ケンジャの思案 (3)
「そうじゃのう、儂らも素性の知れぬ者はいくらあのじ、ガルマからの紹介でも軽率には仲間とは呼べんからのう」
「ケンジャさん!」
「なんじゃ、おかしな事言ったかの?」
チューシーを一口含みながら、お人好しの勇者に対してしらを切ってやった。
こやつは優しすぎる、ゆえに儂みたいなご意見番が必要なのじゃ。
ちらりと田中を見ると、顎に手を添えなにやら考える素振りをしている。口から出るのは果たして、虚偽の報告か、はたまた壮絶な真実か。
「私は、て……」
田中は言いかけた言葉によって魔法が掛けられたかのように、不自然に言葉を切った。
「て? て、なんじゃ?」
尋ねるも瞬きどころか呼吸すらせずに、目を見開いたまま固まっている。
身体の周りにはどす黒いオーラが薄く漂い、特に彼の首の所で色濃く揺らめいている。
「田中さん?」
「いかん! 呼吸が止まっておる!」
そう叫ぶと同時に、儂は打開策を頭で巡らせる。
儂が使える魔法に回復のものは無い。じゃが、気付けのために下手な魔法を使うと、彼の命に関わる可能性がある。
発作のような症状であるならば、身体に強い衝撃を与えればあるいは──!
儂はすぐさま両手で魔力を練り、自らの身体の前に風の渦を作り出し、それを球状に変えていく。
「リオン、離れるんじゃ!」
間もなく田中目掛けて、その魔力を解放しようとしたその時。
「ぐはぁ! はぁ! はぁ!」
呼吸を取り戻した田中が、貪るように息を吸い込む。その顔は蒼白で、演技によるものではないと直感した。
儂は展開していた魔力を霧散させ、肩で息をしている田中に質問した。
「何が起こったんじゃ」
「す、すみません……」
理由すら言えないのじゃろうな。
ただ、これで確信した。彼のこれは加護ではない。
本来加護というものは、精霊のようにこの世界の理を司るような存在から授かるものじゃ。
恐らく彼も同じような存在から授かったんじゃろうが、本人の身体の意思を奪うなど度が過ぎておる。
「ケンジャさん、これは一体……」
儂は無言で首を振った。
風の力で吹き飛んでしまった食器を拾い上げ、応接間を後にする。
台所で儂は、田中について考えた。
ガルマの爺め、とんでもない者を押し付けてきおって。
いや、ガルマを恨むのはお門違いか。どうせ奴も加護に関してはよく分かっておるまい。何せ資料自体が少ないからのう。
二人の元に戻ると、申し訳なさそうに項垂れた田中が、その背中に手をやったリオンに励まされておった。
儂の姿に気づいた田中は、椅子から勢い良く立ち上がり、机にぶつかる程の勢いで頭を下げる。
「田中さん……」
それを見たリオンは、掛ける言葉が見つからないのか、座ったまま俯いた。
「なんじゃ辛気臭いのう、別にそこまで謝らんでもええわい。儂が悪者みたいじゃないか、のう?」
そうリオンに問いかけた儂は、同時に玄関の方向へ目配せをする。
察しのいい彼はゆっくりと立ち上がり、玄関へと向かった。
「まあよいわ。田中さん、ちと待っといてくれんか」
声を掛けられても、儂が部屋を出ていってもなお、彼は頭を上げることはなかった。
悪い奴ではない、それはわかるが、だからこそ厄介じゃのう。
玄関の扉を開けると、そこから数歩行った先に勇者の後ろ姿が見えた。
緋色の髪は風によって泳ぐように棚引き、遠くに見える街の明かりをじっと見ているようじゃった。
「相変わらず景色だけは良いのう、此処は」
隣に立つ儂は、彼の顔は見ずに眼前の景色を見たまま呟く。
魔法研究に専念したかった儂は、本当はもっと離れた辺鄙な地域に居を構えたかった。
しかし、それを許さなかったのがガルマと横におるリオンじゃった。
