゃ。
「とりあえず、話は決まったのう。あと、リアナにもちゃんと伝えておくようにの。出来るだけ早くがいい」
人差し指を立てて、儂は右の口角を大袈裟に上げた。
食事が済んで、二人は早速出発しようとしていた。
去り際にまた一礼をする田中、それに合わせるようにリオンも頭を下げる。
相変わらず礼儀正しいのう、リオンも元々そうじゃったが、田中はそれを上回るくらいじゃ。
二人を見送った後、そのまま書斎に足を運ぶ。
移動する間、リオンからの提案を思い出していた。
身体強化の魔法、それを教えることなぞ造作もない。
じゃが、これ以上あやつと関わると心を盗まれそうで怖い。
今は対抗手段が無い以上、ジオに押し付ける形となってしまった。
ガルマといいリオンといい、お人好しなのは昔からじゃが田中に対してはあまりにもそれが過ぎる。
奴にとって都合のいい展開にはなるじゃろうが、真の目的がまだ分からぬ以上は先手を打っておいた方が良いじゃろうて。
書斎に入り、机の上に目を向ける。
昨日、既にしたためておいた一通の手紙。これはキョウカン宛じゃが、念の為に細工をしておくか。
ガルマなら気づくじゃろう。そう願って、仕上げの魔法をかけた。




