ケンジャの思案 (4)
一応身構えてはいたが、家に入った後も難なく応接間に辿り着く。
そこにはばつが悪そうに椅子に座り、背中を丸めた田中の姿があった。
「待たせたのう」
儂は出来る限りの笑顔を見せ、リオンと目を合わせる。
頷く彼は田中の隣に座り、儂も緩慢な動きで田中の対面に座った。
「田中長隆さん、じゃったかのう」
儂の言葉一つで空気が張り詰めていくのが分かる。
田中は俯いていて表情が見えぬが、恐らく浮かない顔をしているんじゃろう。
リオンはまるで命乞いをするように、上目遣いで見つめてくる。
そんな目で見られたから、という訳ではなく、儂はもうなんと言うか決めておる。
鼻から息を吐き切り、精一杯の笑顔を作り出して言った。
「いやはや、この子に説得されてしまってのう。儂は歓迎するぞい、パーティーに入る事を」
ぽかんとする二人だったが、喜んだリオンは田中の背中を強く叩いて叫んだ。
「ケンジャさんありがとうございます!」
激痛に耐える表情の田中を儂は指差して、それを見たリオンは間抜けな声を上げる。
「田中さんごめん!」
「だい、じょうぶです……」
家に来た直後より何故か二人が打ち解けているように感じた
儂は、とりあえずの笑みをこぼす。
若い、のう。
別にリオンの願いに根負けした訳では無い。ここで田中を突き放した所で、どうにかなるとは思えなかったんじゃ。
恐らく儂が出来ることと言えば、ガルマに伝えるくらいか。
「ケンジャさん、今日は泊まっていいですか?」
無邪気に笑うリオンは、田中の肩に腕を回している。
「構わんよ」
田中長隆、か。一見無害そうな人間じゃが、ゆっくりと見極めていくべきなんじゃろうな。
それにしても、肩が凝ったのう。本の読みすぎかのう。
対比的な二人を前にそんな事を思いながら、儂は立ち上がった。
「奥に湯浴み出来る部屋がある。寝る時は二階を使いなさい。儂は書斎に籠っておるがゆえ」
そう言い残して、儂は部屋から出る。
もう一度調べてみよう、加護について。
書斎の扉を閉めると、二人の声が遠くなった。古い本の香りが儂の鼻を刺激し、深く呼吸を吸ったあと、ゆっくりと吐き出した。
──夢を見た気がした。書斎でそのままうたた寝をした儂は、上体を起こして伸びを済ませる。
骨が小気味よい音を鳴らし、凝り固まっていた身体に血流が巡る感覚がした。
時間は、大体朝か。書斎から出た儂は歩きながら通路と部屋にある丸い窓の外を覗き、薄暗いが徐々に明るくなってきているのを確認した。
少し早く起きすぎたか。
儂は台所に赴き、天井から生えた紫色の果実と緑色の果実を手に取り、緑の方をもぎ取って搾り上げる。
そのままリズム良く二つのコップに果汁を垂らしていき、搾り滓は壁に押し込んで取り込ませた。
搾りたてのミーロのジュースからは甘い香りがして、儂はその香りを閉じ込めるように液体の表面に氷の呪文をかける。
これであやつらのための飲み物は完成じゃ。あとは……。
そうこうしてるうちに、階段を降りてくる音が聞こえてきた。
振り向くと、まだ眠そうなリオンが欠伸をしながら姿を見せる。
「なんじゃ、早いのう」
「いや、用を足したくなりまして」
「ああ、それなら湯浴みする部屋の近くにあるぞい」
リオンを導いて、儂は再び台所に向かう。
飯は魔法で保管されてあるし、あとは用意するだけにしてある。
そうじゃ、あれを作ろうか。
鼻歌交じりに壁に埋め込まれた豆を摘んで、強くもぎ取る。
茶色いこの豆を煎じると、とても良い香りがするんじゃ。
儂はこれにお湯をかけて、そこから濾したものを飲むのが日課なんじゃよ。
名前も知らぬ豆を魔法で煎じて、自分用の飲み物を作り出す。
「良い香りですね〜」
台所中に漂うフレグランスな香りに気分を良くしていると、寝癖のついたリオンが後ろに立っていた。
「じゃろう? 儂はこれが好きでのう。それより、もう寝なくていいのかえ?」
「ええ、目が覚めてしまったので」
頬を掻きながら照れくさそうにそう言って、台所に入ってくるリオン。
「なんじゃ、腹が減ったのか?」
「恥ずかしながら」
「ふむ、まずは湯浴みしてくるといい。儂が用意しておくから」
リオンが行った後、しばらくして田中も降りてきた。
「お主……」
触れるべきか迷うくらい、前髪しかないはずの彼はとんでもない寝癖を付けていた。
むしろどうやって寝たら、そんな天使の羽のような形に広がるんじゃろうか。
儂はリオンと同じように田中へ湯浴みを提案し、二人がそれを済ませている間に応接間に食器を並べていく。
やがて帰ってきた二人は、いそいそと食器が並べられたテーブル周りに座っていく。
「朝はブレアで良いかの?」
「お願いします!」
穀物類を発酵させたものを焼き上げると出来上がるブレアを、魔法で保管庫から取り出してそのまま食器の上に着地させる。
ブレアの見た目に驚いた表情をする田中を見て、儂はもう一つ驚かせてやろうと表面を凍らせておいたミーロ入りのコップを二人の前に並べた。
「これって」
「ミーロの果実ジュースじゃ。表面は薄く凍らせておるから、直に溶けるじゃろう」