建前は勿論、儂も夜明けの紅月の一員だからというのもあるが、何より此処は良い観光地になるんじゃと。
何が観光地じゃ、そんな理由で儂を引き止めるのは国王と財政を担当する大臣ぐらいなもんじゃ。
思惑すら感じる謎の引き止めにより、根負けした儂は此処に居る。
かえって、それは良かったんじゃろうな。何も言われなかったら、きっと隠居しとるし儂。
「ケンジャさん、俺はどうするべきでしょうか」
「どうするとは?」
リオンの横顔は、思い詰めたように晴れない。
「田中さんは、本当に良い人なんです。俺が助けられるなら助けてやりたい。でも、夜明けの紅月としては」
「まあ、信用ならんわな」
こやつも阿呆ではない。ちゃんと考えておる。
じゃが、田中の危険性に関しては認識が甘い所がまだある。
「リオンよ、田中は危険じゃよ。あやつが秘めているものは儂らの手に負えんくらい業の深いものじゃ」
空を見上げると、ちょうど月が雲によってかげっており、それが行く末を暗示しているように感じた儂は、見るのをやめて視線を落とした。
「まあお主は勇者じゃ、お主の好きなようにやったらよい」
「そんな投げやりな」
不服そうにこちらを向いて抗議する彼だが、その目には迷いが浮かんでいる。
彼もまだ若い、きっと教えが必要な時なんじゃろうが、儂の一存では田中に関しては決められん。
「儂が思うに、ガルマにこの話を無かったことにするのが一番」
「そんな事!」
リオンは話を遮るように腕を横に振る。
はっとした彼は小さく謝罪の言葉を口にしたが、あまりにも過剰な反応じゃった。
妙なものじゃ、なぜここまで入れ込む。今日出会ったと聞いたが、まるで魅入られておるようじゃ。
「お主らしからぬ判断力じゃぞ、そもそも彼とは今日会ったばかりであろう? なぜそこまで彼の肩を持つ?」
「俺はただ、彼を助けようとして……」
言い淀む勇者であったが、儂からすればそれはまるで操られているかのようじゃった。
そんな彼に先程の事態の時に気づいた事を言っていいのか迷ったが、黙っていても解決に向かわないと観念し、儂は独り言のようにそれを口にする。
「呼吸が止まっていた時のあやつの首周り、そして身体全体に、どす黒いオーラが纏われておった」
目の端で、リオンが顔を上げたのを感じる。
「それって……」
「なんとも言えん。じゃが、もし彼に今後も関わっていくというのなら、覚悟が必要じゃ」
こやつも立派な青年になったが、まだまだ青い青い。
儂が言う覚悟がなんの事かすら、想像もついてないじゃろうて。
「俺は、勇者です。困っている人には手を差し伸べて、人々を脅かす存在を断つ。その為に俺は、選ばれたんです」
その顔は自信なさげではあったが、言葉には彼自身の意志を大いに感じる力強さがあった。
リオンよ、こやつも難儀じゃのう。勇気のスキルが無ければ、今頃は普通の青年として過ごしていたのじゃろうか。
いや、そもそも儂ともリアナとも出会えてないか。
ふっと思わず笑みを浮かべ、再び街を見下ろす。
「さて、戻るかのう。お主の覚悟は伝わったし、もうこれ以上は何も言うまいて」
何かあったら、儂が犠牲になろう。
老い先短い人生じゃ、じゃがこの老骨に鞭を打ってでも若い希望は絶やしてはならない。
その決意を胸に、儂は魔力を身体の内に篭める。
田中に付いている加護、その影響が心にまで及ぶのだとしたら、この行為は些細な抵抗でしかないじゃろう。
しかし、儂までこの眼が曇ってしまっては、賢者創立者としての名折れ。
充分に魔力を篭めた後、リオンと共に玄関を目指す。
月夜はすっかり雲に隠れ、あたりは一段と闇に覆われていた。




